狭間田市役所へようこそ  

矢島みち

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 縁日を満喫した俺たちは宿へと戻ったのだが…。
 宿の周りには地元警察や地元青年団が出張ってきていて、明らかに何事かが起きたことが判る。
 聞けば宿泊予定者の女性が書置きをして姿を消したとのことで、俺たちがここにいては邪魔になるからと部屋へ追い返されてしまった。

「書き置きをしていなくなったって、自殺…とか?」

「…可能性は0じゃないけれど、はるかも悪い想像ばかりしているのは良くないよ」

 春原兄妹は呟く。お前らいいコンビだな。…同じ部屋に泊って一晩中議論しててくれねえかな…はぁ…。
 でも、心配そうに俯く理来を見ているのは辛いし仕方ないか…。

「…このまま、部屋で心配していても俺達には何も出来ないし、汗でも流しにもう一度温泉でも行くか?」

 そう言うと、皆ホッとした様子で動き出した。…でも春原兄、お前とはもう一緒に風呂に入らんからな…。俺は心に誓いながら露天へと向かった。

 まあ、同じ風呂でしつこくにじり寄られた俺は疲れ切って風呂を出ることになったのだけれど…。
 風呂から出ると、理来たちが風呂で遭遇した女性の片割れが行方不明者だと判り、俺たちも一緒に行方を捜すことになっていた。
 …俺は理来と遊ぶためにここへ来たはずなのだが…?どうして赤の他人の女性の荷物を漁っているのだろうか…?
 そうこうしているうちに理来が温泉地のガイドマップを発見した。マップの下には丸で囲まれた記載があり“首切りの丘”という地名であることが分かった。

「ここはお二人で行く予定だった場所ですか?」

 梛野さんに尋ねても「いいえ、知りません…首切りの丘なんて嫌な地名ですね」と言うだけ…。

 「首切りの丘とは― 昔、男に裏切られた若い女人がその男を呪い殺してしまった。殺した男の首を抱えてそれでも愛していると歌いながら自らも命を絶ったという伝説がある丘―って書いてある…」

 春原妹の言葉が合図になったように全員がそこに行方不明の女性がいることを悟った。

「首切りの丘へ急ごう‼今なら、間に合うかもしれない」

 旅館の女将に事情を話し、調べて貰うと『たしかにすぐ傍の通りで女性を乗せた』というタクシーの証言が見つかった。
 早速、そこへ向かうことになったが、男手はともかく、春原妹と梛野という女性では足手まといになる。本人も判っているようで、待機を申し出てくれたのはいい判断だと思った。

 タクシーで“首切りの丘”に着くと、そこはかなり足場も悪く、よどんだ空気が辺りを埋め尽くしている場所だった。
 月が出ているはずなのに、木立に遮られ、真っ暗な中を懐中電灯の明かりだけを頼りに進むといきなり木立が割れ、切り開かれた場所に出る。

 そこには【魂】を鬼女に操られ、鬼火を纏った女性が軽やかに舞を踊っていた。
 人のはずなのに、踊り続ける姿はまるで能面を被ったように表情を無くし、真っ黒な感情に支配された孤独な鬼女にしか見えず、俺は自分がかつて出会ったあの能面の女を思い出すと体が強張るのを止められなかった。
 …きっと俺は今もあの能面に取り付かれたままなのだろう。
 踵を返して帰りたい思いに捕らわれるけれど、理来を置いて逃げるわけにはいかない…その思いだけが俺の足を留めていた理由だ。

「…既に悪霊となっている【魂】に操られている。このままでは彼女も取り込まれてしまいます‼」

 春原兄が慌てて駆け寄ろうとするが、道具も無い俺たちに何が出来るというのだろうか?

「私に考えがあります。陵介さん、これからお願いする方法を試してもらえませんか?拓海さんも陵介さんの補佐をお願いします」

 理来が俺たちを手招きすると、コッソリと封印の御札を渡された。

「これを鬼女の魂が宿る石碑に貼って下さい。私が【魂】に話しかけ続けますから、気づかれないようにお願いします。陵介さんは拓海さんが御札を貼ったら広瀬さんと鬼女の魂を切り離せるかやってみてください。」

