悪魔のかみさま【完結】

米派

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本編

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「まるで、呪いのようだ」

陽を浴びた小麦畑を彷彿とさせる髪を揺らして、エルは振り返った。セシルが無表情のまま見つめ返すと、エルは肩を竦めて溜め息をつく。

「幸せになるって、先生はそればかりだ。完璧な幸せって、誰が決めるんだよ」
「決めるのは俺じゃない。かみさまが決めてくれる」
「神様、ね……。先生のいう神って誰なんだ? 見たところ敬虔な信徒って訳じゃないだろ」

世間一般で崇められている神と、セシルの慕う神は違う。けれど、それを説明するのは気が進まなかった。かみさまとの思い出はセシルにとって特別だ。例え、もう声を思い出せなくても、優しく触れてくれた冷たい掌を覚えている。

「それはエルに関係があるのか?」
「……先生って本当に連れないよな」

そう言って、彼は深く息をついた。そんな表情も絵になる辺り、彼の人気も頷ける。輪郭は整っていて、配置されるパーツの一つを取っても美しいと分類されるだろう。実際、学院の中だけでも幾度となく告白されている場面を見かけた。その度に、凄いなと感心したものだ。

エルは、セシルが受け持つクラスの内の一人だ。入学してきたばかりの頃は、セシルを研究動物を見るような不躾な目で見てきた。それは気分が良いものではなかったが態々指摘して場を悪くするのも嫌だったので、セシルは気づかない振りをして他の生徒と同じように扱ってきたつもりだ。それがどうしたことか、何時しかエルはセシルの後をついて回るようになった。彼いわく、自分は興味深い例らしい。意味がわからない。

「それよりも課題は終わらせたのか。解からない点があるのなら、出来る限り教えよう」

そう言いはしたが、手伝うことが殆ど無いのは分かっていた。エルは本当に人間かどうかを疑うくらいに知識が深く、また広い。歴史の問題などは、まるで見てきたように話すので、セシルは時々目の前の生徒が遠い存在に思えた。

「ああ、まだ提出していなかったか。明日にでも持っていこう」
「いや、期日はまだある。捗っているのなら良いんだ」

そのまま別れようと思ったが、エルの指先に切り傷を見つけて、咄嗟にエルの腕を掴んだ。薄っすらと血が滲んでいて痛そうだ。

「エル、指が切れてる」
「ん?……ああ、本当だ。でも、こんなの直ぐに治るさ」
「小さい傷でも過信は駄目だ。……ほら、手を出してみろ」

ハンカチを取り出して、傷口に押し当てる。紙で切ったのだろうか。深くはないようでホッとするが、傷は傷だ。消毒しなければならないだろう。
保健室に誰か居ただろうか。そう考えながらも顔を上げると、何故か嬉しそうな顔をしたエルと目が合った。

「……先生って冷たく見えるけど結構な心配性だよな」
「そんなんじゃない。どんな小さな傷でも菌が入れば死ぬことだってあるんだ。俺は生徒の誰にも居なくなって欲しくない」

これは自分の幸せだとか、そういうものは抜きにして単純に嫌だと思う。エルも含めて、自分を受け入れてくれた生徒たちを、何があっても万全な状態で送り出してやりたかった。

世の中は甘くない。挫けそうになることもあるだろうし、どうしようもないことはそれこそ山のようにある。だからこそ、ここでの生活が後の糧になるように、与えられた知識を全て曝け出してでも彼らを導きたいと思った。彼らの幸せはきっと、自分の幸せになる。

エルは透き通るような瞳を丸くさせたあと、それを苦しそうに歪めた。

「なあ、先生。本当に悩みとかないのか」
「ない」
「……即答か。変なものに憑かれてる、とか」
「ない」
「…………そう」

エルは何故か、セシルの後方を睨みつけた。そこに何かあるのかと顔を向けるが、がらんとした廊下が続いているだけだ。

「どうかしたのか?」
「……先生は、それがどんな汚い存在であっても好きなのか」
「ああ、愛している」

例え、もう見放されているとしても、セシルにとってかみさまは永遠だ。あの日、彼に出会わなければセシルの人生は終わっていた。今こうしてエルと話している自分も、学院で教師として働く自分も、かみさまが居なければ有り得なかった。

