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一
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一
「もしもし、マザー? はい、仕事は完了しました」
私は煙草の煙を吸い込んで、ゆっくりと煙を味わうように時間をかけて、それを吐きだした。イアンが私の隣で電話をかけている。車は広い通りに路上駐車されている。
「はい、皆殺しです。生存者はいません。依頼通り、バーのマスターも始末しました。近いうちに、警察に発見されるでしょう。痕跡は残っていません。はい。では、依頼人の逃亡はそちらに任せます。はい、了解しました。では、これより帰還します」
イアンが電話を切って、ポケットに押し込んだ。私は煙草を落として踵で踏み消すと、車の助手席に滑り込んだ。イアンが運転席に座り、エンジンを始動させる。
「イアン、なんで標的に説法を垂れた。どうせ、殺すんだ。無駄なことだぜ」
思わず不満げに私が言うと、イアンは即座に答えた。
「そういうつもりじゃない。ただ、彼らも死ぬ心の準備が必要だと思って」
「心の準備? はっ! 私が死ぬ時も、相手は心の準備とやらをさせてくれるかねぇ」
「それが無い方が救いだと思うけど?」
苦々しい気持ちになりながら、私は煙草を口にくわえた。それをイアンが手を伸ばして奪った。
「ちょ――」
「社の車は禁煙」
「……ふん」
私はライターの蓋を開けたり閉めたりしながら、走り出した車から、外の光景を眺めていた。
日本の一之瀬という街は、繁華街はだいぶ建物が混んでいる。開発が始まってすでに三十年が経ったというが、未来都市とまでは言えなくても、かなりにぎやかだ。夜の歩道を歩く人は平和そうに日常を送っているように見えた。
車が角を曲がり、裏道へ入る。街灯が灯るだけの通りを、さらに曲がって、街灯さえもないような道を走る。可能な限り、痕跡を隠ぺいする方法だ。警察の監視カメラの位置は、全てカーナビに登録されている。
「まったく、何が楽しくて、日本で暴力代行なんてしなくちゃいけないんだか」
私が呟くと、イアンが「仕方ない」と小さな声で言った。
「アメリカじゃあ、ちょっと僕たちは派手にやり過ぎた。敵も多い。この国は表向きは平和だから、僕たちの仕事もまだやりやすいし、それに競合会社がないのも良い」
「だけどなぁ、イアン。この国は、平和すぎるぜ。張り合いがねぇ」
「それも表向きだ。裏側には地獄が隠れているかもしれない」
そんなわけあるか、と思いながら、私はパチンとライターの蓋を閉じた。
ラジオでは、夕方に、どこかのマンションで爆発事故があったと報じていた。
「ほら、ケイト。こういうこともある」
「あーあ、そうかよ。だったら、うちの事務所が爆破されねぇかなぁ。そうすりゃ、私がいくら弾をぶっ放しても、マザーもお前も、文句は言わねぇだろ?」
私がそう言った次の瞬間、目の前に人が飛び出してきた。
「シット!」
イアンが急ブレーキをかける。車は男に軽く接触し、男はよろめいて倒れ込み、車内からは見えなくなった。
「どこのバカだ! 殺されたいのか!」
私が怒鳴りながら、ドアを開けて外に出る。拳銃を引き抜き、男に突きつけようとする。しかし、それよりも先に男がこちらに掴みかかってきた。
「た、助けてくれ!」
「助け? なんだって?」
私が混乱しているうちに、男はイアンが引き剥がした。男は背広姿で、どこかくたびれた印象があった。私は男をじっと見る。
「あんた、何だ? サラリーマンか? これ見ろ、これ。拳銃だ。分かるか?」
「拳銃? なら好都合だ。ぼ、僕を守ってくれ!」
私は男の眼前に銃を突きつける。
「守る? 教えてやるよ、私たちは暴力代行会社だ。守るなんてことはしねぇ。あんたの相手に弾丸をぶち込むだけだ」
