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一章 天満月くんの不思議
1.ウワサ話
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——数時間前。
二時限目の体育が終わり、私——斎藤美紀菜はくたくたになって教室に戻ってきた。
それは他の皆もそう。授業の内容が長距離走で、時間いっぱいに走ったから。
高校生になっても、この苦しみからは逃げられないらしい。
もうお腹が空いて、次の数学に集中できる気がしない…けど、今日は登校途中にチョコレートクランチを買ってきた。
コンビニに寄った時、「新作」の文字に釣られてしまって。
ちょうどいい、甘いもので体力回復できる!
……はずだったのに。
「…ない。ない、ない、ない……」
事件発生。
なんとカバンの中から、チョコレートの箱が消えていた。
いくら漁っても、関係ないものが出てくるばかり。
机の上に、取り出したポーチやタオルが積みあがる。
おかしい。
絶対入れたはずなのに。
落としちゃった?
「美紀菜ちゃん、何探してるの?」
カバンの底とにらめっこしていると、クラスメイトに話しかけられた。
ふんわりと優しい声の持ち主は、今野鈴葉ちゃん。
華奢な見た目でふわふわした雰囲気だけど、意外に活発な子。
長距離走も二番目に速かった。
隣にはクラスの女子で一番背の高い、佐久間清華ちゃんもいる。
この二人は中学からの知り合いで、入学直後の座席の並びが「今野」「斎藤」「佐久間」だった縁で私も話すようになった。
つい最近、新学級から一か月経ったということで座席替えがあり、離れるのが少し寂しかったけど変わらず仲良くしてくれている。
「えっと…朝に買ったはずのチョコレートが、見つからなくて」
鈴ちゃんの質問に、私は苦笑いで返した。ごそごそ必死に探している様子は変に見えていたかもしれない。
ちょっと心配になったところ、鈴ちゃんは「えっ!」と反応した。
…なぜか目をキラリと光らせて。
「み、美紀菜ちゃん…! それって妖精が盗んだんじゃない…⁉」
「よよ、妖精?」
唐突にファンタジックなワードが登場して混乱する。
私のうっかりじゃなくて、妖精の犯行を疑うの…⁉
困って横の清華ちゃんを見る。
私と同じ状態かと思いきや、「あ~」と何か理解しているような顔だった。
「榊原学園、妖精がいるの…⁉」
信じられないという気持ちで尋ねると、
「七不思議の一つにあるんだよ。持っていたはずの物が突然消えるっていうね。それは妖精の仕業で、悪戯する代わりに学校を災いから守ってくれてるんだってさ」
清華ちゃんはさらりと軽い調子で教えてくれる。
よかった、常識的な存在というわけではないみたい…。
榊原学園は中等部と高等部があり、鈴ちゃんと清華ちゃんは四年目、私は高校から入ったので一年目。
だから二人のほうが学校について詳しい。
歴史が古いとは知っていたけれど、まさか七不思議まであるなんて…。
「それだけじゃないよ!」
「⁉」
鈴ちゃんがずずいと顔を寄せてきてびっくりする。
…真ん前にある両目はとってもキラキラしている。
「甘いものを盗まれたらね——『妖精が恋を叶えてくれる』ってウワサもあるんだから…!」
