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第5章『要求する魔物』
4話
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部屋を出て、再び長く続く廊下を歩く。
イズミは未だ不機嫌な顔付きでミサキの後ろについて歩いた。
「おい、この家はどのくらいあるんだ?」
廊下を歩きながら周りを見回し、ミサキに話しかける。
「え? 広さですか? 値段ですか?」
ミサキはちらっとイズミを振り返り、きょとんとした表情で答える。
「広さだ」
イズミは、値段を聞いてどうする……とぼそりと呟き、呆れた表情になる。
「いえ、もしかして買われるのかと。……広さですか。どうでしょう。よく分かりません。私はこの家の住人ではないですし、アンナさんの部屋と先程の広間と食堂にしか入ったことがないので。よかったらアンナさんに聞いてみたらいかがですか? ここのお嬢さんですし」
「もういい」
イズミは大きく溜め息をつき、どうしてこう馬鹿ばっかりなんだと額に手を当てる。
途中、廊下を曲がったり階段を上ったりすること5分が経とうとしていた。
「おい、アンナとやらの部屋はどこなんだ? なんなんだ、この家のでかさは……」
半分溜め息交じりに再びイズミはミサキに話しかける。
「アンナさんの部屋は3階の1番端なんです。この家を設計した人はここの先祖らしいのですが、少し変わった人だったらしくて。階段はそのまま上るのではなく、ずらして付けたそうなので遠く感じるんですよ。だから1階から3階まで上るのは結構大変で。アンナさんはダイエットになるって言ってますが、私は運動が苦手なのでちょっと……」
そう言うミサキは既に少し息切れをしていた。
「何かあったら逃げ遅れるんじゃないか?」
イズミはミサキの話に眉を顰めながらも、やはり血筋か――とアンナのことを考えた。
「はぁ……そうですよねぇ」
ミサキはイズミの言葉を妙に納得していた。
(今まで誰も気付かなかったのかよ……)
再び溜め息が出てしまった。
「ここです」
ミサキは廊下の1番奥まで行くと、部屋のドアの前で立ち止まりイズミを振り返った。
そしてドアに向き直るとコンコンとドアを軽くノックする。
「どうぞー」
中からアンナの返事がした。しかし、出てくる様子はない。
ミサキはもう一度イズミをちらっと振り返ると、失礼しますと言って部屋の中に入った。
「もう、おっそいじゃない。ミサキっ、どう? どれがいいかしら?」
アンナはミサキを見るなり膨れた顔をしながらも、ベッドの上いっぱいに散らかしてある服を取りながら楽しそうに話した。
ミサキに続いて入ったイズミはうんざりとした表情になる。
部屋の中はいかにも女の子の部屋といった感じで、壁紙や絨毯、カーテンなど白と赤の花柄で統一されている。
ベッドの他にはクローゼットが2つ、机、ソファー、そして大きな鏡台がある。
ソファーにはふっくらとしたクッションとクマのぬいぐるみが置いてあるのが見えた。
広さも先程の広間ほどではないが、かなりの広さがあるようだ。
イズミはソファーに腰掛けると、2人のやり取りを頬杖をつきながら眺めた。
そしてふと横にあるクマのぬいぐるみに目を向けると、あの女のキャラかよ……と目を細める。
「ちょっと! なに座ってんのよっ。あなたの服を決めてるんだから手伝いなさいよ」
クマのぬいぐるみを目を細めたまま眺めているイズミを睨み、アンナは両手を腰に当てながら怒る。
「あぁ? そんなの何でもいい。適当に決めろよ。ていうか、なんでクマのぬいぐるみなんだ?」
イズミは鬱陶しそうに姿勢を崩すことなく答える。
「だめっ」
そう言ってアンナはイズミの所まで来ると、腕を掴み、無理やりベッドの前まで来させた。
「クマのぬいぐるみ……」
この部屋には何の違和感もないが、アンナに全く似つかわしくない、まるで幼い子供が好きそうなその可愛らしいクマのぬいぐるみがどうも気になるらしい。
後ろ髪を引かれるようにソファの上のクマのぬいぐるみを、掴まれていない方の手で指差している。
しかし、そんなイズミのことなど気にすることなくアンナはじっとイズミを眺める。