「……にでもか?」
なんだって? 私が首をかしげると、男が言った。
「相手が国でもか?」
「国? 国家ですか?」
イアンが聞いた。男が頷く。
「へい、おっさん、国と喧嘩すんのか?」
「国に命を狙われているんだ! 暴力代行会社のことは知っている、金はあるんだ! 助けてくれ」
イアンが私の方を見て、どうするつもりか問うて来た。このままこの男をここに放りだしても良いが、私たちの車のナンバーや車種がばれるのもちょっとした面倒だし、まぁ、それはどうとでもできるのだが、こういう時は、金次第だ。
「おっさん、いくら出せる?」
「ご、五百万!」
「五百? 日本円か? 八百は出してもらおうか」
「六百だ!」
私は思わず睨みつけながら、男に銃口を押し付ける。
「おいおい、値切るなよ、おっさん。七百万に負けてやるから、大人しく任せな」
「で、では、七百万円で……」
「オーケイ、決まりだ。七百万にプラスして諸経費だ! 車に乗りな、おっさん!」
何か言おうとした男を、私はイアンからひったくると、車の後部座席に押し込んだ。
そして自分は助手席に乗り、イアンも運転席に戻って来るのを待ち受けた。
イアンは渋々といった体で乗り込んできて、車を走らせ始める。
「おっさん、名前は?」
「新谷良司と言います」
「で、なにしたんだ? 国に追われているって、どういう事だよ?」
私が言うと、良司がゆっくりと話し始めた。
彼は防衛省の職員で、この街へ出向していた。そして今日の昼間、自分が使っていたパソコンを見ると、知らないファイルが一つ、増えていた。それを見てみると、それは在日米軍の中の特別な名簿だった。
「特別?」
「お二人も知っているでしょう? 『ハーミット』ですよ」
私もイアンも黙っていた。
ハーミット。それは未だに真実が解明されていない、特殊な人間のことだ。超人とも俗に言われるが、人造の人型兵器、実験体、突然変異体、と様々な憶測が行き交っている。
「ハーミットねぇ」
私がそう言うと、良司が続きを話し始めた。
彼のパソコンに入っていた名簿は、在日米軍に所属しているハーミットの名簿だった。そしてそれを良司は咄嗟に消去した。が、その直後、パソコンはハッキングを受け、致命的に破壊された。
仕事の間は何もなかったが、帰ろうとすると、車は突っ込んでくるわ、警官に職務質問されてそのまま連行されそうになるわ、果てはやくざが唐突に銃を撃ってきたりした。そしてどうにか家に着いた、とマンションを見上げた瞬間、部屋が爆発した。
そんなこんなで、彼は方々を逃げ回り、私たちの車にぶつかったのだった。
「そりゃまぁ、おっさんとしては大変な一日だったな。まぁ、私たちの日常からすりゃ、よくある一日だが」
「よくある一日?」
「鉛玉ぶち込まれるのも普通、ぶち込むのも普通、二輪から四輪、果ては一軒家が吹っ飛ぶもんだ。で、後に残るのは、ちょっとした静けさって奴だな」
私がそう言うと、良司は足もとに視線をやった。私は鼻を鳴らして、イアンがどこへ向かっているか、想像を巡らせた。下手なことを口走って、良司に横やりを入れられるのも癪だし、それに何かの罠の可能性もある。
車は、何度も角を折れて、一之瀬の端にある波止場へやってきた。車を止める。私は拳銃を引き抜き、良司に突きつけた。良司が慌てる。
「こ、殺すつもりか!」
「いんや、ただの用心だ。イアン、マザーに電話しな」
イアンが外に出て、電話を始めた。しばらく待っていると、イアンがドアを開けて顔をのぞかせた。
「新谷さん、名簿は消去してしまったのですね?」
「そ、それが……」
良司の態度に、私は銃をその頬に押し付ける。
「喋れよ、おっさん。隠し事は無しだ。命あっての何とやらだろ?」
「う……、名簿は、コピーが、ある」
「コピー? どこにある」
