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第四部 王都の新たな日々

第368話 祝勝会の夜④

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 目立ちたく無かったが、それはもう今更だろう。


 「オーギュスト、おいで」


 ジェス達と共にアガサに詰め寄っていたオーギュストだが、シュリの声に即座に反応し、その足下にひざまずいた。
 女性体の時より高い位置にあるその頭をそっと撫で、それから息をつめてこちらを見守る人々を見回して、


 「僕の悪魔のオーギュストです」


 そう紹介した。
 みんなから姿が見えるように立ち上がるように促し、それから抱き上げてもらって彼の肩にちょこんとおさまる。
 オーギュストはシュリを肩に乗せたまま、きまじめな顔で、


 「シュリの悪魔のオーギュストだ。悪い悪魔じゃないぞ」


 そんな自己紹介。
 どこぞのぷるぷるした生き物を彷彿とさせる自己紹介にクスリと微笑んだシュリは、いい子だね、とこっそりオーギュストの頭を撫でてあげる。
 みんなから見えない、後頭部の辺りを。

 すると、もっと撫でろといわんばかりにオーギュストの頭が押しつけられてきて、ちょっとペットっぽい甘えん坊な行動に少しキュンとしつつ、シュリはそのまましばらくオーギュストの頭を撫でてあげた。

 堂々と立つオーギュストに、女性陣は分かりやすく見とれ、男性陣は話が通じそうだぞと質問を投げかけてきた。
 オーギュストはその質問の1つ1つに丁寧に答えを返していく。
 そんな中、


 「悪魔は人の血肉や魂を好むというが、あなたはどうなのか? 人を喰いたいという欲求があるのでは?」


 そんな質問が飛んできた。
 オーギュストは考えをまとめるようにしばし口をつぐみ、それから落ち着いた口調で話し始めた。


 「俺が最初にこの世界に招かれたのは数百年も前の話だ。貧しいながらも才能のあった魔術師が、生け贄の為の家畜をかき集めて召還したのが俺だ。正直、供物の質が余りに悪く、一般の悪魔が好む仕事の内容では無かったから、誰も引き受けたがらなかったのだが、俺は少々変わり者でな。最初の主の望む仕事に興味もあり、召還に応じてこの世界にやってきた」

 「その仕事とはどんな?」

 「農作業だ」

 「は??」

 「正確には、最初の主の故郷のやせた大地での収穫量を増やし、故郷を助けて欲しい、という内容だった。普通であれば、魔力で土壌を改良し、良質な作物が育つように天気を操ればいいのだが、その時の俺にはその魔力が足りなかった。本来、潤沢な生け贄の血肉と魂で受肉するのと同時に魔力もそれなりに得られるはずなのだが、俺に与えられた生け贄は受肉するのもギリギリの量だった。さらに、最初の主は優秀ではあったが魔力量はさほど多くなく、分け与えてくれと頼むのも申し訳なくてな。で、俺は考えた。魔力が無い状態でやせた大地を豊かにし、作物をたくさん収穫するためにはどうすればいいか。でた結論は、地道にやるしかない、だった。で、農作業をする事になった、というわけだ」

 「な、なるほど。それで、あなたの最初の主の願いは叶ったのですかな?」

 「ああ。1年で、というのは難しかったが、睡眠のいらない悪魔の体を生かし、昼夜問わずに土壌の改良を研究し実践し。5年が過ぎる頃には、村人が楽に生きるに十分な程の収穫を得る事が出来るようになった」

 「では、あなたの最初の主の願いは叶ったのですね?」

 「ああ。どうにかな」

 「それで、あなたはその最初の主の魂を食べたのですか? 悪魔との契約はそう言うものと聞いたことがありますが」

 「確かに。悪魔の契約での成功報酬は、召還主の魂であがなわれる事が多い。悪魔の中には、人の魂を好む奴も多いからな。だが、交渉によっては他のものを代わりにすることも出来る。良くあるのは、今回のように金持ちが背後にいる場合。奴らは金で人間を買い集め、自分達の命の代わりとして悪魔に差し出す。召還された悪魔の方も、大量の魂を得られるなら文句はないだろうしな。ただ、俺の場合は召還主が貧しかったから身代わりを用意することは出来なかった」

