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■1.はじまりのオレンジカップケーキ
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「――可愛いな、悠太」
すると、耀介が思わずといった様子でぽつりとこぼした。
「はぇっ!?」
その声を拾った悠太は、まさか自分に向けて言われるとは思いもしていなかった言葉に咄嗟の切り返しができずに『は?』と『え?』が混ざったような声を出してしまいながら、今まで背けていた顔を思いっきり耀介のほうへ向ける。
何しろあまりに唐突だったもので、言葉通り真正面から受け取ってしまった。
「あ、いや――スイーツ男子の本気の照れ顔っていうの? それがこう、純粋に……?」
「……はあ」
「そ、それより味だよな? じゃあ、ありがたく! いただきます!」
「ああ、うん。ど、どうぞ……」
今度は耀介が悠太から顔を背ける番だ。
焦った様子で中空に視線をさ迷わせながら必死に言葉を探した耀介は、気の抜けた相槌を打った悠太を窺うようにちらりと見てから慌てて手元のカップケーキに目を落とす。一瞬、その勢いのまま手に取るかと思ったけれど、手つきはまるで壊れ物を扱うみたいに丁寧だ。でも食べるときは大胆に口を開けてあむんと頬張る。
なんだか仕草に一貫性がないような気もするけれど、それだけ耀介にとって自分でも思いがけなく口をついて出てしまった〝可愛い〟だったのだろう。
そうと思うと、耀介のほうこそ可愛いと思うのと同時に無性におかしくなって、その仕草の一部始終を呆気に取られて見ていた悠太は、いつの間にかくつくつと肩を震わせながら、今にも笑い出してしまいそうになるのを必死に堪えていた。
「ふはっ。あはははっ!」
それでもついに我慢しきれなくなり、本当に笑ってしまう。
「もー。なんで笑うんだよ。本気で照れた感じが可愛かったんだから、それを可愛いって言って何が悪いの。それ以外に言葉が出てこなかったんだから仕方ないだろー?」
「ふっ。悪い悪い。……あはっ。でもごめん、やっぱおかしい」
「ほらほら、そういうとこだよ、悠太。こういうのは言ったほうも言われたほうも変に照れたら負けなんだから、二人で堂々と可愛いって思っとけばいいんだよ」
「……ぶはっ!」
当然、耀介は面白くない様子でぶっすりするけれど、耀介がそうすればそうするだけ悠太はおかしくてたまらない。もはや訂正する気がないところもその通りで、最終的に開き直りすぎて〝二人で堂々と可愛いと思っておけばいい〟なんていう支離滅裂なことを言うのもまた、悠太にとっては盛大に噴き出してしまうほど、おかしかった。
最初の〝可愛い〟が思わずといった感じで唐突だったから、耀介も悠太も、真正面から理由になる言葉をあれこれ探したり、言葉通りに受け取ったりもしたけれど、そういえばモトと話をするときも普通に使っている言葉だし、いつも男女入り混じって楽しそうに笑っている耀介たちの周りでは、きっともっと頻繁に使われているはずだ。
おそらく、空き教室に二人でいるという普段とは違う状況に、お互いにちょっと舞い上がってしまっているだけなのだろう。ふと冷静になってみれば、何のことはない、友達同士の間で生まれるじゃれた会話の中での〝可愛い〟だったことに気づく。
――ん……?
