囚われし創造主の遊び

白黒yu-ki

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第1章 始まりの創造主

#17 創造主と奴隷

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魔族領から20人程の移民を受け入れ、村の人口は少し増えた。人間に対して抵抗を抱いている魔族ばかりであったが、ボクの願いとはいえリアとシアはそんな彼等を差別する事なく接してくれていた。

今は魔族の人達と一緒に米作りを体験していた。米の安定した供給は是非とも成功させたい。

「マゾウさん、次の収穫はいつ頃ですか?」

「収穫は半年後ですね。魔族の主食はこの米が多いのですが、これを気に入った人間はあまり聞きません」

「それはきっと『米は魔族の食べ物』という固定概念が出来上がってしまっているからだ。そんなものは取っ払ってしまえば、色んな料理に応用の効く食材なのだがな」

もしも日本人が異世界に来たらまずは何を思うか。まずは食文化に苦しめられるはずだ。現代の日本は飽食の時代だ。余程の事がなければ餓死する事のない程、周りには食材が溢れている。そんな環境から引っ張り出されると、少しでも当時に近い食事を求めるのは可笑しくないはずだ。

マゾウは魔族領で農家を営んでいた。そんな彼がもつ米の栽培能力は、この世界に来てからずっと欲していた人材だ。

「…パパ」

畑仕事をしていたボク達の元に、いつかの魔族の女の子が駆け寄って来た。バウムの奴隷にされていた女の子だ。未だ人間を警戒しているのか、マゾウの影に隠れてこちらの様子を窺っている。確か名前は…エレスタだったか?

「マゾウさん、ボクは村の外へ散歩でも行ってきます。娘さんと一緒に食休みでもされると良い」

「それでしたらミズキさんもご一緒に…」

「いや、エレスタはまだ人間に対してトラウマを抱えている。ボクがこの子の傍に立つのはまだ時期が早い」

マゾウ一家はエレスタを救い出したヴァイスを救世主のように崇めている。そのヴァイスにどのような話を聞いたのかは知らないが、マゾウは人間ではあるボクの事をある程度信頼してくれている様子だった。だが直接被害に遭っていたエレスタにとってはそこまでに至らないのだろう。

「…あ、そうだ。エレスタにコレをあげよう」

ボクはカバンの中からぬいぐるみを取り出した。エレスタやヴァイス、マゾウを模したぬいぐるみだ。

「これ、ミズキさんが作ったのですか!?」

結構良い出来栄えだと自画自賛している。マゾウはそんな作品をボクが作った事に驚いていた。一人暮らしをしている時期に手芸や裁縫はマスターした。自分で作れば出費が抑えられたからだ。

そんな経験はこの場で吉と出たようだ。ぬいぐるみを受け取ったエレスタは、ぬいぐるみに抱きついたり、顔を埋めてもふもふさせたりと堪能していた。

◆◇◆◇

村から離れると空気が淀んでいるのが分かる。ヴァイス曰く、大地に負のエネルギーが溜まり、それが瘴気として噴出しているそうだ。人間ではその瘴気に耐え切れず、このような環境下で生活するのは不可能らしい。肉体的に人間より優れた魔族だからこそ、この環境でも生活圏を築く事が出来たと言っていた。

村には破邪の結界魔法をかけてあり、大地から噴出される瘴気をかき消す効果もあった。それを知ったボクは時間がある時は村の周りにも破邪の浄化魔法を使い、瘴気の無い空間をこうして少しずつ広げている。

だがそんな瘴気も魔獣といったモンスターにとっては凶暴性が増し、肉体的にも向上する効果がある。そうした理由から、この辺りでは人間領では存在しない魔獣が多く存在する。今ボクの目の前にいる5メートル程の巨木モンスターもその一部なんだろうな。

外見は樹ではあるが、手があり、大きな口も併せもった『ハイトレント』という植物だ。元は栄養価の低い土地に生息し、栄養を求めて自ら移動能力を得るという進化を果たした。

「…ボクを餌だと思っている訳か」

小さな植物が見せてくれた進化に関しては感涙ものだが、大人しく餌になってやるつもりはない。ボクはハイトレントを返り討ちにしようと魔力を放とうとした瞬間、大地から無数の植物がハイトレントを拘束した。

「父上、お任せを」

いつの間にかボクの後ろにはユシルがやって来ていた。この拘束植物はユシルの魔法のようだ。ユシルはそう言ってハイトレントの眼前に立つ。

「…父上に仇なす愚か者めが。父上の娘である私が…娘……娘か…良い響きだ」

ユシルは何かに思い耽っている。無防備な状態ではあるが、ユシルが現れてからハイトレントは怯えているように見えた。5メートル程度のハイトレントと、実際には山よりも大きな世界樹だ。格を感じ取っているのかもしれない。

「は!? 父上に恥ずかしい姿を見せてしまうところでした。娘である私が討伐してみせましょう!」

一頻り何かを堪能し終えたユシルは片手を振るう。その手には魔力が宿っていた。それが発動キーであったのか、拘束植物が触れている部位からハイトレントの体が見る見るうちに腐っていった。10秒もしない間にハイトレントは完全に腐敗し、倒れ込んで動きを止めた。

「ユシル、今のは何をしたんだ?」

「はい、父上! 今のは私の魔力で菌を生み出して活性化させ、ヤツの体を腐らせました!」

「ふむ、菌を生み出す…か。ユシルの魔法属性は『木』だったか? 植物だけでなく、菌類も操れるとは驚いたな。菌の働きも操作できるのか?」

「父上から頂いた私の大きな魔力があれば、それも可能です!」

ここでボクは閃いた。
菌の働きを操れるとはいう事は、食の面でも大いに役立つ。つまり発酵食品を作り出せるのだ。この世界の人間領で主な主食はパンとなっている。そのパンも酵母菌によって作られるものだが、その存在は未だ認知されていない。地球の歴史とは違い、魔法が発達した事で科学的には劣っているといっても良いだろう。

「発酵が可能なら…醤油、味噌、酢を作り出す事もできるな。創造で作り出す事もできるが、量産に難があった。ユシル、お前のおかげで食レベルが上がるぞ!」

「はひっ!? お、お、お喜び頂けて光栄です?」

ボクは思わずユシルの両肩を掴み、100億年前に食べた日本食を思い出して興奮を抑えきれず叫んでしまった。ユシルは面食らった表情を浮かべていたが…。

周囲を浄化しながら、ユシルに発酵食品についてのアイデアを伝える。ユシルも「面白そうです!」と乗り気になってくれた。それから1時間程浄化作業を続けると、小高い丘に到着した。村を一望でき、遠くの人間領まで地平線に眺める事が出来る。千里眼で視覚を遠くに飛ばすと、リュアラの街が見えた。

「そういえばリュアラの街以外を見た事がないな」

リア達を送り届けるのが当初の目的であったのだが、思った以上に最初の街が居心地良かった事も居座った理由だろう。この機会に別の街も見てみるとしよう。リュアラの街の遥か上空に視覚を飛ばし、集落を探る。リュアラから東に20キロ程の位置にリュアラよりも大きな街を見つけた。場所的にリア達と出会った場所に近く、ここが『アライバの街』だと思われる。

リア達の元主人もこの街にいるのだろうか。だがリア達を犠牲にして逃げるような主人の元に返してやる義理はない。

アライバの街を探ると、それなりに大きな商店が建ち並んでいた。その中に見覚えのある男を発見した。小太りの中年男…件のリア達の元主人だ。男は街の裏通りに入り、怪しげな店に入っていった。ボクも視覚を店内に飛ばす。

「ようこそ、おいで下さいました。生きの良い奴隷が揃っておりますよ」

順風耳で店内の会話を盗み聞くと、店の主人と思われる男がそう告げた。周りを見ると、檻に入れられた人間や亜人が15名前後確認出来た。これが…リア達が受けていた扱いなのか。人権などあったものじゃない。

「いや、実は以前買った奴隷を紛失してしまってね。新たな奴隷を2人程再購入したいのだよ」

中年男はそう話す。
紛失…ね。リア達を犠牲に逃げたくせに、リア達をモノ扱いか。だがこの奴隷制度は国によって認められている節がある。奴隷達を無理やり助け出す事は、引いてはクリスに迷惑をかけることに繋がるのだろう。ならば、合法的に助け出せば良い。

「ユシル、ちょっと出掛けてくる」

暫く身動きしなかったボクを不審に思っていたユシルにそう告げ、目の前の空間を捻じ曲げる。そしてひとりで奴隷屋の店内に転移した。

突如現れたボクに店内にいた中年男と店主は驚いていたが、構う事はない。

「…主人、この場にいる奴隷を全員購入したい。これで足りるか?」

懐から大金を取り出す。
ダイアの排泄物もとい頂いた鉱石で作った大量の武器を売り払い得たお金だ。全部で金貨50枚。これで足らなければ『創造』も辞さない。だがそれで充分足りていたようで、主人はすぐに頭を下げた。

「お買い上げありがとうございます! それでは直ぐに購入手続きに移らせて頂きます!」

そう言い残し、主人は奥に引っ込んでいった。そこに残された中年男はボクの姿を一瞥し、感嘆の息を漏らす。

「いやぁ、豪胆な買い物をされますな。何処かの名のある豪商とお見受けする」

中年男は何かを言っているが、こちらとしてはこいつと親しくなるつもりはない。金持ちに取り入ろうとする不純な動機が見え隠れしており、ボクは終始無視を決め込んだ。中年男はそんな姿勢のボクに取りつくシマなしと察したのか、諦めて店内から去って行った。

改めて檻に入れられた人たちを見渡す。怯えた目を向ける者、敵意を向ける者、無関心な者と感情は様々だが、良い環境ではないのは確かだ。

店の奥から店主が誓約書を持って戻って来た。

「こちらにご主人のサインをお願いします。奴隷の首輪による誓約儀式も行いますか?」

「誓約?」

「おや、ご存知ない? 誓約儀式を行う事で、奴隷に主人の命令を遵守させる事が出来るようになります。拒否しようものなら、体に激痛が走る呪い…もといシステムですな」

虫酸が走るような呪いだな。
人を人として扱っていないのがハッキリした。

「誓約は結構だ。今すぐ連れ帰る。早く檻から出してやってくれ」

「誓約をせずに逃げられても当店では責任を負えませんのでご了承下さいませ」

「構わない」

ボクがそう告げると、店主は困った表情を浮かべながらも奴隷達を檻から解放させてゆく。

全ての奴隷が解放されたのを確認し、ボクは魔力を広げる。そして瞬時に奴隷全員と自分をリュアラの街の近くに転移させた。

突然周囲の景色が変わった事に戸惑う彼等に、ボクは一息ついて説明する。

「ボクはキミたちを買ったが、奴隷として束縛するつもりはない。帰る場所がある者はそこに戻れるよう協力もする。独力で生きるという者は、あのリュアラの街で冒険者として生きるのも良いだろう。選ぶのは自由だ」

ボクの説明に騒つくが、鳥の亜人が小さく手を挙げる。

「それは…この奴隷の首輪を外す許可を頂けるという事でしょうか?」

リアの話を思い出す。確か奴隷の首輪は主人の許可がなければ外せないのだったか。首輪をしたままでは人の目もあり、普段通りの生活も難しいだろう。

「ああ、奴隷の首輪を外すと良い」

ボクのその言葉で奴隷の首輪は呪いが解けたのか、ひとりでに外れ落ちていく。その解放感から涙を零しながら喜ぶ者もいた。

いつの日か、この奴隷制度を消し去りたいものだ…。
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