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山籠もり

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「このあたりでいいでしょうか」

 王都を出た私はデイン山地へと向かった。

 歩き回っているうちに小川の流れる場所に辿り着いたので、拠点をそこに決める。
 山籠もりが何日になるかわからない以上、水場は近いに越したことはない。
 痩せるまでは山を下りないつもりだ。絶対に……!

 枝を組み合わせて骨組みを作り、その上から葉っぱつきの枝で覆って野宿用のテントを作る。
 さらにたきぎを集めて火の準備を済ませ、小川の水で水筒をいっぱいにしておく。

「次は食料ですね」

 小川の下流へと向かっていくとだんだん川幅が広くなっていく。

 綺麗な水の奥には、何匹もの川魚が見えた。

 よし、今日の食事はあれにしよう。
 私は靴を脱ぎ、服のすそをまくって静かに川の中に下りていく。

 思い出されるのは騎士時代の修行。
 気配を消すのは剣の軌道を相手に読ませないことにつながる。私は気配を消したまま川を移動し――手刀を放つ。

「ふっ!」

 バシッ!

 水面を打つ音とともに川の中にいた魚が岸に打ち上げられる。
 よし、成功だ。

 同じやり方で十匹ほど魚を確保しておく。
 雨が降れば川の水は濁り、魚を獲るのが難しくなる。ここは多めにキープしておくのが正解だ。
 食べきれないぶんは干物や燻製にしておけばいい。
 獲れたのはマスやイワナなど食用向きな魚ばかりだった。なんと山籠もり向きな環境だろうか。

 ピチピチと跳ねる魚を抱えて拠点に戻り、持ってきたナイフでそれを捌く。

 その後屋敷から持ち出した塩を振り、大きめの葉でくるんでテントの中へ。
 こうして塩漬けにしてから干すなりいぶすなりして、保存が利きやすくするのだ。

 そんな作業をしながら私はふと思う。

(…………自分でやっておいてなんですが、サバイバルをする伯爵令嬢とは奇妙すぎるような……)

 誰にも見られないような場所でよかった。こんな姿を見られたら噂になってしまう。
 『子豚令嬢がついに野生に還った』なんて言われるのはさすがにシュール過ぎる。

 何はともあれ、これで準備は完了だ。

 いよいよ本番、山籠もり減量の時間である。

 まだ初日だ。どのくらいの運動量が適切だろうか。
 このなまった体では、過剰に運動すれば翌日には筋肉痛で悶絶する羽目になりかねない。
 というわけで――


「――とりあえずマラソン五時間くらいから始めましょうか」
 

 筋肉痛で悶絶? 上等である。
 私はどんな苦痛にも耐えて必ず理想体型を手に入れる覚悟だ。

 決意を新たに私は山道を走り出すのだった。
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