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第四部 王都の新たな日々
第371話 さよならまたね、それからただいま
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日が昇りお昼も近くなった頃、シュリはようやく目を覚まして大きく伸びをした。
昨夜、寝るのが遅かったせいでまだちょっと眠い。
(まだ眠いけど、今日は王都へ帰る日だしね)
さすがにそろそろ起きなきゃダメだろう、とあくびをかみ殺しつつ、手早く身支度を整える。
いつもであれば、シュリ専属のメイドのシャイナかルビスが嬉々としてやってきて、鼻息荒く寝ぼけ眼のシュリの面倒をみてくれるのだが、今は旅先。
2人がいないと何にも出来ない、なぁんて事はなく、シュリはちゃんと1人で起きて身支度を完了し。
最近はすっかりモーニングルーティーンに組み込まれてしまった甘いキスが無いことをちょっぴり寂しく思っている自分にちょっぴり苦笑しつつ部屋を出て階段を降り、傭兵団の食堂兼リビングへと向かった。
さすがにお腹が空いてきたので、なにか食べるものがあると良いなぁと思いつつ。
食堂に入ると、そこには昼食の準備をしているフェンリーがいた。
シュリの姿を見つけたフェンリーは、
「あら、おはよう、シュリ。目が覚めたのね」
そう言って、目を柔らかく細めて笑った。
そして、
「よく寝てたから起こさなかったんだけど、お腹が空いたんじゃない? お昼ご飯の前に朝ご飯、食べる? 一応用意してあるわよ?」
男の子の胃袋をつかむ、そんな提案。
シュリは即座にその提案に飛びついて、餌を待つ雛鳥のようにフェンリーの足下に張り付いた。
そんな可愛い雛と化したシュリにデレデレしつつ、フェンリーが食べ物を口に運んでやっていると、大きなあくびと共にジェスが食堂に入ってきて。
仲良くしているシュリとフェンリーを見つけたジェスは、
「ずるいぞ! 私も混ぜろ!!」
そう言って強制的にシュリの餌(?)やりに乱入してきた。
「ほら、シュリ。あ、あーん」
ほっぺを赤くしたジェスの言葉に、シュリは素直に口を開ける。
お腹も空いてたし、女性からのあーんを断る理由も特にないし、正直、こうやって食べさせて貰うのはよくあることだし。
普段から女性に囲まれて過ごす事が多いシュリは、こういうのは断った方が面倒な事が多い、という事実を良く知っていた。
そうこうするうちに、まだ眠そうなアガサが起きてきて、当然の事ながら彼女も餌やり合戦に乱入し。
わちゃわちゃしている間にお昼の時間になって、みんなで仲良くお昼を食べて。
午後になり、いよいよ王都に帰る予定の時間となった。
帰り支度をしっかり整えたシュリは、
「アガサはほんとに一緒に帰らなくていいの?」
念のためにもう一度アガサに確認をする。
「ええ。あんまり早く帰ると早々に仕事に戻らなきゃいけないし。せっかく出張って名目でめったにない長い休みをもぎ取ってきたんだから、めいっぱい使わないと!! 商都の観光もちょっとはしたいしね。色々見て回ってから、気楽な1人旅を楽しみつつ王都へ帰ることにするわ」
アガサはそう答え、シュリはその言葉に頷き、
「わかった。でも、気をつけて帰ってきてね? くれぐれも周りの人に迷惑かけないように。男の人をやたらと誘惑しちゃわないように気をつけなきゃだめだよ?」
まじめな顔で注意した。
シュリの言葉にアガサは甘く微笑んで、愛しい少年の頬にキスをする。
