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第四部 王都の新たな日々

第370話 祝勝会の夜⑥

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 開幕から色々濃い展開でなんだか疲れてしまった。
 だが、疲れたといってもすぐに帰れるわけもなく。
 ライオスをさんざん痛めつけて満足した女性3人とイケメン1人にちやほやされつつ、料理人さんが腕によりをかけて作ってくれた食事を楽しんだ。
 料理人さんにも料理にも罪はなく、彩り鮮やかな料理はとても美味しかった。

 この国の商都は港町でもあり、新鮮な魚がふんだんに手に入る為、生魚を使った料理も多く、なれない料理に戸惑うアガサを後目に魚料理を味わう。
 残念ながら、醤油とわさびでシンプルに食べる刺身のようなものではなく、洋風なカルパッチョ的なものだったが、それでも久しぶりに食べる新鮮な魚は幸せの味がした。

 にこにこしながら料理を十分に堪能し、シュリは満腹になったおなかを抱え、満腹で眠くなりしょぼしょぼしてきた目をこすりつつ、もうそろそろ帰ろうか、と相談しようとみんなの顔を見上げる。
 だが、ちょうどダンスタイムに突入するタイミングだったらしい。
 ダンスにふさわしい上品な音楽が流れ、


 「腹も満ち、そろそろ体を動かしたくなってきた頃じゃないだろうか。さあ、男子諸君。気になる乙女にダンスの申し込みを。もちろん、乙女からのアプローチも大歓迎だ。さあ、楽しんでくれ」


 そんなアウグーストの言葉に、人々が動き出す。
 舞踏会というと、主催者夫妻、またはそれに類する誰かが最初にダンスを披露する事も多いようなのだが、今日はその辺りは省略するようだ。
 主催者のアウグーストが独り身という事も、関係するのかもしれないが。

 このダンスタイム、シュリは基本、壁の花(?)に徹するつもりでいた。
 アガサやジェス、フェンリーとは踊らないとかなぁ、と考えていたが、さっきアガサをエスコートした時に思った。
 身長差がありすぎると、一緒にダンスするのも難しいんじゃなかろうか、と。

 そんな訳で、3人が殺到してきたら、身長差を理由にやんわり断ろうと思っていたのだが、そんな心配もなさそうだ。
 美人な3人は早速複数の男性に囲まれているし、シュリの物珍しさに気づいて近づいてくるお嬢さんは、オーギュストが引き受けてくれた。
 とはいえそのオーギュストも、美人なお姉さんに囲まれて大変忙しそうだったが。

 そんな間に、ディリアンもアウグーストも、ライオスもロドリオも、目当ての女性を捕まえたり、肉食獣の目をした美人に掴まったりしていなくなり。
 気がつけば、壁際でぽつんとしているのはシュリだけになっていた。
 ちょっぴり寂しいが、忙しすぎるよりはいいか、と音楽に合わせてダンスする人達を眺める。

 その中には、申し込まれたダンスを断りきれずにちょっぴり不満顔でステップを踏むアガサやジェス、フェンリーの姿もあった。
 時折物欲しそうにこちらへ視線をとばしてくる3人に手を振り、これもシュリを守る為、と積極的に様々な女性とダンスを踊るオーギュストをにこやかに見守る。

 だが、見守る作業というものは結構たいくつなもので。
 お腹いっぱいで眠くなっていたシュリは、ついついうとうとしてしまった。
 壁際で1人舟をこぐ、そんなシュリに最初に気づいたのはジェスだった。
 彼女は相手に非礼を詫びてダンスを中断し、シュリの元へ駆けつけるとその体を優しく抱き上げた。


 「んぅ? ジェス?? ダンスは??」


 ちょっと寝ぼけたような舌足らずの言葉に、シュリに対する愛しさが募る。
 今すぐシュリをさらって2人きりになりたい気持ちを押し殺し、


 「ダンスは気にしなくていい。眠いんだろう? シュリ。こうしていてやるから、少し眠るといい。ダンスタイムが終わってお開きになるまで、もう少し時間がかかりそうだからな」


 シュリの耳元で小さくささやいて、シュリの頭が自分の肩にちょうど良く乗るように調整し、しっかりと抱き抱えた。
 シュリはその後もむにゃむにゃ何かを言っていたが眠気には勝てなかったようで、すぐに可愛らしい寝息をたてはじめた。
 耳元で聞こえるそんな寝息すらも愛おしく、ジェスは目を細めて微笑む。

