暴力代行

和泉茉樹

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     五

 私はオフィスのあるビルの一階、その路上で煙草を吸っていた。ミスリードが嫌がるので社内は禁煙だ。しかし私は彼女が、家ではだいぶヘビースモーカーなのだと知っている。それに以前、オンとオフの切り替えの意味で煙草を禁じていると言っていた。
 まったく、おかしな信念の持ち主もいたものだ。
 そんなことを思っていると、車のエンジン音が近づいてきた。イアンが戻ってくるわけがないし、そもそも音が違う。オフィスは市街にあるが、夜はそんなに人通りは多くない。エンジン音は三つ。二つはバンのように感じる。
 嫌な予感を感じつつ、私は煙草をくわえたまま立ち上がった。
 オフィスのある通りに、車が飛び出してくる。窓を開けて乗りだした男が、こちらに銃を向けているのが分かった。
「いっ? おいおい! まじかよ!」
 私はオフィスの方へと駆けだしながら、頭を下げる。銃声が鳴り響き、周囲を弾丸がかすめて行く。私はどうにか建物の中に入り、そこで遮蔽を取って応戦を始める。
 オフィスの前には二台のバンが停まり、それぞれ四人、合計八人がこちらを向けて銃をぶっ放している。そしてその隣では普通車が止まり、ここでも一人、銃を撃っていて、もう一人は遮蔽を取りながら、なにやら訛りの強い聞きとれない声でどなり散らしている。
「ここは日本じゃねぇのかよ、クソジャパニーズめ!」
 私は何となく持ったままだった軽機関銃を取り出し、三点撃ちから単発に切り替え、一人一人、狙って行く。一人、二人、と撃ち殺したのは良かったが、残りは全員、バンの影に隠れて、執拗に抵抗してくる。とりあえず、バンのタイヤを潰せる限り、潰しておく。
「何事だ、ケイト」
 声の方を見ると、一階に降りてきたミスリードが、こちらへ自動小銃を放ってくる。私はそれを受け取りながら、煙草を吐き捨てる。
「知らねぇよ、どっかの日本人を辞めた奴らが、そろって派手な抗議をおっぱじめたって感じだぜ。ここをどこかと勘違いしているンじゃねぇか?」
 私の言葉に、ミスリードの影にいたイクトシが顔を出す。
「いまどき、日本人だって銃を持てば、一発や二発、撃ちたくなるものさ」
 とか言っているうちに、ビルの一階のガラスが派手に割れる。イクトシが頭を下げる。彼に手にはノートパソコンがあった。ミスリードが余裕の表情で携帯電話を弄っている。
 頭上で重い音が響く。
「マザー、ここを出るのか?」
「ここにいても面倒だ。我々もセーフハウスへ移動しよう。車を回してくる。ケイトはここでイクトシの面倒を見ろ」
 頭上で響いた音はオフィスで防壁が下りた音だ。これで、どんな組織が相手でも、事務所に突入するのに二時間はかかる。ミスリードの携帯がなければ、それは解除できない。
 ミスリードはビルの中へ取って返していった。地下にある駐車場から車を回してくるのだろう。
「一番をイアンに回したのは失敗だったな」
 私が呟くと、すぐ近くまで這い寄ってきたイクトシが言う。
「そうとも言えないよ。さっきからイアンの携帯電話にかけているけど、繋がらない。何かあったのかもしれない」
「そうかよ。こいつらの仕業か? まぁ、イアンはそう簡単にはくたばらねぇ。問題は、おっさんが生きているかってことと、車が無事か、だな」
 私は自動小銃でバンを撃ち始める。拳銃や軽機関銃の拳銃弾では撃ちぬけなかった防弾ガラスを抜けるようになる。しかしそうなると、今までバンの中に潜んでいた敵が、銃撃を始める。相手はまだまだ戦力を残しているようだ。全員で二十人近い。対してこちらは二人だ。
 分が悪いな、と思いながら、それでも銃が撃てるなら良いか、と思いなおして、発砲を続ける。オフィスの周囲も全く人通りがないわけではない、これなら誰かが通報するだろう。問題は、警察への通報が正常に機能するかだ。
 相手が国家機関なら、その程度、簡単に揉み消すだろう。
 私の隣ではイクトシが頭を抱えて、横になっている。大げさだが、さすがに、私も数に押されて、同じ姿勢を取りたくなってきた。
 私は自動小銃の弾を切らすのとほとんど同時に、何かが破裂する音が響いたかと思うと、空気を引き裂く音の後に続いて鈍い音、そして全てを吹き飛ばす爆発音が響き渡った。
「ヒー! な、なんだぁ?」
 イクトシが情けない声を上げる。私はそのイクトシの首筋を掴んで、建物の外へ飛び出す。
「何って、対戦車砲に決まってんだろ! 走れ走れ! 死にたくなきゃな!」
