狭間田市役所へようこそ  

矢島みち

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「あ~あ…俺は結局ヘタレのまんま、大人にはなれなかったな」

 部屋のベッドの上で独り言ちる。

 5歳のあの運命の日、能面の【若女】から呪いを受けて、俺は女という存在を恐れ続けて生きてきた。
 俺の容姿が優れているからと群がって来る女どもには俺がどんな気持ちでいたのか、俺がどんな恐怖で生きてきたのかを悟られないように常に仮面を被って対応していた。
 俺自身が能面を被って生きるしか術がなくなったのも呪いのせいなのだろうか…。
 結局は好きな子にも無様に振られて生きる意味も感じなくなったけれど…。

「理来…理来…」

 未練がましく彼女の名前を呼ぶと、彼女の笑顔が浮かぶ。…初めてこんな気持ちを知ったのに、成就することなく別の男に取られてしまった。
 もう彼女を抱くことも、キスすることも出来ないのに一緒に仕事をして、毎日傍で指を咥えて見ていることがヘタレな俺に出来るわけもない。
 かと言って無理やり関係を持てば、理来からは一生恨まれて、とことん嫌われる…。
 どっちの未来も俺にはきつ過ぎるな…。

「市役所…辞めようかな…」

 女に振られて転職かよwwと思われるかもしれないが、事情を知っている田中課長の憐みの視線にも耐えられる自信が無い。
 その上、理来と別れたなんて知られれば、また能面女どもに言い寄られる未来…そんなの地獄でしかない…。

 理来にキスしたり、理来を抱きしめたり、ずっと傍に居られるのは俺だと思っていたのに、春原兄に取られるとは夢にも思わなかった。
 確かに春原兄はイケメンだし、いい体つきしていた…でも、俺の方が絶対に理来を愛していると断言できる…。

「だけど理来が選んだのはアイツなんだよな…」

 そこに考えが至ると堂々巡りで、俺は一人部屋で悶々とした一夜を過ごしていた。

「理来が他の男に抱かれる姿なんて想像もしたくない…」

 我ながら未練がましいが、とても祝福なんて出来そうもないし、それが俺の知る人物だとすれば許せそうもない惨めな俺。
 ストーカーになる前に理来から距離を取らないと、俺はきっと彼女を傷つけてしまうだろう。

 ウダウダと悩んでいると答えが出ないまま、月曜日がやってきた。
 …理来の顔見たいな…浮かんだ笑顔を振りきると俺は颯爽と市役所に電話を掛けた。

「風邪を引いてしまい、高熱が出ています‼今日は…いや明日も…休ませて…下さい」

 ヘタレで何が悪い⁈まだ、理来に会う勇気が溜まっていない以上は顔を併せない方法を取るのが最善だろう⁈…そう自分に言い訳して、俺は部屋に引きこもった。

「おい⁈拓海、何があったんだ‼出てきて話をしろ」と親父に言われても「ご飯ぐらいは食べないとダメよ!悩みなら話して頂戴」という母さんにも「ごめん…」とだけ伝えて俺は只々布団にもぐっていた。

「あんた、東雲理来ちゃんと何かあったんでしょう?もしかして振られたの?」

 唯一事情を知っている姉に、ダイレクトアタックをかまされるも「あのさ…本当に放っておいてくれるかな」と言った俺の声音を聞いて「マジか…まぁ…うん、元気出しなね?」と察してくれたのはありがたかった。

 数日休んで、俺の決意が固まったら市役所には辞表を出そう。
 この神社は姉に継いで貰って、俺は遠く離れた場所で理来の幸せを願いこれから一人で生きていこう…。
 …でも、辛いな…。諦められる自信が本当に無いんだよな…うちの霊験あらたかな神様が奇跡でも起こして彼女の心を俺にくれないだろうか…?
 現実逃避と言われてもいい。俺は空しく願いながら眠りに落ちていった。


 ”コンコン”扉をノックされた音で目が覚めた。あれ?いつの間にか…寝ていたか?俺。

「母さん?…夕飯ならいらないから」

 食欲ないし…と続けて話そうとすると、遠慮がちに「拓海さん…理来です。あの…お見舞いに来ました」と彼女の声がする。
 え…?幻聴か?もしかしたら会いたい妄想が行き過ぎて幻聴まで聞こえるほど俺は重症なのか?と狼狽えるも「拓海さん…」ともう一度理来の声が聞こえた。
 間違いない!理来が来てくれた!と思わず飛び起きたが、彼女は何をしにここへ来たのだろう。好きじゃないけれど、可哀そうだからその馬鹿面を見に来たなんて言われたら…俺はこの場で死ぬ。