 最初は少し気になるだけの存在で、再会して恋心を自覚した。
 でもきっと、あの時点なら離れることが出来た。
 だが、それから更に深く濃く同じ時を過ごし。
 恐らく明日にはシュリは隣国へ帰ってしまうというのに、もはや離れられる気がしない。

 参ったな、どうしよう。それがジェスの素直な思いだ。
 己1人の問題なら、すぐにシュリと共に行く決断が出来ただろう。
 だが、彼女には仲間がいる。
 [月の乙女]という傭兵団に集まった、家族のような仲間達が。
 シュリへの愛は本物だが、家族とも言える仲間を全て捨てる決断をするのは難しかった。

 本当に、どうしたらいいんだろうな。
 シュリを抱く腕に力を込める。
 シュリの眠りを妨げないようにほんの少しだけ。

 愛しくて、愛しくて。
 でも、愛しいからこそ切なくもあり。
 ジェスは困った顔で、シュリの頭に頬をすり寄せた。

 己の国へ帰っても、たまには遊びに来てくれるかもしれない。
 だが、会いたいと思っても気軽に会いに行けるほど近い距離ではない事は確かで。
 そんな状況に、自分は耐えられるのだろうか、と自問する。
 耐えられるわけがない、と答えはすぐに出たが、かといって仲間を捨てて自分1人でシュリについて行くという決断がそう簡単に出来るはずもなく。
 そんな板挟みなジェスの眉間に浮かんだ縦じわを誰かの指がぐいっと押した。


 「なに困った顔してるのよ。そんな顔をしてるとキスしちゃうわよ?」


 かけられたのはそんな言葉。
 眉間をぎゅうぎゅう押されたまま、ジェスはふにゃっと笑って目の前の、己が1番信頼できる親友の顔を見た。


 「どうして困った顔をしているとキスをすることになるんだ?」

 「ジェスの困った顔ってなんだか可愛くて最高にそそるのよ。しらなかった?」

 「知るか。ばかめ」


 眠るシュリを起こさないようための小声でのやりとりに、ジェスは思わずくすくす笑う。
 そんなジェスの頬をフェンリーの手のひらが優しく撫で、


 「うん、困った顔も良いけど、ジェスはやっぱり笑ってるのが1番良いわね」


 そう言って微笑み、言葉を続けた。


 「なにをそんなに困ってるかは、まあ、大体察しがつくけどね。シュリをとるか、仲間をとるか。そんなの悩むだけ無駄だから、ま、優秀な副官のこの私に任せておきなさい。あんたの悩み、私が華麗に解決してあげるわよ」


 フェンリーの言葉にジェスは目を丸くする。
 何も言っていないのに、どうしてわかったんだろう、と。
 そんなジェスを愛おしそうに見つめ、


 「ジェスのことなんて何でもお見通しよ。ちゃんといいようにしてあげるから、何の心配もしないであんたは脳天気に笑ってなさい」


 フェンリーはそんな言葉と共ににやりと笑い。
 彼女の優秀な副官ぶりを良く知っているジェスはただ素直にこくりと頷いた。
 そうして心配事はフェンリーに預け、それから後は余計な事を考えることなく、シュリの抱き心地を余すことなく堪能する事が出来たのだった。

◆◇◆

 ジェスの言葉に甘えて、短い時間だったけどぐっすり眠り。
 すっきりして目を覚ますと、ちょうどパーティーはお開きになる時間だった。

 結局シュリとダンスできなかったアガサは不満顔だったが、シュリを抱っこしていたジェスとその隣に寄り添うように立っていたフェンリーは、なんとなく満足そうな穏やかな表情だった。
 そして、ダンスタイム中、シュリを守って様々な女性とダンスをし倒したオーギュストはなんだか疲れた顔をしていたが、主を守りきった満足感を漂わせていた。

 シュリは、アガサの不満をなだめるようにその頬に可愛らしくキスをして、オーギュストの働きをねぎらうように頭を撫で。
 シュリの行為に2人の気持ちが少し上向いたのを見計らったかのように、アウグーストが今回の騒動でがんばった人達の名を呼び、ご褒美を与えはじめた。

 直接護衛を担当した人達の名前を呼んで、その労をねぎらい、褒美は護衛を派遣した傭兵団の団長にまとめて渡し。
 もちろん、ディリアン達宮廷魔術師団へのご褒美もあった。
 [月の乙女]の代表としてジェスとフェンリーの名も呼ばれ、他国からの協力者としてアガサの名も呼ばれた。

 そして最後に。
 満を持してシュリの名前が呼ばれる。
 その声にこたえ、他のみんながそうしていたように、なにも構えることなくシュリは国家元首の顔をしているアウグーストの前に立った。


