5 / 12
5
しおりを挟む
桜が散り始めた四月中旬。宗久たちの引き受けた依頼は、のろのろと進行していた。依頼側の注文が多く、手に負えないでいた。
それでも、若い力も相まって依頼完了が見えてきている。
けれども、残業量は変わらないため宗久は、少人数で使える会議室で業務にあたっている。
「おい」
宗久が一人で業務をこなしている会議室に、和人がやって来た。
「あれ?帰ったんじゃないの?」
「帰るわけ。最近、お前にばっかり任せっきりだったから。何か手伝ってやんねぇとなぁって。あ、これ夜食」
和人から渡されたコンビニ袋には、サンドイッチと野菜ジュース。
「へぇ、珍しいな、お前が夜食なんて。なんか企んでんの?」
「まさか。前からやろうと思ってた。さ、やるぞ」
「おぅ。ファイルとか俺のデスクだから」
今日の和人は、妙に張り切っていた。その姿に元気をもらう。
ファイルを持って戻ってきた和人が、隣に座る。その座った衝撃で、空気に乗って香りが漂う。スパイシーなオリエンタル系の匂い。
初めて、和人が香水をつけていることに気がついた。彼の纏う香りの衣は、彼らしい包容力のある香りで清潔さがあった。
「どうした?」
和人に見つめられて、宗久は咳払いして「なんでもない」と返す。
「最近、お前と飲めてなくてつまらなくてさ」
「なんだよ、突然。つまらないなんて、気色悪りぃな」
「気色悪くて結構。けど、近ごろは手伝えなくてごめんな」
和人にも和人の仕事がある。だからそこは、同僚として責めようとは思わない。
なのに、謝られると照れくさい。
「謝るなよ、そんなことくらいで」
「いや、そうじゃなくて。頑張ってるお前を応援したくて」
和人にしては珍しい言動だ。この案件を、成功させたいのだろう。
「そうだ。気休めじゃないけど、飲まない?家で」
「いいよ。どっちの?」
「俺の家アパートで騒げないから、お前の家でいいよ」
「分かった。加奈にも言っとく」
家飲みというのも、意外と楽しい。楽しいことが待っていると、あともう一時間は頑張れそうな気がしてくる。
葉桜が目立つようになった頃、約束した家飲みの日。
二人は、宗久の自宅近くのスーパーマーケットを訪れていた。
「まさかこんなに手こずるとはな」
「お前だってしっかりやってくれてるし、大丈夫だよ」
横に並んで歩いている宗久は、適当に微笑んで売り場を歩く。
「さっきから元気ないな」
いつものはっきりとした受け答えでない宗久を心配してくる。
「なんつーか、男二人が買い物って不自然じゃないか?」
「そうか?俺は楽しいけど」
別々で買うことを想定していたが、和人が「一緒にまわろう」と言ってきたのだ。
―同僚だからいいけど・・・。
男二人が並んで買い物など、傍から見てどうなのか不安になる。
二人は、宗久の自宅へ帰ってきた。
「あれ?奥さんは?」
「加奈は、昨日から大学時代の友人と日光に行ってる。息抜きらしい」
彼女は渋い顔をしていたが、いそいそと出かけて行った。
「へぇ、赤ワインか。和人ならビール買うと思ってた」
「実は、ワインも好きなんだ」
「そうなんだ。あ、どっちで飲む?テーブル?」
「ソファでいいよ」
宗久は台所で、買ってきたワインをグラスに注ぎ、チーズを皿に盛りつけた。
「なぁ、和人。このパイン缶もお前?」
「あぁ」
「ありがとな。俺の好きなもの覚えてくれてて」
宗久は見かけによらず大のフルーツ好きで、女性に人気のフルールパフェ屋、フルーツサンド専門店に行くほどだ。
缶詰のパイナップルも皿にあけ、和人の待つソファへ持っていく。
ソファの前のテーブルにつまみが並ぶと、家飲みの始まりである。
「始めるか。じゃ、乾杯」
宗久が音頭をとって、乾杯をする。
「乾杯」
お互いのグラスがこつんと当たり、中のワインが揺れる。
宗久は、飲み干す寸前まで呷る。
「はぁ。ワインってこんなに渋かったっけ」
何年ぶりかにワインを飲んだ宗久は、口の中の渋みを消そうとパインを口へ入れる。
「ビールじゃねぇんだから、ゆっくり飲めよ」
「そうだけどさぁ、酒はこう、がぁってやりたいじゃん」
「お前、だいぶ酒飲みになったな」
からかった和人は、まだなみなみと入っているワインを喉へ流す。
