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第12章『誘う森』

5話

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 暗く閉ざされた世界。
 どこまでも続いている闇。
 目を開けているのか閉じているのか、自分がどこにいて何をしているのかさえも分からない。
 声を発する。しかし、その声さえも聞こえない。声を出しているのかどうかも……。



 ☆☆☆



「すっげぇ降ってきたな……」
 森の入り口でタクヤは雨に濡れた頭をふるふると振り、じっと森の外を見つめながら呟いた。
 4人は雨宿りの為、森の入り口に避難し、横一列に並んでいた。
「……あまり長居しない方がいいだろう。小降りになったら移動するぞ」
 タクヤの隣で同じように森の外を見つめるイズミは冷静な表情で話す。
 その言葉にいち早く反応したのはリョウであった。
「えー。でもさぁ、小降りになったらって言っても、まだ次の町か村までは距離あるんだよね? びしょ濡れになっちゃわない?」
 横に立つカイを見上げながらリョウが頬を膨らませる。今一瞬だけでも結構濡れてしまったのだ。雨の中歩くのが嫌なのだろう。
「そうだね、もう少し先かな。俺は別に濡れるのは構わないけど」
 カイはにこりと笑いながら答えた。
「いつまでもここにはいられないぞ? このままここで夜を明かす気か?」
 じっとイズミが真剣な表情でタクヤを見つめる。
 先程のリョウの言葉に引っ掛かるものがあったのか、言葉に棘がある。
「えぇっ! それはもっとやだっ!」
 タクヤの横から覗き込みながらリョウが嫌そうな顔で声を上げた。
「…………」
 しかし聞かれた当の本人は、全く気が付いていないかのように、黙って森の外を見つめている。
「おい、どうかしたのか?」
 反応のないタクヤを不審そうにじっと見上げながらイズミは首を傾げる。
「……えっ? 何?」
 初めて気が付いたようにタクヤは驚いた顔でイズミを見下ろした。
 その様子に3人はそれぞれ心配そうに、そして訝しげにタクヤを見つめる。
「タクヤ? どうかしたの?」
 ぐいっとタクヤの腕を掴むと、リョウは大きな目を更に大きくさせながらじっと見上げる。
「え?……別に、どうもしないよ?」
 腕を掴まれ少し焦った様子をさせながらも、平然とした顔でリョウを見下ろす。
 そして再び森の外を見つめながら、タクヤは首から下げているペンダントを左手でぎゅっと握り締めた。
「……どうした? ペンダントが何かあるのか?」
 先程もタクヤがペンダントを握り締めていたことを思い出し、イズミは訝しげな表情でじっと見上げる。
「え?……えっと……なんでもないよ?」
 いつもと何か違う。
 どこか狼狽えた様子のタクヤを不審そうに見つめる。
 何かある……イズミはそう思った。そして――。
「うわっ! 何っ?」
 イズミは突然タクヤの手からペンダントを奪うように取り上げた。
「…………」
 鎖はタクヤの首に掛けたままの状態で、イズミはじっとペンダントを手に取って見つめる。
「イズミ?」
 すぐ目の前にイズミの頭があり、タクヤは少しだけ顔を赤らめながらじっと見下ろす。
「……何もないな……」
 ペンダントを見つめながらイズミは首を傾げる。
 何かあると踏んだのだが、ペンダントには何も変化はなかった。
「そのペンダント、何?」
 ふたりの会話を聞いていたリョウは、タクヤの横から不思議そうに首を傾げながら覗いている。
「綺麗なブルーだね。サファイア?」
 一番端からカイもちらりとタクヤとイズミのやり取りを見ていた。
「えっと……」
 なんの石かなど知らないタクヤは困ったように半笑いで首を傾げる。
「魔力を含んだ石だ。名前は知らない。これと同じ物らしい」
 そう言ってペンダントから手を離すと、イズミは自分の首に下げていた赤い石が嵌め込まれた指輪をふたりに見せる。
「わぁっ! 綺麗な指輪。イズミのは赤い石なんだね。誰かに貰ったの? あっ! タクヤだっ、そうでしょっ?」
 指輪をじっと見つめながらリョウは満面に笑みを浮かべ声を上げた。
「違う」
 さらりと反論したイズミにタクヤは微妙な苦笑いをするだけであった。
「タクヤ? ほんとにどうしたの? 気分でも悪い? なんかタクヤ変じゃない?」
 思ったことをそのまま話すリョウは、イズミが思っていたことを話してしまう。
 そう話したリョウをじっとイズミが見つめていた。
「そうかな? なんにもないよ。ほんとに」
 どこか誤魔化すような表情を浮かべながらタクヤは首を少し傾ける。
「…………」
 やはりいつもと違うタクヤをイズミはじっと見つめていた。心の中では心配していたのだが、それは言葉にも顔にも出さなかった。
 普段隠し事をしないタクヤが何かを隠している。そう感じていたのだった。
「で、どうするんだ? ここで雨が止むのを待つか、それとも雨の中進むか」
 3人の様子を黙って聞いていたカイが再び最初の質問を投げ掛けた。
 二者択一であった。

「……森の中へ行く」

 しかし、タクヤが答えたのは別の答えだった。
 言葉を発したタクヤ以外の3人は、瞬きできずにタクヤを凝視していた。
 この真っ暗な闇しかないような森の中へ行くなどありえないと。
「何言ってんの? タクヤ。中真っ暗なんだよ? なんか出てきそうだし、魔物の森かもしれないよ? ねぇ、行くなんてやめようよ」
 すぐに反対したのはリョウであった。露骨に嫌な顔をしてタクヤをじっと見上げる。
「確かに。無駄な労力を使うことないな。間違いなくココは何かある」
 カイもリョウに賛同する。
「……何か、あるのか?」
 イズミはじっとタクヤを見つめる。
 普段、なんでも手に取るように分かりやすいタクヤが今、何をしようとしているのか、何を考えているのか全く理解できないのだ。
 もしかして先程何か隠していたことに関係があるのだろうか。
「何かあるっていうか……。ただ……ペンダントが……なんとなく、森の中へ行けって言ってる気がするんだ」
 真剣な顔でタクヤは再びペンダントをぎゅっと握り締める。
「へ? ペンダントが?」
 何か不可思議な物でも見るように、リョウはじっとタクヤの手の中のペンダントを覗き込む。
「うん……何かあるんだと思う……それがなんなのかは分かんねぇけど……ダメかな?」
 そう言ってタクヤは3人をじっと順番に見つめる。
「……さぁ、どうだろうね。でも、行くって言うなら行ってもいい」
 じっと考えるように右手を顎に当てたカイは微笑しながら答えた。
「ええっ! カイ兄行くのぉ……うーん。じゃあ、皆が行くなら……」
 物凄く嫌そうに顔を顰めたリョウであったが、ひとり残されるのはもっと嫌だと、仕方なさそうに頷いた。
「お前の野生の勘か?」
「誰が野生だっ!」
 じっと真面目な顔で見上げたイズミを、タクヤは真っ赤な顔で怒鳴る。
「……分かった。俺も行く」
 いつもと変わらないタクヤを見て、イズミはこくりと頷いた。
「大丈夫だ。…………たぶん」
 ぎゅっとペンダントを握り締め、タクヤはくるりと向きを変え、森の中を見つめる。
 真剣な表情で答えたのだが、真っ暗な森を見て自信がなくなったのか苦笑いする。
「たぶんってのやめろ」
 同じように向きを変えたイズミは、嫌そうな顔をしてタクヤを睨み付けた。
 そして、4人は少しずつ真っ暗な森の中へと進み出したのだった。
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