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7 王太子殿下からの招待状
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王宮舞踏会の翌朝、ルイ―セは久しぶりに爽快な気持ちで目覚めることが出来た。
やっとティーセル領に…カール兄様の元へ帰ることが出来るからだ。
(私が見張っていないと兄様は本に夢中になるあまり夜更かしするから心配だわ。体調を崩していないと良いけれど…)
折角こんな王都まで来たのだから、流行りの菓子等をお土産に買っていけば、屋敷の使用人も兄様も喜ぶかもしれないと、心を弾ませて朝食の席につく。
「ルイ―セ、昨日は無事に社交界デビュタントを済ませたようで何よりだった。どうやら偽物だとばれた気配も無いし安堵したぞ。お前は今日にも領地へ帰るのか?」
「はい。帰宅の準備を整え次第、ティーセル領へ帰宅したいと考えております」
オムレツにナイフを入れながら、お父様と他愛ない会話をする。
暫くは会えないと思えば少々名残惜しいぐらいだ。…次に王都へ来るのは王立学術院に入学する時だろうし…2年後だろうか。
私は、カール程に優秀な成績では無いから、入学までには勉強も頑張らなくてはいけないし、やらなければいけないことは山積みだ。
入学免除試験に合格できるような見込みは無いし、3年間は全寮制になるのだから、兄様の日常の世話も誰かに頼まなくてはいけない…。
(お父様にお願いして、来年からは領地のメイドをもう一人増やして貰おうかしら…)
自分の思考に夢中になるあまり、その後の父との会話はあまり弾まなかった。
食後の紅茶を飲んでいた時、玄関の呼び鈴が“チリーン・チリーン”と来客を告げる。
(随分と気早な来訪ね。こんな時間から一体誰が訪ねてきたのかしら?)
暫くすると、ダイニングルームの扉がノックされ、慌てた様子の執事が父に書簡を手渡した。
どうやら郵便馬車が来ただけのようだが、父の手元の書簡には見覚えのある封蝋がされている。二頭の獅子が中央に咲き誇る薔薇を守っている紋章…あれはたしか…。
「ルイ―セッ⁈ お、お前、舞踏会で一体何をやってきたんだー⁈」
父がいきなり絶叫したので、飲みかけたお茶を危うく零しそうになる。
「っ⁈…お父様、いきなり叫ぶのはマナー違反ですよ。どうなさったのですか?」
「…【昨夜の王宮舞踏会では、貴方との対話時間を取ることが出来なかったことを残念に思う。是非とも本日のお茶会に参加いただきたい】と書簡が来たんだよ…ディミトリ王太子殿下からな‼」
動揺するお父様には悪いけれど、こちらだって同じだけ動揺していた。
「…ハア⁈何で…?昨日は国王陛下に貴族令息全員がご挨拶をして、その後はワルツを踊って帰って来ただけですよ?王太子殿下とは全く接触すらありませんけれど…?」
「だが、この紋章は間違いなくアーデルハイド王国のもので間違いない。カール・ティーセル宛になってはいるが、昨日の今日ならお前しかいないだろうがーっ⁈」
「でも本当に面識が無いんですよ⁈ 大体、只の男爵令息と対話できなかったからといって、王太子殿下直々にお茶会に招待するというのもおかしな話でしょう‼ ご令嬢相手ならば王宮舞踏会で見初められるのも判りますが、私は男装して行ったのですから。…どう考えても意味が解らないし、今日は体調不良だと断りましょう‼」
私の決断にお父様は驚愕の表情を見せるけれど、これが最善だとしか思えない。
「…王太子殿下からの直々のお誘いをか⁈」
「むしろ誘いに乗って、身代わりだったとばれる方が問題ですよ。これが国王陛下からの王命でないのなら大丈夫。無下に断っても断罪されることはありませんって」