「やきもち? なら嬉しいんだけど、ね。大丈夫よ、シュリ。シュリ以外の男に興味はないし、絶対に相手にしないから安心して。他の男に襲われないように、せいぜい地味な格好をして大人しくしてるわ」
「アガサの事だから大丈夫だとは思うけど、本当に困ったら連絡して? 助けにくるから」
「助けてくれるの? ふふ。嬉しいわ。シュリも、私がいなくて寂しかったらすぐに連絡するのよ? 急いで帰るから」
そんな言葉を交わし、しばしの別れのキスをねだるアガサに負けて、優しいキスを贈り。
シュリは次にジェスとフェンリーの顔を見上げた。
「ジェス、フェンリー。泊めてくれてありがとう。お世話になりました」
「気にするな。シュリならいつでも歓迎だぞ」
「そうね。団員が帰ってきて部屋が埋まってても、シュリなら私のベッドに泊めてあげる。だから、遠慮なくいつでも遊びにいらっしゃい」
「む! フェンリーのベッドはダメだ。そう言うときは、わ、わ、私のベッドに……」
「あらぁ。ジェスってばヤキモチ? じゃあ、ジェスのベッドに3人でぎゅうぎゅうに寝て、あんな事やこんな事を……」
ごぢん、と鈍い音がして、にまにましていたフェンリーが頭を抱えて座り込む。
脳天に貰ったジェスのげんこつがよほど痛かったらしい。
そんな2人を微笑ましく眺めていると、
「ったく、卑猥な事をぬけぬけと。シュリが泊まるときは私がちゃんと守ってやるから安心しろ。だから、いつでも来てくれ」
ジェスは、表情に隠しきれない寂しさをにじませながらそう言った。
「うん。また絶対2人に会いに来るよ。それまで元気で」
微笑み、2人の頬に順番にキスをして。
シュリは、別れの挨拶が終わるのを静かに待っていたオーギュストの隣に戻った。
ちなみに今日のオーギュストは女性体。
男性体だとシュリがスキンシップを避けるのから、だそうだ。
当初、オーギュストはタペストリーハウス以外では男性で過ごすつもりと言っていたが、この調子だと必要な時以外は女性の姿で過ごす決断をする日も近そうだ。
内心苦笑しつつ、シュリはオーギュストの顔を見上げる。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「そうだな。行くか」
シュリの言葉に頷き、オーギュストは幼い主の体をひょいっと抱き上げた。
「オーギュスト?」
抱っこじゃなくてもいいんじゃないの? と唇を尖らせて顔を見ると、彼……いや彼女は非常に魅力的な笑顔で、
「空間をわたるときは俺としっかりくっついておいた方が安心だ」
もっともらしくそう答えた。
それはまあそうなのだろうが、手をつないでいれば問題なくいけるはずなので、恐らくただ単にオーギュストがシュリにくっついていたいだけなのだろう。
これ以上文句を言っても無駄だろう、と賢く判断したシュリは、仕方ないなぁと苦笑いし、オーギュストに抱っこされたまま、別れを告げるべき3人の方へ顔を向けた。
「じゃあ、またね!」
さよなら、ではなく、またね。
再会の為の言葉をつげ、シュリはにっこり微笑む。
そしてその言葉を合図にオーギュストは空間を渡る為の黒いもやっとした入り口を出現させ、躊躇無くその中に足を踏み込んだ。
名残惜しそうにシュリを見つめる3人の顔はあっという間に見えなくなり、次の瞬間には、
「「「「「おかえりなさいませ、シュリ様」」」」」
ぴったり揃ったそんな声に出迎えられていた。
びっくりして声のした方を見ると、シュリの愛の奴隷が5人全員揃って頭を下げている。
他にも彼女達が集めておいたルバーノ家の使用人達が出迎えの為に立ち並んでいたが、セバスチャンやキキ、御者のおじさんといった、シュリに比較的近しい使用人以外は目を丸くして驚きを隠せないでいた。