「そうね、あなた綺麗な顔してるけど、まだ幼い感じだから今の私の服じゃダメね。うーん、これなんてどうかしら?」
アンナはたくさんの服の中から1枚の赤いワンピースをイズミの体に合わせるようにして当て、ミサキに向かって声をかける。
「……てか、ぬいぐるみは?」
イズミは呆れ返って冷めた表情になる。
しかし、まだぬいぐるみが気になるのか、質問に答えないアンナが気になるのかぼそりと呟く。
「うーん……。それはちょっと派手すぎるんじゃ……」
ミサキも困った表情をしながら答える。
「じゃあ、どんなのがいいのよっ」
アンナはムッとしてミサキを見る。
「……えっと……これはどうですか?」
そう言ってミサキが取った物は、真っ白なワンピースであった。
大きめの襟、長袖の袖口と広がったスカートの裾にはフリルが付いている。
そして、ウエストの辺りは細く締まっていて、後ろで結ぶタイプの太いリボンが付いていた。裾が長くドレスのようにも見える。
「それ……、私が17の時の誕生日に着てたやつじゃない。まだあったんだっ。んんー、そうね、それでいいか」
アンナはワンピースを懐かしそうに眺める。
そして、もう一度イズミを見て、何かを思い付いたように再び楽しそうな表情になる。
結局イズミを全く無視して勝手に話が進んでいた。
「……動きにくくないか、それ……」
イズミはひくひくと顔を引きつらせ、うんざりとした表情でぼそりと呟いた。
「いいのっ、これで。文句言わない。さっ、服脱いで」
「は? ここで着替えるのか?」
イズミはアンナの言葉にギョッとする。
「何言ってんのよ。全部脱げって言ってる訳じゃないんだから。男でしょ。そんなことで恥ずかしがってんじゃないわよ」
「分かってるよ。……それから俺は男じゃない」
苛ついた顔でアンナを見るが、すぐに横を向いてしまった。
「え? 何? あなた女の子なの? あの子があなたなら女の子に見えるからって言うから、私はてっきり……」
アンナはイズミの言葉に目を丸くする。
「……女でもない。……俺には性別はない」
イズミはアンナを見ることもなく無表情に答える。
「性別がないってっ……あなた、無性ってこと? ほんとに?」
アンナは更に目を大きくすると、イズミを頭から足までじろじろと見た。
「じろじろ見んな。そんなことはどうでもいいだろ」
「ねぇ、あの子はそのこと知ってるの?」
「うるせぇな。関係ないだろ。こいつに着替えればいいんだろ」
興味津々に聞いてくるアンナを鬱陶しそうに睨むと、ミサキから面倒くさそうに服を受け取る。
「へぇー、無性の人なんて初めて見るわぁ。天使は無性だっていうけど、悪魔はどうなのかしら。あなたは人間? それとも天使か悪魔だったりして……って、何あなたっ! そのほっそい体はっ!」
アンナは妙に感動しながら話すが、イズミがアンナの話を無視して着替えようと上着を脱いでいるのを見て声を上げる。
イズミはその声に再び嫌そうな顔をした。
「ちょっとっ、ちゃんとご飯食べてるの? もう、ガリッガリじゃないのよっ。あなたねぇ、そんな体じゃ倒れるわよっ」
「うるせぇな。余計なお世話だ」
イズミはアンナがうるさく言ってくるのを鬱陶しそうにしながら、上着だけ脱ぐと中に着ていた白のタンクトップの上からワンピースを着た。
「ちょっと、ちゃんと脱いでから着なさいよ。……まさか、そのズボンも脱がないつもりじゃないでしょうね」
「見えなきゃいいだろ」
アンナが納得いかなさそうに片目を細めるのを、これ以上は譲らないとでも言わんばかりに答える。
そんな2人の様子をミサキはおろおろと見ていた。
「もうっ、仕方ないわね。まぁいいわ。じゃあ今度はこっちに座ってちょうだい」
アンナはまだ納得いかなかったが仕方なく諦めると、イズミに鏡台の前の椅子に座るように言った。
「何でだよ」
「それだけじゃダメ。まだやることがあるのよ」
イズミはなんとなく嫌な予感がして眉間に皺を寄せるが、アンナは今度は私の言うこと聞きなさいとイズミに強く言った。
「てか、あのぬいぐるみ……」
まだ謎が解明していないぬいぐるみを指差しイズミはぼそりと呟き、アンナを見る。
「あれはオプションにはできないわよ」
