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15歳の飛翔。
暗に示す歓迎。
フェリシア王都レギオスに入った瞬間、空気が変わった。
石畳の目が細かい。建物の高さが揃い、壁の色は白と淡い灰色で統一されている。水路は街の血管みたいに走り、橋の装飾は控えめなのに隙がない。広いのに締まっている。大国の中心は、歩かせるだけで「格」を教えてくる。
迎賓館に案内されると、廊下の香の匂いまで整っていた。湿り気を含んだ涼しい香りで、どこか水の神を感じさせる。
「……レギオスだな」
王太子がぽつりと言う。
「うん。王都の匂いがする」
僕らは正餐の間へ通され、まずは用意されたフェリシア料理を味わうことになった。銀の皿が並び、白い布が揺れ、給仕が静かに歩く。
一口目で分かった。
「フェリシア料理……なんだけど」
皿の中央にある肉料理を見て、僕は目を細める。
「これ、エストバーグだ」
フェリシア風に香草と塩の使い方が変わっている。焼き色の付け方も向こうの好みだ。でも、根っこにあるレシピは間違いなく僕が作ったハンバーグの系統だ。王太子が、隣で小さく笑った。
「歓迎だな」
「うん。暗に示してます」
僕らは視線を交わして、ほくそ笑む。
フェリシアが僕の料理を“自国の料理として昇華した形”で出してくるのは、好意の表明だ。『あなたのものは我らの文化に根づいた』という言い方の歓迎。露骨に持ち上げないのが、厳格な国らしい。
そこへアインスが入ってきた。いつもの軽い足取りなのに、目は仕事の目だ。
「リョウ様、報告でやす」
「うん、聞かせて」
アインスは椅子の横に立ち、低い声でまとめた。
「ツヴァイとフィアと繋ぎをつけて、話を拾ってきやした。王は友好国の外国の太子を迎えるに際して、決して礼にそぐわない事をせず、『筋を通す』外交の支度をしてるそうでやす」
「筋を通す……」
僕が呟くと、アインスが頷く。
「王太子殿下を迎える儀礼、王家の面子、諸侯の列席、全部きっちり整える。曖昧に流す気はねえ。あと……」
アインスは少しだけ声を落とす。
「リョウ様の話を聞く席も設けてるそうでやす」
「僕の?」
「へい。王は評判を聞きすぎてる。だから会う理由をちゃんと作ってる。儀礼の中で、自然に呼び入れる形にする腹らしい」
王太子が静かに息を吐いた。
「向こうから席を作るなら、こちらはそこで崩さずに乗れる」
「そうだね」
僕が頷くと、エメイラがゆっくり口を開いた。
「どのようにその席を作るかが肝要ね」
彼女の声は柔らかいのに、針みたいに鋭い。
「席の形次第で、言葉の通り道が決まる。王が“王として聞く席”なのか、“父として聞ける席”なのかで、空気が変わる」
ミザーリが腕を組んだまま、短く言う。
「父で聞ける席に滑らせたいってことだね」
「そう」
エメイラは頷く。
「そして、その滑らせ方に料理を使うなら、なおさら慎重に」
彼女は僕を見る。
「オークジェネラルの美味しさは折り紙つき。でも、変に使えば諸刃の剣になるわね」
「どういう意味?」
僕が聞くと、エメイラは即答しない。皿の端を指でなぞるようにして、言葉を選ぶ。
「料理が“腕の披露の場”になったら最悪」
短い断定だった。
「あなたが料理を出して王が驚く。その驚きが“若造の芸事を見せられた”という印象に傾くと、王の厳格さが防御に回る」
「……腕を見せつける席になったら、逆効果」
「そういうこと」
エメイラは淡々と続ける。
「料理は手段であって主題じゃない。主題は姫の幸福と、父王の誇りの両立。料理が前に出れば、主題が引っ込む」