恐らくは、「シュリ様がお帰りです」というジュディス達にせかされて整列させられたのだろうが、まさか何もない空間から突然現れるとは思っていなかったに違いない。
だが、予期せぬ出来事に驚きつつも、彼らは反射的に頭を下げ、おかえりなさいませ、と声を揃える。
腐っても貴族屋敷に仕える使用人、といったところだろうか。
そんな彼らの姿に、流石だなぁ、と感心しつつ、シュリは一向に降ろして貰えないオーギュストの腕の中からみんなの顔を見回した。
屋敷をあけたのは出発した日から数えてほんの数日だったが、濃い時間を過ごしてきたせいか、見慣れた顔が妙に懐かしく感じられて。
「みんな、ただいま!」
帰還の挨拶とともに、シュリはにっこり微笑んだ。ほとんどの使用人達が問答無用のトキメキに胸を押さえる中、
「シュリ様のお迎え、ご苦労様でした」
「シュリ様を無事にお迎えできましたので、みな、各自の仕事に戻って下さい」
「シュリ様のお世話は専属メイドがするので安心してねぇ」
「ええ。キキも、今日は他の部署の手伝いをお願いします。シュリ様もお疲れでしょうから、今日は我らだけでお世話をします」
「さ、シュリ君……いえ、シュリ様。お部屋へ戻りましょう」
5人の愛の奴隷達は平常運転だ。
まあ、若干鼻息が荒くなってる気がするが、きっと気のせい、なんだろう。
彼女達の言葉に従って、集まっていた使用人達はあっという間に散っていく。
キキはちょっと不満そうに、セバスチャンはちょっと不思議そうにこっちを見ていたが、2人の姿もすぐに他の使用人達に紛れて消えた。
(後でキキのフォローと、オーギュストについての説明をセバスチャンにしておかないとな~)
なぁんて思いつつ、オーギュストに運ばれていく。
部屋に戻るとすぐに、
「オーギュスト、お疲れさまでした。あなたも自分の部屋へ戻ってゆっくり休んで下さい」
にっこり微笑んだジュディスが有無を言わせない口調で告げる。
彼女に逆らうのは得策ではない、とオーギュストも感じたのだろう。
「……分かった。部屋に戻る、が、あっちの部屋にする。シュリ、タペストリーを出してくれ」
「あ、うん」
オーギュストの求めに応じてタペストリーを取り出すと、彼は手早くそれを壁に貼り付けた。
そして。
「ではまたな、シュリ。『ただいま』」
シュリの唇に素早くキスをしてからキーワードを口にして、あっという間にタペストリーの中の己の部屋へ帰って行った。
かくして部屋には、シュリと、
「シュリ様。思っていた以上の早いお帰りでジュディスは嬉しうございます」
「しかし1日でもシュリ様と離れるのは体に悪いですね。まあ、前のヴィオラ様によるシュリ様拉致事件に比べればまだましですが」
「でも、やっぱり1日1シュリ君は必要ですよねぇ。シュリ君不足は命に関わりますよ」
「数日でこれとは、シュリ様の執事として情けない限りです。ですが、シュリ様への信仰心と深い愛情を再確認するにはちょうど良かったのかもしれません」
「うんうん。ほんと、1週間以上もシュリ様と離れて正気を保っていたジュディスさん達には頭が下がるわ。でもでも、会えない時間が愛を育てるんだよね。今の私のシュリ様への愛はものすごいよ? 覚悟、してね??」
若干目が血走っているようにも見える、鼻息の荒い5人の女性が残された。
ジュディスとシャイナとカレンは、以前の経験があるためまだ少しは余裕があるように見える。
だが、愛の奴隷新人のアビスとルビスはちょっと色々ギリギリだ。
(愛が深まるのは、まあ、分かるけど、信仰心ってなに!? アビスもルビスも、大人しくイルルだけを信仰しておこようよ!?)