「いらねぇよっ!」
腰に手を当て答えるアンナにイズミは思いっきり嫌な顔をし、もうどうでもいいやと大きく溜め息をついた。
☆☆☆
イズミが苦闘していた時、タクヤはミサキの兄、マサキに話しかけていた。
「ところでさ、約束の時間と場所を教えてくんない?」
「時間は夕方の4時だ。場所は町を北に行った所に森があるんだが、その中に大きな杉の木がある。その木の下だ。……本当に大丈夫なのか?」
答えた後、マサキは心配そうな顔でタクヤを見た。
「大丈夫だって。任せといて」
タクヤはニッと笑うとガッツポーズをしてみせる。
「いや……怒らないで聞いてくれよ。君の事は信用してる。でもあの子……。あの子の名前、『イズミ』っていうんだろ? ……まさかとは思うんだけど……」
マサキはタクヤの反応を窺いながら話した。
「……それって、あいつがあの『イズミ』かってこと? あいつはそうだって言ってるよ。でも俺はあいつのこと信じてるし、そんな大昔のこと気にしてない。今のイズミを信じてるから。……マサキは俺を信じてるって言ったよね? だったら俺の言うことも信じてくれるよね?」
タクヤはマサキを真っ直ぐに見つめる。
「……分かった。信じるよ。悪かった……変なこと言って」
マサキはタクヤの話を黙って聞き、真剣な眼差しで見つめ返した。
「大丈夫だよ。イズミだって言ってた。普通は誰でもイズミのこと嫌な目で見るし、怖がるって。でもね、俺思うんだ。この世の中の人皆がイズミのことそういう風に見るなんてことはないって。300年前のイズミがどうだったかなんて知らないし、今その当時に生きてた人なんていないし。イズミが何者かなんてことも全然気にしないし、少なくとも俺はイズミのこと怖いなんて思わない。だから、きっと俺の他にもイズミのこと、今のイズミを見てくれる人が絶対にいるって思う」
タクヤはじっとマサキを見つめながら話す。
柔らかい表情で、しかし瞳は強く輝いているタクヤを見て、マサキは思いの強さを感じた。
「タクヤがいればあの子は大丈夫だな」
「え?」
タクヤは何でそんなことを言われたのか分かっていなかったが、マサキは何も答えずニコニコと見ていた。
「はぁい、お待たせ。変身完了したわよ。私の完っ壁な腕ですっごい変わったんだから。男共、ぶっ倒れんじゃないわよっ」
凄い勢いでドアが開いたのと同時に、アンナが楽しそうに入ってきた。
そして、軽くウインクをしてみせる。
「イズミさん、どうぞ入ってきてください」
アンナに続いてミサキが入ってきた。そして、イズミに入るように促す。
そう言われて入ってきたイズミはこれ以上ないくらいの不機嫌な顔に対し、思わず目を見張るほどの美少女のようであった。
白く透き通るような肌、大きな目を更に大きく見せるよう長いまつ毛には黒のマスカラがされ綺麗に弧を描いている。
瞼には薄いピンクのアイシャドウ、そしてイズミのぷっくりと膨らんだ唇は淡いピンク色になっていた。
そして、長く綺麗な髪には軽くカールがかかっている。
白のワンピースに合わせ、アンナが考えてヘアメイクをしたのだ。
そこにいた全員が目を剥いた。
ただでさえこの世の者とは思えぬほどの美貌なのだ。
「イ……イズミ」
タクヤは驚きのあまりそれ以上話すことができないでいた。体がふるふると震える。
そして、ゆっくりとイズミに近づく。
イズミの前まで来ると、思わず抱き締めたいという衝動にかられた。
「何じろじろ見てんだよ」
イズミの言葉にビクッとすると、タクヤは伸ばしかけた手を慌てて引っ込めた。
そんなタクヤを不思議そうにイズミが見上げる。
「イズミ……」
自分を見つめてくるイズミを見て、ますます愛おしく思えてきてしまった。
しかし、次の瞬間ハッと周りを見回すと、そこにいた男達がイズミのことを顔を崩して見ていることに気が付いた。
タクヤはやばいっと思うとイズミの手を掴み、そしてイズミを見下ろす。
「イズミ、行こっ」
そう言ってイズミの手を掴んだまま勢いよく部屋を飛び出した。
「おいっ、ちょっと……」
イズミは急に自分を連れ出すタクヤに驚いていた。
そして、そこにいた町の人々も唖然としていた。
「あーらら。お姫様は王子様が連れ出しちゃったか」
