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第5話 寄る年波には勝てない也

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 世界地図を開くと、大陸は大きく3つに別れていることが分かる。
 中央の大陸は広く、アクシスと呼ばれる。
 世界の右ワールドライトと呼ばれる海域には、細い弓なりのソード大陸。
 世界の左ワールドレフトと呼ばれる海域には、硬い岩山が連なるシールズ大陸がある。
 太古の世界に住まう人々の想像力は豊かだったようで、それらがまるで剣と盾を持って海に沈んだ巨人に見えたことから、その名がついたらしい。言い伝えによると、世界は天空から落下してきた巨人を元に作られているとか。負けて、落っこちて、浮んでいる巨人が元になっているというのも、滑稽な話だ。

 ヒューマランダムは右下の端っこ、世界の右ワールドライトのギリギリ境にある小さな島。
 そこから北西へ数日かけて船で進むと、このあたりで一番大きな町に出る。そこから連絡船に乗り北に進むとソード大陸の末端が見えてくる。
 ソード大陸は弓なりの島なので、陸をなぞりながら安全に北の先端にあるポイントオブソードの町まで移動が可能だ。
 更に乗り換えて今度は西経由で南に向かうわけだが、とにかくヒューマランダムからゴーサホルツハマーの位置が悪く、簡単に言えば『死ぬほど遠い』というわけだ。


 案の定、体力の乏しい老人は、長旅……しかも船旅で虫の息になってしまった。教会を出発して数週間後にポイントオブソードに到着した後、そのまま病院へかつぎ込まれたかつての勇者様たち。1部屋に押し込まれ、運良く船酔いから免れたアメリアが心配そうに三勇者を見守っている。

「ど、どうしよう……みんなしっかりして……」

 ミアがイーサンに恨み節を投げる。

「……だ、だから……言った、のよ……無茶……だっ、て……」
「くそ……イライジャ……何とか、し、ろ……」
「……むり……むり……むり……」

 ベッドに横たわり、小刻みに震える大聖者イライジャの姿は涙を誘う。数々の死地をくぐり抜けた勇者達も、今が一番ピンチかもしれない。

「と、とりあえず、ここは病院の先生に任せて、みんな養生して! 私、滋養のある物買ってくる!」
「ま……待て、アメ、リア……」

 息も絶え絶えに、イーサンが今にもドアから飛び出そうとするアメリアを止めた。

「はあ、はあ……、む、無駄な金を……使うな……」
「何がムダなのよ! 衰弱してるの何とかしないと……!」
「き、聞け……。い、いいか……これから、オレが、言う通りに……しろ」

 ぷるぷる震える老人を振り切ることもできず、アメリアはイーサンに向き直す。

「……何?」
「その、金を、持って……い、市場の……どこかに、いる……タレ込み屋デコイを、探せ……」
「デコイって、何……?」
「イーサン……!」

 動けぬイライジャが必死に声を上げて制止するので、アメリアはぼんやりとそれを察する。

「……良くないことなのね?」
「……じ、情報屋だ……。金を、払えば……情報を集めて、もらえ、る……」

 ミアが手を伸ばしてアメリアの腕に触れた。

「ダ、ダメよアメリア……危険……」

 アメリアはその手を包みながら、イーサンに問い返す。

「その人達を探して、何を頼めば良いの?」
「……クロウ……マークス、ワイバーンで……見つかった、ドラゴンは……どの、ポイントに、いたか……」
「クッッッ……ソ、ジジイィィィ……!!」

 ミアの腹の底から出た唸りで、全員がビクリと身を震わせる。

「クロウマークスワイバーンで見つかったドラゴンは、どのポイントにいたかを聞くのね? 他には?」

 イーサンは軽く頭を横に振る。

「じゃあ、行ってくる」
「アメリア……!」

 立ち上がろうとしたアリメアを、再びイーサンが止めた。

「何、イーサン」
「1、2……1、2だ……」
「え?」
「忘れる……な」

 イーサンの苦痛に歪んだ顔から力が抜けていく。気を失ったのだろう。

「……ダメよ……アメリア……」

 ミアが懇願するのを静かに宥め、その手を放した。

「心配しないでミア、イライジャ。ちゃんとデコイを探して伝えてくる」
「だめだ……アメリア、アメリア……!!」

 二人が制止するのも聞かず、アメリアは部屋を飛び出した。


 ポイントオブソードは、ソード大陸の北の先端にある。まさにポイントオブソード剣先なので、他からの船は全てこの港町で物資を調達してから出航することになる。
 陸路も同じく、ここが頂点。
 必然的に人が密集する場所となり、様々な人種が行き交っている場所だ。

 無論、中にはよくないタイプの人々も潜んでいるが、市民はともかく、海を渡って行き交う人々はそれらを便利に使い、そのために港が栄えている面も否定できない。
 いかんせんアメリアは旅が初めて。おまけに地図の端っこにある島で、ど田舎の教会の孤児院育ちという、超絶世間知らずだ。イライジャとミアが死ぬほど心配して止めていたのも無理はなく、イーサンの紛れもないクソジジイっぷりが光り輝いているようにすら思える。

 早足で市場に向かっていたアメリアであったが、島から出たことのない彼女にとってここは異国の地。勝手が分からず人波に流され、徐々にメインストリートを逸れていく。ただ持ち前の俊敏さが光り、人の波を見事なステップで避けているうち、その『よくないタイプ』の目から逃れることができたらしい。

「イチ、ニ、イチ、ニっと」

 良いカモに移っただろうアメリアは、知らぬうち妙な奴らを煙に巻いた訳だが、逆にそれがまずかった。

「あの娘の身のこなし……ただ者じゃないな。何者だ?」
「誰も知らねえのか」
「あっちだ! 逃すんじゃねえぞ!」

 いつの間にかことが膨らみ始め、気がつけばそんな物騒な話になっていき、アメリアはすっかり自分から災難に飛び込んでしまっていた。
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