 「で、ではやはり……」

 「まあ、俺も最初は奴の魂を貰うつもりだった。ただ、無理矢理にではなく、奴が寿命を迎えるとき、その魂を貰う約束をしていた。だが、最初の主が寿命を迎えるまで、数十年にもわたって家族のように過ごしていたら、なんというか、情が移ってしまってな。奴を看取りはしたが、その魂を奪うことは出来なかった」

 「魂は、食べなかった、と?」

 「ああ。食べなかった。まあ、人のように生活する分には、そこまで魔力も必要なかったしな。それに、最初の主と共に過ごした数十年で、俺はすっかり人に親しみを持つようになってしまった。俺達のように強大な力を持たない人間が、工夫して生み出す技術にも興味があって、最初の主を失った後も、俺はこちらの世界に残る事にした。受肉した肉体を保つには魔力が必要だが、人と同じように慎ましく生きるくらいなら、しばらく持ちそうだったしな。肉体が形を失ったらあちらへ戻ろうと決めて、俺は人と同じように生活をはじめた」

 「人と、同じように、ですか??」

 「そうだ。無駄な魔力は使わず、一般人のふりをしてな。まあ、年をとらない見た目のせいで、一所に長くは留まれなかったが、周囲に怪しまれない範囲でとどまり、仕事をして過ごすのは楽しかったな。そうして、人々の間でひっそり生きていく中で、俺は心を引きつけられる技術にであった」

 「心を引きつけられる……? なんです? それは??」

 「裁縫だ」

 「さい、ほう?」

 「ああ。裁縫を使って服を作る技術に興味を抱いた俺は、偶然知り合った今の師匠に弟子入りした」

 「悪魔が弟子入り……。も、もしや、その師匠という方も、あ、あく……」

 「いや、師匠はれっきとした人間だ。まあ、若干人間離れしている気もするが、それもここにいるシュリほどではない。俺と出会った頃は趣味だった服作りを、本職を退職した後は服屋をひらいて本業にし、今はここにいるシュリ専属の服職人兼ルバーノ家の執事として毎日楽しそうに働いてるな」

 「そ、そうですか」

 「俺は師匠の弟子としてシュリに出会い、シュリの才能と人柄に惚れ込んだ。それでシュリの眷属に加えてもらい、主従の誓いをたてた、とそういう事だ」


 そう結んで、オーギュストは身の上話を終えた。
 今まで特に、オーギュストに身の上話をせがんだことも無かったので、初めて聞く話に周囲の人と同じく感心していると、


 「シュリは彼の主なのに、今の話を知らなかったのか?」


 アウグーストが首を傾げてそう問いかけてきた。
 シュリは素直にうなずき、


 「うん。まだ聞いたことが無かったから聞けて良かった」


 そう答えた。
 それを聞いたアウグーストは少し呆れたような顔をして、


 「おいおい。そういう事は自分の懐に入れる前に探っておくことだろう? もし、そこの悪魔……オーギュストがお前を欺くつもりだったらどうするんだ? お前も、お前の周囲の者も危うくなるかもしれないんだぞ?」


 軽く苦言を呈した。
 シュリはその言葉を否定することなく、受け入れるように頷いた。


 「確かに、アウグーストのいうような危険もあると思う。世の中、いい人ばかりじゃないしね。けど、僕はオーギュストを信じてるから。眷属になった今はもちろん、眷属になる、その前からね。それに、オーギュストが師匠と呼ぶ人も信じるに値する人だよ。それに厳しい人だ。その人がオーギュストを側に置いていたって事は、オーギュストが悪いことをしていないって証明でもある。僕にはオーギュストの、人を不要に害するつもりも、害したこともない、っていう一言だけで十分だったんだよ」

 「信頼に足る理由は、シュリにとっては十分にあった、とそういうことか。だが、俺はそう甘くは無いぞ? オーギュストよ。最後にもう1度だけ、質問をさせて貰おう」

 「なんでも聞け。答えられないことはない」


 アウグーストの言葉に、オーギュストは落ち着いた表情で応じた。


 「悪魔は人の魂を喰らう。それは周知の事実。それを踏まえた上でお前に問おう。力にあふれたシュリの魂はさぞ美味そうに見えるのではないか? お前はその魂を得たいとは思わぬか? シュリの魂を味わい、シュリの全てを己のものとしたいとは?」


