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浮遊島②
しおりを挟む「助かりましたぞ冒険者どの」
「気まぐれでこっちが勝手にやってるだけだ。気にすんな」
がらがらがら、と荷車を押しながらシグは老婆の感謝に適当な返事をする。
シグが引く荷車には、樽三つと果物入りのカゴと、荷車の持ち主である老婆本人が乗っている。
「そちらのお嬢ちゃんも力持ちだねえ」
「まあね。このくらいなら何ともないさ!」
シグの隣では、クゥが大樽二つを重ねて運んでいる。事実、クゥからすれば中身がたっぷり詰まった酒樽二つを運ぶくらいたいした苦労ではない。
「いやあ、儂は宿をやっとるんですが、何やら貴族の学生様たちが泊まるとかで一番大きな宿が借り切られてしまいましてなあ。おかげでうちにもお客様が押し寄せて、あっという間に食糧庫が空になってしもうて」
貴族の学生、という言葉でシグはだいたいの事情を察した。
「その一番大きな宿ってのは『朝陽の音色亭』か?」
「ええ、そうです」
つまりは冒険者たちを押しのけて一番大きな宿を占領した貴族学院組のしわ寄せを食らった、ということだろう。
老婆の宿は客が増えて大盛況かもしれないが、シグとしては少し困る。
「一番大きな宿が埋まったってことは、他の宿もだいたい満員って感じか?」
「そうですなあ。今から宿を取るのは難しいでしょうな」
やはりそういうことらしい。
「冒険者様。うちでよければ、何とか一室ご用意いたしますぞ」
「いいのか?」
「そのくらいの礼はさせてくだされ。少々手狭になってしまいますが……」
「屋根と扉があれば構わねえ。野宿は面倒だからな」
主に手荷物を狙ってくる盗人への対策が。
そんな話をしている間に目的地にたどりつく。
「わあ……!」
街並みを見て、クゥが一番に目を輝かせた。
浮遊市街『メリオール』。
水平に視線を向けた限りは、迷宮市街と似た景観だ。
幅の広いメインストリートが伸び、その両端に宿や商店が並ぶ。
はるか奥に見える高い塀のようなものは、おそらく魔物たちからこの街を守るためのものだろう。
しかし頭上に視線を向ければ、そこにはメリオール特有の光景が広がっている。
「……建物が浮かんでやがる」
「ほほ。地上ではなかなか見られない光景でしょう」
街のいたるところに直方体状のブロックが浮き、延々続くそれを目で追っていくと、なんと空中にいくつも建物が存在している。
建物の『底』を見る、というのはシグにとって初めての経験だった。
階段のように並ぶブロックは、宙に浮く建物どうしをつなぐ空中回廊の役目も果たしているようだ。
「この街の大きさは、浮遊島全体の二十分の一ほどしかありません。その狭さをどうにか補おうとした結果、開拓した場所の上を使うことにしたわけです」
「……そんなことができるもんなのか?」
「浮遊島以外では不可能でしょうな」
聞けば、建物を浮かせるには『浮遊石』というマナ鉱石が必須らしいのだが、浮遊島ではその効力がなぜか増幅されるとか。
浮遊島はそもそも浮遊石が大量に採れること、さらにその効力を増幅させられる場所であることが合わさって、初めて可能な荒業らしい。
「儂の宿はあれです。真下の近くに階段がありますので、近くまでお願いできますかな」
そう言って老婆が指さしたのは――なんと見渡す限りもっとも高所に経つ建物だった。
目を輝かせてきょろきょろするクゥを連れて荷車を引き、指示された場所まで行く。
薄く伸ばしたような板が、確かに階段上に浮かんでいる。
それを見ながらシグは呟いた。
「これを上るのか」
「いかにも」
「……落ちたり動いたりしねえだろうな」
支えなど何も存在しない。本当にただただ石製の板が普通に宙に浮かんでいるだけだ。
しかも目的地ははるか頭上。うっかり落ちたらただでは済まない。
「動かないよう『加工』してあります。乗っているほうが足を滑らせたらそりゃあ落ちますが、案外大丈夫なものですよ」
と、老婆は果物入りのカゴを持って荷車から降り、自然な足取りで浮遊階段を上り始めた。
シグとクゥも樽を抱えてそれを追う。
荷車にはまだ樽とカゴが残っているが、後で取りに来ればいいだろう。仮に盗もうとする人間がいても、頭上からは丸見えだ。飛び降りて追いかければいい。
「すごい! いい眺めだね!」
浮遊階段を上りながらクゥが歓声を飛ばす。
確かにいい眺めだった。街の向こうの危険域が一望できる。
斜め上から老婆の声が降ってくる。
「うちの『眠り梟亭』は一番高い場所にある宿ですから、見晴らしには自信がありますよ。まあ、たまに魔物が飛んできたりしますがね」
「おい、それは大丈夫なのかよ」
頻繁に魔物が襲ってくる宿屋などおちおち眠ってもいられない。
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