その瞬間、悠太は胸にツキンとしたわずかな痛みを覚える。
「いや、ここからは笑わないで聞いてほしいんだけどさ」
「うん?」
「だって普通に嬉しいじゃん。決まった誰かに作ったのは初めてだったとか、食べたいって言ってもらったのも、そうだったとか。それでこんなに手の込んだカップケーキが目の前に出てきてさ。動画もそうだよ。悠太がどれだけ俺に時間を使ってくれたのかが一目でわかった。こんなのを見せられたら、俺には〝可愛い〟しか出てこないわけよ」
「……、……う」
「わはは。照れとけ照れとけ。悠太を照れさせるために言ってるから」
けれどそんな痛みなんて一瞬でかき消えるほどの言葉を次々にもらった悠太は、今度は何とも形容しがたい感情が胸の中いっぱいに広がり、返す言葉に詰まってしまう。
「……っとに耀介は。もうさっきからずっと照れてるよ」
なんとかそう言うだけで精一杯で、やっぱりまた、悠太は耀介の顔が見られない。
「だ、だいたい、耀介は不意打ちが過ぎるんだよ。ちょっとは無防備なときに食らう俺の身にもなって。一瞬で頭の中が真っ白になって、何も反応できなくなるから」
「えー? そう?」
「俺にとってはそうなの」
「うーん、でも俺は自分が思ったことを素直に言ってるだけだしなあ……」
「そういうとこだよ。もう照れさせんなっ」
ついには普通に文句になる。
耀介と一緒にいると悠太は悪い意味ではなく調子が狂う。
……それはともかく、付き合いがはじまってまだ日は浅いものの、悠太は、こういうストレートな言葉をもらうたびに、耀介は〝天然の人たらし〟なんじゃないかと思えてならない。
悠太の左手の甲にあるホクロから、悠太が動画の投稿主の【ゆーた】だと気づいたために不自然に言葉が切れてしまったのだろうけれど、途中まで言いかけていた『得意なことはちゃんと得意って言わないと、なんかもったいない』という言葉然り、素人感は否めないと言ったときの『悠太のだから、いいんだろ!』然り、耀介はごくごく自然に、こちらが思い出すたびに嬉しくなったり幸せな気持ちが込み上げてくるような言葉を口にしてくれる。
しかもそれは、裏表や利害や計算が一つもない。
だから胸にすーっと染みていくし、真っ直ぐに届くから安心する。
これを〝人たらし〟と言わないでなんと言えばいいのだろう。
もともとは人を騙すことや人を騙す人という意味だし、男たらし、女たらし、なんていう言葉からも、必ずしもポジティブな意味で使われるわけではないことは、わかっている。でも、悠太にはやっぱり耀介は〝人たらし〟という言葉がぴったり当てはまるように思う。
もちろん耀介の場合は百パーセント、ポジティブな意味だ。
そう考えると、これではクラスや学年や、校内の女子たちが放っておかないだろうと悠太は思う。だって、同性である悠太でさえ、自分を全肯定してくれるような不意打ちを食らうたびに否応なしに胸や口元がムズムズしたり、心臓を鷲掴みにされたり、照れたり気恥ずかしくなったりするというのに、本気で耀介を想っている女子がいないわけがない。
俺が知らないだけで告白されたり付き合ったり、今現在、付き合っている人がいるのかもしれない、なんて思うと、ここまでに至る過程の全部がつくづく不思議に思えてくる。
「……耀介はいいのかよ」
「へ? 何が?」
「いや、ふと耀介はモテるんだろうなって思ってさ。だったら、俺とこんなところでこんなことをしてるのって、耀介を好きな人からしたら面白くないのかも、とか、なんで男同士でって思うかもって、ちょっと思って。……なんかこう、今の俺は耀介を独り占め? してる感じじゃん? ひょっとしたら今も耀介と一緒にいたくて探してる人がいたりするのかなって思ったら、相手が俺で申し訳ないというか、なんというか」
つい卑屈な方向に思考が引っ張られて、実際に口に出してしまう。
「……悠太? どうしたんだよ、いきなり」
「なんだろうなー。俺、自分に自信がないのかな。はは」
「おい……」
でも、よくよく考えたら、耀介と自分の組み合わせは、ほかの人から見たら〝意外〟以外の言葉がないだろうと悠太は思う。耀介がクラスの中心人物だったり人気者だというのは先週の調理実習でみんな感じただろうけれど、かたや悠太は、趣味であるお菓子作りの動画も投稿していること以外は、どこにでもいる普通の男子高校生だ。