 私とイクトシは、ひっくり返って炎上するバンの一台を横目に、建物に沿って駆けだす。小型ミサイルが飛んできた方を見ると、そこにバンが止まっている。ドアが閉まるところだ。私は扉を開けて、中に転がりこむ。イクトシも入って、私は扉を閉めて、中に転がっていた金属版を扉にもたれさせた。その間にイクトシが運転席へ合図している。
 急発進したバンの中から、私は外を見る。オフィスを襲撃したバンが動き出そうとするが、タイヤを潰されているので、難儀しているようだった。こちらへの銃撃も、金属板がどうにか防いでいる。
「ケイト、怪我はないか?」
 運転席からの声に、私はシートの先へ顔を出した。運転席にはミスリード、そして助手席にはイクトシが収まっている。
「マザー、どこにミサイルなんてあったんだよ」
「偶然よ。あれ、私の虎の子の一発」
「けっ! あるんなら最初からもってこいよな!」
 ミスリードが鼻で笑う。
「このままセーフハウスへ向かう。イクトシ、イアンと連絡は……」
 ミスリードが言葉を止めると、ポケットから携帯電話を取り出した。そして画面を見ると、ぽいっとそれを私に投げてくる。
「公衆電話からだ。イアンからだろう。出ろ」
「マザーが出れば良いだろう?」
「私は運転中。イクトシはパソコンを弄るのに両手が必要だ。お前しかいない」
 へいへい、と私は電話を繋いだ。
「ハロー」
『なんだ、ケイトか。イアンだけど』
 イアンの声に私はホッとしつつ、しかし、乱暴な口調で言う。
「こっちは今、事務所を焼け出されて、目下、逃走中だ。そっちにもお客さんが行ったかな?」
『あぁ、来たよ。丁寧に歓迎して、ご満足してお帰りになった』
「おいおい、イアンが生きているのは分かったが、まさか、おっさんをお持ち帰りされてないだろうな」
 イアンが電話の向こうで笑う。
『大丈夫、新谷さんは生きている。そっちのお客さんは、普通のお客さん?』
 普通の、というのは、ハーミットではない、ということか。そんなことを言う理由は一つしかない、向こうにはハーミットが出たのだ。
「イアン、車は無事だろうな?」
『車なら二つに引き裂かれて、今ごろ、どこかでひしゃげているよ。派手にね。たぶん、廃車だろう。たぶんじゃないな、確実に、だ』
「ヘイ、イアン。今の言葉、マザーに言えるか?」
 それはケイトの口を通してほしいね、とイアンがうそぶくのに、私は笑いつつ、先へ進める。
「オーケイ、イアン。車の件はまた後だ。とりあえず、こっちのお客は普通だった。そっちは今どこだ? セーフハウスの近くか?」
『うん。セーフハウスにはここから徒歩で一分もかからない。そっちはまだかかりそう?』
「ちょっと待て、マザーの意見を聞こう」
 私は電話を耳から離し、車を運転し続けるマザーに聞いた。
「マザー、セーフハウスで合流で良いんだよな?」
「それ以外にないだろう。うちは弱小で、戦力を分散できん。予定のセーフハウスで、イアンと依頼人と合流だ。そう伝えろ」
「ということだ、聞こえているか、イアン」
 電話の向こうから返事が返ってくる。
『了解。セーフハウスで待つ。電話はセーフハウスにある予備を持つよ。番号は分かる?』
「イクトシが知っているさ。後で会おう、じゃあな」
『じゃあ』
 電話が切れたので、私はダッシュボードに電話を放った。そしてどっかりと腰を下ろす。
「マザー、セーフハウスで合流だと」
 運転席でミスリードが頷く。
「イアンは無事なんだな? ハーミットが出たか?」
「あぁ。だが、どうも私は納得いかねぇ」
「そうだな、確かに納得がいかない。それも後で議論だ」
 私は息を吐きながら、そういえば、自動小銃を捨ててきたことに気付いた。軽機関銃もだ。持っているのは、カリバーン一丁きりである。まぁ、セーフハウスに行けば、銃も予備がある。
「ケイト」
 ミスリードの方に視線を向ける。
「何だ、マザー」
「銃を捨ててきた分は、給料から引いておくから」
「い? マジで? おっさんから取れよ」
 ミスリードがこちらをちらっと見る。
「それは優良会社のやることとは思えないな」
「優良だぁ? うちなんて、ただ人を殺すわ、物は壊すわの、マイナスイメージしかねぇだろ」
「それでも、イメージというのはとても重要だ。社員の不手際まで客の不手際にはできん。まぁ、今回の件でお前にもまとまった収入があるから、それで払え」
 私はむっとしながら、拳銃に手をかける。
「ケイト」
 ミスリードの声に視線を向ける、彼女は片手で拳銃を引き抜き、こちらへ向けていた。
「ふん。分かったよ。わぁーったってば! 払えば良いんだろ? クソ!」
 私は拳銃から手を離し、両手を上げた。
 車は何事もなかったかのように、夜の街を走り抜けて行った。

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