ささやき声だけど、熱が強くこもっていた。
なるほど、鈴ちゃんのテンションがちょっと高い理由はそのウワサか。
「へえ…恋が……」
「あっ、その反応は信じてないでしょ⁉」
「う、うーん…」
だ、だって、七不思議はあくまでウワサ話で、聞いてすぐ真に受けるほうが難しくないかな…⁉
「こらこら、美紀菜ちゃん困ってる。妖精は、忘れ物した現実を受け入れられない生徒が多くてできた話でしょ、たぶん」
「清華ちゃんつまんないこと言う~。『開かずの部屋』も、『扉の建てつけがすっごく悪いだけ』って言ってたよね」
「『開かずの部屋』?」
また新たに登場した不思議ワードに、私は首をかしげる。
話の流れで察するに、他の七不思議の一つなんだろうけど。
「第二音楽室の隣の部屋のこと。大人数名がかりでも開かないの。でもあそこの棟はまだ改装していなくて古いから、それが原因だと思うんだよね」
清華ちゃんがまたさっぱりと答えてくれる。
たしかに、第二音楽室がある西棟は、年月の経った木の匂いが充満しているほどボロ…歴史の趣を感じる建物だ(耐震工事はしてあるらしい)。
「ふうん…なかなかあっちに行く機会ないから、ちょっと見てみたいかも」
「えっ、どうしてそっちには興味示すの! せっかくチョコレートが消えたのに!」
「せ、せっかくって…」
私や清華ちゃんと違って、ウワサ話に積極的な鈴ちゃん。
目の輝きはまだ失っていない。
「恋が叶うかも! って思うだけで、なんだかドキドキしてくるでしょう?」
「そもそも叶えたい恋が…」
「これから芽生える可能性! 美紀菜ちゃんのクールビューティーに、惹かれる男の子はいると思うんだよね~そこから美紀菜ちゃんも……うふふふふ」
とうとう勝手に妄想の世界に入ってしまわれた。
私はクールビューティーなんだろうか…あんまりはしゃがないだけじゃ……。
ぱちっと清華ちゃんと目が合って、どちらからともなく苦笑する。
「鈴は放っておこ。入学してまだ一か月で、好きな人いるほうが珍しいよ」
「あはは、そうだね…」
そう言った時、無意識にぽつりと小声がもれた。
「……まあ、『気になる』って意味で一人、いなくもないけど」
「ええっ?」
清華ちゃんが目を見開いて初めて、私は声に出していたことに気づく。
彼女が驚いたことで、鈴ちゃんも妄想の世界から帰り真顔になっていた。
「あ、『気になる』は恋とかじゃなくって——」
二時限目の体育が終わり、私——斎藤美紀菜はくたくたになって教室に戻ってきた。
それは他の皆もそう。授業の内容が長距離走で、時間いっぱいに走ったから。
高校生になっても、この苦しみからは逃げられないらしい。
もうお腹が空いて、次の数学に集中できる気がしない…けど、今日は登校途中にチョコレートクランチを買ってきた。
コンビニに寄った時、「新作」の文字に釣られてしまって。
ちょうどいい、甘いもので体力回復できる!
……はずだったのに。
「…ない。ない、ない、ない……」
事件発生。
なんとカバンの中から、チョコレートの箱が消えていた。
いくら漁っても、関係ないものが出てくるばかり。
机の上に、取り出したポーチやタオルが積みあがる。
おかしい。
絶対入れたはずなのに。
落としちゃった?