その趣味のおかげで耀介と関りができて、今、こうしているわけだけれど、それだって偶然が積み重なってできた、いわゆる棚ぼた式の関係と言えるだろう。耀介を想う人の立場から考えてみれば、ずるいと思われても仕方がないし、反論のしようもない。
悠太のほうとしても、どこにでもいる〝普通〟の自分にはもったいないというか、純粋にそんな自分が付いてもいいポジションなんだろうかと思う。
それに、男が男の作ったお菓子を食べたいと言い、作って持ってきて、わざわざ空き教室で食べたり食べさせたりするというのは、当の自分たちにはちゃんとした理由があってそうしていても、人によっては友情以上の関係を想像するかもしれない。
……だって、見え方や感じ方は、ひとりひとり違う。
考え出したら止まらなくなりそうだから、もうこのくらいにしようと思うけれど、もし万が一、耀介がそのことで傷つくようなことがあったら、悠太はたまらない。
「俺、クラスのみんなにも何か作ってこようかなあ……」
「へっ?」
「や、俺が耀介を独り占めするわけにはいかなくない? 自分に自信がないからこそ、みんなにも振る舞うことで自信になって、最終的に自己肯定感も爆上がり、的な?」
そのために自分に何ができるかを考えたとき、真っ先に思いついたのは、やはりお菓子作りだった。クラスのみんなにも作れば、その時点でもう〝耀介へ〟という決まった誰かへ向けたものではなくなってしまうけれど、代わりに万が一の可能性はぐっと低くなる。場所も、空き教室ではなく自分たちの教室にすれば、さらに低くなるのは間違いない。
作る過程を映した動画の投稿もしていることについては、話の流れや場の雰囲気もあるだろうから明言は避けてこうと思うものの、仮に明かしたとしても【yosuke】ならきっと《よかったな》とか《おめでとう》と言ってくれるだろう。
以前、もらったコメントに対して《動画の中にいるときが一番落ち着く気がする》というようなネガティブ寄りのコメントを返したこともあったため、悠太がリアルでもお菓子作りの趣味を外へ発信しはじめたことを伝えたり知ったりすれば――そのときのやり取りを【yosuke】が今でも覚えてくれていると仮定して――お互いに感じていただろう胸のつかえや引っかかりのようなものが、すっと消えるような、そんな気がする。
「ふはっ。そういうことね」
すると耀介が安心したように笑った。
「今度は一体、何を言い出すのかと思えば……。さっきは一瞬、すげー落ちたみたいだけど、すぐに自分で立て直せてる時点で悠太はもう十分ポジティブだよ」
続けてそう言い、ふわりと、まるで砂糖菓子が解けるように甘く微笑む。
「っ⁉ ――ななっ、なんて顔してんだっ!」
「え?」
「た、たぶんそれ、むやみやたらに見せていい顔じゃないっ」
大いに焦るのは悠太だ。耀介が整った顔立ちをしていることは十分にわかっていたつもりだったけれど、間近で微笑まれたときの威力や破壊力は凄まじく、今回もまた不意打ちで食らったために悠太の心臓は一瞬で大変なことになった。
……自分でもわかる、ドキドキしすぎて今にも止まるか破裂してしまいそうだ。
「んー。自分じゃよくわかんないけど、ついでに言うと、俺は悠太のお菓子は、まだまだみんなに食べてほしくはないかなー。悠太は俺を独り占めしてるのが申し訳ないって言い方をしたけどさ、独り占めなら俺もしてるじゃん。それに俺、別にモテないし。だから、悠太のお菓子の独占権は俺に持たせてよ。……まあ、無理にとは言わないけど、でも、できれば。できるだけその方向で考えてくれたら嬉しいなとは思うよね」
けれど耀介は、悠太の状況を知ってか知らずか、次々と甘い言葉を口にする。
耀介はもとから使う言葉そのものが柔らかく、表現のし方や言い方も常に優しいから、話していて心地がいいし安心する。でも、そこにさっきから連発している甘さが加わると、まるで口説かれているようだと錯覚するからタチが悪い。
おそらく耀介は、まだしばらくの間は、こんなふうに二人でお菓子を食べたいと言っているのだろうけれど、何しろ言い方や選ぶ言葉が甘すぎる。これも〝自分が思ったことを素直に言っているだけ〟なんだとしたら、とんでもない人たらしだ。