唖然としている他の人達をよそに、アンナは満足げに2人が走り去った方向を見ていた。
イズミは未だ不機嫌な顔付きでミサキの後ろについて歩いた。
「おい、この家はどのくらいあるんだ?」
廊下を歩きながら周りを見回し、ミサキに話しかける。
「え? 広さですか? 値段ですか?」
ミサキはちらっとイズミを振り返り、きょとんとした表情で答える。
「広さだ」
イズミは、値段を聞いてどうする……とぼそりと呟き、呆れた表情になる。
「いえ、もしかして買われるのかと。……広さですか。どうでしょう。よく分かりません。私はこの家の住人ではないですし、アンナさんの部屋と先程の広間と食堂にしか入ったことがないので。よかったらアンナさんに聞いてみたらいかがですか? ここのお嬢さんですし」
「もういい」
イズミは大きく溜め息をつき、どうしてこう馬鹿ばっかりなんだと額に手を当てる。
途中、廊下を曲がったり階段を上ったりすること5分が経とうとしていた。
「おい、アンナとやらの部屋はどこなんだ? なんなんだ、この家のでかさは……」
半分溜め息交じりに再びイズミはミサキに話しかける。
「アンナさんの部屋は3階の1番端なんです。この家を設計した人はここの先祖らしいのですが、少し変わった人だったらしくて。階段はそのまま上るのではなく、ずらして付けたそうなので遠く感じるんですよ。だから1階から3階まで上るのは結構大変で。アンナさんはダイエットになるって言ってますが、私は運動が苦手なのでちょっと……」
そう言うミサキは既に少し息切れをしていた。
「何かあったら逃げ遅れるんじゃないか?」
イズミはミサキの話に眉を顰めながらも、やはり血筋か――とアンナのことを考えた。
「はぁ……そうですよねぇ」
ミサキはイズミの言葉を妙に納得していた。
(今まで誰も気付かなかったのかよ……)
再び溜め息が出てしまった。
「ここです」
ミサキは廊下の1番奥まで行くと、部屋のドアの前で立ち止まりイズミを振り返った。
そしてドアに向き直るとコンコンとドアを軽くノックする。
「どうぞー」
中からアンナの返事がした。しかし、出てくる様子はない。
ミサキはもう一度イズミをちらっと振り返ると、失礼しますと言って部屋の中に入った。
「もう、おっそいじゃない。ミサキっ、どう? どれがいいかしら?」
アンナはミサキを見るなり膨れた顔をしながらも、ベッドの上いっぱいに散らかしてある服を取りながら楽しそうに話した。
ミサキに続いて入ったイズミはうんざりとした表情になる。
部屋の中はいかにも女の子の部屋といった感じで、壁紙や絨毯、カーテンなど白と赤の花柄で統一されている。
ベッドの他にはクローゼットが2つ、机、ソファー、そして大きな鏡台がある。
ソファーにはふっくらとしたクッションとクマのぬいぐるみが置いてあるのが見えた。
広さも先程の広間ほどではないが、かなりの広さがあるようだ。
イズミはソファーに腰掛けると、2人のやり取りを頬杖をつきながら眺めた。
そしてふと横にあるクマのぬいぐるみに目を向けると、あの女のキャラかよ……と目を細める。
「ちょっと! なに座ってんのよっ。あなたの服を決めてるんだから手伝いなさいよ」
クマのぬいぐるみを目を細めたまま眺めているイズミを睨み、アンナは両手を腰に当てながら怒る。
「あぁ? そんなの何でもいい。適当に決めろよ。ていうか、なんでクマのぬいぐるみなんだ?」
イズミは鬱陶しそうに姿勢を崩すことなく答える。
「だめっ」
そう言ってアンナはイズミの所まで来ると、腕を掴み、無理やりベッドの前まで来させた。
「クマのぬいぐるみ……」
この部屋には何の違和感もないが、アンナに全く似つかわしくない、まるで幼い子供が好きそうなその可愛らしいクマのぬいぐるみがどうも気になるらしい。
後ろ髪を引かれるようにソファの上のクマのぬいぐるみを、掴まれていない方の手で指差している。
しかし、そんなイズミのことなど気にすることなくアンナはじっとイズミを眺める。
「そうね、あなた綺麗な顔してるけど、まだ幼い感じだから今の私の服じゃダメね。うーん、これなんてどうかしら?」
アンナはたくさんの服の中から1枚の赤いワンピースをイズミの体に合わせるようにして当て、ミサキに向かって声をかける。