「病気がうつるから帰ってくれる?」

 自分でも思ったより冷たい声で突き放す。

「東雲さんにはもう付きまとわないから…帰ってくれ。春原でも佐々木でも相手ならいくらでもいるだろう?」

 そう言わなければ壊れそうだった俺の心を解って欲しい。
 顔を見たら絶対、彼女に縋ってしまう。そんな惨めな男になりたくない男の矜持ってやつを。
 それなのに、彼女は帰らなかった。

「拓海さんは私のことをバカにしているんですね?」

 そう言った理来の声は明らかに怒っている。

「男なら誰でもいいし、キスされたら直ぐになびくバカ女だから、俺には相応しくない。信用も出来ないってことでしょう⁈ふざけるのもいい加減にしてよ⁈」

 …相応しくないのは俺の方だろ?だから俺の事頼ってくれないし、振られたんだろうが。

「拓海さんが馬鹿でヘタレだから、【若女】に呪われたことも聞きました。可哀そうだとは思うけれど、おかげで私は拓海さんに会えたし、キスされて嬉しかった。折角運命の人と会えたのに、そんな腐った男ならいらない‼勝手に引き籠っていればいいよ‼」

 …それって、理来は俺の事、好きになっていてくれたのか?呪いの話を聞いても気持ち悪いとか思わずに?…キスされて嬉しかったって…言ったよな?

 もしかしたら自信が無いからって俺が勝手に卑屈になっていたってことか…?

 そう思ったら無性に彼女の顔が見たくなって、俺は転がるように部屋を飛びだした。

「理来…ごめん…俺…お前を信じられなくてごめん…」

 そう言いながら理来を抱きしめると、彼女も俺を抱きしめ返してくれた。…暖かくて柔らかな彼女の躰…。

「女が男を好きになる理由はカッコいいからとか、頼りになるからとかだけじゃないんだよ」

 そう言って理来の方からキスしてくれた…俺はきっと泣いていたんだと思う。

「どんなによれよれのトレーナー姿でもあなたが好きなの。今の弱い所もちゃんと見せてくれる拓海さんだから私は好きになったんだよ…お願いだから、私から逃げないで?」

 そう言って最愛の彼女が俺を抱きしめてくれるのを我慢できる男はいない。
 しかも、俺の部屋の前…ベッドもあるし、彼女が好きだと言ってくれるならば気持ちだけではなく色々と確認したい…さっきまでへこんでいた思いは吹っ飛び、俺はどうやって彼女を抱くか…と胸がいっぱいになっていた。

「好きだから我慢したくない…今から愛を確かめさせて…」

 そう囁きながら理来にキスする。

「心配したのに、もうっ‼」

 理来は恥ずかしそうにしながらも好感触!そっと抱き上げて、部屋まであと一歩と言うところで咳払いが聞こえた。

「…あのさ、とりあえず、家族もいることだし階下へ降りてきなさい」

 階段をいつの間に上がってきていたのか、姉がニヤニヤと笑いながら俺たちを見ていた。クソッ…せっかくいいところだったのに…。

「拓海…あんた、あんまりがっつきすぎると理来ちゃんに逃げられるよ?やっと想いが叶って嬉しいのは判るけど、職場では程々にしておきなね」そう釘を刺される。

 確かに理来にとっては初めての経験…だし、やっぱりシチュエーションも大事かもな。こんなヨレヨレの恰好じゃなくってしっかり夜景の見えるレストラン&ホテルを抑えよう…。彼女の夢とかも叶えてやりたいし…。
 そう心に誓った。良かった…早まって辞表出さなくて。

 結局、理来と階下に降りて、結婚を前提としたお付き合い宣言をすることになった。

「田中課長が、君をここへ寄越したのも理来さんが拓海のつがいだと判っていたからみたいだね。未来のお嫁さん、これからも家のヘタレをよろしく」

 家族に公認なんだから早く結婚して一緒に暮らしたい…そう彼女にごねてみたが、

「新人のうちはダメです。もう少し仕事も頑張りたいし、拓海さんのためにお料理も勉強したいし…」

 なんて顔を赤くして言われたら死ぬほど幸せなんですけど⁈

「ええ~…理来がいない生活に我慢できる自信がないんだけど」

 そうぼやいてはみたものの、これからは彼女に公然と触れられると思うだけで心が弾む。
 本当に、うちの神社は霊験あらたかだった…あとで、神様にお参りしてお礼を言おう…。
 そして、理来が俺無しでは生きられない程、俺を好きになりますようにと願おう…。

 彼女の口から「私を拓海さんのお嫁さんにして下さい」と言わせるその日まで、理来に甘いお仕置きを続けようと俺は誓った。
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みんなの感想(1件)

スパークノークス

おもしろい!
お気に入りに登録しました~

2021.09.16 矢島みち

感想ありがとうございます!すごく励みになります~!
これからも頑張りますので、ぜひ引き続き応援よろしくお願いします。

解除

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