良司がじっと黙り、しかし結局、言った。
「非合法の貸金庫に預けてあります」
「そいつはナイスだ。金の匂いがするな」
死の匂いもするが、とは私は言わなかった。イアンが車の外に出て、電話を続けた。また待つ。
イアンが車の中へ戻ってきた。
「イクトシが迎えに来る。新谷さんはそちらで一旦、わが社のオフィスへ行ってください。そこで詳しい話を、マザーに。ケイトは僕と一緒に、貸金庫からデータを回収する」
「ん? それは早いな」私が思わず聞き返す。「そんなに急ぐ必要、あんの?」
「イクトシが確認を取ったらしい。確かに新谷さんの周囲で不穏が動きがある。名簿の件も、ある程度の確信があるのでしょう、マザーには。そういうわけで、僕とケイトは、またドンパチになるかもしれません」
私は不機嫌に鼻を鳴らすしかない。私が拳銃をしまうのと入れ替えに、イアンが良司に言う。
「社長は、あなたの依頼を受けることを了承しました。料金も先ほどの通り、七百万円と諸経費で請け負います。というわけで、貸金庫の情報をください。僕とケイトで取りに行きます。あなたが行くのは危険ですから」
「わ、分かりました」
私はイアンが良司から情報を聞きだしているのを残して、車の外に出た。
煙草をくわえ、煙を吸い込む。夜の波止場で、潮風を感じながら、煙を吐いた。
ホルスターの拳銃の重さを感じながら、夜の空気を感じていた。
運転席側のドアが開き、イアンが出てきた。それを横目に見ながら、私は聞いた。
「イアン、弾薬の補給は?」
「大丈夫、イクトシが持ってくるよ」
「今回は弾薬代も向こう持ちだ。派手にやろうぜ」
私が笑いながら言うと、イアンも笑った。
「ケイトがそう言うと思って、イクトシにも装備を充実させるように言っておいたよ」
「そいつは良い。本当に遠慮なしだな」
イアンも煙草を吸い始めた。二人でじっと夜の静けさの中で、煙草を吸っていた。夜空を見上げると、月が出ている。私はそれを見つめた。月の模様は何に見えるだろう。
そんなことを考えていると、重低音が響いてきた。波止場に大型二輪が入ってくる。それは私たちの車のすぐ近くで止まった。
「こんなバイク、よく運転出来るね、イアン」
ナチュラルな日本語で運転手が言った。ヘルメットを外すと、日本人の顔が現れた。イアンがネイティブな英語で言う。
「イクトシ、傷なんてつけていないよね」
男、イクトシが肩をすくめる。そしてヘルメットをイアンに放った。私は煙草を捨てて、イクトシに近づく。
「イクトシ、装備は?」
「これだよ」
大型二輪・エゴイストの後部に取り付けられているケースを彼が叩く。私はバイクの脇に立つと、そのケースを取り、開く。
軽機関銃が二丁、それに合う大型の弾倉が十本。そして私の拳銃に合った弾倉が十本ある。弾倉は弾丸が装弾済み。私は上着の内側のケースに、弾倉を入れられるだけ入れた。そして軽機関銃を腰の後ろに吊るす。私の隣に立ったイアンも、軽機関銃を装備する。
「まったく、この程度の装備で重装備とはね」
私の言葉に、イクトシが笑う。
「この国は日本だよ。アメリカじゃない。銃なんてクソ喰らえ、って国なのさ。なんでか、彼らは銃を嫌がる。僕だって撃てるものなら、機関砲をぶっ放したいよ。そういう相手は山ほどいる」
私は笑いながら、ケースに残った弾倉をベルトに挟み、ケースを空にした。イクトシがケースを持ち上げ、車へ歩み寄る。イアンが二輪にまたがった。この二輪は、イアンの私物だ。イクトシが車に乗り込む前に言った。
「今、逃がし屋に依頼人を海外逃亡させるように、手配させている。たぶん、うまくいくだろう。きみたちも、貸金庫とやらを漁ったら、即座に帰ってくるように、というのがマザーからの伝言。気をつけて」
「そっちもトチって、捕まるんじゃねぇぞ」