「……てか、ぬいぐるみは?」
イズミは呆れ返って冷めた表情になる。
しかし、まだぬいぐるみが気になるのか、質問に答えないアンナが気になるのかぼそりと呟く。
「うーん……。それはちょっと派手すぎるんじゃ……」
ミサキも困った表情をしながら答える。
「じゃあ、どんなのがいいのよっ」
アンナはムッとしてミサキを見る。
「……えっと……これはどうですか?」
そう言ってミサキが取った物は、真っ白なワンピースであった。
大きめの襟、長袖の袖口と広がったスカートの裾にはフリルが付いている。
そして、ウエストの辺りは細く締まっていて、後ろで結ぶタイプの太いリボンが付いていた。裾が長くドレスのようにも見える。
「それ……、私が17の時の誕生日に着てたやつじゃない。まだあったんだっ。んんー、そうね、それでいいか」
アンナはワンピースを懐かしそうに眺める。
そして、もう一度イズミを見て、何かを思い付いたように再び楽しそうな表情になる。
結局イズミを全く無視して勝手に話が進んでいた。
「……動きにくくないか、それ……」
イズミはひくひくと顔を引きつらせ、うんざりとした表情でぼそりと呟いた。
「いいのっ、これで。文句言わない。さっ、服脱いで」
「は? ここで着替えるのか?」
イズミはアンナの言葉にギョッとする。
「何言ってんのよ。全部脱げって言ってる訳じゃないんだから。男でしょ。そんなことで恥ずかしがってんじゃないわよ」
「分かってるよ。……それから俺は男じゃない」
苛ついた顔でアンナを見るが、すぐに横を向いてしまった。
「え? 何? あなた女の子なの? あの子があなたなら女の子に見えるからって言うから、私はてっきり……」
アンナはイズミの言葉に目を丸くする。
「……女でもない。……俺には性別はない」
イズミはアンナを見ることもなく無表情に答える。
「性別がないってっ……あなた、無性ってこと? ほんとに?」
アンナは更に目を大きくすると、イズミを頭から足までじろじろと見た。
「じろじろ見んな。そんなことはどうでもいいだろ」
「ねぇ、あの子はそのこと知ってるの?」
「うるせぇな。関係ないだろ。こいつに着替えればいいんだろ」
興味津々に聞いてくるアンナを鬱陶しそうに睨むと、ミサキから面倒くさそうに服を受け取る。
「へぇー、無性の人なんて初めて見るわぁ。天使は無性だっていうけど、悪魔はどうなのかしら。あなたは人間? それとも天使か悪魔だったりして……って、何あなたっ! そのほっそい体はっ!」
アンナは妙に感動しながら話すが、イズミがアンナの話を無視して着替えようと上着を脱いでいるのを見て声を上げる。
イズミはその声に再び嫌そうな顔をした。
「ちょっとっ、ちゃんとご飯食べてるの? もう、ガリッガリじゃないのよっ。あなたねぇ、そんな体じゃ倒れるわよっ」
「うるせぇな。余計なお世話だ」
イズミはアンナがうるさく言ってくるのを鬱陶しそうにしながら、上着だけ脱ぐと中に着ていた白のタンクトップの上からワンピースを着た。
「ちょっと、ちゃんと脱いでから着なさいよ。……まさか、そのズボンも脱がないつもりじゃないでしょうね」
「見えなきゃいいだろ」
アンナが納得いかなさそうに片目を細めるのを、これ以上は譲らないとでも言わんばかりに答える。
そんな2人の様子をミサキはおろおろと見ていた。
「もうっ、仕方ないわね。まぁいいわ。じゃあ今度はこっちに座ってちょうだい」
アンナはまだ納得いかなかったが仕方なく諦めると、イズミに鏡台の前の椅子に座るように言った。
「何でだよ」
「それだけじゃダメ。まだやることがあるのよ」
イズミはなんとなく嫌な予感がして眉間に皺を寄せるが、アンナは今度は私の言うこと聞きなさいとイズミに強く言った。
「てか、あのぬいぐるみ……」
まだ謎が解明していないぬいぐるみを指差しイズミはぼそりと呟き、アンナを見る。
「あれはオプションにはできないわよ」
「いらねぇよっ!」
腰に手を当て答えるアンナにイズミは思いっきり嫌な顔をし、もうどうでもいいやと大きく溜め息をついた。
☆☆☆
イズミが苦闘していた時、タクヤはミサキの兄、マサキに話しかけていた。
