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第四部 王都の新たな日々

第369話 祝勝会の夜⑤

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 襟元を直しながらきりりと表情を引き締める、さっきまで女性だったとは思えないいい男ぶりに、周囲の女性陣はため息をもらし、男性陣は目が覚めたように目を瞬かせる。 
 だが、そんな視線など気にする様子もなく、床にそっと降ろしたシュリの服装を整えると、今日の任務であるエスコートを遂行するため、オーギュストはジェス達の方へ戻っていった。

 戻った先でシュリとのキスについて、ずるいと責められてちょっとたじろぐオーギュストが、ちょっと可愛いなと思ってしまったのは絶対に秘密だ。
 それを知ったオーギュストにぐいぐい迫られて、ついつい男性姿の彼とちゅーをしてしまったら、ノット・リアル・BLの看板が揺らぎかねない。
 オーギュストとは、女性体の時にだけちゅーをする。
 その一線だけは守らねば、と改めて己に言い聞かせていると、


 「子供相手に容赦ないキスをかます女どもだなぁ。大丈夫か? 坊主」


 いつの間にか近くに来ていたライオスが声をかけていた。


 「シュリ、だよ。ライオス。心配してくれてありがとう。でも、ほら、僕、まだ子供だからそっちは大丈夫だよ?」


 その視線が一瞬シュリの股間に流れたが、彼が心配している案件について察したシュリは、特に慌てる事も身の危険を感じることもなく応じる。


 「そうか? なら良かったけどよ。子供っていうのは便利なもんだなぁ。シュリくらい可愛いと、綺麗なねえちゃんにちやほやされるだろ?」

 「う~ん。確かに可愛がってくれるけど、でも、ほら、僕、子供だから。求められても応えられないし、申し訳なくて。僕も早くライオスみたいなおっきい大人の男になりたいな」

 「求められても応えられないって、お前なぁ。子供はそんなこと考えなくていいんだ」

 「え? そうかな?」

 「そうだよ。まだ子供なんだから」

 「そういうもの?」

 「そういうもんだよ、普通は」


 言い切ったライオスは、なぜか背筋が寒くなったような感じがして、周囲を見回した。
 だが特に、危険な人物は見あたらず、ライオスは微妙な顔で首を傾げる。

 そんなライオスは知らない。
 普通の子供は女性に求められても応えなくていい、なんて普通の常識を今更ながらシュリに教えてしまった事で、主の微妙な変化を遠くアズベルグで敏感に察した愛の奴隷達からの無意識の殺意を向けられたという事実を。
 まあ、無意識だから実害は恐らく無いだろうが、この事実を知られた場合、ライオスの身の安全の保障は難しいに違いない。


 (やっぱりこっちの世界でも普通の子供はそう言うのと無縁でいいものなんだぁ。物心ついたころから普通に狙われたり求められたりしてたから、こっちの世界は子供も普通にそういう対象なのかって思ってたけど)


 僕の周りが特殊なだけだったんだな~、と1人頷く。
 まあ、その事実を知ったところで、今更そういう求めをきっぱり断るのは難しいだろうけど。
 特に愛の奴隷にとっては死活問題につながるし。
 常識的な助言をくれたライオスのまっとうな優しさを素直に受け取って、


