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第9章『300年前の真実』

11話

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(……タス……ケテ……)

 自ら作り出した負の感情の塊となった光に包まれながら、強い孤独感に苛まれ、必死に助けを呼ぶ。
 膨らんでしまった光はまるで家が赤く染まったように広がり、今にも爆発しそうになっていた。
 思い出してしまった強い思い。
 それを自分でどうすることもできず、イズミは光の中でひとり泣いていた。

 その時――ふと誰かの気配を感じた。

「っ!」

 ハッとして顔を上げるが、膨らんでしまったこの『力』を抑えることができない。

(来ちゃダメっ! 死んじゃうっ……)

 必死に心の中で叫ぶ。
 もう、誰も殺したくないと。
 両手で顔を押さえ、首を横に振る。

(誰も来ないで……お願い、来ないで………………たすけて)

 来ないで欲しいと願いつつ、助けてほしいとも願ってしまった。

「大丈夫よ」

 優しい女の人の声が聞こえてきた。

「もう大丈夫。心配しないで」
 すぐ近くで聞こえるその声は、まるで母親のように感じた。
 イズミの知らない『母親』という存在。アスカの母親ではない。しかし、『母親』と表現する以外に例えられる存在はいなかった。
 温かく包み込んでくれるような。優しく、そして懐かしい声。
「助けてっ!」
 イズミは泣きながら漸く声に出して叫んだ。
 すると、誰かに抱き締められたような感覚があった。ふわりと優しく包み込むように。
 その瞬間、イズミの中で充満していた怒り、悲しみ、恐怖といった負の感情で作られていたエネルギーが徐々に小さくなり、ゆっくりと安心感だけが残っていく。
 それと同時に今までイズミを包んでいた光も徐々に小さくなっていき、そのままふっと消えてしまった。
「誰なの?」
 光が消えた瞬間、イズミはハッとして顔を上げる。
 しかし、部屋の中には誰もいない。抱き締められたような感覚もなくなっていた。
「…………」
 一体今のは誰だったのかと、もう一度きょろきょろと周りを見回す。
 やはり誰もいない。気配もない。

「イズミ君っ!」

 次の瞬間、勢いよく誰かが部屋へと入ってきた。開け放たれたドアが壁に当たってギシギシと音をさせている。
「ああっ! 良かった……」
 そう言って入ってきた相手に強く抱き締められた。
「……誰?」
 抱き締められながら、イズミは不思議そうに首を傾げる。
「無事で良かった……心配したのよ」
 その人はイズミを少しだけ離すと、安心したような顔でじっとイズミを見下ろしている。
「ねぇ、さっきの声の人って……あんた?」
 じっとイズミはその相手を見上げる。目の前にいるのはイズミの知らない女性だった。
「さっきの人?」
 その女性は不思議そうに首を傾げている。
「……違うならいいや。で、あんた、誰?」
 ふぅっと溜め息を付くと、今度は訝しげな表情で相手の顔をじっと見上げる。
「あ、ごめんなさい。自己紹介まだだったわね。私はカオル君のお友達よ」
 うふっと笑いながら、その人、レナはイズミを見下ろした。
「カオルの友達? じゃあ、あんたも人間じゃないのか?」
「そうかもしれないわね。でも、私はあなたの味方よ。心配しないで」
「…………」
 イズミはどう答えればいいのか分からず黙り込んだ。
 先程感じた気配も、人ではない誰かだったのだろうか。再び考え込む。