「美紀菜ちゃん、何探してるの?」
カバンの底とにらめっこしていると、クラスメイトに話しかけられた。
ふんわりと優しい声の持ち主は、今野鈴葉ちゃん。
華奢な見た目でふわふわした雰囲気だけど、意外に活発な子。
長距離走も二番目に速かった。
隣にはクラスの女子で一番背の高い、佐久間清華ちゃんもいる。
この二人は中学からの知り合いで、入学直後の座席の並びが「今野」「斎藤」「佐久間」だった縁で私も話すようになった。
つい最近、新学級から一か月経ったということで座席替えがあり、離れるのが少し寂しかったけど変わらず仲良くしてくれている。
「えっと…朝に買ったはずのチョコレートが、見つからなくて」
鈴ちゃんの質問に、私は苦笑いで返した。ごそごそ必死に探している様子は変に見えていたかもしれない。
ちょっと心配になったところ、鈴ちゃんは「えっ!」と反応した。
…なぜか目をキラリと光らせて。
「み、美紀菜ちゃん…! それって妖精が盗んだんじゃない…⁉」
「よよ、妖精?」
唐突にファンタジックなワードが登場して混乱する。
私のうっかりじゃなくて、妖精の犯行を疑うの…⁉
困って横の清華ちゃんを見る。
私と同じ状態かと思いきや、「あ~」と何か理解しているような顔だった。
「榊原学園、妖精がいるの…⁉」
信じられないという気持ちで尋ねると、
「七不思議の一つにあるんだよ。持っていたはずの物が突然消えるっていうね。それは妖精の仕業で、悪戯する代わりに学校を災いから守ってくれてるんだってさ」
清華ちゃんはさらりと軽い調子で教えてくれる。
よかった、常識的な存在というわけではないみたい…。
榊原学園は中等部と高等部があり、鈴ちゃんと清華ちゃんは四年目、私は高校から入ったので一年目。
だから二人のほうが学校について詳しい。
歴史が古いとは知っていたけれど、まさか七不思議まであるなんて…。
「それだけじゃないよ!」
「⁉」
鈴ちゃんがずずいと顔を寄せてきてびっくりする。
…真ん前にある両目はとってもキラキラしている。
「甘いものを盗まれたらね——『妖精が恋を叶えてくれる』ってウワサもあるんだから…!」
ささやき声だけど、熱が強くこもっていた。
なるほど、鈴ちゃんのテンションがちょっと高い理由はそのウワサか。
「へえ…恋が……」
「あっ、その反応は信じてないでしょ⁉」
「う、うーん…」
だ、だって、七不思議はあくまでウワサ話で、聞いてすぐ真に受けるほうが難しくないかな…⁉
「こらこら、美紀菜ちゃん困ってる。妖精は、忘れ物した現実を受け入れられない生徒が多くてできた話でしょ、たぶん」
「清華ちゃんつまんないこと言う~。『開かずの部屋』も、『扉の建てつけがすっごく悪いだけ』って言ってたよね」
「『開かずの部屋』?」
また新たに登場した不思議ワードに、私は首をかしげる。
話の流れで察するに、他の七不思議の一つなんだろうけど。
「第二音楽室の隣の部屋のこと。大人数名がかりでも開かないの。でもあそこの棟はまだ改装していなくて古いから、それが原因だと思うんだよね」
清華ちゃんがまたさっぱりと答えてくれる。
たしかに、第二音楽室がある西棟は、年月の経った木の匂いが充満しているほどボロ…歴史の趣を感じる建物だ(耐震工事はしてあるらしい)。
「ふうん…なかなかあっちに行く機会ないから、ちょっと見てみたいかも」
「えっ、どうしてそっちには興味示すの! せっかくチョコレートが消えたのに!」
「せ、せっかくって…」
私や清華ちゃんと違って、ウワサ話に積極的な鈴ちゃん。
目の輝きはまだ失っていない。
「恋が叶うかも! って思うだけで、なんだかドキドキしてくるでしょう?」
「そもそも叶えたい恋が…」
「これから芽生える可能性! 美紀菜ちゃんのクールビューティーに、惹かれる男の子はいると思うんだよね~そこから美紀菜ちゃんも……うふふふふ」
とうとう勝手に妄想の世界に入ってしまわれた。
私はクールビューティーなんだろうか…あんまりはしゃがないだけじゃ……。
ぱちっと清華ちゃんと目が合って、どちらからともなく苦笑する。
「鈴は放っておこ。入学してまだ一か月で、好きな人いるほうが珍しいよ」
「あはは、そうだね…」
そう言った時、無意識にぽつりと小声がもれた。
「……まあ、『気になる』って意味で一人、いなくもないけど」
「ええっ?」
清華ちゃんが目を見開いて初めて、私は声に出していたことに気づく。
彼女が驚いたことで、鈴ちゃんも妄想の世界から帰り真顔になっていた。
「あ、『気になる』は恋とかじゃなくって——」
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