「――わっ、わかったよっ。まだクラスのみんなにお菓子は作らないから、独占権は耀介が持ってていいし、独り占めもお互い様だから気にするなってことだろっ? ……で、肝心の味はどうだったんだよ。そういえば聞いてなかったし」
とうとう甘さに耐えきれなくなった悠太は、ガタリと音をさせて椅子から立ち上がると、どさくさに紛れて味の感想を求める。こうでもして場の空気を切り替えないと照れくさくて仕方がなかったし、ただ単に悠太の身が持たない。
「もちろん美味いに決まってる!」
そう言って笑った耀介は、さっきとは違っていつもの太陽みたいなキラキラした笑顔で悠太を見上げた。悠太はその〝むやみやたらに見せていい顔じゃない〟顔よりはずいぶん見慣れているはずの普段通りの笑顔にさえドキリとして、これは一体、何なんだと激しく思う。
――そんな悠太が作ったのは、生地にオレンジマーマレードを混ぜ入れ、型に流し込んだところに輪切りのドライオレンジを乗せて焼いたオレンジカップケーキだ。トッピングに色とりどりのアラザンを振って上からチョコレートソースもかけ、めいいっぱいに太陽のキラキラをイメージした、正真正銘〝耀介へ〟向けて作ったカップケーキだった。
すると、耀介が思わずといった様子でぽつりとこぼした。
「はぇっ!?」
その声を拾った悠太は、まさか自分に向けて言われるとは思いもしていなかった言葉に咄嗟の切り返しができずに『は?』と『え?』が混ざったような声を出してしまいながら、今まで背けていた顔を思いっきり耀介のほうへ向ける。
何しろあまりに唐突だったもので、言葉通り真正面から受け取ってしまった。
「あ、いや――スイーツ男子の本気の照れ顔っていうの? それがこう、純粋に……?」
「……はあ」
「そ、それより味だよな? じゃあ、ありがたく! いただきます!」
「ああ、うん。ど、どうぞ……」
今度は耀介が悠太から顔を背ける番だ。
焦った様子で中空に視線をさ迷わせながら必死に言葉を探した耀介は、気の抜けた相槌を打った悠太を窺うようにちらりと見てから慌てて手元のカップケーキに目を落とす。一瞬、その勢いのまま手に取るかと思ったけれど、手つきはまるで壊れ物を扱うみたいに丁寧だ。でも食べるときは大胆に口を開けてあむんと頬張る。
なんだか仕草に一貫性がないような気もするけれど、それだけ耀介にとって自分でも思いがけなく口をついて出てしまった〝可愛い〟だったのだろう。
そうと思うと、耀介のほうこそ可愛いと思うのと同時に無性におかしくなって、その仕草の一部始終を呆気に取られて見ていた悠太は、いつの間にかくつくつと肩を震わせながら、今にも笑い出してしまいそうになるのを必死に堪えていた。
「ふはっ。あはははっ!」
それでもついに我慢しきれなくなり、本当に笑ってしまう。
「もー。なんで笑うんだよ。本気で照れた感じが可愛かったんだから、それを可愛いって言って何が悪いの。それ以外に言葉が出てこなかったんだから仕方ないだろー?」
「ふっ。悪い悪い。……あはっ。でもごめん、やっぱおかしい」
「ほらほら、そういうとこだよ、悠太。こういうのは言ったほうも言われたほうも変に照れたら負けなんだから、二人で堂々と可愛いって思っとけばいいんだよ」
「……ぶはっ!」
当然、耀介は面白くない様子でぶっすりするけれど、耀介がそうすればそうするだけ悠太はおかしくてたまらない。もはや訂正する気がないところもその通りで、最終的に開き直りすぎて〝二人で堂々と可愛いと思っておけばいい〟なんていう支離滅裂なことを言うのもまた、悠太にとっては盛大に噴き出してしまうほど、おかしかった。
最初の〝可愛い〟が思わずといった感じで唐突だったから、耀介も悠太も、真正面から理由になる言葉をあれこれ探したり、言葉通りに受け取ったりもしたけれど、そういえばモトと話をするときも普通に使っている言葉だし、いつも男女入り混じって楽しそうに笑っている耀介たちの周りでは、きっともっと頻繁に使われているはずだ。
おそらく、空き教室に二人でいるという普段とは違う状況に、お互いにちょっと舞い上がってしまっているだけなのだろう。ふと冷静になってみれば、何のことはない、友達同士の間で生まれるじゃれた会話の中での〝可愛い〟だったことに気づく。
――ん……?