 「シュリナスカ・ルバーノ殿。貴君の助けがなければ、我が国の混沌はまだ続いていた事だろう。今回の件に関しては、無駄な騒ぎを起こさぬよう、国家首脳部の一部しか事情を知らぬ故、国をあげて感謝を示せぬのが心苦しいが、国家元首の権限の範囲内で出来うる限りの感謝を示したいと思う」


 国家元首としてのアウグーストの言葉を、シュリは神妙な顔で受けとめる。
 国のトップとの謁見に関しては、国それぞれのマナーがあるようだが、それに関してはここ、自由貿易都市国家が恐らく1番ゆるい。

 失礼があってはまずいと事前にディリアンに確認したのだが、公式の場であっても、右手を左胸に当て立位で頭を下げるだけで良いのだそうだ。
 それさえ行えば、後は顔を上げたままでいても特に怒られないとのこと。
 時代劇とかでよくある、面を上げよ、の台詞を待つ必要もないし、頭が高いとか難癖を付けられることもない、らしい。

 ちなみに、ドリスティアは王政の国なので、さすがにそこまで簡易ではない。
 以前にシュリがヴィオラおばー様と王様達に会ったときは、極めてプライベートに近かったため、細かい作法は問われなかったが、公式の場では片膝をついて頭を下げる必要があり、頭を上げるにも王様の許可が必要なんだとか。


 (おばー様と一緒にお会いしたときは気さくな王様と優しい王妃様って感じだったけど、公式の場では違うんだろうなぁ。今度きちんとお会いするときは、うっかり作法を間違えないように気をつけないと)


 そんなことを考えている間にも、アウグーストの話は続いていたらしい。


 「……以上を、我が国を救いし英雄に贈りたいと思う。受け取っていただけるだろうか?」


 アウグーストの言葉に周囲がざわめき、シュリは肝心な部分を聞き逃した事にちょっと慌てる。
 ちゃんと聞いていた振りをして頷いてしまえば話は簡単だが、そういう適当な事をすると後で困る事も多い。
 そう判断したシュリは、


 「あの~。僕になにを下さると??」


 恥を忍んでそう聞き返した。


 「我が国で商売を営める商業権と、交易税を気にせず交易出来る自由交易権、それから交易の為に必要になるであろう特別通行証だ」


 さらっとそう告げて、アウグーストがにっこりダンディに笑う。
 その想像の遙か上を行く内容にシュリの頭は一瞬フリーズした。
 そんなシュリをいたずらっぽく見つめたアウグーストがにやりとし、


 「ん? どうした?? 内容に不満があるか? 特別通行証よりも、特別市民権の方が良かったかな?」


 さらに特別っぽい権利を押しつけてこようとしたので、シュリは慌てて首を横に振った。


 「い、いえ! 特別通行証で十分です!」


 そう言いながら。


 「そうか? 我が国が王政であれば、領地を与え、功績にふさわしい地位を与えるところなんだが、そういう仕組みはもうとっくの昔になくなっているからな。だが、真面目な話、どうだろう、シュリ。俺の養子になって我が国の国民になるつもりはないか? 優遇するぞ?」


 更なるアウグーストの勧誘に、シュリはふるふると再び首を横に振る。


 「もったいないお言葉ですが、僕の愛する家族はドリスティアの民ですから。もちろんこの国が素晴らしい国なのは分かっています。仲のいい人も出来たし、この国で暮らすのはきっと楽しいでしょう。でも、それでも。僕は家族の側で暮らしたい。愛する母の、息子のままでいたいんです。だから、ありがたいお話だとは思いますが、アウグースト様の養子になることは出来ません」

 「愛する母の、と言ったな? 父親はいないのか」

 「父は亡くなりました。もうずいぶん前に」

 「それは気の毒だったな。辛いことを話させて悪かった。しかし、そうか。父親はいないのか」


 最後の方は独り言のように小さな声だったが、シュリの耳にはしっかり届いていた。


 「シュリの母親だからきっと美しいだろうし、それもありか……」


 ふぅむ、と考える様子を見せるアウグーストをシュリは半眼で見上げた。
 そして、


 「ミフィー……いえ、僕の母様に手を出したら、たとえ隣の国のトップが相手でも容赦しないからね?」


 きっちりしっかり釘をさしておく。
 ミフィーが心から好きになった人と結ばれるのであれば祝福するが、よこしまな目的で彼女に近付こうとする輩を許すつもりは無かった。
 そんなシュリの声には出さない覚悟を感じ取ったのか、アウグーストは即座に己の心に浮かんだ野望に蓋をした。

