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卒業後
578 星暦555年 萌黄の月 5日 映像魔道具の進歩形?(5)
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老魔術師から話を聞いた後、シャルロが親戚の老人連中に術をかけて回って彼ら・彼女らの思い出の場面を映像化した試みは中々好評だった。
同じ結婚式の神殿での場面でも、男女における目に見えていた物の違いに思わず本人たちも周りの人間も笑うことが多かったが、どちらにせよそれなりに皆に喜ばれ、これなら魔道具としてそこそこ需要はありそうだという感触だった。
が。
「う~ん、記憶を刺激する術を魔道具に落とし込めれば変に恣意的に誘導する余地が減るし良いかと思ったんだけど・・・難しいね」
試運転としてシャルロの親戚で試すために術をかけて回るのは構わないが、魔道具を売り出した後にそれを使うための記憶を刺激するのに一々魔術師が記憶を刺激する術を掛けなければならないとなるとちょっと面倒すぎるし、単価も高くなる。
なので何とかしてそこも魔道具に落とし込めないかと頑張ってみたのだが・・・上手くいかない。
「『何年前』の『誰』の『結婚式』ぐらいにパラメータに限ってしまって記憶を刺激できないかと思ったんだけど・・・意外と出来ないもんだな」
元々、精神に働きかける術というのは魔道具に落とし込みにくい。
単に人除けのような『そこに近づきたくない』という忌避感を喚起する程度の術なら可能だし、実は否視《ハイド》の術だって魔道具が存在する。
違法だが。
否視《ハイド》の術は悪用しやすい。なので違法に術を利用するのに協力した魔術師を罰しやすいよう、否視《ハイド》の術の魔道具の作成は違法とされている。
勿論、術回路は公開されていない。
ただし、裏社会では金を出せば手に入らないことは無い。
魔道具として作った事が表に出ると国家と魔術院両方が追跡に総力をあげて追ってくるし、捕まった場合は最低でも魔力の封印、通常は死罪となると魔術学院では教わる。
禁忌の一歩手前扱いといったところだ。
まあ、だから大抵は否視《ハイド》はばれても足が付きにくい様に製造した国とは違う国で売られるという話だ。
それはともかく。
記憶を喚起する術の魔道具は違法ではないはずだ。
今回の場合は比較的限られた場面での記憶を刺激したいだけなので、条件を限定できる魔道具に落とし込む方が安全な可能性が高い。
なので何とか俺達で術回路を開発できないかと頑張ってみたのだが・・・いつの時点の何に関する記憶を喚起するかという情報が毎回変わるため、それを後から入力できるような術回路が組めない。
「まあ、どちらにせよ、やたらと効率が悪いから、魔道具としてもこれはちょっと失格だしねぇ・・・。
諦めるべきかも」
ため息をつきながらシャルロが言った。
そう。
取り敢えず『10日前の夕食』という記憶を刺激する魔道具を造ってみたのだが、一応何とか術が起動するもののやたらと魔力を食う上に効き目はイマイチという感じで、魔道具としても満足が行く出来でない。しかも条件の変動化が出来ないので、全然ダメという感じだ。
「なんかなぁ。
記憶を刺激する術をかけてもらうことを前提とした魔道具を造るのってちょっと怖い気がするんだよねぇ。
記憶の誘導って洗脳に使う手段だって聞いたことがあるんだよな。
普通だったらそう簡単に記憶を誘導なんて出来ないから洗脳だってそう簡単に出来ないはずだが、この魔道具を使うためにしょっちゅう魔術師を雇って記憶を刺激させるなんてことになったら、そのうちどっかの魔術師が『記憶の刺激の術を安くやります』って特化して、騙しやすそうな奴を洗脳して悪事に利用しそうだ」
事業にも生活にも必要のない、思い出を映像化する魔道具なんぞを買うような人間は基本的に裕福だ。
しかも思い出を懐かしむ心が強いということは、多分年寄りだろう。
誘導して遺書を変えさせたり、若い女(や男)に貢がせたりといった、変なことに悪用される余地が大きい。
幾ら金持ちとは言っても魔術師を雇うにはそれなりに金がかかるから、『特化しているので他より割安です』なんて言う魔術師が出てきたらそいつのところに客が集中しそうな気がして、怖いんだよなぁ・・・。