「なぁ、宗久」
グラスを置いた和人に、真剣な声で呼ばれて顔を向ける。
やはり、硬い表情の和人。いつもの、ラフな彼はいなかった。
「俺、宗久に言いたいことがあって。聞いてくれるか」
「おう、いいよ」
相手が難しい顔をしていると、こちらまで難しい顔になってしまう。
それに、先ほどより和人の体が近いことも気になる。今にも、襲ってきそうな距離だ。とはいっても、まだ数センチの余裕はある。
「俺には今、好きな人がいるんだ」
真剣な話しかと思って構えていた宗久は、心の中でずっこけた。
「なんだよ、まじめな話しかと思ったら。さすが、四十になってもイケてる奴は違うなっ」
「違う」
和人にしては、強い口調で遮られた。動揺した宗久は、和人の目を見つめてよいのか迷う。
「違うんだ、宗久。俺が好きなのは、宗久なんだ」
一瞬、聞き間違いかと思った。
けれど、それは聞き間違いなどではなかった。
「入社して、初めてのコンサルタントのとき。何もできないでいた俺を手助けしてくれたときから好きだった。最初は、宗久の才能への嫉妬だった。けど、宗久と仕事をしていくうち、どんどん好きになってた」
告白に熱が入った和人は、宗久をソファの端まで追いやり詰め寄った。
それでも、若い力も相まって依頼完了が見えてきている。
けれども、残業量は変わらないため宗久は、少人数で使える会議室で業務にあたっている。
「おい」
宗久が一人で業務をこなしている会議室に、和人がやって来た。
「あれ?帰ったんじゃないの?」
「帰るわけ。最近、お前にばっかり任せっきりだったから。何か手伝ってやんねぇとなぁって。あ、これ夜食」
和人から渡されたコンビニ袋には、サンドイッチと野菜ジュース。
「へぇ、珍しいな、お前が夜食なんて。なんか企んでんの?」
「まさか。前からやろうと思ってた。さ、やるぞ」
「おぅ。ファイルとか俺のデスクだから」
今日の和人は、妙に張り切っていた。その姿に元気をもらう。
ファイルを持って戻ってきた和人が、隣に座る。その座った衝撃で、空気に乗って香りが漂う。スパイシーなオリエンタル系の匂い。
初めて、和人が香水をつけていることに気がついた。彼の纏う香りの衣は、彼らしい包容力のある香りで清潔さがあった。
「どうした?」
和人に見つめられて、宗久は咳払いして「なんでもない」と返す。
「最近、お前と飲めてなくてつまらなくてさ」
「なんだよ、突然。つまらないなんて、気色悪りぃな」
「気色悪くて結構。けど、近ごろは手伝えなくてごめんな」
和人にも和人の仕事がある。だからそこは、同僚として責めようとは思わない。
なのに、謝られると照れくさい。
「謝るなよ、そんなことくらいで」
「いや、そうじゃなくて。頑張ってるお前を応援したくて」
和人にしては珍しい言動だ。この案件を、成功させたいのだろう。
「そうだ。気休めじゃないけど、飲まない?家で」
「いいよ。どっちの?」
「俺の家アパートで騒げないから、お前の家でいいよ」
「分かった。加奈にも言っとく」
家飲みというのも、意外と楽しい。楽しいことが待っていると、あともう一時間は頑張れそうな気がしてくる。
葉桜が目立つようになった頃、約束した家飲みの日。
二人は、宗久の自宅近くのスーパーマーケットを訪れていた。
「まさかこんなに手こずるとはな」
「お前だってしっかりやってくれてるし、大丈夫だよ」
横に並んで歩いている宗久は、適当に微笑んで売り場を歩く。
「さっきから元気ないな」
いつものはっきりとした受け答えでない宗久を心配してくる。
「なんつーか、男二人が買い物って不自然じゃないか?」
「そうか?俺は楽しいけど」
別々で買うことを想定していたが、和人が「一緒にまわろう」と言ってきたのだ。
―同僚だからいいけど・・・。
男二人が並んで買い物など、傍から見てどうなのか不安になる。
二人は、宗久の自宅へ帰ってきた。
「あれ?奥さんは?」
「加奈は、昨日から大学時代の友人と日光に行ってる。息抜きらしい」
彼女は渋い顔をしていたが、いそいそと出かけて行った。
「へぇ、赤ワインか。和人ならビール買うと思ってた」
「実は、ワインも好きなんだ」