私の言葉に、イクトシが手を上げて車に乗り込んだ。私はイアンの後ろのタンデムシートに座る。体に腕を回すと、イアンが二輪を反転させ、波止場から離れ始める。
イアンは二輪を加速させていった。
「もしもし、マザー? はい、仕事は完了しました」
私は煙草の煙を吸い込んで、ゆっくりと煙を味わうように時間をかけて、それを吐きだした。イアンが私の隣で電話をかけている。車は広い通りに路上駐車されている。
「はい、皆殺しです。生存者はいません。依頼通り、バーのマスターも始末しました。近いうちに、警察に発見されるでしょう。痕跡は残っていません。はい。では、依頼人の逃亡はそちらに任せます。はい、了解しました。では、これより帰還します」
イアンが電話を切って、ポケットに押し込んだ。私は煙草を落として踵で踏み消すと、車の助手席に滑り込んだ。イアンが運転席に座り、エンジンを始動させる。
「イアン、なんで標的に説法を垂れた。どうせ、殺すんだ。無駄なことだぜ」
思わず不満げに私が言うと、イアンは即座に答えた。
「そういうつもりじゃない。ただ、彼らも死ぬ心の準備が必要だと思って」
「心の準備? はっ! 私が死ぬ時も、相手は心の準備とやらをさせてくれるかねぇ」
「それが無い方が救いだと思うけど?」
苦々しい気持ちになりながら、私は煙草を口にくわえた。それをイアンが手を伸ばして奪った。
「ちょ――」
「社の車は禁煙」
「……ふん」
私はライターの蓋を開けたり閉めたりしながら、走り出した車から、外の光景を眺めていた。
日本の一之瀬という街は、繁華街はだいぶ建物が混んでいる。開発が始まってすでに三十年が経ったというが、未来都市とまでは言えなくても、かなりにぎやかだ。夜の歩道を歩く人は平和そうに日常を送っているように見えた。
車が角を曲がり、裏道へ入る。街灯が灯るだけの通りを、さらに曲がって、街灯さえもないような道を走る。可能な限り、痕跡を隠ぺいする方法だ。警察の監視カメラの位置は、全てカーナビに登録されている。
「まったく、何が楽しくて、日本で暴力代行なんてしなくちゃいけないんだか」
私が呟くと、イアンが「仕方ない」と小さな声で言った。
「アメリカじゃあ、ちょっと僕たちは派手にやり過ぎた。敵も多い。この国は表向きは平和だから、僕たちの仕事もまだやりやすいし、それに競合会社がないのも良い」
「だけどなぁ、イアン。この国は、平和すぎるぜ。張り合いがねぇ」
「それも表向きだ。裏側には地獄が隠れているかもしれない」
そんなわけあるか、と思いながら、私はパチンとライターの蓋を閉じた。
ラジオでは、夕方に、どこかのマンションで爆発事故があったと報じていた。
「ほら、ケイト。こういうこともある」
「あーあ、そうかよ。だったら、うちの事務所が爆破されねぇかなぁ。そうすりゃ、私がいくら弾をぶっ放しても、マザーもお前も、文句は言わねぇだろ?」
私がそう言った次の瞬間、目の前に人が飛び出してきた。
「シット!」
イアンが急ブレーキをかける。車は男に軽く接触し、男はよろめいて倒れ込み、車内からは見えなくなった。
「どこのバカだ! 殺されたいのか!」
私が怒鳴りながら、ドアを開けて外に出る。拳銃を引き抜き、男に突きつけようとする。しかし、それよりも先に男がこちらに掴みかかってきた。
「た、助けてくれ!」
「助け? なんだって?」
私が混乱しているうちに、男はイアンが引き剥がした。男は背広姿で、どこかくたびれた印象があった。私は男をじっと見る。
「あんた、何だ? サラリーマンか? これ見ろ、これ。拳銃だ。分かるか?」
「拳銃? なら好都合だ。ぼ、僕を守ってくれ!」
私は男の眼前に銃を突きつける。
「守る? 教えてやるよ、私たちは暴力代行会社だ。守るなんてことはしねぇ。あんたの相手に弾丸をぶち込むだけだ」
「……にでもか?」