下手をしたら、普通の若い魔術師だって誘惑に負けて術を悪用するかもしれないし。
「確かにね。
この魔道具がそこまで問題になるほど売れるかどうかは分からないが、売れたうちの一つが悪用されたせいで我々の評判まで地に落ちてしまったら意味がない。
『昔の記憶をもう一度見ましょう』という路線で老人層に売り込むのは諦めようか」
ため息をつきながらアレクが同意した。
「う~ん。
折角頑張って開発したのに、イマイチ無駄になりそう~~!!」
ソファに身を投げ出しながらシャルロが嘆いた。
「記憶を刺激しなくても思い出せる範囲のことにこれを使えるよう売れないかねぇ・・・」
折角開発したのだ。
元は取りたい。
記憶がああも誘導しやすくて犯罪の捜査に使えないというのは本当に痛かった。
まあ、実際には使えないことは無いが・・・使わせないほうが良いだろう。
個人的に使うのはまだしも、悪用された時の危険が大きすぎるから捜査機関に売り込むのは無しだな。
かといって結婚式とかの思い出を映像化しましょう・・・と言って売り出そうにも、最近は王太子の結婚式での映像集の作成が評判になって、映像記録用魔道具を使う専門家のサービスが非常に人気が出て売り上げががっつり上がったと先日アレクから報告があったばかりだ。
既に結婚式の映像を記録してもらっているんだったら、記憶からそれを取り出す魔道具なんぞ買う必要はない。そっち方面でもあまり売り上げは期待できないだろう。
「そうだ!
劇が終わった後にこの魔道具を外でレンタルしてはどうかって劇場に売りつけてみたらどうかな?
ファンの人とかだったら、思い出をがっつり魔石に記録して保存したいと思うかもよ?」
シャルロが体を起こして提案してきた。
「確かに。
しかも、ファンの目で見た俳優の姿が現実以上に格好良くなっていたら、劇場側がその映像を広告用に買うのも有りかも知れないし」
アレクが軽く笑いながら頷いた。
そうだな。
結婚式の映像でも、妙に相手の顔が煌いている記憶映像が幾つかあった。
ああいった感じにファンによって理想化された俳優の姿は本物に近いながらも実物よりも美しくなっていて、劇場にとっても良い広告映像になるかもしれない。
「よし。
その路線で売り込んでみようぜ」
願わくはこれで開発費用を回収できると期待しよう。
妙なことを頼まれることが多いのでどちらにせよ個人的にこの魔道具を活用する機会はそれなりにある気はするが、ちゃんと開発費用を回収したい・・・。
同じ結婚式の神殿での場面でも、男女における目に見えていた物の違いに思わず本人たちも周りの人間も笑うことが多かったが、どちらにせよそれなりに皆に喜ばれ、これなら魔道具としてそこそこ需要はありそうだという感触だった。
が。
「う~ん、記憶を刺激する術を魔道具に落とし込めれば変に恣意的に誘導する余地が減るし良いかと思ったんだけど・・・難しいね」
試運転としてシャルロの親戚で試すために術をかけて回るのは構わないが、魔道具を売り出した後にそれを使うための記憶を刺激するのに一々魔術師が記憶を刺激する術を掛けなければならないとなるとちょっと面倒すぎるし、単価も高くなる。
なので何とかしてそこも魔道具に落とし込めないかと頑張ってみたのだが・・・上手くいかない。
「『何年前』の『誰』の『結婚式』ぐらいにパラメータに限ってしまって記憶を刺激できないかと思ったんだけど・・・意外と出来ないもんだな」
元々、精神に働きかける術というのは魔道具に落とし込みにくい。
単に人除けのような『そこに近づきたくない』という忌避感を喚起する程度の術なら可能だし、実は否視《ハイド》の術だって魔道具が存在する。
違法だが。
否視《ハイド》の術は悪用しやすい。なので違法に術を利用するのに協力した魔術師を罰しやすいよう、否視《ハイド》の術の魔道具の作成は違法とされている。
勿論、術回路は公開されていない。
ただし、裏社会では金を出せば手に入らないことは無い。
魔道具として作った事が表に出ると国家と魔術院両方が追跡に総力をあげて追ってくるし、捕まった場合は最低でも魔力の封印、通常は死罪となると魔術学院では教わる。
禁忌の一歩手前扱いといったところだ。
まあ、だから大抵は否視《ハイド》はばれても足が付きにくい様に製造した国とは違う国で売られるという話だ。
それはともかく。
