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第19話 輝ける航路

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 夜も夜。日の出まで数時間はあるだろう深夜。焚き火が炊かれ、漁に出発する男たちが浜辺に集まった。イライジャが浜に祝福を捧げ終わるまで村人たちはそれを見つめ、指を組み、身を寄せ合う。

「この村の人々に、末永く福音がもたらされますように……」

 何かが目に見えて変わるわけではないが、確実にそこに結界が貼られると、イライジャは一息ついて男たちに頷いた。
 儀式が終わると、一人、また一人と中型の漁船に乗り込んでいき、適度な間隔を開けて船は暗闇の海へと吸い込まれてゆく。

「では我々もこれで」
「世話になったな」

 良くしてくれた家族に礼を言い、イーサンたちもまた漁船に乗り込んだ。

 日の光のない海は冷たく、底冷えする船内でじっとしているのは中々辛いものがある。お互い身を寄せ合って暖をとると、昨晩手をつないで逃げてきた道中を思い出してしまう。口には出さなかったが、各々皆思っているだろう。あれよりはましだと。

 海の上に集まる光はお互いの位置を知らす。そのうち光はどんどんと大きくなり、さまざまな位置で揺れ動いた。漁が始まったのだろうが男たちは声を出さない。魚が逃げてしまうのだろう。光だけで合図を渡し、滑るように網を海へと投げてゆく。漁船の上で働く男たちは泥臭いというか水浸しというか、かなりの力仕事で黙々と動き回っている。それらも含め、光の中でその光景を何時間と見ているうち、ある意味漁がとてもファンタジーに思えてきた。

 何時間それを見続けていたか分からないが、水平線に白い線が広がってゆく。暗闇からの解放。周囲に色がつき始め、ずっとそこにあったはずの世界が、まるで今生まれたかのように光を受けて輝き始める。
 一緒に船に乗っていた男は世話になった家族の旦那さんだ。彼は遠目で隣村の船を探し、手を振って近づいていく。

「おーい、こいつらをお前んトコの漁村に連れて行ってやってくれ」

 声を出しているところを見ると、もう漁は終わっているのだろう。彼は木札を見せてしばらく何かやり取りしていたようだが、2、3頷いてからこちらに戻ってきた。

「じゃあな。気をつけて行けよ」
「色々ありがとうございました。貴方もお元気で」

 ミアが慎み深く礼を言い、品良く会釈をする。
 一同は隣の船に移ると手を振り、距離が離れていく恩人達の漁船をいつまでも見つめていた。
 次の漁村に移動するまでしばらく船に揺られることになる。各々眠そうな目をこすりつつ船に積まれている木の箱に腰掛け始めると、徐にイーサンがルーカスに話しかけた。

「おぇはこの先どうすんだ」

 その言葉にアメリアが振り返る。昨晩のやり取りは誰にも話していない。
 ルーカスは少々かしこまったように答えた。

「貴方たちについて行こうと思っている」

 イライジャとミアが息を呑み、お互い顔色を窺って口元に笑みをつけた。

「その槍じゃダメだな。ヤツらに傷一つつけらんねぇ」
「イーサン……!」

 イーサンの辛口批評にイライジャからの止めが入ろうとした時、ミアがそれを制した。彼女を見れば、イーサンの様子をじっと見つめている。

「だから、おぇの武器を何とかなんとかしなくちゃなんねぇな。アメリア、おぇもだぞ」

 続いた言葉に、ミア以外の全員が目を見開いた。

「全く……回りくどい言い方して。本当、クソジジイですわよね」

 ミアの皮肉たっぷりの言い回しに、イーサンはふんと鼻で返事をし、そのまま甲板にごろりと横になって寝てしまった。

「え……」

 宙ぶらりんとなったルーカスが困っている様子なので、良識人のイライジャが言ってやる。

「貴方が一緒に来てくれて嬉しいです、ルーカス」

 その言葉にアメリアは嬉しそうに微笑み、白い歯を見せた。
 ミアが念を押す。

「でも危険な旅なのよ。本当にいいの? どういうことか分かってる?」
「うん。アメリアと一緒に行動している時、デコイと情報のやり取りをしたんだ。その時、大体の事は察したから」

 ルーカスは聡明だ。

「あんなことがあったのに、怖くないの?」

 ヴェスパジアーノが魔物に変化した一件であろう。彼は一度アメリアを振り返り、少し考えるようにして答えた。

「……怖いだなんて考えもしなかったな。ただ……『あの子を籠の鳥にしちゃダメだ』と思って、そればかり考えてた」

 ルーカスは誰かを自分と同じ境遇にしたくなかったのだろう。それがアメリアでなくても、彼は同じ行動をとったに違いない。
 控えめに聞いていたイライジャが口を開く。

「昔どこかでそんな話を聞いたような気がしますね、ミア」
「あら何のこと?」

 アメリアが目を輝かせて身を乗り出してきた。

「え、何その話? 聞きたいっ」
「何でもないの、もうおばあちゃんになっちゃったから忘れちゃったわ」
「私は覚えていますが」
「イライジャー……?」

 大魔道士に睨まれては、大聖者もこれ以上何も言えまい。

「えーっ! ナニナニ? 教えてイライジャ!」

 アメリアは聞きたかったが、ミアが彼を甲板の奥に押し込んでしまったので話はここで終わりだ。

 もうしばらく行けば次の漁村が見えてくるだろう。
 天気も良ければ波もよい。この先に待ち受けているものが多難なものだとは思えないほどに、船は穏やかな波を掻き分け順調に滑りゆく。
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