「ねぇ、あなたの望みは何?」
 じっと考え込んでいるイズミを見つめると、レナはそっとしゃがみ込み、イズミの両手を握りながら問い掛ける。
「俺の望み?……あんた、なんでもできるのか?」
 突然の質問を不思議に思いながらもイズミは真剣な顔になり、じっとレナを見つめる。
「そうね。できるかもしれないし、できないかもしれない」
「何それ?」
「聞かないと分からないってこと」
 呆れた顔で見下ろすイズミをレナはにっこりと微笑みながら見つめる。
「……アスカは?」
「っ!?」
 じっと真剣な顔で話すイズミの言葉にレナはハッとした顔をする。
「まさか、思い出したの?」
 そして今度は心配そうな表情でイズミの両手を握る手に力を入れる。
「……アスカは……死んでないよな? あれは嘘だよな? 違うよな?」
 怒りなのか悲しみなのかなんとも言えない表情でじっとレナを見下ろす。
 先程脳裏に浮かんだ恐ろしい光景。あれが現実だなんて信じたくなかった。
「……今は言えないわ」
「どうしてっ!」
「…………」
 真剣な顔で睨み付けるように見下ろすイズミを、レナは困った顔で見上げる。

(……この子、思い出したはずなのに、なぜ力が暴走しないの? あの程度の『力』はなんでもないこと……。この子にとってアスカが魔物に殺されたっていう光景はショックであっても強い憎しみではなかった……? 憎しみや怒りよりも悲しみのが強い……か)

 レナはイズミをじっと見つめながら考え込む。

(じゃあ、この子にとって強いエネルギーとなるものは何かしら? 人間にとって何よりも強いエネルギーになるのは『憎しみ』だと思ったんだけど……。この子にとって、憎しみって?)

「ねぇってばっ!」
 何も答えずじっと自分を見つめているレナに苛立ち、イズミが声を上げる。
「いつか話すわ」
 しかし、レナは悲しげな表情で首を横に振り、ぼそりと呟くだけだった。
「なぁ、違うよな? 全部、俺が見た夢とかカオルの魔法とか……そうだろ?」
 必死になってレナに詰め寄る。イズミは信じたくない気持ちでいっぱいになっていた。全ては夢のはずだと。
「……イズミ君……ごめんなさい。私には何も言えないわ」
「なんでだよっ!」
「…………。そういえば、カオルはどうしたの? なんでいないの?」
 更に詰め寄るイズミを困った顔で再び見つめるが、これ以上何も話せないと、レナはわざと話題を変えた。
「……知らない。買い物行くとか言ってどっか行った」
 結局何も答えてくれないレナに、イズミはムスッとした顔で答える。
「買い物? まったく。可愛い子を置いてどっか行っちゃうなんてダメね」
 レナは立ち上がると、腰に手を当てながら大きく溜め息を付く。
「可愛い子?」
「ところでイズミ君、どっか痛いところとかおかしいところはない?」
 眉間に皺を寄せ、訝しげに見上げるイズミを無視して、レナはイズミの顔や腕などを触りながら調べ始めた。
「ちょっ、ちょっとっ。なんともないってばっ、触るなよっ」
 やたらに触りまくるレナを手で払い、嫌そうに顔を顰める。
「ほんとに?」
 口元に手を当てながら疑うような目付きでレナはじっとイズミを見下ろす。
「平気。なんともない」
「そう」
 はっきりと言い切るイズミを見て、レナはもう一度イズミの前にしゃがみ込む。
「ちょっと手見せて」
 そう言ってイズミの右手を掴み、じっと見つめる。

(……えっ!?)

 イズミの『力』を探ろうとして、レナはハッとした。
 あれほどまでに強かったイズミの『力』が全く消えてしまっているのだ。
「じゃあ、次は左手」
「何してんの?」
 自分の手を両手でしっかりと握り締め、黙ったままのレナを不思議そうに見下ろす。

(……左手の『力』はなくなっていない……?)

 イズミの左手から流れてくるその『力』に、レナは更に分からなくなり、眉を顰め、じっと考え込む。

「ただいまぁーっと。なんだ、また来てたのか……つか、何してんだよ、お前」

 そこへカオルが帰って来た。
 嬉しそうに入ってきたカオルだったが、レナがいることに気が付き、そしてイズミの手を握り締めているその光景に顔を顰める。
「ちょっとっ! どこ行ってたのよっ。こんな大事な時に……。イズミ君ひとり置いて買い物なんて、全く信じられないわねっ」
 じろりとカオルを睨み付けるように振り返ると、レナはイズミの手を離し立ち上がる。そして人差し指を立てながらカオルに向かって怒鳴り付けた。
「どこって、イズミにうまいもんでも食わせてやろうと思って」
 そう言って持っていた紙袋を見せる。
「もうっ、大変だったのよっ! ちょっと来てっ」
 レナは頬を膨らませながらカオルに近付き、腕を掴むとそのまま居間へと移動する。