シュリが心の中で激しくつっこむ間も、5人は少しずつ距離を詰めてきていて。
気がつけば、ジュディスの腕に捕らえられていた。
餓えた唇に襲われて、甘く激しいキスに翻弄される。
だが、シュリとて負けてばかりではいられない。適度に反撃しつつキスを終えると、ジュディスから潤んだ瞳で甘く睨まれた。
「キスがお上手になりましたね?」
「え? そうかな??」
「しばらくお会いしない間に、どれだけの女性をこのキスで虜にされたんですか?」
「虜に、って」
ジュディスの質問に苦笑しつつ、
(ん~。この旅の間にキスしたのって、アガサと~、ジェスと~、フェンリーと~、ポチと~、タマと~、イルルと~……あっ、オーギュストもか)
シュリは心の中で指折り数える。
「ん~と、7人、くらい?」
「7人……まあ、思っていたよりずっと少なかったので良しとしましょう」
キスのお相手7人は、ジュディスが想定していたよりは少なかったらしい。
「ですが、7人もキスのお相手がいたのであれば、私達とのキスを恋しく思い出す事なんて無かったんでしょうね」
私達は毎日シュリ様とのキスを恋しく思ってましたのに、とちょっとすねた顔を見せたジュディスに、シュリはまさか、と首を横に振った。
「僕だってみんなとのキスを恋しく思ってたよ? ジュディスやシャイナやカレン、アビスとルビスとのキスがなくて寂しいなって」
言いながら、シュリはジュディスの頬を撫でた。
しっとりと手のひらにすいつくようなその肌の手触りすら懐かしいような気がする。
そんなことを思いながら、ジュディスの潤んだ瞳をじっと見つめて。
「ジュディスとのキスが恋しい、って思ってた」
その言葉と共に、彼女の唇にキスをした。
触れるだけのキスからすぐに深いキスへと移行して。
最初のキスよりもずっと長くその触れ合いを楽しんだ。
その最中、何かを確かめるようなジュディスの指先がある部分にふよっと触れ、背中に電流が走った。
が、それを押し隠しつつキスを終え、上目遣いに軽く睨むと、ジュディスは悪びれずに婉然と微笑んだ。
「大事な場所ですから、定期的にきちんと確認はいたしませんと。旅に出る前より少し敏感になられたようですが、なにか、ありましたか?」
「な、ないよ! 特になにも。いつも通りだよ、うん」
新たな称号を得た結果、時々そこがむずっとするようになった事実は、まだ絶対に秘密だ。
それが漏れたら、5人で結託してあの手この手であそこを刺激してくるに違いない。
「そうですか? でもシュリ様がそうおっしゃるなら、久々にシュリ様に触れて興奮していた事によるジュディスの勘違いかもしれませんね」
シュリの言葉に本当に納得したのかどうかは微妙だが、ジュディスはそう言ってとりあえずは引いてくれた。
そして、濡れた唇をぺろりと舐め、名残惜しそうにシュリを見つめながら後ろへ下がる。
次に進み出てきたのはシャイナ。
その次は、恐らくカレンだろう。
こういう場面での順番は、何となく愛の奴隷になった順番であることが多い。
カレンの後は、アビスとルビスの姉妹だが、恐らくアビスが姉に順番を譲るんじゃないだろうか、とシュリは予測していた。
そんなことを考えている間にも、シュリの唇をシャイナの唇がぴったりと覆い、むさぼる、という表現がぴったりな性急さでキスを仕掛けてくる。
ジュディスとのキス同様、気持ちいいのと同時にほっとするような安心感のようなものも感じながら、シュリもシャイナの求めに丁寧に応えた。
そんな結構激しめなキスを終えてシャイナの顔を見上げると、彼女は何かを待つようにシュリをじっと見つめていた。
なんだろう、と首を傾げると、
「シュリ様。私もジュディスと同じお言葉が頂きたいです」
そんなおねだりをされた。
「ジュディスと同じ言葉??」
何だったっけ、と首を傾げると、
