表裏

はたのれもん。

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 桜が散り始めた四月中旬。宗久たちの引き受けた依頼は、のろのろと進行していた。依頼側の注文が多く、手に負えないでいた。
 それでも、若い力も相まって依頼完了が見えてきている。
 けれども、残業量は変わらないため宗久は、少人数で使える会議室で業務にあたっている。
「おい」
 宗久が一人で業務をこなしている会議室に、和人がやって来た。
「あれ?帰ったんじゃないの?」
「帰るわけ。最近、お前にばっかり任せっきりだったから。何か手伝ってやんねぇとなぁって。あ、これ夜食」
 和人から渡されたコンビニ袋には、サンドイッチと野菜ジュース。
「へぇ、珍しいな、お前が夜食なんて。なんか企んでんの?」
「まさか。前からやろうと思ってた。さ、やるぞ」
「おぅ。ファイルとか俺のデスクだから」
 今日の和人は、妙に張り切っていた。その姿に元気をもらう。
 ファイルを持って戻ってきた和人が、隣に座る。その座った衝撃で、空気に乗って香りが漂う。スパイシーなオリエンタル系の匂い。
 初めて、和人が香水をつけていることに気がついた。彼の纏う香りの衣は、彼らしい包容力のある香りで清潔さがあった。
「どうした?」
 和人に見つめられて、宗久は咳払いして「なんでもない」と返す。
「最近、お前と飲めてなくてつまらなくてさ」
「なんだよ、突然。つまらないなんて、気色悪りぃな」
「気色悪くて結構。けど、近ごろは手伝えなくてごめんな」
 和人にも和人の仕事がある。だからそこは、同僚として責めようとは思わない。
 なのに、謝られると照れくさい。
「謝るなよ、そんなことくらいで」
「いや、そうじゃなくて。頑張ってるお前を応援したくて」
 和人にしては珍しい言動だ。この案件を、成功させたいのだろう。
「そうだ。気休めじゃないけど、飲まない?家で」
「いいよ。どっちの?」
「俺の家アパートで騒げないから、お前の家でいいよ」
「分かった。加奈にも言っとく」
 家飲みというのも、意外と楽しい。楽しいことが待っていると、あともう一時間は頑張れそうな気がしてくる。

  葉桜が目立つようになった頃、約束した家飲みの日。
 二人は、宗久の自宅近くのスーパーマーケットを訪れていた。
「まさかこんなに手こずるとはな」
「お前だってしっかりやってくれてるし、大丈夫だよ」
 横に並んで歩いている宗久は、適当に微笑んで売り場を歩く。
「さっきから元気ないな」
 いつものはっきりとした受け答えでない宗久を心配してくる。
「なんつーか、男二人が買い物って不自然じゃないか?」
「そうか?俺は楽しいけど」
 別々で買うことを想定していたが、和人が「一緒にまわろう」と言ってきたのだ。
―同僚だからいいけど・・・。
 男二人が並んで買い物など、傍から見てどうなのか不安になる。
  二人は、宗久の自宅へ帰ってきた。
「あれ?奥さんは?」
「加奈は、昨日から大学時代の友人と日光に行ってる。息抜きらしい」
 彼女は渋い顔をしていたが、いそいそと出かけて行った。
「へぇ、赤ワインか。和人ならビール買うと思ってた」
「実は、ワインも好きなんだ」
「そうなんだ。あ、どっちで飲む?テーブル?」
「ソファでいいよ」
 宗久は台所で、買ってきたワインをグラスに注ぎ、チーズを皿に盛りつけた。
「なぁ、和人。このパイン缶もお前?」
「あぁ」
「ありがとな。俺の好きなもの覚えてくれてて」
 宗久は見かけによらず大のフルーツ好きで、女性に人気のフルールパフェ屋、フルーツサンド専門店に行くほどだ。
 缶詰のパイナップルも皿にあけ、和人の待つソファへ持っていく。
 ソファの前のテーブルにつまみが並ぶと、家飲みの始まりである。
「始めるか。じゃ、乾杯」
 宗久が音頭をとって、乾杯をする。
「乾杯」
 お互いのグラスがこつんと当たり、中のワインが揺れる。
 宗久は、飲み干す寸前まで呷る。
「はぁ。ワインってこんなに渋かったっけ」
 何年ぶりかにワインを飲んだ宗久は、口の中の渋みを消そうとパインを口へ入れる。
「ビールじゃねぇんだから、ゆっくり飲めよ」
「そうだけどさぁ、酒はこう、がぁってやりたいじゃん」
「お前、だいぶ酒飲みになったな」
 からかった和人は、まだなみなみと入っているワインを喉へ流す。
「なぁ、宗久」
 グラスを置いた和人に、真剣な声で呼ばれて顔を向ける。
 やはり、硬い表情の和人。いつもの、ラフな彼はいなかった。
「俺、宗久に言いたいことがあって。聞いてくれるか」
「おう、いいよ」
 相手が難しい顔をしていると、こちらまで難しい顔になってしまう。
 それに、先ほどより和人の体が近いことも気になる。今にも、襲ってきそうな距離だ。とはいっても、まだ数センチの余裕はある。
「俺には今、好きな人がいるんだ」
 真剣な話しかと思って構えていた宗久は、心の中でずっこけた。
「なんだよ、まじめな話しかと思ったら。さすが、四十になってもイケてる奴は違うなっ」
「違う」
 和人にしては、強い口調で遮られた。動揺した宗久は、和人の目を見つめてよいのか迷う。
「違うんだ、宗久。俺が好きなのは、宗久なんだ」
 一瞬、聞き間違いかと思った。
 けれど、それは聞き間違いなどではなかった。
「入社して、初めてのコンサルタントのとき。何もできないでいた俺を手助けしてくれたときから好きだった。最初は、宗久の才能への嫉妬だった。けど、宗久と仕事をしていくうち、どんどん好きになってた」
 告白に熱が入った和人は、宗久をソファの端まで追いやり詰め寄った。
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