記憶を喚起する術の魔道具は違法ではないはずだ。
今回の場合は比較的限られた場面での記憶を刺激したいだけなので、条件を限定できる魔道具に落とし込む方が安全な可能性が高い。
なので何とか俺達で術回路を開発できないかと頑張ってみたのだが・・・いつの時点の何に関する記憶を喚起するかという情報が毎回変わるため、それを後から入力できるような術回路が組めない。
「まあ、どちらにせよ、やたらと効率が悪いから、魔道具としてもこれはちょっと失格だしねぇ・・・。
諦めるべきかも」
ため息をつきながらシャルロが言った。
そう。
取り敢えず『10日前の夕食』という記憶を刺激する魔道具を造ってみたのだが、一応何とか術が起動するもののやたらと魔力を食う上に効き目はイマイチという感じで、魔道具としても満足が行く出来でない。しかも条件の変動化が出来ないので、全然ダメという感じだ。
「なんかなぁ。
記憶を刺激する術をかけてもらうことを前提とした魔道具を造るのってちょっと怖い気がするんだよねぇ。
記憶の誘導って洗脳に使う手段だって聞いたことがあるんだよな。
普通だったらそう簡単に記憶を誘導なんて出来ないから洗脳だってそう簡単に出来ないはずだが、この魔道具を使うためにしょっちゅう魔術師を雇って記憶を刺激させるなんてことになったら、そのうちどっかの魔術師が『記憶の刺激の術を安くやります』って特化して、騙しやすそうな奴を洗脳して悪事に利用しそうだ」
事業にも生活にも必要のない、思い出を映像化する魔道具なんぞを買うような人間は基本的に裕福だ。
しかも思い出を懐かしむ心が強いということは、多分年寄りだろう。
誘導して遺書を変えさせたり、若い女(や男)に貢がせたりといった、変なことに悪用される余地が大きい。
幾ら金持ちとは言っても魔術師を雇うにはそれなりに金がかかるから、『特化しているので他より割安です』なんて言う魔術師が出てきたらそいつのところに客が集中しそうな気がして、怖いんだよなぁ・・・。
下手をしたら、普通の若い魔術師だって誘惑に負けて術を悪用するかもしれないし。
「確かにね。
この魔道具がそこまで問題になるほど売れるかどうかは分からないが、売れたうちの一つが悪用されたせいで我々の評判まで地に落ちてしまったら意味がない。
『昔の記憶をもう一度見ましょう』という路線で老人層に売り込むのは諦めようか」
ため息をつきながらアレクが同意した。
「う~ん。
折角頑張って開発したのに、イマイチ無駄になりそう~~!!」
ソファに身を投げ出しながらシャルロが嘆いた。
「記憶を刺激しなくても思い出せる範囲のことにこれを使えるよう売れないかねぇ・・・」
折角開発したのだ。
元は取りたい。
記憶がああも誘導しやすくて犯罪の捜査に使えないというのは本当に痛かった。
まあ、実際には使えないことは無いが・・・使わせないほうが良いだろう。
個人的に使うのはまだしも、悪用された時の危険が大きすぎるから捜査機関に売り込むのは無しだな。
かといって結婚式とかの思い出を映像化しましょう・・・と言って売り出そうにも、最近は王太子の結婚式での映像集の作成が評判になって、映像記録用魔道具を使う専門家のサービスが非常に人気が出て売り上げががっつり上がったと先日アレクから報告があったばかりだ。
既に結婚式の映像を記録してもらっているんだったら、記憶からそれを取り出す魔道具なんぞ買う必要はない。そっち方面でもあまり売り上げは期待できないだろう。
「そうだ!
劇が終わった後にこの魔道具を外でレンタルしてはどうかって劇場に売りつけてみたらどうかな?
ファンの人とかだったら、思い出をがっつり魔石に記録して保存したいと思うかもよ?」
シャルロが体を起こして提案してきた。
「確かに。
しかも、ファンの目で見た俳優の姿が現実以上に格好良くなっていたら、劇場側がその映像を広告用に買うのも有りかも知れないし」
アレクが軽く笑いながら頷いた。
そうだな。
結婚式の映像でも、妙に相手の顔が煌いている記憶映像が幾つかあった。
ああいった感じにファンによって理想化された俳優の姿は本物に近いながらも実物よりも美しくなっていて、劇場にとっても良い広告映像になるかもしれない。
「よし。
その路線で売り込んでみようぜ」
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