「なるほど」
僕はオークジェネラルを“鍵”として使うイメージを、いったんほどいた。鍵は、無理に刺すと折れる。刺さる角度と、扉の気分を読まないといけない。
外交官が静かに頷く。
「公爵の一筆が王の耳に届けば、料理の話は向こうから出る可能性が高い。こちらが先に出すのではなく、王が興味を示した瞬間に“自然な流れで供する”のがよいでしょう」
「先に出すな、引き出されたら出す」
ミザーリがまとめる。
「うん。それが一番安全だ」
王太子も頷いた。
「父王が狩りの話を振ってきた時、その流れに乗せる。あるいは祝宴の席で“狩りの獲物の味”として自然に置く。こちらが舞台を作らない」
「そうね」
エメイラが微笑む。
「私たちは舞台に乗る側で、作る側に見えちゃいけないの。とくにあなたは。王にとっては“評判の若い伯爵”。そこで出しゃばって見えたら、筋の王ほど警戒する」
僕は深く息を吸い、吐いた。
「焦らず、王に主題を握らせる。僕は主題の中身を用意しておくだけ」
「その通り」
エメイラの目が少しだけ優しくなる。
食卓の皿がゆっくり片付けられ、迎賓館の窓の外に王都の灯が揺れる。レギオスの夜は静かで、厚い。王が用意している席。筋を通す儀礼。その中で、どう父の空気に滑らせるか。
僕は頭の中で、席の形を何通りも並べ始めた。
一つは儀礼の後の私室寄りの茶会。一つは狩猟談義の延長での小宴。一つは王妃と姫が同席する家庭の空気。
どれも、王の“筋”を傷つけずに“情”を乗せられる形だ。
「明日か明後日には呼ばれるだろうね」
王太子が低く言う。
「うん。呼ばれたら、迷いなくいきます」
僕はそう答えて、指先で机の上の布を軽く押さえた。扉はもう、こちらの前にある。開くのは、こちらが押すんじゃない。
王が押したくなるように、手の届くところに取っ手を差し出す。
石畳の目が細かい。建物の高さが揃い、壁の色は白と淡い灰色で統一されている。水路は街の血管みたいに走り、橋の装飾は控えめなのに隙がない。広いのに締まっている。大国の中心は、歩かせるだけで「格」を教えてくる。
迎賓館に案内されると、廊下の香の匂いまで整っていた。湿り気を含んだ涼しい香りで、どこか水の神を感じさせる。
「……レギオスだな」
王太子がぽつりと言う。
「うん。王都の匂いがする」
僕らは正餐の間へ通され、まずは用意されたフェリシア料理を味わうことになった。銀の皿が並び、白い布が揺れ、給仕が静かに歩く。
一口目で分かった。
「フェリシア料理……なんだけど」
皿の中央にある肉料理を見て、僕は目を細める。
「これ、エストバーグだ」
フェリシア風に香草と塩の使い方が変わっている。焼き色の付け方も向こうの好みだ。でも、根っこにあるレシピは間違いなく僕が作ったハンバーグの系統だ。王太子が、隣で小さく笑った。
「歓迎だな」
「うん。暗に示してます」
僕らは視線を交わして、ほくそ笑む。
フェリシアが僕の料理を“自国の料理として昇華した形”で出してくるのは、好意の表明だ。『あなたのものは我らの文化に根づいた』という言い方の歓迎。露骨に持ち上げないのが、厳格な国らしい。
そこへアインスが入ってきた。いつもの軽い足取りなのに、目は仕事の目だ。
「リョウ様、報告でやす」
「うん、聞かせて」
アインスは椅子の横に立ち、低い声でまとめた。
「ツヴァイとフィアと繋ぎをつけて、話を拾ってきやした。王は友好国の外国の太子を迎えるに際して、決して礼にそぐわない事をせず、『筋を通す』外交の支度をしてるそうでやす」
「筋を通す……」
僕が呟くと、アインスが頷く。