「ところでさ、約束の時間と場所を教えてくんない?」
「時間は夕方の4時だ。場所は町を北に行った所に森があるんだが、その中に大きな杉の木がある。その木の下だ。……本当に大丈夫なのか?」
答えた後、マサキは心配そうな顔でタクヤを見た。
「大丈夫だって。任せといて」
タクヤはニッと笑うとガッツポーズをしてみせる。
「いや……怒らないで聞いてくれよ。君の事は信用してる。でもあの子……。あの子の名前、『イズミ』っていうんだろ? ……まさかとは思うんだけど……」
マサキはタクヤの反応を窺いながら話した。
「……それって、あいつがあの『イズミ』かってこと? あいつはそうだって言ってるよ。でも俺はあいつのこと信じてるし、そんな大昔のこと気にしてない。今のイズミを信じてるから。……マサキは俺を信じてるって言ったよね? だったら俺の言うことも信じてくれるよね?」
タクヤはマサキを真っ直ぐに見つめる。
「……分かった。信じるよ。悪かった……変なこと言って」
マサキはタクヤの話を黙って聞き、真剣な眼差しで見つめ返した。
「大丈夫だよ。イズミだって言ってた。普通は誰でもイズミのこと嫌な目で見るし、怖がるって。でもね、俺思うんだ。この世の中の人皆がイズミのことそういう風に見るなんてことはないって。300年前のイズミがどうだったかなんて知らないし、今その当時に生きてた人なんていないし。イズミが何者かなんてことも全然気にしないし、少なくとも俺はイズミのこと怖いなんて思わない。だから、きっと俺の他にもイズミのこと、今のイズミを見てくれる人が絶対にいるって思う」
タクヤはじっとマサキを見つめながら話す。
柔らかい表情で、しかし瞳は強く輝いているタクヤを見て、マサキは思いの強さを感じた。
「タクヤがいればあの子は大丈夫だな」
「え?」
タクヤは何でそんなことを言われたのか分かっていなかったが、マサキは何も答えずニコニコと見ていた。
「はぁい、お待たせ。変身完了したわよ。私の完っ壁な腕ですっごい変わったんだから。男共、ぶっ倒れんじゃないわよっ」
凄い勢いでドアが開いたのと同時に、アンナが楽しそうに入ってきた。
そして、軽くウインクをしてみせる。
「イズミさん、どうぞ入ってきてください」
アンナに続いてミサキが入ってきた。そして、イズミに入るように促す。
そう言われて入ってきたイズミはこれ以上ないくらいの不機嫌な顔に対し、思わず目を見張るほどの美少女のようであった。
白く透き通るような肌、大きな目を更に大きく見せるよう長いまつ毛には黒のマスカラがされ綺麗に弧を描いている。
瞼には薄いピンクのアイシャドウ、そしてイズミのぷっくりと膨らんだ唇は淡いピンク色になっていた。
そして、長く綺麗な髪には軽くカールがかかっている。
白のワンピースに合わせ、アンナが考えてヘアメイクをしたのだ。
そこにいた全員が目を剥いた。
ただでさえこの世の者とは思えぬほどの美貌なのだ。
「イ……イズミ」
タクヤは驚きのあまりそれ以上話すことができないでいた。体がふるふると震える。
そして、ゆっくりとイズミに近づく。
イズミの前まで来ると、思わず抱き締めたいという衝動にかられた。
「何じろじろ見てんだよ」
イズミの言葉にビクッとすると、タクヤは伸ばしかけた手を慌てて引っ込めた。
そんなタクヤを不思議そうにイズミが見上げる。
「イズミ……」
自分を見つめてくるイズミを見て、ますます愛おしく思えてきてしまった。
しかし、次の瞬間ハッと周りを見回すと、そこにいた男達がイズミのことを顔を崩して見ていることに気が付いた。
タクヤはやばいっと思うとイズミの手を掴み、そしてイズミを見下ろす。
「イズミ、行こっ」
そう言ってイズミの手を掴んだまま勢いよく部屋を飛び出した。
「おいっ、ちょっと……」
イズミは急に自分を連れ出すタクヤに驚いていた。
そして、そこにいた町の人々も唖然としていた。
「あーらら。お姫様は王子様が連れ出しちゃったか」
唖然としている他の人達をよそに、アンナは満足げに2人が走り去った方向を見ていた。
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