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第21話 禁忌の秘密
しおりを挟む小型漁船から小型漁船へ乗り継ぎを幾度と繰り返し、いよいよソード大陸からアクシス大陸へ渡る時が来た。最北端にあったポイントオブソードから大分南に下ってきたが、ここで活魚運搬船に乗り換え西に運んでもらう。
ここからソード大陸を離れればアクシス大陸へ到着するまで海しかなく、陸地がないので危険な航海となるが彼らにはもう選択肢がない。年寄り連中がまた倒れてしまわないか若い二人は心配していたが、ヒューマランダム島を出発してから直通でポイントオブソードに入港するのに比べれば、距離は半分以下なので元勇者様方はイケルと踏んでいる様子だ。
中型の運搬船ともなれば船内に余裕がある。業務員の個室も用意されているので、これで何時間も太陽と風にさらされることはなくなった。一行はソード大陸西側の漁師たちの大切な客人ということもあり、この船で最も広い部屋に案内してもらうという好待遇を受けた。
中型船に荷物がずっしり入り込んでいるおかげで安定性も良く、この条件下ならば大した疲れを感じることなくアクシス大陸に渡れるだろう。
そうなればいよいよ王都ゴーサホルツハマーが近くなってくるわけで、ほぼ何も知らない若い二人に事情を説明しておかなくては色々と問題が生じてしまう。
老勇者3名が、お互いで肘を突き合っていた。最終的には彼になるであろうことは予想できるのだが、イライジャがイーサンに言った。
「王都に着く前に、アメリアとルーカスに、アンチエイジャーについて説明しておかなくてはならないのでは?」
「だよなあ……」
その煮え切らないイーサンを見て、ミアが渋い顔をしている。
「だよなあ、じゃなくてよ。言い出しっぺはアナタなのですから、あなたが説明するべきではなくて? イーサン」
「他に方法がなかったんだから仕方ねぇだろうがよ」
ここで二人がイライジャに視線を送る。
「イライジャ、頼む。オレはこういうの説明する柄じゃねえんだよ」
「わたくしもアナタが適任だと思います……。わたくし、ほら……口調がこれでしょう?」
「高飛車だからコイツじゃダメだ」
「そういうアナタは高圧的でしょ!」
「まあまあまあまあまあ!」
ここでイライジャが止めに入る。いつもの流れだ。
「イライジャ~……」
二人揃って老いぼれた猫のような瞳で見つめられれば、気の優しい神父は首を縦に振る他ない。
やれやれとため息を一つつき、イライジャはアメリアとルーカスを呼んだ。
「二人に、大事なお話をしておかなくてはなりません」
少々かしこまった様子の老人3名が目に入り、若い二人は顔を見合わせる。
「どうしたの? 3人とも、そんな顔して」
「コホン……」
イライジャは眼鏡を中指で上げ直し、少し伏せ目がちに視線を泳がせた後、一度目をつむる仕草。言葉を選んでいる時によく見せる、知った顔の『リジー神父』のそれだとアメリアは思った。
「アメリア、ルーカス……よく聞いて下さいね。これは、人に言ってはいけない話です。未熟な精神では、受け止めきれない話だと思って下さい」
「う、うん……」
「禁忌の話です」
幾度かその言葉は聞いたことがあるが、若い二人はよく知らない。
「この世界には、『禁忌』というものがあります」
「きんき……」
「道徳的に、してはならない、しなくてはならない、といった類いのものを、そう呼んでいます」
「ルール?」
「それよりも、もっと厳格なものです。法が定める、最上級の禁止事項です」
「タブー……」
ルーカスがそうつぶやいたのにイライジャは頷き、一度深く息を吸い込んでから振り切るように話し始めた。
「我々も含め、生きとし生けるものに必ず存在する力があります」
「『ビオコントラクト』」
ミアが付け加えて言い、イライジャはもう一度頷いた。
「生物が生まれる時、それを体内に取り込みます。そして生物が死ぬ時、それを放出する。こうしてビオコントラクトは循環し、様々な生物へ還元されていくのです」
「それが禁忌なの?」
「いいえ。これは自然の生業。正しい循環です」
「その状態を『ニュートラム』と言うの」
ミアが更に続ける。
「このビオコントラクトのバランス……ニュートラム状態が崩れると、生物は元の状態から次第に変化していってしまうの」
アメリアとルーカスは少し眉間にしわを寄せ、首を傾げた。
「……どうなるの?」
「種族によってその現れは異なるわ。人間がビオコントラクトを大量に吸収すれば、若返る」
「えっ……すごい」
「いいことではないわ」
「どうして? 年を取っても、死ぬ人がいなくなるじゃない」
アメリアの純粋な疑問にイライジャが首を横に振る。
「人がビオコントラクトのバランスを崩せば、若さの果てに何があると思いますか?」
「……うーん……どんどん若くなって、赤ちゃんになっちゃう……?」
ルーカスも考える。
「でも、赤ちゃんの先はさすがにないよな? どうやって吸収するかって話になるし……」
「ちげーよ」
イーサンが険しい顔をして、若い二人を見ていた。
イライジャが答えを言う。
「ビオコントラクトは生物の命そのものです。その生態エネルギーを奪って若返りを続けるということは、悪鬼になると言うことですよ」
「あっ……」
アメリアとルーカスはそこで初めて気がついた。
「だから、禁忌……」
イライジャが頷き、ミアが続ける。
「エルフは好戦的になり、ドワーフは硬化してしまう。獣人は賢くなるが何れ狂気に陥り、竜は熱をため込みすぎて自らを燃やし尽くす。精霊はエレメンタルのバランスを崩して世界を崩壊に招いてしまう。ビオコントラクトを求めても、何もいいことはないの」
「そして魔物は、力を増す」
イーサンの言葉に、全員が視線を向けた。そこでルーカスは俯き、静かに唇を震わせる。
「……『クロウマークスワイバーンで見つかったドラゴンは、どのポイントにいたか』……」
アメリアの肌にさざ波が走った。
「それって……魔物がドラゴンを、倒したってこと……?」
「やっぱお前ぇは脳筋だな、オレと同じこと言ってやがる」
イーサンが半笑いして首元を掻いたが、アメリアはその悪態に乗る余裕がなかった。
「ドラゴンは生態系の頂点だ。『この世の大器』と呼ばれるそいつがかつて大戦の起きた峡谷で死んで、その周辺に大量のビオコントラクトが流れ出たら……」
「……魔王が復活する……」
「そういうこった」
今までの出来事は何故起きたのかが一気に繋がり始め、アメリアとルーカスはそれ以上口をきくことができなかった。
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