「なんだよ。イズミの『力』のことか?」
 溜め息を付きながらカオルはレナの手を払うと、ソファーに腰掛ける。
「知ってたのっ?」
 レナは驚いて目を丸くする。
「あれだけのパワーだ。遠くにいたって分かるよ。だからすっ飛んできたんだろ」
「嘘おっしゃいっ。だったら、なんでこんなに遅いのよっ。まったく、何を企んでいるんだか」
 平然と答えるカオルをレナは恨めしげに睨み付ける。
「俺は別に何も企んでないよ。俺はね」
「まったく信用できない男ね。……でも、黙ってる訳にもいかないから話すけど、イズミ君、『右手の力』が消えてるわ。さっきはちゃんと出してたはずなのに」
 腰に手を当てながらレナは大きく溜め息を付くと、イズミのことをカオルに話す。
「……なるほど。『攻の力』か。……『守の力』の方は?」
 ぼそりと呟くように答えると、カオルは眉を顰め、じっと考え込む。
 そして顔を上げてレナに問い掛ける。
「左手の方はなんともないわ……。あの子、自分で自分の力を閉じ込めちゃったんじゃないかしら……。でも、さっき感じた時は両方消えていたのに、今度はどうして右手の力だけがなくなっているのかしら……。力が戻った理由も分からないし……。そういえば、私がここに来る前になんだか懐かしい気配を感じたのよね」
 レナは顎に手を当て、今あったことを思い出しながらカオルに説明する。
 そして、ちらりとカオルを窺うように見つめた。
「懐かしい気配?」
 レナの最後の言葉にカオルはハッと顔を上げレナを見つめ返す。
「……ええ。きっとあなたが一番会いたい人。それとも会いたくない相手なのかしら? でも、『彼女』がいるはずない……幽霊になることだってできない筈なのに」
「…………」
 睨み付けるように話すレナの言葉に、カオルは黙って複雑な顔をして俯く。
「……まぁいいわ。それよりも、あの子、『あの時のこと』も『自分がしたこと』も思い出したのよ。全部思い出したの。……でも『あの力』は出なかった。暴走するかとも思ったけど、暴走もしなかった……」
 レナはイズミの部屋を見つめながら難しい顔で話を戻す。
「そうか。今のままじゃダメかもしれんな。やはり『運命の子』が必要か……」
「……『運命の子』って……。でもいつ現れるかも分からないんでしょ? あの子が生きているうちに会えるかどうかも……」
 ふと零したカオルの言葉にレナは顔を顰めながら反論する。
「……あいつには、俺から話す」
 そう言ってカオルが立ち上がる。
「どうするの?……まさかっ!」
 不思議そうにじっと見つめるが、ハッとしてカオルがしようとしていることに気が付いたレナは声を上げる。
「ちょっと待ってっ! 今のあの子じゃ負担が大きすぎるわっ!」
 そして慌ててカオルを止める。
「分かってる。あと5年だ。そうすればあいつは17歳になる。あいつの運命は生まれた時から決まっていたんだよ。……自分の役目を忘れたのか?」
 カオルは自分の腕を掴むレナの手を払うことなく、真剣な表情でじっと見下ろした。
「……分かってるわよ。あの子にとっては辛いことばかりね……。いくら運命で決まってるとはいえ、なんだか可哀想だわ」
 レナはカオルの腕を離すと、悲しげな表情でイズミの部屋を見つめる。
「まぁ、時が来るまで俺とお前で見守ってやればいいさ。それに、『運命の子』が現れたら、きっと何かが変わる。大丈夫だ」
 そう言ってカオルはにやりと笑うと、そのままイズミの部屋へと入って行った。
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