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第10章『お前は誰だ』

1話

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 開けておいた窓から風がふわりと入り込む。風に吹かれ、カーテンがひらひらと揺れている。
 外はすっかり暗くなり、空には大きな月と沢山の輝く星が出ていた。

 張り詰めた空気の中、黙って聞いていたタクヤは夜になって冷え始めた空気にぶるりと体を震わせた。
「……冷えてきたな。窓閉めてくる」
 そう言って椅子から立ち上がるとゆっくりと窓際へ移動する。
 足が固まってしまったかのように動きが悪い。座りっぱなしだったこともあるが、イズミの話を聞いて体が緊張で強張っていた為だった。
 カーテンを押さえながらそっと窓を閉める。
 ちらりと空に出ている月を見上げた後、カーテンを閉め、再び椅子へと戻る。

 イズミはベットの上で上体を起こした姿勢のまま、ぎゅっと布団を握り締めた。
 今まで誰にも話したことのない自分の話。タクヤがどんな反応をするのか緊張していた。
 そして、タクヤが動くのに合わせて視線を動かしていた。
 目に不安の色が出ている。

「悪い……話、続けて」
 椅子に座るとじっとイズミを見つめるタクヤの目は、緊張しながらも真剣なものだった。
 それを確認すると、再びイズミが話し始める。
「カオルが俺に全てを話してくれた。アスカのこと、カオル自身のこと。そして俺の『運命』とやらも……」
「…………」
 話し始めてすぐにイズミは深く息を吐いていた。今まで聞いた話だけでも信じられないくらい、とても自分じゃ耐えられないような辛くて悲しい話だというのに、まだ何かあるのかとタクヤは心配そうな表情で黙ってイズミを見つめた。
「俺が生まれるよりもずっと前、今から500年以上前の話だ。世界は荒れ果てて、人間達のやることに神は怒りと悲しみを感じて人間に罰を与えた。大きな地震が起こり、世界は崩れ、人はそのまま滅びるかと思われた。だが、その前に異変が起こり、歪みが起きて、ある場所に穴ができてしまった。それが魔物の世界と繋がって、今のように世界中に魔物が現れるようになったんだ」
 イズミの話はまるでおとぎ話のようであった。
 しかし、初めて聞く魔物の話にふとタクヤは口を挟んだ。
「えっ! 魔物ってそんな風にして現れたんだ……。全然知らなかった。魔物がどうやって生まれたのかずっと気になってたけど、まさかその穴からずっと今でも出てきてるとか?」
「そうだ。神は人を戒めるために穴をそのまま塞がずに放っておいたんだ。だが、今度は魔物が世界中で暴れ回り、神でさえ何もできないくらいに広がってしまった。このままでは世界そのものが破壊されると恐れた神がある物を作り出した。それが『運命の子』と呼ばれる存在だった。だが、それが生命として誕生する前に何者かに奪われそうになり、食い止めようとした神の使いが魔法で未来に飛ばしたらしい。その神の使いというのがカオルだ。魔法使いどころかあいつは人間ですらない。未来のどこかにいるという『運命の子』を、カオルは今でも探し続けているんだろう」
「…………」
 想像を遙かに超える壮大な話にタクヤは言葉を失ってしまった。
 しかし、カラカラに乾いた口をなんとか開けて声を発する。
「その話はカオルから聞いたのか?」
「あぁ、そうだ。あいつが嘘を言っていなければ全て真実だ。あの女、レナもカオルと同じ存在だ。すっかり忘れていたが、あの時のあの女があいつだったとはな。あの時はもっと年上だった気もするが、あいつらはどうとでも姿を変えられるからな。……まったく、どうりで俺たちの周りをちょろちょろとしてたわけだ」
 しかし、そこまで話すとイズミは急に黙り込んでしまった。そして何やら考え込んでいる。
「どうかしたのか?」
 不思議そうにタクヤが覗き込む。
「いや……あいつら、今までずっと俺の前に現れることなかったのに、なぜ今こんなに頻繁に現れるようになったんだ?……まさか」
 独り言のように口元を押さえながらぼそぼそと呟く。そしてイズミはハッとした顔をした。
「何?」
「……もしかしたら『運命の子』が見つかったのか? もしくは、現れるのが近いのか……」
 問い掛けたタクヤにではなく、自分で確認するように呟いている。
「でも、あいつらは姿を変えられるんだろ? もしかしたら気が付いていないだけで、以前にも会っていたのかもしれないぞ?」
 イズミの呟いた話を聞きながらタクヤも首を傾げながら考える。
「そうかもしれないな……だが、今までにそういう奴はいなかった。あの女のことは知らんが、カオルの場合は姿を変えていても必ず分かるはずだ。あいつの気配は把握しているから」
 考え込みながら頷く。しかしイズミはタクヤの話を否定した。カオルを見つける自信があったからだ。
「そっか……。あのさ、その『運命の子』が見つかったらどうなるんだ? 魔物を倒せるとか?」
 ふと思い出したようにタクヤが問い掛けた。一体『運命の子』とはなんなのか。
「さぁな。俺もよくは知らないんだが、魔物の世界と繋がってしまった穴を塞ぐことができるんだと。どうやってとか、そういう話は聞いていない」
 ふぅと息を吐くと、イズミはじっとベッドを見つめながら答える。
「へぇ……じゃあ、その子供が見つかれば平和になるってことか? すっげぇじゃんっ!……え、でも、イズミの『運命』って?」
 なるほどと頷いた後、急に希望が見え始めて嬉しくなる。
 しかしすぐに気になることを口にした。タクヤが一番気になっていたことだった。
「……俺の『ある力』がその運命の子の力を引き出すらしい。ただ、その力もどうやって出すのか、現れるのか、まだそこが分かっていないと言っていた。今でも何も言われていないから分かっていないんだろうな。カオル曰く『運命の子が見つかれば分かる』らしい」
「へぇ……イズミってやっぱ凄いんだな」
 淡々と話しているイズミの言葉を真剣な顔で聞きながら、タクヤはぼそりと話した。
 ちらりとタクヤを横目で見た後、それに答えることなくイズミは話を続けた。
「俺は、あの事件の後、カオルから俺の運命の話を聞かされた。自分の役目を果たす為に、5年経った17歳の時に全てを止められた。成長も、命そのものも。いわゆる不老不死っていうやつだ。俺の力が使えるのが17歳までだからだそうだ。だから、運命の子供が見つかるまで、俺はずっと生かされ続けている。俺が使う力は魔法じゃない。元々俺の中にあった力をカオルが引き出しただけだったんだ。……アスカも……」
 今まで表情を変えることなく話していたイズミが、ふと最後にアスカの名前を言葉にした途端、顔を隠すように俯いてしまった。
「……イズミ」
 事件の話も、出会った時の話も、ずっと『アスカ』の名前を口にする度に感じていた。必死に隠そうとはしていたが、タクヤはしっかりとその想いに気が付いていた。
 以前、イズミが話していた『大切な人』とはアスカのことだ。『大事じゃない』なんて嘘だということが、イズミの話ではっきりと分かった。
 それと同時に、もういない人への嫉妬を感じつつ、タクヤは自分の力の無さが悔しくて堪らなかった。
 すると、俯いたまま再びイズミが話し始めた。
「……俺は、自分の役目を果たしたら死のうと考えていた。カオルに言えば何か方法はあるだろう。俺はもう、十分に生きた……」
 イズミが話したのは信じられないような言葉だった。
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