「まあ…確かにそうだな…」
不承不承といった様子で、お父様が【折角の御誘いですが、カールは昨夜から体調を崩し臥せっております】といった旨を認めると、執事に手渡す。
「流石に王太子殿下の御誘いを断った手前、さっさと領地へ帰るのは不味いだろう。体調不良を訴えたのだから、あと数日は王都に滞在しなさい」
お父様のため息交じりの言葉に渋々頷きながら、明日までこちらに残ることを約束させられた。
翌朝、今日こそはティーセル領へ帰れると安心したのも束の間で、また王太子殿下からのお茶会の招待状が送られてきた。
…しかも【王宮での対話を心待ちにしていたが、体調不良とは残念であった。まだ臥せっているのであればこちらから見舞いに出向きたいと思う。体調が優れるのなら、本日こそ茶会に参加頂きたい】と前回以上に強引な内容へと変貌していた。
「これは…やっぱり昨日行くべきだったのではないか? どうするんだ、ルイ―セ⁈」
父は所詮末端男爵だけあってオロオロと狼狽えている。
国王陛下からの王命でなければ大丈夫だと言っているのに完全に震えあがっていた。
「では【我が家は貧乏男爵家のため王宮に着て行ける衣装がありません。高貴な方々のお目汚しになるため、今後は王宮へのご招待をお断りします】と私が手紙を認めます。そうすれば、さすがに迷惑がられていると理解するでしょうよ」
「お前…王太子殿下相手に…いつか不敬罪で掴まるぞ⁈」
「じゃあ、お茶会に行って、何かの拍子に私が女だとばれても良いんですか⁈ 国王陛下を謀った罪で、それこそ断罪されるんですよ⁈」
「…判った…断ろう」
そうして2度目のお茶会を断った翌日にまさかの事態が起きた。
アーデルハイド王室御用達の高級服仕立て屋が我が家を訪れたのだ。
「王太子殿下よりカール様のお衣装をご注文いただきました。早速ですが、採寸をさせていただき、速やかにお衣装を仕立てさせていただきます」
「あの…我が家には贅沢な衣装を作るお金がありませんのでお引き取り下さい」
「代金は既に王太子殿下より頂戴しております。今から採寸を…」
「でも、いくら貧乏男爵家でも無料で頂くなど貴族の恥ですから。お引き取り下さい‼」
「…そんな…カール様のお衣装を作ることが出来なければ私たちが王太子殿下から罰せられます…どうかお慈悲を…採寸を…」
仕立て屋の品の良い中年男性がハラハラと涙を零して乞う姿はいっそ哀れに思える。流石に、これ以上は無下にも出来ずルイ―セはため息を吐いて了承した。
「ありがとうございます‼これで私たちの首も繋がりました。…直ぐに仕立ててお届けしますからね」
ウキウキしながら採寸を終えて帰っていく仕立て屋の姿にグッタリしながら頷く。
どうしてこんなことに…私は早く領地に帰りたいだけなのに…。
衣装まで注文されてしまっては無視して領地へ帰る訳にもいかず、それが届くまでに更に2週間が経過した。
仕立て屋から“自信作です”と届けられた衣装は5着…。まさか5回は王宮に来いと言う事なのだろうか…?
確かにどの服も上質な生地に素晴らしい刺繍が施されていて、これならば王宮に着て行っても恥ずかしくは無いだろう。…でもどうしてここまで王太子が私に拘るのかが理解できない。
うつろな目で衣装を見つめていたら玄関の呼び鈴が鳴るのが聞こえた。…仕立て屋から連絡がいった頃だし、どうせ王太子殿下からの招待状だろう。
私の部屋に父が入って来ると、ベッドの上に広げた衣装の数々を見てため息を吐いた。
「王太子殿下からお茶会の招待状が届いた。…【今回は体調も衣装も万全にしてぜひ参加してくれ】と書いてある。…もう断るのは無理だ…行ってくれ…」
すっかり諦めた風情のお父様を見るにつけ、私だって十分途方に暮れていたのだ。
どうして…どうしてこんなことに…?