その瞬間、悠太は胸にツキンとしたわずかな痛みを覚える。
「いや、ここからは笑わないで聞いてほしいんだけどさ」
「うん?」
「だって普通に嬉しいじゃん。決まった誰かに作ったのは初めてだったとか、食べたいって言ってもらったのも、そうだったとか。それでこんなに手の込んだカップケーキが目の前に出てきてさ。動画もそうだよ。悠太がどれだけ俺に時間を使ってくれたのかが一目でわかった。こんなのを見せられたら、俺には〝可愛い〟しか出てこないわけよ」
「……、……う」
「わはは。照れとけ照れとけ。悠太を照れさせるために言ってるから」
けれどそんな痛みなんて一瞬でかき消えるほどの言葉を次々にもらった悠太は、今度は何とも形容しがたい感情が胸の中いっぱいに広がり、返す言葉に詰まってしまう。
「……っとに耀介は。もうさっきからずっと照れてるよ」
なんとかそう言うだけで精一杯で、やっぱりまた、悠太は耀介の顔が見られない。
「だ、だいたい、耀介は不意打ちが過ぎるんだよ。ちょっとは無防備なときに食らう俺の身にもなって。一瞬で頭の中が真っ白になって、何も反応できなくなるから」
「えー? そう?」
「俺にとってはそうなの」
「うーん、でも俺は自分が思ったことを素直に言ってるだけだしなあ……」
「そういうとこだよ。もう照れさせんなっ」
ついには普通に文句になる。
耀介と一緒にいると悠太は悪い意味ではなく調子が狂う。
……それはともかく、付き合いがはじまってまだ日は浅いものの、悠太は、こういうストレートな言葉をもらうたびに、耀介は〝天然の人たらし〟なんじゃないかと思えてならない。
悠太の左手の甲にあるホクロから、悠太が動画の投稿主の【ゆーた】だと気づいたために不自然に言葉が切れてしまったのだろうけれど、途中まで言いかけていた『得意なことはちゃんと得意って言わないと、なんかもったいない』という言葉然り、素人感は否めないと言ったときの『悠太のだから、いいんだろ!』然り、耀介はごくごく自然に、こちらが思い出すたびに嬉しくなったり幸せな気持ちが込み上げてくるような言葉を口にしてくれる。
しかもそれは、裏表や利害や計算が一つもない。
だから胸にすーっと染みていくし、真っ直ぐに届くから安心する。
これを〝人たらし〟と言わないでなんと言えばいいのだろう。
もともとは人を騙すことや人を騙す人という意味だし、男たらし、女たらし、なんていう言葉からも、必ずしもポジティブな意味で使われるわけではないことは、わかっている。でも、悠太にはやっぱり耀介は〝人たらし〟という言葉がぴったり当てはまるように思う。
もちろん耀介の場合は百パーセント、ポジティブな意味だ。
そう考えると、これではクラスや学年や、校内の女子たちが放っておかないだろうと悠太は思う。だって、同性である悠太でさえ、自分を全肯定してくれるような不意打ちを食らうたびに否応なしに胸や口元がムズムズしたり、心臓を鷲掴みにされたり、照れたり気恥ずかしくなったりするというのに、本気で耀介を想っている女子がいないわけがない。
俺が知らないだけで告白されたり付き合ったり、今現在、付き合っている人がいるのかもしれない、なんて思うと、ここまでに至る過程の全部がつくづく不思議に思えてくる。
「……耀介はいいのかよ」
「へ? 何が?」
「いや、ふと耀介はモテるんだろうなって思ってさ。だったら、俺とこんなところでこんなことをしてるのって、耀介を好きな人からしたら面白くないのかも、とか、なんで男同士でって思うかもって、ちょっと思って。……なんかこう、今の俺は耀介を独り占め? してる感じじゃん? ひょっとしたら今も耀介と一緒にいたくて探してる人がいたりするのかなって思ったら、相手が俺で申し訳ないというか、なんというか」
つい卑屈な方向に思考が引っ張られて、実際に口に出してしまう。
「……悠太? どうしたんだよ、いきなり」
「なんだろうなー。俺、自分に自信がないのかな。はは」
「おい……」
でも、よくよく考えたら、耀介と自分の組み合わせは、ほかの人から見たら〝意外〟以外の言葉がないだろうと悠太は思う。耀介がクラスの中心人物だったり人気者だというのは先週の調理実習でみんな感じただろうけれど、かたや悠太は、趣味であるお菓子作りの動画も投稿していること以外は、どこにでもいる普通の男子高校生だ。
その趣味のおかげで耀介と関りができて、今、こうしているわけだけれど、それだって偶然が積み重なってできた、いわゆる棚ぼた式の関係と言えるだろう。耀介を想う人の立場から考えてみれば、ずるいと思われても仕方がないし、反論のしようもない。
悠太のほうとしても、どこにでもいる〝普通〟の自分にはもったいないというか、純粋にそんな自分が付いてもいいポジションなんだろうかと思う。
それに、男が男の作ったお菓子を食べたいと言い、作って持ってきて、わざわざ空き教室で食べたり食べさせたりするというのは、当の自分たちにはちゃんとした理由があってそうしていても、人によっては友情以上の関係を想像するかもしれない。
