シーフな魔術師

極楽とんぼ

文字の大きさ
191 / 1,309
卒業後

190 星暦552年 橙の月 11日 防犯(4)

しおりを挟む
アレクの視点のままです

-------------------------------------------------------------------------------

「今回の事件が解決したら、『カンフィー・コーナー』のケーキセットを要求する~!」
位置追跡装置の魔石に同調させた魔石を切り分ける作業をしながらシャルロが声を上げた。

「あ、俺は『竜の夢』のフルコースディナーがいいな」
別の作業台で同じく魔石を切りながらウィルが要求を追加する。

「はいはい、ケーキセットとディナーね。分かりましたよ。他に何か?」

「あ、前焼いてくれたアレクの義姉さんのアーモンド・クッキーも欲しいなぁ」
シャルロが付け加えた。

ウィルは他には欲しい物が無かったのか、小さく笑っただけだった。

王都で買ってきた魔石はシャルロが力押しであっという間に同調させた。

だが。
この同調の状態を失わせずに割っていく作業は実は思ったよりも大変だった。
私が家族会議をしている間にウィルとシャルロが試しておいてくれたのだが、同調させた魔石を単にハンマーで砕いた場合、形が崩れて魔力が乱反射(?)するのか、かなりの部分の同調が失われてしまうのだ。

お陰で形を崩さぬよう、それなりに注意を払いながら魔石を切り分けていく必要が生じた。
宝石程の硬度はもたぬものの、岩石に魔力が溜まって出来た魔『石』である。パンを切り分けるような訳にはいかない。
試行錯誤の結果、糸鋸に魔力を帯びさせて切るのが一番効率的であることが判明した。
だが、効率的とは言ってもそれなりに魔力だけでなく、力と集中力を要する。

それを食べ物の要求だけでやってくれているのだから本当に良い仲間達だ。
今度、二人が好きなワインも持ってこよう。


◆◆◆


「急なことなのに本当にありがとう」
3人で半日かけて切り分けた魔石を持ってきた私たちに母が深く頭を下げて礼を言った。
本来ならばいくら友人とは言え、ボランティアでここまでの作業を1日でやってくれる魔術師なぞいない。元々魔石代と同程度の報酬を2人に払うつもりだったのだが、『いいよ』と辞退されてしまった。
そうなると頭を下げることと・・・クッキーを焼くぐらいのことでしかお礼が出来ない。
ま、後でディナーとケーキも奢るが。

菓子作りがあまり得意ではない母としてはここでは頭を下げる担当になったと言うところか。
「今晩、犯人がみつかるといいですね」
照れくさげにパタパタと手を振りながらシャルロがにこやかに答えた。

ウィルは軽く母に目礼をして魔石を置いたらさっさと姿を消してしまった。
こうやって見てみると、まるで人懐っこい犬と警戒心の強い猫のようだな、この二人。
それであれだけ気が合うなんて、本当に不思議だ。

「では、この魔石を閉店後に適当に店の商品に紛れ込ませておいて下さい。私も2軒回りますが、どこに行けばいいです?」

私の言葉に頷き、母がサイドテーブルから簡単な地図を取り上げた。
「これを渡しておきましょう。この印が付いているところが、護衛をつけない店舗です。この家から距離が比較的近く、馬車でもアクセスしやすい場所を選んでおきました。あなたたちはじゃあ、この2つで設置してきてくれる?」

この家で待機か。
ウィルが嫌がりそうだな。
幸い今日はそれ程寒くないから交代で馬車の中で追跡装置を確認することにするか。交代に出入りしていたらさり気無く当番じゃない時にウィルが他の場所へ行くことも可能だ。

内気でも人と話すことが苦手でもなく学院や仕事の時には全く問題なく他の人と付き合ってきていたのに、ウィルはどうも私たちの家族や友人と顔を合わせることをあまり好まない。

「分かりました」
2店舗分の魔石を手に取り、家を出た。

「ここで問題なく追跡装置から視えるか確認しているから、別の馬車を使って魔石を設置してきてくれるか?ぶっつけ本番だからな。思ったよりも出力が無くって位置発信が視えないなんてことになったら不味い」
馬車に乗って追跡装置を確認していたウィルがひょいと首を出す。

「馬車を出すより、馬の方が早いな。私は久しぶりにラフェーンに乗ることにしよう」

シャルロの馬を手配しようとしたら、シャルロも首を横に振った。
「僕もここで視ているよ。出力足りなかったら手伝えるかもしれないし」

一瞬、ウィルが変な顔をした。

「どうした?」

「今思ったんだけどさ・・・。こんな苦労しなくても、蒼流が商品に彼の水飛沫をほんの少しだけかけておいたらそれを追えたんじゃないか?」

「「・・・。」」
思わず、沈黙の中で3人で顔を見合わせてしまった。

「今回の問題は、最終的には公の場で主犯者を裁く必要がある可能性が高いから、証明・再現の出来る魔具を使った方がきっといいんだろう。・・・多分」
気を取り直して、我々の苦労の正当化を図る。

普段のシャルロがあれ・・だから、つい彼が実質無敵であることって忘れるんだよなぁ・・・。
ウィルの清早のことも考えたら、この二人に不可能なことの方が少ないような気がする。
ま、精霊に世俗的な汚いことに対応してもらうのも心苦しい。
ディナーとケーキセットで買収できるこの二人に直接手伝ってもらう方が何かといいに違いない。
きっと。
しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~

名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

悪役令嬢が処刑されたあとの世界で

重田いの
ファンタジー
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で、人々の間に静かな困惑が広がる。 魔術師は事態を把握するため使用人に聞き取りを始める。 案外、普段踏まれている側の人々の方が真実を理解しているものである。

俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?

くまの香
ファンタジー
 いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。

生活魔法は万能です

浜柔
ファンタジー
 生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。  それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。  ――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

処理中です...