 シュリの母親を妻に迎えれば容易にこの希有な才能の子供を手中に出来ると思ったのだが、それでシュリの機嫌を損ねたのでは元も子もない。
 そう判断するだけの理性を持ち合わせていたアウグーストは、平静を装って再びにやりと笑い、


 「すまん。笑えない冗談だったな?」


 そう返すと、


 「さ、我が国からの感謝の印だ。遠慮せず受け取ってくれ」


 と、すぐに再び国家元首の仮面をかぶりなおして用意してあった商業権と交易権、特別通行権の許可証を渡した。
 シュリに拒まれないうちに押しつけてしまえと言わんばかりに。
 シュリはちょっと困ったように手の中の許可証に目を落としたが、突き返すわけにもいかないと判断し、


 「ありがとうございます」


 素直に感謝の意を示す。
 そんなシュリに、アウグーストは友好的に微笑みかけた。


 「我が養子となって貰えないのは残念だが、我が国はいつでも君の来訪を歓迎しよう。第2の故郷と思い、どうか気軽に訪ねてくれ」


 国家元首としてのその言葉に、シュリは再び頷き、頭を下げてからみんなの元へ戻った。
 その後も、アウグーストは今夜の会の主催者として何か話していたようだが、シュリはそれをまるっとスルーして、今回の事のお礼として与えられたものについて考えた。

 商人の国であるこの国において、今回シュリが貰ったご褒美はきっと1番価値のあるものだろう。

 商業権はこの国で店を構え、商売を始める事が出来る権利だ。
 もちろん、店舗を構える土地を手に入れる必要はあるし、この国の商業ギルドに登録する必要はある。
 そう考えると面倒だが、商人が営み商業で発展したこの国で、新規参入者が商業の権利を得る事は非常に難しい。
 よほどのやり手の商人であっても、2重3重の審査を受け、商業権を得るために必要な莫大な費用を捻出するのはかなり厳しい、らしい。
 ジュディスに詰め込まれた各国の知識の中から引っ張り出しただけなので、実際どうなのかはよく分からないが。

 次に自由交易権だが、これも商業権と同様で、新規参入するのはかなりの苦労を必要とする、ようだ。
 とはいえ、これが無くても交易は出来るらしいが、自由交易権を持つだけで信用が段違いだし、なにより、この権利を有する商人への交易税はかなり軽減される。
 まあ、商人でも何でもないシュリにとってはどうってことない権利だが、商人にとってはのどから手が出るほどに欲しい権利だろう。

 最後に特別通行証は、その言葉の通り特別な通行証だ。
 これがあれば、この国の出入国の際の手続きが免除されるので、商売をする上での大幅な時間短縮が可能となる。
 もちろん、商都や他の都市に出入りする際のチェックも免除されるため、門の内側へ入るための長い行列に並ぶ必要もない、とっても便利なものだ。
 もらった3つのご褒美のうち、シュリが素直に嬉しいと感じるのはこの通行証くらいだろう。

 あとの2つをどう活用するべきか。
 貰ったからには使わないと、とシュリは腕を組み、うーん、と考える。


 (ジュディスに相談してみようか? でもなぁ。ジュディスには僕の領地の経営をほぼ丸投げしてるし、これ以上仕事を増やすのもなぁ。じゃあ、誰に任せようかなぁ。商品も考えなきゃいけないし。商品……商品かぁ。ん~。あ、セバスチャンの作るお洋服を売る、とか?? でも、セバスチャンもアビスから執事長の地位を丸投げされて忙しいしなぁ)


 うーん、うーんと色々考えているうちに、パーティーは終わり、シュリはいつの間にか馬車に積み込まれていた。
 今、シュリのお尻の下にあるのは恐らくアガサの太股で、他の面々は自分の順番をうずうずしながら待っているようだ。
 ディリアンの顔は見あたらないから、彼は会場に残っているのだろう。
 そんなことを思いながらみんなの顔を見回したシュリの視線が、ふとある人物のところで止まった。

 その人の作るものは、女性に大人気だ。
 まだドリスティアの王都でも本格的に売り出してはいないが、これを機に売り出して販路を広げるのもいいだろう。
 問題は、その人が過労死しないかどうか、という点だが、幸い、その人は人間ではない。
 自己申告を信用するなら、睡眠も必要ないという事だった。
 ということは、昼夜問わず製品製作に奔走できるということだ。

 とはいえ、出来るだけ早く共に働く仲間を育成しなければならないのは確かだが。
 当面、開店に必要な程度の商品はセバスチャンと協力してある程度用意して貰うとして、他にも女性に人気の出そうな商品をいくつか売り出してもいいだろう。