「キスが恋しかったっていう、あれです」
シャイナは真面目な顔で答えてくれた。
ああ、あれかぁ、とシュリは頷き、若干苦笑混じりにシャイナの顔を見上げ、そして。
「シャイナとのキス、僕も恋しかったよ?」
甘く、心を込めてそう告げた。
それでミッションコンプリートと思っていたら、シャイナの唇がほんのりと突き出された。
キスを、せがむように。
(ん? ああ、そこまでがセットってことかぁ)
色々と察したシュリは、シャイナの頬に手を伸ばし、それからゆっくりと顔を近づけた。
そして、シャイナと2回目のキスをしながら思う。
きっと恐らく、この後の3人からも、同じ流れをおねだりされるんだろうなぁ、と。
かくして、シュリのその予想は現実にかわり。
全員と2回ずつキスした後も、なんだか色々求められ。
翌朝、寝ぼけ眼のシュリと妙につやつやした5人の姿から色々察したキキから物欲しそうな目で見られる羽目になるのだった。
昨夜、寝るのが遅かったせいでまだちょっと眠い。
(まだ眠いけど、今日は王都へ帰る日だしね)
さすがにそろそろ起きなきゃダメだろう、とあくびをかみ殺しつつ、手早く身支度を整える。
いつもであれば、シュリ専属のメイドのシャイナかルビスが嬉々としてやってきて、鼻息荒く寝ぼけ眼のシュリの面倒をみてくれるのだが、今は旅先。
2人がいないと何にも出来ない、なぁんて事はなく、シュリはちゃんと1人で起きて身支度を完了し。
最近はすっかりモーニングルーティーンに組み込まれてしまった甘いキスが無いことをちょっぴり寂しく思っている自分にちょっぴり苦笑しつつ部屋を出て階段を降り、傭兵団の食堂兼リビングへと向かった。
さすがにお腹が空いてきたので、なにか食べるものがあると良いなぁと思いつつ。
食堂に入ると、そこには昼食の準備をしているフェンリーがいた。
シュリの姿を見つけたフェンリーは、
「あら、おはよう、シュリ。目が覚めたのね」
そう言って、目を柔らかく細めて笑った。
そして、
「よく寝てたから起こさなかったんだけど、お腹が空いたんじゃない? お昼ご飯の前に朝ご飯、食べる? 一応用意してあるわよ?」
男の子の胃袋をつかむ、そんな提案。
シュリは即座にその提案に飛びついて、餌を待つ雛鳥のようにフェンリーの足下に張り付いた。
そんな可愛い雛と化したシュリにデレデレしつつ、フェンリーが食べ物を口に運んでやっていると、大きなあくびと共にジェスが食堂に入ってきて。
仲良くしているシュリとフェンリーを見つけたジェスは、
「ずるいぞ! 私も混ぜろ!!」
そう言って強制的にシュリの餌(?)やりに乱入してきた。
「ほら、シュリ。あ、あーん」
ほっぺを赤くしたジェスの言葉に、シュリは素直に口を開ける。
お腹も空いてたし、女性からのあーんを断る理由も特にないし、正直、こうやって食べさせて貰うのはよくあることだし。
普段から女性に囲まれて過ごす事が多いシュリは、こういうのは断った方が面倒な事が多い、という事実を良く知っていた。
そうこうするうちに、まだ眠そうなアガサが起きてきて、当然の事ながら彼女も餌やり合戦に乱入し。
わちゃわちゃしている間にお昼の時間になって、みんなで仲良くお昼を食べて。
午後になり、いよいよ王都に帰る予定の時間となった。
帰り支度をしっかり整えたシュリは、
「アガサはほんとに一緒に帰らなくていいの?」
念のためにもう一度アガサに確認をする。
「ええ。あんまり早く帰ると早々に仕事に戻らなきゃいけないし。せっかく出張って名目でめったにない長い休みをもぎ取ってきたんだから、めいっぱい使わないと!! 商都の観光もちょっとはしたいしね。色々見て回ってから、気楽な1人旅を楽しみつつ王都へ帰ることにするわ」
アガサはそう答え、シュリはその言葉に頷き、