 そう言うと、鬼女の方を向き、優しく話しかけ始めた。

「こんばんは、あなたの愛した人の話を聞かせてくれる?」

「…私の愛した人は、私を愛さなかった人よ。いつも愛しても愛されないのが私」

「そんな人しか愛さないのは貴方の罪 あなたを思う人にはあなたは気づかない」

「いいえ、気づかないのではないの 心を操り気づかせぬ 苦しみこそが私の幸せ この女は 私のもの」

 そこまで歌うと、能面の顔は鬼女の顔に変貌を遂げた。

「以前ここを訪れたこの女を見た時にこいつの【魂】は私の糧になると判ったのさ。だから苦しみぬいた最後にここへ来るように暗示をかけて今こそこいつを食ろうてやろう」

 高らかに笑うと鬼女は鬼火を理来へと放ちその炎は幻覚とは思えぬ激しさで彼女を焼いた。

「理来―っ‼準備が出来た!早くその鬼女から離れろ‼」

 理来が隙を作ってくれたおかげで、俺は無事に封印の御札を石碑に貼ることが出来た。後は、春原兄がどうするのか…。

「あとは、広野さんの【魂】と鬼女を切り離してください‼」

 その声に合わせるように、春原兄が九字を切り、悪霊と化した鬼女と女性の魂を切断した。
 激しい雄叫びと呪いの言葉を繰り返しながら鬼女の悪霊が小瓶へと吸い込まれていくのが見えると、女性はその場へ崩れ落ち、魂との切り離しが成功したことが分かった。
 どうやら間に合った様子だけれど、理来にケガがあったらと俺は気が気ではなかった。

 気が付いた女性に、今まであったことや彼女の過去を梛野さんに聞いたこと、悪霊が取りつき彼女の精神を操っていたこと等を話すと、疑いながらも彼女はその全てを受け入れた。
 …きっと自分でもおかしいと思うことがあったのだろう。後は彼女とその周りの人間が解決していけば良いことだ。

「陵介さん…温泉にまで商売道具を持ってきていたんですか?」理来の言葉に頷くと

「念のため、どこにでも最低限の商売道具は持参することにしているんですよ」と春原兄が答えた。

 …遊びに行くときまでコイツは何かあった時のことを考えているのか。
 俺は理来の事しか考えていなかった…結局、俺じゃ相手には不足なのかもな…。
 胸は痛いが、やはりこの旅行で理来の本当の気持ちを聞こう…もしも理来の気持ちが他の奴に向いていたら…すっぱり諦めよう。

「あのさ…この後で話があるから一人で出てこられる?」

 俺は理来にそう伝えた。


 待ち合わせ場所の休憩室は深夜で誰もおらず、ヒッソリと静まり返っていた。

「ごめん…こんな夜更けに呼び出して」

 そう言いながら、彼女に缶ビールを渡した。
 とても素面で話せそうもない…少し酒の力を借りようと思ったからだ。
 いつもと違う俺の様子に気が付いたのか、不審げな理来を正面から見つめる。

「理来にとって、俺はどんな存在なの?」

 そうハッキリ聞いてみた。

「もちろん、恋人だし、大切だと思っていますけれど…」

 語尾を濁す彼女を見るのが辛い。けど…なんだよ?他にもっと大切な人がいるっていうのか?

「今日、いきなり【魂】の事件に巻き込まれた時もお前は春原兄を頼りにしていたし、いざっていうときに頼ってもくれない。お前には俺じゃダメなんだろ?」

 口にすると、益々情けなくなってきてビールをあおる。

「…今日、事件に巻き込まれたのは偶然だし、たまたま陵介さんが商売道具を持ってきていたから、危険回避の為にお願いしただけです。それがいけない事だって言うんですか?」

 …それは確かにそうだろう。最善の策だったことは分かっている。でも理屈と感情は別物なんだ。
 俺はそんなに物分かりが良くないんだよ。

「理来にとって、どうやっても俺は一番の存在にはなれないんだな…そう痛感してさ…」

 結局、俺は彼女を無理やり縛っただけの男で、頼りにしてもらえないんだ。…そう思うと情けなさに涙が出た。
 どうしようもない男だな、俺は。

「ごめん…ちょっと…考えが纏まらない。しばらく俺たち距離を置こう」

 理来にそう伝え、俺は部屋へ帰った。彼女をその場へ残して。

「あれ?拓海さんどうしたんですか?」

 春原兄の笑顔すら今は見たくない。

「ごめん、家の都合で急に帰らなくちゃいけなくなったんだ。…悪いけれど、俺は先に帰るから、理来のこと…よろしく頼む」

 それだけ告げて俺は逃げ出したのだ。今はただ逃げ出すことしか考えられなかったヘタレな俺だから。
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