「……アレは先生が思うほど綺麗じゃない。嘘つきで軽薄な、ただの色狂いだ。先生のことだって玩具にしてるだけに決まってる」
「エル……?」

思わず首を傾げると、エルはハッとしたように首を振った。

「すまない……少し、頭を冷やしてくる」
「あ、ああ……」

手を解かれて、そのまま背を見送りそうになる。けれど、遅れて傷のことを思い出し、「消毒はしなさい!」と叫んでおいたが聞こえていたかは怪しいところだ。


次の日、セシルの心配は杞憂だったのかと思うほどエルは至って普通だった。何時ものように爽やかな笑みで挨拶されたから、ただ単に体調が悪かっただけなんだろう。 

「心配をかけてしまって悪かった」
「いや、体調がよくなったなら良かった。貴方は頑張り過ぎるきらいがあるからな」

少し高い位置にある頭を撫でてやると、エルは嬉しそうにはにかんだ。

「……先生」
「何だ」
「先生のことは僕が守るよ」
「必要ない。貴方は貴方の命を守れ」
「……ここは嘘でも頷く流れだろ。先生が強いことは分かってるけど、相手は人智を超えた存在なんだ。たまには僕にも頼れよ」

エルは偶に良く分からないことを言う。セシルが首を傾げても、エルに気にした様子はない。
エルの指先が、頬に触れた。それは温もりを宿していて、セシルは僅かな寂しさを覚える。冷たくないのか、と少しだけ残念に思ったことは黙っておくことにした。


それから暫くは、特に代わり映えのない毎日が続いた。生徒達はセシルに教えを請いながらも着々と成長し、エルは相変わらず底知れない生徒ではあったが少しずつ距離は近づいてきたような気もする。

今日も廊下で声を掛けられたので、並んで歩いていた。

「なぁ、先生」
「何だ」
「授業後、良かったら出掛けないか?」
「何故だ?」
「何故って……そんなの僕が先生といたいからだろ。貴方の服装はいつも似たようなものばかりだ。たまには着飾らないとつまらん男だと思われるぞ」
「気にしない」
「そう言うな。せっかく顔はいいんだ」

エルは顔を覗き込むと、女性なら見惚れそうなほど綺麗に笑ってみせた。セシルはそれに「はあ」と半端な返事をして仕方なく足を止める。一日に何回も告白される男に言われても、素直に信じられない。

「なんだ、気の抜けた返事だな。綺麗な顔だと言っているんだが」
「それは、ありがとう」
「……口元くらいは緩めてみせろ。先生の笑った顔は可愛いと思うぞ」

可愛い、なんてかみさまにくらいしか言われたことがない。思わず目を丸くして見上げると、エルはふっと笑った。そうして不浄とされるセシルの髪を一房とり、唇を落としてくる。

「黒なんて奴等を過ぎらせるから嫌いだったが、貴方の一部だと思うと綺麗だな。混じりけがなく、他の何にも染まりようがないと考えれば、これほど貴方に似合う色はない」

口説かれているような気になり、流石に照れ臭くなってきた。足を下げて距離を取り、感情を誤魔化すために耳横の髪を撫でつける。じわりと頬に上る熱を感じて、セシルは視線を庭に投げた。すぐ側で小さく笑う気配がして、セシルは少しだけ唇を尖らせる。

「……大人をからかうのは感心しない」
「ははっ、すまない。予想以上に愛らしい反応が返ってきて驚いたんだ。先生はそういう顔をしていた方が似合うぞ」

からかわれている。そう思ったセシルはエルの横を過ぎて、自室に向かって足を早めた。けれど、エルは直ぐに追いかけてきてセシルの隣に並ぶ。

「広場で待ってる。貴方が来るまでずっとだ」
「止めてくれ」
「……先生は優しいが、僕たちと距離を詰めたがらないな。いつも遠くから見ているだけだ。それを寂しがっている者は多い。皆、本当はもっと先生と親しくしたいんだ」
「それは、嬉しいが……」

親しくしたくない訳じゃない。それだけは絶対に有り得ないが、笑顔の生徒の中に自分がいるということへの違和感が拭えないのだ。自分は穢くない。そう思ってはいるが、それでも引け目は感じる。生徒たちが慕ってくれるほど、それは顕著になった。

「だから練習しよう。先ずは僕と親しくなればいい」
「……先ずは、の意味が良くわからない」
「クラスの中で、先生と誰よりも話している自信はあるからな」

いつまでも待っている。
そう言い残して、エルは止める間もなく走っていってしまった。

「……仕方ないな」

そう呟いた自分の口元が自然と緩んでいることに気づいて、少し恥ずかしくなった。二人で出掛けるなんて、まるで友人のようだ。生徒に友人という表現は可笑しいかも知れないが、セシルは少しだけ放課後が楽しみだった。




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