 「そっかぁ。ありがとう、ライオス」


 彼の大きな体を見上げたシュリはにっこり微笑む。
 そのあまりに愛らしい笑顔に思わずぽっと頬を染めた大男を若干気味悪そうに横目で眺めながら、


 「しかし、大きくなるにしても、ライオスみたいに、というのは無理だろう?」


 ロドリオがそんな風に口を挟んできた。
 半ば本気でライオスの筋肉満載な大きな体に憧れを抱いていたシュリは、


 「え~、どうして? 僕だって体をいっぱい鍛えればライオスみたいになれるよ!」


 唇を尖らせて言い返した。


 「そうかそうか! シュリは俺みたいになりたいのか!! それじゃあ、そうだな。俺が日課にしている筋肉育成運動のメニューを……」


 そんなシュリの言葉にライオスは嬉しそうに顔を輝かせ、


 「いやいや、まてまて。どう考えても無理だろう!? 絶対スタートが違うし」


 ロドリオは無理だと首を振る。


 「「スタートが違う??」」


 ロドリオの言葉に、大小そろって首を傾げる。
 その様子をちょっと可愛いな、と胸をほっこりさせてしまった自分を追いやるように首を振り、


 「そうだ。スタートが違う。ライオス、お前が5歳くらいの子供だった頃、体格はどんなだった? シュリみたいな感じだったか?」


 ロドリオはライオスに問いかけた。


 「俺が5歳くらいのころ?? 5歳くらいの頃かぁ」


 その質問に、当時を思い返しつつ、ライオスはちらりとシュリを見た。
 年齢不祥な幼さの少年の、ほっそりと華奢なその姿を。
 そしてきっぱりと首を横に振る。


 「いや。シュリとは全く違ったな。もっと骨太でむちっとしてたし、ガキの頃から背も高かった」

 「だろう? それを踏まえて考えてみろ。シュリがお前と同じ筋肉育成方法を実践したとして、果たしてお前のようになれるのか。お前のようになってしまっていいのか、ということを」


 言われたライオスは、うーんとうなって目をつむる。
 そして脳裏に己の姿を思い描いた。
 筋骨隆々とした、幼い頃の自分が思い描いていた通りに成長した姿を。
 次に、己の無骨な顔の代わりに、シュリの可愛らしい顔を据えてみた。
 正直、不気味である。
 いやいや、こんな風に筋肉が育つ頃には、シュリはもう少し大人になっているはずだ。


 (さ、さすがに大人なシュリの顔なら筋肉とも……あわないな)


 今のシュリの顔をベースに成長させてみたが、ライオスの筋肉とシュリの顔の相性は最悪だった。
 だが、あきらめずにしばらく試行錯誤した後、ライオスは諦めに染まった顔で目を開き、期待に満ちた顔でこちらを見上げるシュリを見つめた。
 そして告げる。


 「お前に俺の筋肉は無理だった」


 シンプルに、真実を。
 がーん、とショックを受けた顔をするシュリの肩に大きな手を置いて、


 「俺じゃなくて、ロドリオくらいならギリギリいけるんじゃないかと思う」


 ライオスは真面目な顔でアドバイスする。
 だが、ロドリオは微妙な顔で首を傾げ、


 「いや、俺の体にシュリの顔も無理があるだろ? シュリに鍛えた筋肉は似合わないって事だ」


 きっぱりとそう断じた。
 それを聞いたシュリは更にショックを受け、思わず目を潤ませる。


 「そ、そんなぁ。僕だって筋肉ほしい。男らしくなりたいよぉ」


 背も高くなりたい、と呟いて、しょんぼり肩を落とすシュリを、ロドリオは気の毒そうに見やり、その頭にぽん、と手を置いた。


 「シュリ。男の価値は筋肉じゃない。強さと優しさだ。お前に筋肉は無いかも知れないが、この国を救う為にやってきて、実際に救ってくれたお前にはもう両方とも揃っている。それは、誇るべき事だ」

 「そ、そうだぞ、シュリ。ロドリオの言う通りだ。だから、なっ? 元気出せ。あ、そうだ。高い高いしてやろうか? 高い高い」


 2人が慰めてくれたので少しだけ気分は上向いたが、高い高いはないだろう、と文句を言おうと言おうとした。
 しかし、ライオスの行動はそれよりも早かった。


 「俺の高い高いは子供達に人気なんだぞ!」


 にこにこしながらシュリを抱き上げ、そして。
 天井に向かって思い切り、投げた。

 ここが外だったら良かったのだろう。
 晴天のもと、彼の力で思い切り投げられたら、それは怖さはあっても爽快な体験であり、高く投げ上げられた場所から見る景色もきっと素晴らしかったに違いない。

 だがしかし。
 非常に残念な事実を指摘すると、ここは建物の中だった。
 いくら天井が高いとはいえ室内。
 シュリの体はものすごい勢いで天井に激突し。
 そのものすごい音に驚いた人々の視線の集まる中、やっちまった、と青い顔をするライオスの腕の中に再びおさまった。


 「だ、大丈夫か、シュリ」


 恐る恐るというように尋ねてきたライオスを、シュリは軽くにらんでけほっと咳をする。
 大丈夫かと問われれば大丈夫と答えるしかない。
 そりゃあちょっぴり痛かったが、人の域を越えたレベル帯のシュリを傷つけるほどではなく、むしろ、ぶつかった天井の方が心配だった。