「わかった。でも、気をつけて帰ってきてね? くれぐれも周りの人に迷惑かけないように。男の人をやたらと誘惑しちゃわないように気をつけなきゃだめだよ?」
まじめな顔で注意した。
シュリの言葉にアガサは甘く微笑んで、愛しい少年の頬にキスをする。
「やきもち? なら嬉しいんだけど、ね。大丈夫よ、シュリ。シュリ以外の男に興味はないし、絶対に相手にしないから安心して。他の男に襲われないように、せいぜい地味な格好をして大人しくしてるわ」
「アガサの事だから大丈夫だとは思うけど、本当に困ったら連絡して? 助けにくるから」
「助けてくれるの? ふふ。嬉しいわ。シュリも、私がいなくて寂しかったらすぐに連絡するのよ? 急いで帰るから」
そんな言葉を交わし、しばしの別れのキスをねだるアガサに負けて、優しいキスを贈り。
シュリは次にジェスとフェンリーの顔を見上げた。
「ジェス、フェンリー。泊めてくれてありがとう。お世話になりました」
「気にするな。シュリならいつでも歓迎だぞ」
「そうね。団員が帰ってきて部屋が埋まってても、シュリなら私のベッドに泊めてあげる。だから、遠慮なくいつでも遊びにいらっしゃい」
「む! フェンリーのベッドはダメだ。そう言うときは、わ、わ、私のベッドに……」
「あらぁ。ジェスってばヤキモチ? じゃあ、ジェスのベッドに3人でぎゅうぎゅうに寝て、あんな事やこんな事を……」
ごぢん、と鈍い音がして、にまにましていたフェンリーが頭を抱えて座り込む。
脳天に貰ったジェスのげんこつがよほど痛かったらしい。
そんな2人を微笑ましく眺めていると、
「ったく、卑猥な事をぬけぬけと。シュリが泊まるときは私がちゃんと守ってやるから安心しろ。だから、いつでも来てくれ」
ジェスは、表情に隠しきれない寂しさをにじませながらそう言った。
「うん。また絶対2人に会いに来るよ。それまで元気で」
微笑み、2人の頬に順番にキスをして。
シュリは、別れの挨拶が終わるのを静かに待っていたオーギュストの隣に戻った。
ちなみに今日のオーギュストは女性体。
男性体だとシュリがスキンシップを避けるのから、だそうだ。
当初、オーギュストはタペストリーハウス以外では男性で過ごすつもりと言っていたが、この調子だと必要な時以外は女性の姿で過ごす決断をする日も近そうだ。
内心苦笑しつつ、シュリはオーギュストの顔を見上げる。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「そうだな。行くか」
シュリの言葉に頷き、オーギュストは幼い主の体をひょいっと抱き上げた。
「オーギュスト?」
抱っこじゃなくてもいいんじゃないの? と唇を尖らせて顔を見ると、彼……いや彼女は非常に魅力的な笑顔で、
「空間をわたるときは俺としっかりくっついておいた方が安心だ」
もっともらしくそう答えた。
それはまあそうなのだろうが、手をつないでいれば問題なくいけるはずなので、恐らくただ単にオーギュストがシュリにくっついていたいだけなのだろう。
これ以上文句を言っても無駄だろう、と賢く判断したシュリは、仕方ないなぁと苦笑いし、オーギュストに抱っこされたまま、別れを告げるべき3人の方へ顔を向けた。
「じゃあ、またね!」
さよなら、ではなく、またね。
再会の為の言葉をつげ、シュリはにっこり微笑む。
そしてその言葉を合図にオーギュストは空間を渡る為の黒いもやっとした入り口を出現させ、躊躇無くその中に足を踏み込んだ。
名残惜しそうにシュリを見つめる3人の顔はあっという間に見えなくなり、次の瞬間には、
「「「「「おかえりなさいませ、シュリ様」」」」」
ぴったり揃ったそんな声に出迎えられていた。
びっくりして声のした方を見ると、シュリの愛の奴隷が5人全員揃って頭を下げている。