なんだって? 私が首をかしげると、男が言った。
「相手が国でもか?」
「国? 国家ですか?」
イアンが聞いた。男が頷く。
「へい、おっさん、国と喧嘩すんのか?」
「国に命を狙われているんだ! 暴力代行会社のことは知っている、金はあるんだ! 助けてくれ」
イアンが私の方を見て、どうするつもりか問うて来た。このままこの男をここに放りだしても良いが、私たちの車のナンバーや車種がばれるのもちょっとした面倒だし、まぁ、それはどうとでもできるのだが、こういう時は、金次第だ。
「おっさん、いくら出せる?」
「ご、五百万!」
「五百? 日本円か? 八百は出してもらおうか」
「六百だ!」
私は思わず睨みつけながら、男に銃口を押し付ける。
「おいおい、値切るなよ、おっさん。七百万に負けてやるから、大人しく任せな」
「で、では、七百万円で……」
「オーケイ、決まりだ。七百万にプラスして諸経費だ! 車に乗りな、おっさん!」
何か言おうとした男を、私はイアンからひったくると、車の後部座席に押し込んだ。
そして自分は助手席に乗り、イアンも運転席に戻って来るのを待ち受けた。
イアンは渋々といった体で乗り込んできて、車を走らせ始める。
「おっさん、名前は?」
「新谷良司と言います」
「で、なにしたんだ? 国に追われているって、どういう事だよ?」
私が言うと、良司がゆっくりと話し始めた。
彼は防衛省の職員で、この街へ出向していた。そして今日の昼間、自分が使っていたパソコンを見ると、知らないファイルが一つ、増えていた。それを見てみると、それは在日米軍の中の特別な名簿だった。
「特別?」
「お二人も知っているでしょう? 『ハーミット』ですよ」
私もイアンも黙っていた。
ハーミット。それは未だに真実が解明されていない、特殊な人間のことだ。超人とも俗に言われるが、人造の人型兵器、実験体、突然変異体、と様々な憶測が行き交っている。
「ハーミットねぇ」
私がそう言うと、良司が続きを話し始めた。
彼のパソコンに入っていた名簿は、在日米軍に所属しているハーミットの名簿だった。そしてそれを良司は咄嗟に消去した。が、その直後、パソコンはハッキングを受け、致命的に破壊された。
仕事の間は何もなかったが、帰ろうとすると、車は突っ込んでくるわ、警官に職務質問されてそのまま連行されそうになるわ、果てはやくざが唐突に銃を撃ってきたりした。そしてどうにか家に着いた、とマンションを見上げた瞬間、部屋が爆発した。
そんなこんなで、彼は方々を逃げ回り、私たちの車にぶつかったのだった。
「そりゃまぁ、おっさんとしては大変な一日だったな。まぁ、私たちの日常からすりゃ、よくある一日だが」
「よくある一日?」
「鉛玉ぶち込まれるのも普通、ぶち込むのも普通、二輪から四輪、果ては一軒家が吹っ飛ぶもんだ。で、後に残るのは、ちょっとした静けさって奴だな」
私がそう言うと、良司は足もとに視線をやった。私は鼻を鳴らして、イアンがどこへ向かっているか、想像を巡らせた。下手なことを口走って、良司に横やりを入れられるのも癪だし、それに何かの罠の可能性もある。
車は、何度も角を折れて、一之瀬の端にある波止場へやってきた。車を止める。私は拳銃を引き抜き、良司に突きつけた。良司が慌てる。
「こ、殺すつもりか!」
「いんや、ただの用心だ。イアン、マザーに電話しな」
イアンが外に出て、電話を始めた。しばらく待っていると、イアンがドアを開けて顔をのぞかせた。
「新谷さん、名簿は消去してしまったのですね?」
「そ、それが……」
良司の態度に、私は銃をその頬に押し付ける。
「喋れよ、おっさん。隠し事は無しだ。命あっての何とやらだろ?」
「う……、名簿は、コピーが、ある」
「コピー? どこにある」
良司がじっと黙り、しかし結局、言った。
「非合法の貸金庫に預けてあります」