 案の定、ぱらぱら落ちてきた石の粒に小さくため息をついたシュリは、さくっと土魔法で天井をコーティングし、それに更にざわめく周囲の声を無視してライオスの顔を見上げ、


 「ライオス」


 真面目な声で彼の名を呼んだ。


 「な、なんだろうか、シュリ」

 「僕だから無事ですんだけど、今度からは室内での高い高いは絶対に禁止だからね!? 普通の子供は、あんな勢いで天井にぶつけられたら、全身の骨を折って内臓破裂して死んじゃうから!!」

 「わ、分かった。気をつける」

 「気をつける、じゃなくて絶対にしないで!! 投げられたのが僕じゃなかったら、降ってきたのは石の粒じゃなくて血の雨だったかもしれないんだよ!? ちゃんと反省して!」

 「は、反省してる。ほんとだぞ? もう絶対、室内で高い高いはしない。約束する!」

 「本当だね?」

 「本当だ!!」

 「絶対?」

 「絶対だ!!」

 「……じゃあ、許してあげる。信じるからね、ライオ」


 ス、まで言えずに、シュリの体はライオスの腕の中からかっさらわれた。


 「しゅりぃぃ!! だ、大丈夫だったかぁ!?」


 ものすごい勢いで駆け寄ってきたジェスによって。


 「ジェス? う、うん。へーき」


 ちょっと涙目のジェスに答えると、おでこに大きな手が当てられた。オーギュストの手だ。
 彼はじっとシュリの目をのぞき込み、その瞳の緊張をほっとゆるめた。


 「……目もしっかりしているし、外傷もない。気の流れにも不自然なところはないから、骨や内臓も大丈夫だろう。丈夫で頼もしいぞ、シュリ」

 「そ、そう? ありがとう、オーギュスト」


 2人とそんなやりとりをしていると、出遅れたアガサとフェンリーもシュリを囲んでその無事を喜んだ。
 そんな客人達の様子を少し離れた場所で眺めながら、アウグーストはこっそり胸をなで下ろす。

 シュリが強いと信じているが、さっきの天井への激突は少々肝を冷やした。
 シュリの言う通り、一般的な子供なら命がない程の、大人であっても生命の危機を感じるレベルの衝撃があったであろう事は、端で見ていても十分に感じられたからだ。


 (ま、まあ、シュリの肉体の頑丈さも分かったことだし、ライオスは厳重注意くらいで許してやろう。本人もだいぶ肝が冷えたことだろうしな)


 そんなアウグーストの横で、平然とした顔をしつつもディリアンも心臓がハクハクしていた。
 シュリが強いと分かっていても、幼い子供の体が天井にめり込む様子を見させられるのは何とも心臓に良くない。

 なにをやらかしているんだ、とライオスを睨みつつも、シュリがそれほど怒っていないことに安堵の吐息をもらす。
 己の国の安泰を願うディリアンの望みは、シュリと程良く親しく付き合い、彼の怒りを買わないこと。
 大人しく優しい人間ほど怒らせると恐ろしいものなのだ。
 ディリアンは、シュリもその類の人間だと睨んでいた。


 (ま、まあ、天井に叩きつけられたくらいで怒るほど懐は浅くない、という事は分かりましたから、とりあえずは重畳、というところでしょうか)


 そんなことを考えながらディリアンが見つめる先で、シュリの無事を確かめた彼の親衛隊(?)4人がライオスに詰め寄っている。
 シュリは苦笑しつつもまずは静観する構えのようだ。


 (……ま、命が危険になる前にシュリが止めてくれるでしょうし)


 私が関わることでもないですね、とディリアンはそっと目をそらす。
 だが、同じく目をそらしたらしいアウグーストと目があって、ちょっと気まずい思いでしばし見つめ合った後、さりげなく首を反対側に傾けた。


 「いや、ちょっと待て、お前ら! 俺に悪気は無かったんだ!! 話せば分かる!! ちょ、シュリ! こいつらをどうにか……ちょ、待て!! 話せば……」


 届くのはライオスのそんな声。
 だが、あえてそちらに顔を向けることなく、


 (……ご愁傷様です)


 ディリアンはそっと胸の中で手を合わせた。


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