他にも彼女達が集めておいたルバーノ家の使用人達が出迎えの為に立ち並んでいたが、セバスチャンやキキ、御者のおじさんといった、シュリに比較的近しい使用人以外は目を丸くして驚きを隠せないでいた。
恐らくは、「シュリ様がお帰りです」というジュディス達にせかされて整列させられたのだろうが、まさか何もない空間から突然現れるとは思っていなかったに違いない。
だが、予期せぬ出来事に驚きつつも、彼らは反射的に頭を下げ、おかえりなさいませ、と声を揃える。
腐っても貴族屋敷に仕える使用人、といったところだろうか。
そんな彼らの姿に、流石だなぁ、と感心しつつ、シュリは一向に降ろして貰えないオーギュストの腕の中からみんなの顔を見回した。
屋敷をあけたのは出発した日から数えてほんの数日だったが、濃い時間を過ごしてきたせいか、見慣れた顔が妙に懐かしく感じられて。
「みんな、ただいま!」
帰還の挨拶とともに、シュリはにっこり微笑んだ。ほとんどの使用人達が問答無用のトキメキに胸を押さえる中、
「シュリ様のお迎え、ご苦労様でした」
「シュリ様を無事にお迎えできましたので、みな、各自の仕事に戻って下さい」
「シュリ様のお世話は専属メイドがするので安心してねぇ」
「ええ。キキも、今日は他の部署の手伝いをお願いします。シュリ様もお疲れでしょうから、今日は我らだけでお世話をします」
「さ、シュリ君……いえ、シュリ様。お部屋へ戻りましょう」
5人の愛の奴隷達は平常運転だ。
まあ、若干鼻息が荒くなってる気がするが、きっと気のせい、なんだろう。
彼女達の言葉に従って、集まっていた使用人達はあっという間に散っていく。
キキはちょっと不満そうに、セバスチャンはちょっと不思議そうにこっちを見ていたが、2人の姿もすぐに他の使用人達に紛れて消えた。
(後でキキのフォローと、オーギュストについての説明をセバスチャンにしておかないとな~)
なぁんて思いつつ、オーギュストに運ばれていく。
部屋に戻るとすぐに、
「オーギュスト、お疲れさまでした。あなたも自分の部屋へ戻ってゆっくり休んで下さい」
にっこり微笑んだジュディスが有無を言わせない口調で告げる。
彼女に逆らうのは得策ではない、とオーギュストも感じたのだろう。
「……分かった。部屋に戻る、が、あっちの部屋にする。シュリ、タペストリーを出してくれ」
「あ、うん」
オーギュストの求めに応じてタペストリーを取り出すと、彼は手早くそれを壁に貼り付けた。
そして。
「ではまたな、シュリ。『ただいま』」
シュリの唇に素早くキスをしてからキーワードを口にして、あっという間にタペストリーの中の己の部屋へ帰って行った。
かくして部屋には、シュリと、
「シュリ様。思っていた以上の早いお帰りでジュディスは嬉しうございます」
「しかし1日でもシュリ様と離れるのは体に悪いですね。まあ、前のヴィオラ様によるシュリ様拉致事件に比べればまだましですが」
「でも、やっぱり1日1シュリ君は必要ですよねぇ。シュリ君不足は命に関わりますよ」
「数日でこれとは、シュリ様の執事として情けない限りです。ですが、シュリ様への信仰心と深い愛情を再確認するにはちょうど良かったのかもしれません」
「うんうん。ほんと、1週間以上もシュリ様と離れて正気を保っていたジュディスさん達には頭が下がるわ。でもでも、会えない時間が愛を育てるんだよね。今の私のシュリ様への愛はものすごいよ? 覚悟、してね??」
若干目が血走っているようにも見える、鼻息の荒い5人の女性が残された。
ジュディスとシャイナとカレンは、以前の経験があるためまだ少しは余裕があるように見える。
だが、愛の奴隷新人のアビスとルビスはちょっと色々ギリギリだ。
(愛が深まるのは、まあ、分かるけど、信仰心ってなに!? アビスもルビスも、大人しくイルルだけを信仰しておこようよ!?)