「そいつはナイスだ。金の匂いがするな」
死の匂いもするが、とは私は言わなかった。イアンが車の外に出て、電話を続けた。また待つ。
イアンが車の中へ戻ってきた。
「イクトシが迎えに来る。新谷さんはそちらで一旦、わが社のオフィスへ行ってください。そこで詳しい話を、マザーに。ケイトは僕と一緒に、貸金庫からデータを回収する」
「ん? それは早いな」私が思わず聞き返す。「そんなに急ぐ必要、あんの?」
「イクトシが確認を取ったらしい。確かに新谷さんの周囲で不穏が動きがある。名簿の件も、ある程度の確信があるのでしょう、マザーには。そういうわけで、僕とケイトは、またドンパチになるかもしれません」
私は不機嫌に鼻を鳴らすしかない。私が拳銃をしまうのと入れ替えに、イアンが良司に言う。
「社長は、あなたの依頼を受けることを了承しました。料金も先ほどの通り、七百万円と諸経費で請け負います。というわけで、貸金庫の情報をください。僕とケイトで取りに行きます。あなたが行くのは危険ですから」
「わ、分かりました」
私はイアンが良司から情報を聞きだしているのを残して、車の外に出た。
煙草をくわえ、煙を吸い込む。夜の波止場で、潮風を感じながら、煙を吐いた。
ホルスターの拳銃の重さを感じながら、夜の空気を感じていた。
運転席側のドアが開き、イアンが出てきた。それを横目に見ながら、私は聞いた。
「イアン、弾薬の補給は?」
「大丈夫、イクトシが持ってくるよ」
「今回は弾薬代も向こう持ちだ。派手にやろうぜ」
私が笑いながら言うと、イアンも笑った。
「ケイトがそう言うと思って、イクトシにも装備を充実させるように言っておいたよ」
「そいつは良い。本当に遠慮なしだな」
イアンも煙草を吸い始めた。二人でじっと夜の静けさの中で、煙草を吸っていた。夜空を見上げると、月が出ている。私はそれを見つめた。月の模様は何に見えるだろう。
そんなことを考えていると、重低音が響いてきた。波止場に大型二輪が入ってくる。それは私たちの車のすぐ近くで止まった。
「こんなバイク、よく運転出来るね、イアン」
ナチュラルな日本語で運転手が言った。ヘルメットを外すと、日本人の顔が現れた。イアンがネイティブな英語で言う。
「イクトシ、傷なんてつけていないよね」
男、イクトシが肩をすくめる。そしてヘルメットをイアンに放った。私は煙草を捨てて、イクトシに近づく。
「イクトシ、装備は?」
「これだよ」
大型二輪・エゴイストの後部に取り付けられているケースを彼が叩く。私はバイクの脇に立つと、そのケースを取り、開く。
軽機関銃が二丁、それに合う大型の弾倉が十本。そして私の拳銃に合った弾倉が十本ある。弾倉は弾丸が装弾済み。私は上着の内側のケースに、弾倉を入れられるだけ入れた。そして軽機関銃を腰の後ろに吊るす。私の隣に立ったイアンも、軽機関銃を装備する。
「まったく、この程度の装備で重装備とはね」
私の言葉に、イクトシが笑う。
「この国は日本だよ。アメリカじゃない。銃なんてクソ喰らえ、って国なのさ。なんでか、彼らは銃を嫌がる。僕だって撃てるものなら、機関砲をぶっ放したいよ。そういう相手は山ほどいる」
私は笑いながら、ケースに残った弾倉をベルトに挟み、ケースを空にした。イクトシがケースを持ち上げ、車へ歩み寄る。イアンが二輪にまたがった。この二輪は、イアンの私物だ。イクトシが車に乗り込む前に言った。
「今、逃がし屋に依頼人を海外逃亡させるように、手配させている。たぶん、うまくいくだろう。きみたちも、貸金庫とやらを漁ったら、即座に帰ってくるように、というのがマザーからの伝言。気をつけて」
「そっちもトチって、捕まるんじゃねぇぞ」
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