「判りました…。王宮のお茶会に参ります。…喜んで参加させていただきますとでも手紙を書けばいいんでしょう⁈」
明日のお茶会で王太子殿下が私に固執した理由が明かされるのだろうか?まさか女だとばれて茶会の席で責められるのでは…そんな最悪の事態を考えていたら、その晩は悪夢に魘されることとなったのだった。
やっとティーセル領に…カール兄様の元へ帰ることが出来るからだ。
(私が見張っていないと兄様は本に夢中になるあまり夜更かしするから心配だわ。体調を崩していないと良いけれど…)
折角こんな王都まで来たのだから、流行りの菓子等をお土産に買っていけば、屋敷の使用人も兄様も喜ぶかもしれないと、心を弾ませて朝食の席につく。
「ルイ―セ、昨日は無事に社交界デビュタントを済ませたようで何よりだった。どうやら偽物だとばれた気配も無いし安堵したぞ。お前は今日にも領地へ帰るのか?」
「はい。帰宅の準備を整え次第、ティーセル領へ帰宅したいと考えております」
オムレツにナイフを入れながら、お父様と他愛ない会話をする。
暫くは会えないと思えば少々名残惜しいぐらいだ。…次に王都へ来るのは王立学術院に入学する時だろうし…2年後だろうか。
私は、カール程に優秀な成績では無いから、入学までには勉強も頑張らなくてはいけないし、やらなければいけないことは山積みだ。
入学免除試験に合格できるような見込みは無いし、3年間は全寮制になるのだから、兄様の日常の世話も誰かに頼まなくてはいけない…。
(お父様にお願いして、来年からは領地のメイドをもう一人増やして貰おうかしら…)
自分の思考に夢中になるあまり、その後の父との会話はあまり弾まなかった。
食後の紅茶を飲んでいた時、玄関の呼び鈴が“チリーン・チリーン”と来客を告げる。
(随分と気早な来訪ね。こんな時間から一体誰が訪ねてきたのかしら?)
暫くすると、ダイニングルームの扉がノックされ、慌てた様子の執事が父に書簡を手渡した。
どうやら郵便馬車が来ただけのようだが、父の手元の書簡には見覚えのある封蝋がされている。二頭の獅子が中央に咲き誇る薔薇を守っている紋章…あれはたしか…。
「ルイ―セッ⁈ お、お前、舞踏会で一体何をやってきたんだー⁈」
父がいきなり絶叫したので、飲みかけたお茶を危うく零しそうになる。
「っ⁈…お父様、いきなり叫ぶのはマナー違反ですよ。どうなさったのですか?」
「…【昨夜の王宮舞踏会では、貴方との対話時間を取ることが出来なかったことを残念に思う。是非とも本日のお茶会に参加いただきたい】と書簡が来たんだよ…ディミトリ王太子殿下からな‼」
動揺するお父様には悪いけれど、こちらだって同じだけ動揺していた。
「…ハア⁈何で…?昨日は国王陛下に貴族令息全員がご挨拶をして、その後はワルツを踊って帰って来ただけですよ?王太子殿下とは全く接触すらありませんけれど…?」
「だが、この紋章は間違いなくアーデルハイド王国のもので間違いない。カール・ティーセル宛になってはいるが、昨日の今日ならお前しかいないだろうがーっ⁈」
「でも本当に面識が無いんですよ⁈ 大体、只の男爵令息と対話できなかったからといって、王太子殿下直々にお茶会に招待するというのもおかしな話でしょう‼ ご令嬢相手ならば王宮舞踏会で見初められるのも判りますが、私は男装して行ったのですから。…どう考えても意味が解らないし、今日は体調不良だと断りましょう‼」
私の決断にお父様は驚愕の表情を見せるけれど、これが最善だとしか思えない。
「…王太子殿下からの直々のお誘いをか⁈」
「むしろ誘いに乗って、身代わりだったとばれる方が問題ですよ。これが国王陛下からの王命でないのなら大丈夫。無下に断っても断罪されることはありませんって」
「まあ…確かにそうだな…」
不承不承といった様子で、お父様が【折角の御誘いですが、カールは昨夜から体調を崩し臥せっております】といった旨を認めると、執事に手渡す。