シュリが心の中で激しくつっこむ間も、5人は少しずつ距離を詰めてきていて。
気がつけば、ジュディスの腕に捕らえられていた。
餓えた唇に襲われて、甘く激しいキスに翻弄される。
だが、シュリとて負けてばかりではいられない。適度に反撃しつつキスを終えると、ジュディスから潤んだ瞳で甘く睨まれた。
「キスがお上手になりましたね?」
「え? そうかな??」
「しばらくお会いしない間に、どれだけの女性をこのキスで虜にされたんですか?」
「虜に、って」
ジュディスの質問に苦笑しつつ、
(ん~。この旅の間にキスしたのって、アガサと~、ジェスと~、フェンリーと~、ポチと~、タマと~、イルルと~……あっ、オーギュストもか)
シュリは心の中で指折り数える。
「ん~と、7人、くらい?」
「7人……まあ、思っていたよりずっと少なかったので良しとしましょう」
キスのお相手7人は、ジュディスが想定していたよりは少なかったらしい。
「ですが、7人もキスのお相手がいたのであれば、私達とのキスを恋しく思い出す事なんて無かったんでしょうね」
私達は毎日シュリ様とのキスを恋しく思ってましたのに、とちょっとすねた顔を見せたジュディスに、シュリはまさか、と首を横に振った。
「僕だってみんなとのキスを恋しく思ってたよ? ジュディスやシャイナやカレン、アビスとルビスとのキスがなくて寂しいなって」
言いながら、シュリはジュディスの頬を撫でた。
しっとりと手のひらにすいつくようなその肌の手触りすら懐かしいような気がする。
そんなことを思いながら、ジュディスの潤んだ瞳をじっと見つめて。
「ジュディスとのキスが恋しい、って思ってた」
その言葉と共に、彼女の唇にキスをした。
触れるだけのキスからすぐに深いキスへと移行して。
最初のキスよりもずっと長くその触れ合いを楽しんだ。
その最中、何かを確かめるようなジュディスの指先がある部分にふよっと触れ、背中に電流が走った。
が、それを押し隠しつつキスを終え、上目遣いに軽く睨むと、ジュディスは悪びれずに婉然と微笑んだ。
「大事な場所ですから、定期的にきちんと確認はいたしませんと。旅に出る前より少し敏感になられたようですが、なにか、ありましたか?」
「な、ないよ! 特になにも。いつも通りだよ、うん」
新たな称号を得た結果、時々そこがむずっとするようになった事実は、まだ絶対に秘密だ。
それが漏れたら、5人で結託してあの手この手であそこを刺激してくるに違いない。
「そうですか? でもシュリ様がそうおっしゃるなら、久々にシュリ様に触れて興奮していた事によるジュディスの勘違いかもしれませんね」
シュリの言葉に本当に納得したのかどうかは微妙だが、ジュディスはそう言ってとりあえずは引いてくれた。
そして、濡れた唇をぺろりと舐め、名残惜しそうにシュリを見つめながら後ろへ下がる。
次に進み出てきたのはシャイナ。
その次は、恐らくカレンだろう。
こういう場面での順番は、何となく愛の奴隷になった順番であることが多い。
カレンの後は、アビスとルビスの姉妹だが、恐らくアビスが姉に順番を譲るんじゃないだろうか、とシュリは予測していた。
そんなことを考えている間にも、シュリの唇をシャイナの唇がぴったりと覆い、むさぼる、という表現がぴったりな性急さでキスを仕掛けてくる。
ジュディスとのキス同様、気持ちいいのと同時にほっとするような安心感のようなものも感じながら、シュリもシャイナの求めに丁寧に応えた。
そんな結構激しめなキスを終えてシャイナの顔を見上げると、彼女は何かを待つようにシュリをじっと見つめていた。
なんだろう、と首を傾げると、
「シュリ様。私もジュディスと同じお言葉が頂きたいです」
そんなおねだりをされた。
「ジュディスと同じ言葉??」
何だったっけ、と首を傾げると、
「キスが恋しかったっていう、あれです」
シャイナは真面目な顔で答えてくれた。
ああ、あれかぁ、とシュリは頷き、若干苦笑混じりにシャイナの顔を見上げ、そして。
「シャイナとのキス、僕も恋しかったよ?」
甘く、心を込めてそう告げた。
それでミッションコンプリートと思っていたら、シャイナの唇がほんのりと突き出された。
キスを、せがむように。
(ん? ああ、そこまでがセットってことかぁ)
色々と察したシュリは、シャイナの頬に手を伸ばし、それからゆっくりと顔を近づけた。
そして、シャイナと2回目のキスをしながら思う。
きっと恐らく、この後の3人からも、同じ流れをおねだりされるんだろうなぁ、と。
かくして、シュリのその予想は現実にかわり。
全員と2回ずつキスした後も、なんだか色々求められ。
翌朝、寝ぼけ眼のシュリと妙につやつやした5人の姿から色々察したキキから物欲しそうな目で見られる羽目になるのだった。
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