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第14話 海の裏側

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 槍はルーカスとイーサンを間合いの外へ運び出し、石畳の上へ二人を着地させると、急激に硬化して刃先を天に向けた。イライジャがそのイーサンを抱き留め、ミアが尻についた植木鉢を蹴り上げると、二つに割れた鉢から土と花が地面に崩れ落ちる。いつものイーサンなら、ここで二人に文句の一つも言っているところだが、今はそんな余裕がない。ヴェスパジアーノに振り返り、声を張り上げた。

「どういうこった……!! 魔物だぞあいつは!?」

 目の前に見えるのは、紛れもなく、100年前全滅させたはずの魔物の姿。イライジャの動揺はひどく、支えている腕から震えが伝わってくる。

「マテオもホルヘも生きていると言っていた……まさか……」

 ミアはイーサンのマントを握りしめ、イーサンもまた彼女を自分の背に隠すように腕を伸ばす。ルーカスはヴェスパジアーノの変わりように言葉を失っていたが、奴を挟んだ向こう側にアメリアの姿を見つけて槍を構え直した。

「とにかく……アメリアを連れてここから逃げて……!!」
「いけません!!」

 イライジャは咄嗟に槍を掴み、今にも飛び出していきそうなルーカスを止めた。

「魔物に手を出してはいけない!! 禁忌を破れば、大変なことになる!!」

 イーサンがルーカスの襟首を引き、強引に後方に押しのけた。

「オレたちはおぇを助けに来たのに、おぇが残ってどうすんだよ!!」

 突拍子もない話が割り込み、ルーカスはパニックを起こして首を傾げる。

「ぼ、僕を、助ける……って!?」
「あの子が、アナタを連れて行くって聞かないの!」

 ミアの言葉にルーカスは再び首を傾げた。

「……何で!?」
「おぇがイイヤツだからだよ!!」

 イーサンの一言に、ルーカスの胸の内が熱く震えた。

 間合いの外では、魔物と変化したヴェスパジアーノが黒い妖気を口から吐き出し、アメリアの一撃で割れた顎をカクカクと鳴らしている。

「……ってえー……人間にしちゃあ、いい腕だ。流石は伝説の勇者の仲間だけある……。ガワが割れて、中身が漏れ出しちまった……」

 緊張から、アメリアの口の中は完全に干上がっている。自慢のステップも忘れ、じりじりと後退して距離を空けようとしているだけだ。

「アンタ……魔物だったのね……!」
「バレたからには全員死んでもらわねぇとなー……」
「ヴェスパジアーノ!!」

 ルーカスが叫び、呼ばれた当人が気怠そうにそちらに視線を投げる。

「ルーク……、お前もツイてねえな。大人しくドン・マテオの言うことだけ聞いてりゃいいものを……。ガキの頃からお前はずーっと反抗的だったなあ? アー? ルーカス……」
「ドンも魔物だったっていうのか!?」
「そうよ。何ならスカラッティもゴンザレスも、どっちの勢力にも魔物が潜んでるぜ……?」

 イライジャが静かにつぶやく。

「何てことだ……」

 ルーカスは続けた。

「どうして……あの時、僕を助けたりした? 魔物のお前たちが、人間の子供なんて助けて……何の得があった!?」
「アー、あれなあ……。お前は運が良いのか悪いのか、よく分からねえヤツだよなあ」

 ヴェスパジアーノが不敵に笑う。

「町は適度に荒れてる方がオレ達には住みやすい。だが隠れ住むのに荒れすぎると、小うるさいヤツらに目をつけられる。だからガキを売り買いされると困るんだよ。人間のやりとりを金でされるのは、やりすぎだ。オレたちは、人間のフリをして、平々凡々な暮らしをしたいんでな……」

「平々凡々……?」

 何十年と町の治安を荒らしておきながら、『平凡』とは聞いて呆れる。ルーカスは怒りと失望に身体を震わせていた。

「平々凡々!?」

 イーサンが口を開く。

「てめぇ……元々この町にいたヴェスパジアーノに成り代わったな?」
「ハッハ!!」

 ヴェスパジアーノはその質問に答えはしなかったが、態度で見て大凡の察しがつく。

「マテオもホルヘも、オレたちの知ってるマテオとホルヘじゃないってことか」
「いつの時代の人間だ? どうせ放っといたって、お前らエイジャーと違って普通の人間は60年だか70年たらずでおっ死ぬだろォ? そんな奴らのこと、一々寿命のない魔族が覚えてるとでも思ってんのかァ……?」

 ヴェスパジアーノの気味悪い笑い声が響き、それに触発されるようにミアの魔力が急激に膨らんでいく。イライジャがそれに気づき、慌てて制止した。

「いけません……!! 落ち着いてミア!」
「でも! このまま放っておくわけにはいかないでしょう……!?」
「いけません! 今の貴女がかつてのように魔法を使えば、身体が壊れてしまう!」

 そのミアを遠目で眺め、ヴェスパジアーノは舌を出す。

「そこの大魔道士のビオコントラクトを取り込めば、オレはドン・マテオを上回る魔力を手に入れられる! その次は聖者だ……!! それでオレはパパ・ホルヘよりも強くなる!! 最後に剣闘士の分を頂けば、誰もオレに適うヤツはいない!! オレが世界の頂点に君臨する!!」

 声高々にそう叫び、恍惚と天を仰いでいたヴェスパジアーノの後頭部に、突然重たい鉄鍋の蓋がめり込んだ。振り返れば、そこにはアメリアが仁王立ちしている。

「アンタ、バカなの!? 勇者は4人よ!! 一人足りないアンタが頂点にいくことなんてありえないし、それ以前、誰もアンタに倒されないっつの!!」

 彼女の口の悪さは、イーサンとミアのせいだろう。かろうじてセーブできている辺り、イライジャが入り込んでいるのも分かる。

「小娘がぁぁ!! 一度ならず二度までも……お前の後頭部も砕いてやる!!」

 アメリアは目の前に落ちていたジョッキを垂直に蹴り上げると、それを取って右手に握り込み、姿勢を低く構えて脇を締めた。

「アメリア!!」

 ミアの悲鳴にも似た声が彼女を呼び、その声に背中を押されたルーカスが何かに気がついて鋭く顔を上げる。次の瞬間、彼は槍の石突きで石畳を突き上げ、その反動で大きく飛躍し、まだ乱闘騒ぎが起きている店の扉を蹴り抜いた。
 中にいるはずのルーカスが外から飛び込んで来たことで、店内は一瞬時間を止めたが、カッとなっている男達がこれで大人しくなるはずもない。扉が開放されて広くなれば、ドッと店内から外へ人が溢れ出す。
 ルーカスはワインの瓶をかわしながら外へ逃げ出し、ヴェスパジアーノの目前で槍を突いて彼を飛び越え、アメリアの身体をさらうように抱いて背後の屋根に飛び退いた。

「ルーカス……!!」

 ヴェスパジアーノは店から暴れ出るスカラッティとゴンザレスのゴロツキどもを振り返り、悔しそうに顔を歪めると舌打ち一つ残してその場を逃げ出した。アメリアは屋根からそれを視線で追い、身を乗り出そうとしたところでルーカスに制止される。

「逃げた……!!」
「ヤツは町の人間に素性がバレたくないんだ、今のうちに早く町を出よう!!」

 手を引き、屋根から3人の勇者の元へ下りると、彼らは共に暗闇へと逃げ込んだ。

 気がつけば日はとうに沈んでおり、高台にある灯台の光が線を描いて遠くを照らしている光景が港町に広がっていた。
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