 本当は、誰か商人のお友達でもいればいいのだが、今のところ特に候補者はいないし。
 商売を任せられる人が出来るまで、身内で何とか頑張るしかないかぁ、とシュリは考えて1人頷く。
 別に、商売をする権利や交易する権利を貰ったからといって、必ずしも商売を始めなきゃいけないという訳じゃないのだが、そこがシュリの真面目なところ。
 もうすっかり商売を始めなきゃいけない、という気持ちになっており、その実現に向けて頭を悩ませていた。
 馬車が止まり、そこから運び出された後も。

 屋敷に入った後も、考え込んだまま己に貸し与えられた部屋に向かおうとしたのだが、そんなシュリを引き留める手があった。
 思考の海から一時帰還し、シュリは己を引き留めた手の持ち主の顔を見上げる。


 「えーっと、アガサ??」

 「シュリってば。このままなにもしないで部屋に帰っちゃうつもり?」

 「あ、うん。そうだけど……。ダメだった? なにかしなきゃいけないことがあったっけ??」


 すねた顔の美女を見上げ、シュリは困ったようにちょっぴり小首を傾げた。
 そんなシュリの可愛らしさにほんのり頬を染めつつ、アガサはシュリの両手をとる。
 強制的に両手をつながれたシュリは、アガサは何がしたいんだろう、と困惑の表情を浮かべた。


 「えっと……なに??」

 「ダンス」

 「え?」

 「ダンスをまだしてないわ」

 「えっと、でも、ダンスはしてたよね?」


 アガサの言いたいことが良く理解できず、シュリは再び首を傾げる。
 ダンスはしたはずだ。それなりに見目のいい男の人と、休む暇がないくらいに。
 美人なアガサとダンスしたいという男の人はたくさんいたから。
 でも、シュリのそんな答えに、アガサは更にすねたように唇を尖らせた。


 「シュリとは、してないもの」


 その主張にシュリは目を丸くする。


 「でもさ、僕とだと身長が違いすぎてダンスにならないでしょ?」


 今のように手をつないでステップをふむくらいなら出来るかもしれないが、きちんと組んでダンスをするのは難しい。
 そのことを理解してくれたから彼女達は他の人と踊ってくれてたんだと思っていた。
 他の人と、ちゃんとダンスを楽しんでくれた、と。


 「シュリ以外とするダンスなんてダンスじゃないわ。あの場ではそうする他無かったからそうしただけ。本当は、どんなダンスでもシュリとだけ踊りたかったけど、それじゃ、シュリに恥をかかせると思ったから我慢してたのよ。たぶん、ジェスもフェンリーもそうだと思うわよ」


 そんなアガサの主張に、シュリは更に目をまん丸くし、そうなの!? とジェスとフェンリーの顔を交互に見上げる。
 すると彼女達も、そうだと言うように即座に頷いた。
 シュリが相手じゃないダンスは、ちっとも楽しくなかったのだと。

 そうだったのかぁ、と思いつつ、シュリは少しだけ申し訳なく思った。
 せっかく綺麗なドレスを来たのにダンスも楽しめなかったのではかわいそうだ、と。


 「僕の身長がちょっぴり足りないから、手をつないでくるくる回るくらいしか出来ないよ?」


 それでもいいの? と問うと、3人は揃って嬉しそうに微笑み、頷いた。
 音楽もないんだけどなぁ、と思いつつ、それでも3人がそうしたいと思うなら、と、手をつないでステップを踏むだけのダンスをする。
 だけど、すぐにそこに音楽が加わって。
 いったい誰が? とダンスをしながら首を巡らせれば、どこから取り出したのかわからないヴァイオリンを、かっこよく優雅に奏でるオーギュストの姿があった。


 (オーギュスト、ヴァイオリンなんて弾けたんだぁ)


 とちょっぴり目を輝かせて感心しながら見つめると、その視線に気がついたオーギュストは、


 「今日の俺は男の姿だしな。シュリが楽しくダンスを踊れるように、裏方に徹していよう」


 そう言って甘く微笑んだ。
 それは、普通の女性だったら腰砕けレベルの甘さで、正直、あのオーギュストよりシュリを選ぶアガサ達はちょっとおかしい、と思う。
 けど、彼女達が望むのはシュリだけなのだから仕方がない。
 まあ、お前のスキルのせいだろう、と言われてしまえばそれまでなのだが。

 シュリに出来ることは、彼女達の想いに精一杯応えることだけ。
 そんな気持ちをかみしめつつ、夜が更けてくたくたになって3人の気が済むまで、シュリはくるくるとダンスを踊り続けたのだった。

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