「流石に王太子殿下の御誘いを断った手前、さっさと領地へ帰るのは不味いだろう。体調不良を訴えたのだから、あと数日は王都に滞在しなさい」
お父様のため息交じりの言葉に渋々頷きながら、明日までこちらに残ることを約束させられた。
翌朝、今日こそはティーセル領へ帰れると安心したのも束の間で、また王太子殿下からのお茶会の招待状が送られてきた。
…しかも【王宮での対話を心待ちにしていたが、体調不良とは残念であった。まだ臥せっているのであればこちらから見舞いに出向きたいと思う。体調が優れるのなら、本日こそ茶会に参加頂きたい】と前回以上に強引な内容へと変貌していた。
「これは…やっぱり昨日行くべきだったのではないか? どうするんだ、ルイ―セ⁈」
父は所詮末端男爵だけあってオロオロと狼狽えている。
国王陛下からの王命でなければ大丈夫だと言っているのに完全に震えあがっていた。
「では【我が家は貧乏男爵家のため王宮に着て行ける衣装がありません。高貴な方々のお目汚しになるため、今後は王宮へのご招待をお断りします】と私が手紙を認めます。そうすれば、さすがに迷惑がられていると理解するでしょうよ」
「お前…王太子殿下相手に…いつか不敬罪で掴まるぞ⁈」
「じゃあ、お茶会に行って、何かの拍子に私が女だとばれても良いんですか⁈ 国王陛下を謀った罪で、それこそ断罪されるんですよ⁈」
「…判った…断ろう」
そうして2度目のお茶会を断った翌日にまさかの事態が起きた。
アーデルハイド王室御用達の高級服仕立て屋が我が家を訪れたのだ。
「王太子殿下よりカール様のお衣装をご注文いただきました。早速ですが、採寸をさせていただき、速やかにお衣装を仕立てさせていただきます」
「あの…我が家には贅沢な衣装を作るお金がありませんのでお引き取り下さい」
「代金は既に王太子殿下より頂戴しております。今から採寸を…」
「でも、いくら貧乏男爵家でも無料で頂くなど貴族の恥ですから。お引き取り下さい‼」
「…そんな…カール様のお衣装を作ることが出来なければ私たちが王太子殿下から罰せられます…どうかお慈悲を…採寸を…」
仕立て屋の品の良い中年男性がハラハラと涙を零して乞う姿はいっそ哀れに思える。流石に、これ以上は無下にも出来ずルイ―セはため息を吐いて了承した。
「ありがとうございます‼これで私たちの首も繋がりました。…直ぐに仕立ててお届けしますからね」
ウキウキしながら採寸を終えて帰っていく仕立て屋の姿にグッタリしながら頷く。
どうしてこんなことに…私は早く領地に帰りたいだけなのに…。
衣装まで注文されてしまっては無視して領地へ帰る訳にもいかず、それが届くまでに更に2週間が経過した。
仕立て屋から“自信作です”と届けられた衣装は5着…。まさか5回は王宮に来いと言う事なのだろうか…?
確かにどの服も上質な生地に素晴らしい刺繍が施されていて、これならば王宮に着て行っても恥ずかしくは無いだろう。…でもどうしてここまで王太子が私に拘るのかが理解できない。
うつろな目で衣装を見つめていたら玄関の呼び鈴が鳴るのが聞こえた。…仕立て屋から連絡がいった頃だし、どうせ王太子殿下からの招待状だろう。
私の部屋に父が入って来ると、ベッドの上に広げた衣装の数々を見てため息を吐いた。
「王太子殿下からお茶会の招待状が届いた。…【今回は体調も衣装も万全にしてぜひ参加してくれ】と書いてある。…もう断るのは無理だ…行ってくれ…」
すっかり諦めた風情のお父様を見るにつけ、私だって十分途方に暮れていたのだ。
どうして…どうしてこんなことに…?
「判りました…。王宮のお茶会に参ります。…喜んで参加させていただきますとでも手紙を書けばいいんでしょう⁈」
明日のお茶会で王太子殿下が私に固執した理由が明かされるのだろうか?まさか女だとばれて茶会の席で責められるのでは…そんな最悪の事態を考えていたら、その晩は悪夢に魘されることとなったのだった。
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