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ヴィクトルサイド8
しおりを挟む「どう、とは?」
「公爵夫人として、ですよ。正直に答えてください」
エレノアの視線がじっと俺を捉え、言葉の一つ一つが鋭く突き刺さるようだった。無理に答える必要はないと思いつつも、さっさと終わらせるために口を開いた。
「力不足だとは思っている」
その言葉を聞いたエレノアは微動だにせず、無表情のまま俺を見つめていた。その目に何かが引っかかるような気がしたがそれを口に出すことはなかった。
「そうですか。では新しい妻を作り、妾にでもするおつもりですか?」
「何故そう思う?」
「ヴィクトル様は女性を見下した目で見ておいでです」
確かに女という存在を一段低く見ているところがある。だがそれはあくまで格下と見なした者に対してであり、全ての女に当てはまるわけではない。格下だと感じれば男も見下している。今はその説明をしても無駄だろう。
「妻はユミルだけでいい。妾も愛人も恋人も必要ない」
冷徹に言い放ったその言葉が今度はエレノアの神経を逆撫でるようだった。エレノアは一瞬、顔を引き締めてから口元に薄く笑みを浮かべた。
「なぜそこまでユミルリアにこだわるのですか?」
「なぜと言われてもな。気に入ったからとしか言いようがない」
その言葉がエレノアの耳にはどう響いたのか、彼女の表情には微かな変化も見えなかった。ただ、視線の奥に何かを測るような冷やかなものが潜んでいるのを感じた。
「ユミルリアは何もわからないんですよ。知識も礼儀作法も、何も知らない。ダンスも下手で……貴族としても妻としても未熟すぎます」
その言葉が俺の胸の内でひときわ強く反応した。確かにユミルは多くの面で未熟だ。それをこいつがあたかも欠点であるかのように指摘をするのに怒りが湧き上がった。
「ミーティアがそう仕込んだのだから仕方ないだろう」
その言葉が口から漏れた瞬間、エレノアの表情が少しだけ崩れた。だがそれは皮肉に近い笑みだった。
「ご存知でしたか?ええ、ミーティア姉様がユミルリアに付きっきりで育たないよう、その術を施していましたね」
その言葉が重く響く。エレノアはまるで感情を抑え込むようにして視線が踊り場の窓、外の庭へと向けられる。殺風景なレーゲンブルク邸とは真逆の華やかな庭だ。
「あの子はあの木と同じです。小さいまま育たないように枝を切り落とす」
そこには手入れの行き届いた庭が広がり、庭師が忙しくその手入れに精を出しているのが見える。木が人間よりも高さが伸びないように庭師は慎重に切りそろえている。その光景がまるでユミルの姿を暗示しているかのように思えた。
「ミーティア姉様はプライドが高かった。私が父や母に誉められると露骨に不機嫌になって、口を利かなくなるのが日課でした…………まあ、すぐに仲直りもしましたが」
その言葉にエレノアの過去が少しずつ顔を覗かせる。嫉妬や競争心。貴族社会においてはそれは普通のことだとしても、エレノアの言葉にはどこか冷徹で計算されたものを感じる。
「だから、ユミルリアをできる限り甘やかして、自分より優れないように育てたのでしょう。見た目だけは愛らしい、何もできないお人形を手元に置いておくのは気分が良かったのでしょうね」
エレノアの顔に浮かんだ冷笑。俺にはその顔が不愉快で仕方なかった。妙に癇に障る。
「親はそれを許したのか?」
親として、あれが許されるべきことだったのかと疑問を抱いた。貴族社会で生きるために子どもには適切な教育と厳しさが必要だ。だがこの三姉妹の両親にはそれを感じることができなかった。むしろ、ユミルに対してあざ笑っているようにすら見えた。
「姉様が『全ては私に任せてほしい』と言うと、皆、姉様を信頼していましたから」
ユミルに対する関心の無さはミーティアが作り上げてきたのかもしれない。彼女がユミルを独占し、他の者には触れさせないようにしていたのだろうか。ミーティアの死後、もうその答えは決して知ることができない。
それが事実なら、ミーティアに対する苦手意思の正体も掴めてきた。あの女は俺と同類だ。自尊心を満たすために己の妹を傀儡に仕立て上げ、くだらない人生を歩ませている歪んだ人格の持ち主だ。
「ところで、姉様を殺した犯人はどうなりましたか?もう犯人は捕まりましたか?」
エレノアは短く息を吐き、冷静を装っているようだったがその目にはかすかな陰りが見えた。どこか、彼女自身の内面に何かが揺らいでいる。
ユミル以外のマーシャル家の人間がミーティアの死因を知っている。ユミルにだけは教えていないのはミーティアを慕っていたユミルがショックを受けるから黙っていてくれとエレノアに頼まれたからだ。
「実行犯は捕らえたが指示した奴はわかってはいない。ミーティアを殺して得をする奴、もしくはミーティアを殺して何かを得しようとする人物に心当たりはありますか?」
ミーティアの死を巡る真実はまだ謎に包まれている。その質問にエレノアは少しだけ考え込んだ後、ようやく口を開いた。
「さぁ……ああ、そう言えば、クララ伯爵令嬢が姉様に嫌がらせをしていましたね」
クララ……あのパーティーでユミルに嫌味を言っていた令嬢か。確かにミーティアを目の敵にしていた人物か。
「姉様がいなくなれば、クララ様が貴方の妻になれると夢を見ていたようですよ?それに姉様はあのご令嬢に嫌われていることを嘆いていましたから」
伯爵令嬢なら公爵夫人に格上げしても遜色はないし、ほぼ地位的には問題ない。父親の伯爵にもずっと前に「私の娘では不服か?」と突っかかられたことがある。
「……姉様、最期はどれほど苦しんでいたのでしょうか……」
エレノアはぽつりとそう呟き、まるで自分自身に言い聞かせるかのように息を吐いた。その声音には、無力さと絶望が滲んでいた。
まるでその瞬間、彼女の冷たい外面が崩れ落ち、内側に隠していた感情が露わになったかのようだった。
しばらくの間、沈黙が支配した。エレノアの目はどこか遠くを見つめており、その瞳の奥に浮かぶ感情が複雑であることが分かる。悲しみ、後悔、そしてひどく深い空虚感――それらが混ざり合ったような表情だ。
「……姉様の部屋に手がかりがあるのかもしれません。部屋はそのままにしていますので、見て行ってください」
エレノアは目を伏せたまま、静かに一歩後ろに下がる。しばらくして、彼女は振り返りもせず、足早に階段を降りて行った。その背中が、まるで痛みを抱えたままその場を去っていくかのよう見えた。
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