 その問いを受け止めたオーギュストは、血の色の瞳でじっとアウグーストを見つめた。
 その瞳の奥、魂の底までも見通すように。
 そして。


 「アウグーストよ」


 静かに目の前の男の名を呼んだ。
 自分達の国の長の名前を呼び捨てにされ、周囲の者がざわめくのを、アウグーストは片手をあげておさえる。
 そして、目の前に立つ人外の男に臆することなく、彼の瞳をまっすぐに見返した。


 「お前の指摘する通り、シュリを己のものとしたい気持ちはある」

 「では……」

 「だが、シュリの魂を己の腹におさめたところで、それはシュリを己のものにしたとは言えない。シュリを己のものとする方法はただ1つ。何者にも縛られず、自由に生きるシュリに、シュリの意志で愛される事だ。ただ、まあ、この方法の難点は、シュリを自分1人だけのものにするのは難しい、という点だろうな。だが、シュリが誰を愛そうとも、俺がシュリだけのものだという事には変わりない。その事実だけでも、俺の心も欲も、十分に満たされている」

 「心と欲が満たされようとも、腹は減るものだろう? シュリの目の届かぬところでつまみ食いをしたいとは思わないか? 食事をして、さらなる魔力を得ようとは?」

 「つまみ食いをして魔力を得る? くだらんな。そんなことをするより、シュリの唇をいただく方がよほど良い」

 「唇を、いただく??」

 「口づけをするってことだ」

 「口づけ……」

 「まだ分かりにくいか? こう、キスをだな……」


 あっという間に肩から腕の中へ場所を移され、言いながら顔を近づけてきたオーギュストの唇をシュリは両手で押さえてガードした。


 「……シュリ?」


 なぜだ、とショックを受けたようなオーギュストを申し訳なさそうに見上げるシュリ。
 正直、オーギュストは格好いいし、女性の姿の時はキスをしているし、抵抗はそれほど無い。
 だが、1人に許し、なし崩しに男性とのキスを受け入れるようになってしまうのも困る。
 BLは他人事として見るからいいのだ。
 自分が鑑賞対象になるのは勘弁して貰いたい、というのがシュリの正直な気持ちだった。


 「僕、男の人とはキスをしないって決めてるから!」


 きっぱり告げると、オーギュストははっとした顔をし、そして間髪入れずにその身を女性体へと変えた。
 その変化に周囲がどよめく中、オーギュストの顔が有無をいわせずに近づいてくる。
 今度はさすがにシュリも断らず(人前でどうかとは思ったが)、その唇を受け入れた。

 その熱烈なキスを、周囲の男子が若干前のめりに見ている気配を感じつつ、シュリはふれあった唇を通して、オーギュストに魔力を渡す。
 いつもしていることだから、ついついそうしてしまったが、今は魔力をあげる必要はなかったかなぁ、なんて思いつつ。

 だが、魔力をたっぷりあげたせいか、オーギュストがキスに満足してくれるのがちょっぴり早かった(気がする)からまあいいか、とやっと解放された唇でふはっと息をつく。
 オーギュストはそんなシュリを愛おしそうに見つめ、それからあっけにとられた顔でこっちを見ているこの国のトップに立つ男を見た。


 「このように、キスを通してシュリから貰う愛情たっぷりの魔力と比べれば、魂なんてものはとるに足らないものだ。俺には必要ない」

 「そ、そうか」

 「納得してくれただろうか?」

 「あ、ああ」


 てらりと塗れた唇の美女から、欲情がくすぶる甘く潤んだ瞳で見つめられ、アウグーストは思わず唾を飲み込んだ。
それは彼の周囲にいた男性陣も同様で、あのディリアンですら例外では無かった。


 「理解して貰えたなら良かった」


 そんな男達の気も知らず、素っ気なく頷いたオーギュストは、もう一度甘く熱を込めてシュリを見つめると、再び男性体へと体を変化させた。


 「今日は男の姿でエスコートとやらをつとめる、というのがシュリとの約束だからな」


 そう言って。
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