「そうなんだ。あ、どっちで飲む?テーブル?」
「ソファでいいよ」
宗久は台所で、買ってきたワインをグラスに注ぎ、チーズを皿に盛りつけた。
「なぁ、和人。このパイン缶もお前?」
「あぁ」
「ありがとな。俺の好きなもの覚えてくれてて」
宗久は見かけによらず大のフルーツ好きで、女性に人気のフルールパフェ屋、フルーツサンド専門店に行くほどだ。
缶詰のパイナップルも皿にあけ、和人の待つソファへ持っていく。
ソファの前のテーブルにつまみが並ぶと、家飲みの始まりである。
「始めるか。じゃ、乾杯」
宗久が音頭をとって、乾杯をする。
「乾杯」
お互いのグラスがこつんと当たり、中のワインが揺れる。
宗久は、飲み干す寸前まで呷る。
「はぁ。ワインってこんなに渋かったっけ」
何年ぶりかにワインを飲んだ宗久は、口の中の渋みを消そうとパインを口へ入れる。
「ビールじゃねぇんだから、ゆっくり飲めよ」
「そうだけどさぁ、酒はこう、がぁってやりたいじゃん」
「お前、だいぶ酒飲みになったな」
からかった和人は、まだなみなみと入っているワインを喉へ流す。
「なぁ、宗久」
グラスを置いた和人に、真剣な声で呼ばれて顔を向ける。
やはり、硬い表情の和人。いつもの、ラフな彼はいなかった。
「俺、宗久に言いたいことがあって。聞いてくれるか」
「おう、いいよ」
相手が難しい顔をしていると、こちらまで難しい顔になってしまう。
それに、先ほどより和人の体が近いことも気になる。今にも、襲ってきそうな距離だ。とはいっても、まだ数センチの余裕はある。
「俺には今、好きな人がいるんだ」
真剣な話しかと思って構えていた宗久は、心の中でずっこけた。
「なんだよ、まじめな話しかと思ったら。さすが、四十になってもイケてる奴は違うなっ」
「違う」
和人にしては、強い口調で遮られた。動揺した宗久は、和人の目を見つめてよいのか迷う。
「違うんだ、宗久。俺が好きなのは、宗久なんだ」
一瞬、聞き間違いかと思った。
けれど、それは聞き間違いなどではなかった。
「入社して、初めてのコンサルタントのとき。何もできないでいた俺を手助けしてくれたときから好きだった。最初は、宗久の才能への嫉妬だった。けど、宗久と仕事をしていくうち、どんどん好きになってた」
告白に熱が入った和人は、宗久をソファの端まで追いやり詰め寄った。
0
あなたにおすすめの小説
生まれ変わりは嫌われ者
青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。
「ケイラ…っ!!」
王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。
「グレン……。愛してる。」
「あぁ。俺も愛してるケイラ。」
壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。
━━━━━━━━━━━━━━━
あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。
なのにー、
運命というのは時に残酷なものだ。
俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。
一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。
★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!
偽物勇者は愛を乞う
きっせつ
BL
ある日。異世界から本物の勇者が召喚された。
六年間、左目を失いながらも勇者として戦い続けたニルは偽物の烙印を押され、勇者パーティから追い出されてしまう。
偽物勇者として逃げるように人里離れた森の奥の小屋で隠遁生活をし始めたニル。悲嘆に暮れる…事はなく、勇者の重圧から解放された彼は没落人生を楽しもうとして居た矢先、何故か勇者パーティとして今も戦っている筈の騎士が彼の前に現れて……。
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる