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第6章 私はただ知らないことを知りたいだけなのに!

15 問題⑤ 作戦成功

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 私が待合室に入ると中には全身から怒気を発してとてもイライラしている貴族の格好をしている中年の男とその男の怒りに怯えている中年の貴族のドレスを着ている女がいた。

 私が前世の彼女のおぼろげな記憶の宮本武蔵を真似て実行した即席の「待ちぼうけ作戦」は大成功のようだ。

 相手に待ちぼうけを喰らわせてストレスを与え、苛立ちと腹立ちにより相手から理性を奪い冷静さを失わせ、相手のミスを誘うという作戦。

 私の姿を見てから男は必死に平静な姿を取り繕っているが明らかに不機嫌さを隠しきれていない。

 長時間待たされたことにはっきりと腹を立てている。自分を蔑ろにされ、軽く扱われたことにプライドが傷ついているようだ。

 最低限の自己紹介と挨拶をすると、男の方が居丈高に「わたしは男爵でお前の親だ!」という言葉を放った。

 私の対面に座っている男は中年で中肉中背の禿げ頭に紺色の瞳をしている。その隣には男とは対照的に全体的に細くて痩せている薄い茶髪に水色の瞳の女性が存在感なく静かに座っている。

 私が部屋に入ってから女性の方は一言も言葉を発していない。自己紹介ですら男が代わりにした。女は黙って静かに気配を消して人形のように座っているだけだ。その顔には困っているような戸惑っているような不安がっているような表情を浮かべている。娘に会えた喜びや本当に娘かと疑うような様子は見えない。

 基本的に男の方を見て、男の反応を気にして、男の邪魔にならないように気を付けているように見える。

 「長らくお待たせして申し訳ありませんでした」

 長時間待たせたことは事実なのでひとまず謝罪をする。

 「あぁ、本当に大変長い間待たされた。もう少し早く来ることはできなかったのか?」

 男は親気取りで領地を持たない男爵風情でありながら偉そうにふんぞり返りながらこの学園都市の有力者である認定理術師を責めた。それも自分のアポ無し訪問という非常識で礼儀知らずな行いを棚に上げて。

 「事前にお約束があればこのようにお待たせすることは無かったのですが、こちらにもいろいろ都合がございまして…」

 「───!!それでも『親』が訪ねてきたのだからもっと早く来るべきだろう!この礼儀知らずの親不孝者が!!!」

 相手のアポ無し訪問を皮肉ると、男は逆ギレしてしまった。
 想像以上に忍耐力が無く、プライドが高いようだから、作戦の効果はてきめんだったみたいだ。
 これなら相手から色々と情報を収集することも容易になる。
 感情まかせにぼろぼろとボロを出してくれそうだ。そうなるように煽ったり突ついたりしていこう。

 「……『親』ですか?あなた方が私の生みの親ということでしょうか?」

 冷静にそう言い返して確認すると、男は私が自分達を親だと認めたと勘違いしたのか、さっきまでと一転して上機嫌になった。

 「そ、そうだ。私がお前の父親だ。そして、こいつがお前の母親だ」

 女は私とは決して目を合わそうとはせず、俯いて自分の手元ばかりを見つめている。
 妻を「こいつ」呼ばわりする男がどんな夫かは察して余りある。

 突っ込みどころ満載の二人だが、それよりもまずは情報収集が先だ。

 「そうですか。それで、ご用件は何でしょうか?」

 「よ、用件だと!親なのだから子の顔を見に来るのは当然のことだろう。親に対してなんて薄情なことを言うんだ!」

 普通の親子であれば単に我が子の顔を見に来ることもあるだろうが、私と彼らの間には普通の親子関係というものは存在していない。完全なる初対面の他人でしかない。

 「私の顔を見に来ただけということでしょうか?でしたらもう顔を見たのですから用件は済みましたね。私からあなた方への用件はありませんので、これで失礼させていただきます」

 私はそう平然と告げて席を立とうと腰を浮かせる。

 「ま、待ってくれ!い、いや、待ちなさい!!」

 男は慌てすぎて父親としての口調をうっかり忘れてしまったが、すぐに偉そうに言い直した。この男の父親像はとにかく子や妻には威圧的で偉そうにするというものみたいだ。

 子には「お願い」するのではなく「命令」する。

 そうしなければ父親としての威厳が損なわれる、夫としての威厳が保てないと信じている。

 私は席を立ったままで男を見下ろしながら鈍感なふりをして首を傾げながら男に尋ねる。

 「どうかされましたか?他に何か用件がございましたか?」

 「ま、まだ話は終わっていない!それなのに席を立つなんて失礼にも程があるぞ!!」

 男は私が『親』に対して何も反応しなかったことが予想外だったようで引き留めようと必死になっている。
 男としては私がもっと『親』というものに喰い付いたり、動揺することを想像していたのだろう。
 私の無関心さに慌てている。
 
 「……先程は『顔を見に来ただけ』と仰っていましたが、お話もございましたか?何かお話をするために来られたのでしょうか?でしたらそう言っていただければ私も席を立たなかったのですが……。ご用件は『お話をする』ということでよろしいでしょうか?」

 「………そうだ。お前に話があってここに来た。だから座りなさい」

 男は自分の発言を訂正することになる言葉を苦々しげにそう喉から絞り出して必死に私を引き留めた。

 私は言われたとおりに再び着席したが、なかなか本題を言い出さない。
 私からは何も言わない。私には彼らに何の話も用事も無いことを態度で示す。

 男は私が何も言わないことに焦れたのか折れたのか、数分の沈黙の後に重い口を開いた。

 「あ~~、過去にお前を手放したことには事情があるんだ。とても複雑でやむを得ない事情だ。ここで今その事情を話すことはできない。だが、その事情は片付いてお前を引き取れるようになった。だから、お前を迎えに来たんだ。そう、お前をわざわざ迎えにきてやったんだぞ!」

 最初は目をさ迷わせながら「やむを得ない」という言葉を強調して話していたが、最後はまるで、『喜べ!』とでも命令しているかのような言い方になった。
 私はそれに気づかないふりをして、わざと無視して困惑しているかのような表情を浮かべる。

 「……迎えに来た?それはいったいどういうことでしょうか?」

 「我々と共に一緒に来なさいということだ。この学園から出て我々の家で一緒に暮らすんだ。これは家族だから当然のことだ。……と、そうだ、その前にきちんと籍を入れないといけないな。お前を養子にする手続きをしてやろう」

 「……養子ですか?子が生まれたときにその領地の領主に出生届を提出して戸籍が作られるはずです。死亡届が提出されない限りは戸籍が消されることはないはずですが、なぜ養子にするのですか?」

 出生届けを出すことはどこの領地でも法律で定められいる。国や領地の税の徴収のために必要だからだ。
 領民側も出生届を出して住民として登録されなければ戸籍を得られない。戸籍がなければ法的に結婚はできないし、養子縁組することもできない。

 今の私は孤児院のある村の村人としての戸籍が村のある領地の領主から与えられているから無戸籍者ではない。

 出生届を出さないで出生を隠して偽ることは罪となる。国への脱税にも繋がるので軽い罪ではない。

 弱味を一つゲットできた。

 「お、お前の戸籍は無い。そ、そうだ、やむを得ない事情で出生届を出せなかったんだ!だから、親子になるためには養子縁組するしかないのは仕方の無いことだ。まあ、それは法律上のことでしかないから気にするな!」

 都合が悪くなってきたからか、笑顔を浮かべて誤魔化そうとしている。

 「………そうですか。それなら仕方ありませんね」

 心にも無いことを口に出せば、男は上手く誤魔化せたと安堵の表情を浮かべた。

 この男は詐欺師ではない。詐欺師としては三流すぎる。態度と表情に感情を出しすぎだ。ある意味ではとても正直者とも言える。

 ある程度の情報は得ることができた。
 目的も分かった。

 あとはこの男の背後にいる相手を調べる必要がある。

 もっと情報が必要だ。

 私は穏やかな笑顔を張り付けて、油断している男からもっと情報を得ようと他愛ない世間話をふる。

 どこに住んでいるのか?どんな生活をしているのか?他の家族や親戚はどんな人か?

 私がそこに住むことに興味を抱いていると勘違いでもしてくれたのか、男は自慢気にペラペラと自分のことを話し始めた。
 


 
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