……だって、見え方や感じ方は、ひとりひとり違う。
考え出したら止まらなくなりそうだから、もうこのくらいにしようと思うけれど、もし万が一、耀介がそのことで傷つくようなことがあったら、悠太はたまらない。
「俺、クラスのみんなにも何か作ってこようかなあ……」
「へっ?」
「や、俺が耀介を独り占めするわけにはいかなくない? 自分に自信がないからこそ、みんなにも振る舞うことで自信になって、最終的に自己肯定感も爆上がり、的な?」
そのために自分に何ができるかを考えたとき、真っ先に思いついたのは、やはりお菓子作りだった。クラスのみんなにも作れば、その時点でもう〝耀介へ〟という決まった誰かへ向けたものではなくなってしまうけれど、代わりに万が一の可能性はぐっと低くなる。場所も、空き教室ではなく自分たちの教室にすれば、さらに低くなるのは間違いない。
作る過程を映した動画の投稿もしていることについては、話の流れや場の雰囲気もあるだろうから明言は避けてこうと思うものの、仮に明かしたとしても【yosuke】ならきっと《よかったな》とか《おめでとう》と言ってくれるだろう。
以前、もらったコメントに対して《動画の中にいるときが一番落ち着く気がする》というようなネガティブ寄りのコメントを返したこともあったため、悠太がリアルでもお菓子作りの趣味を外へ発信しはじめたことを伝えたり知ったりすれば――そのときのやり取りを【yosuke】が今でも覚えてくれていると仮定して――お互いに感じていただろう胸のつかえや引っかかりのようなものが、すっと消えるような、そんな気がする。
「ふはっ。そういうことね」
すると耀介が安心したように笑った。
「今度は一体、何を言い出すのかと思えば……。さっきは一瞬、すげー落ちたみたいだけど、すぐに自分で立て直せてる時点で悠太はもう十分ポジティブだよ」
続けてそう言い、ふわりと、まるで砂糖菓子が解けるように甘く微笑む。
「っ⁉ ――ななっ、なんて顔してんだっ!」
「え?」
「た、たぶんそれ、むやみやたらに見せていい顔じゃないっ」
大いに焦るのは悠太だ。耀介が整った顔立ちをしていることは十分にわかっていたつもりだったけれど、間近で微笑まれたときの威力や破壊力は凄まじく、今回もまた不意打ちで食らったために悠太の心臓は一瞬で大変なことになった。
……自分でもわかる、ドキドキしすぎて今にも止まるか破裂してしまいそうだ。
「んー。自分じゃよくわかんないけど、ついでに言うと、俺は悠太のお菓子は、まだまだみんなに食べてほしくはないかなー。悠太は俺を独り占めしてるのが申し訳ないって言い方をしたけどさ、独り占めなら俺もしてるじゃん。それに俺、別にモテないし。だから、悠太のお菓子の独占権は俺に持たせてよ。……まあ、無理にとは言わないけど、でも、できれば。できるだけその方向で考えてくれたら嬉しいなとは思うよね」
けれど耀介は、悠太の状況を知ってか知らずか、次々と甘い言葉を口にする。
耀介はもとから使う言葉そのものが柔らかく、表現のし方や言い方も常に優しいから、話していて心地がいいし安心する。でも、そこにさっきから連発している甘さが加わると、まるで口説かれているようだと錯覚するからタチが悪い。
おそらく耀介は、まだしばらくの間は、こんなふうに二人でお菓子を食べたいと言っているのだろうけれど、何しろ言い方や選ぶ言葉が甘すぎる。これも〝自分が思ったことを素直に言っているだけ〟なんだとしたら、とんでもない人たらしだ。
「――わっ、わかったよっ。まだクラスのみんなにお菓子は作らないから、独占権は耀介が持ってていいし、独り占めもお互い様だから気にするなってことだろっ? ……で、肝心の味はどうだったんだよ。そういえば聞いてなかったし」
とうとう甘さに耐えきれなくなった悠太は、ガタリと音をさせて椅子から立ち上がると、どさくさに紛れて味の感想を求める。こうでもして場の空気を切り替えないと照れくさくて仕方がなかったし、ただ単に悠太の身が持たない。
「もちろん美味いに決まってる!」
そう言って笑った耀介は、さっきとは違っていつもの太陽みたいなキラキラした笑顔で悠太を見上げた。悠太はその〝むやみやたらに見せていい顔じゃない〟顔よりはずいぶん見慣れているはずの普段通りの笑顔にさえドキリとして、これは一体、何なんだと激しく思う。
――そんな悠太が作ったのは、生地にオレンジマーマレードを混ぜ入れ、型に流し込んだところに輪切りのドライオレンジを乗せて焼いたオレンジカップケーキだ。トッピングに色とりどりのアラザンを振って上からチョコレートソースもかけ、めいいっぱいに太陽のキラキラをイメージした、正真正銘〝耀介へ〟向けて作ったカップケーキだった。
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