「王太子殿下を迎える儀礼、王家の面子、諸侯の列席、全部きっちり整える。曖昧に流す気はねえ。あと……」
アインスは少しだけ声を落とす。
「リョウ様の話を聞く席も設けてるそうでやす」
「僕の?」
「へい。王は評判を聞きすぎてる。だから会う理由をちゃんと作ってる。儀礼の中で、自然に呼び入れる形にする腹らしい」
王太子が静かに息を吐いた。
「向こうから席を作るなら、こちらはそこで崩さずに乗れる」
「そうだね」
僕が頷くと、エメイラがゆっくり口を開いた。
「どのようにその席を作るかが肝要ね」
彼女の声は柔らかいのに、針みたいに鋭い。
「席の形次第で、言葉の通り道が決まる。王が“王として聞く席”なのか、“父として聞ける席”なのかで、空気が変わる」
ミザーリが腕を組んだまま、短く言う。
「父で聞ける席に滑らせたいってことだね」
「そう」
エメイラは頷く。
「そして、その滑らせ方に料理を使うなら、なおさら慎重に」
彼女は僕を見る。
「オークジェネラルの美味しさは折り紙つき。でも、変に使えば諸刃の剣になるわね」
「どういう意味?」
僕が聞くと、エメイラは即答しない。皿の端を指でなぞるようにして、言葉を選ぶ。
「料理が“腕の披露の場”になったら最悪」
短い断定だった。
「あなたが料理を出して王が驚く。その驚きが“若造の芸事を見せられた”という印象に傾くと、王の厳格さが防御に回る」
「……腕を見せつける席になったら、逆効果」
「そういうこと」
エメイラは淡々と続ける。
「料理は手段であって主題じゃない。主題は姫の幸福と、父王の誇りの両立。料理が前に出れば、主題が引っ込む」
「なるほど」
僕はオークジェネラルを“鍵”として使うイメージを、いったんほどいた。鍵は、無理に刺すと折れる。刺さる角度と、扉の気分を読まないといけない。
外交官が静かに頷く。
「公爵の一筆が王の耳に届けば、料理の話は向こうから出る可能性が高い。こちらが先に出すのではなく、王が興味を示した瞬間に“自然な流れで供する”のがよいでしょう」
「先に出すな、引き出されたら出す」
ミザーリがまとめる。
「うん。それが一番安全だ」
王太子も頷いた。
「父王が狩りの話を振ってきた時、その流れに乗せる。あるいは祝宴の席で“狩りの獲物の味”として自然に置く。こちらが舞台を作らない」
「そうね」
エメイラが微笑む。
「私たちは舞台に乗る側で、作る側に見えちゃいけないの。とくにあなたは。王にとっては“評判の若い伯爵”。そこで出しゃばって見えたら、筋の王ほど警戒する」
僕は深く息を吸い、吐いた。
「焦らず、王に主題を握らせる。僕は主題の中身を用意しておくだけ」
「その通り」
エメイラの目が少しだけ優しくなる。
食卓の皿がゆっくり片付けられ、迎賓館の窓の外に王都の灯が揺れる。レギオスの夜は静かで、厚い。王が用意している席。筋を通す儀礼。その中で、どう父の空気に滑らせるか。
僕は頭の中で、席の形を何通りも並べ始めた。
一つは儀礼の後の私室寄りの茶会。一つは狩猟談義の延長での小宴。一つは王妃と姫が同席する家庭の空気。
どれも、王の“筋”を傷つけずに“情”を乗せられる形だ。
「明日か明後日には呼ばれるだろうね」
王太子が低く言う。
「うん。呼ばれたら、迷いなくいきます」
僕はそう答えて、指先で机の上の布を軽く押さえた。扉はもう、こちらの前にある。開くのは、こちらが押すんじゃない。
王が押したくなるように、手の届くところに取っ手を差し出す。
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