いただきます、ごちそうさま。それと、君をおかわり。

白野よつは(白詰よつは)

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■2.気づきはじめるメレンゲクッキー

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「じゃあ、次の試食会は来週の火曜だな。土曜が体育祭だから月曜は代休だし」
 それから大型連休を挟んで三回ほど、月曜日は昼休みになると耀介と連れ立って空き教室へ向かい、手作りお菓子の試食会を行った悠太は、今日も耀介仕様で作ってきたドライフルーツ入りのスコーンが綺麗に完食されたのを見届けると、そう言いながら耀介の前に置いてある空のタッパーを片付けるため、つつ、とこちらに引き寄せた。
「火曜日かあー。もうすでに待ち遠しいわ。って、それより今日も、めちゃくちゃ美味いスコーンをありがとな。これで放課後からはじまる練習も頑張れるってもんよ」
 もうすでに待ち遠しい、なんて嬉しいことを言ってくれる耀介は、ごちそうさまでしたと顔の前で両手を合わせて丁寧に頭を下げると、ふと窓のほうへ顔を向け、そのまま五月下旬の爽やかに晴れた青空に目を細めて、少しだけ眩しそうにする。
 耀介が言った通り、今日の放課後から、土曜日の体育祭へ向けて練習がはじまる。天気予報を見ると今週は週末までずっと晴れの予報だから、存分に練習できるだろう。
 ちなみに悠太は、二人三脚と借り物競争にエントリーしている。
 その二人三脚はモトと一緒に出ることになっているからいいとして、どんなお題を引くか全く予想できない借り物競争には、できるだけ出ない方向で調整したかったのが本音だ。
 けれど綱引きや玉入れといった、みんなでワイワイやる種目は立候補する人が多くて抽選で外れてしまったし、ダンスはできそうにない。必然的に〝お楽しみ種目〟的な借り物競争くらいしか出られそうなものがなく、順位が得点に反映されるわけではないというプレッシャーの低さも手伝って、借り物競争にエントリーすることにした。
「いやいや、たった今、食べ終わったばっかだろ。うん、でも、お粗末さまでした。そういや耀介はクラス対抗リレーの選手でしょ。一位を獲ったら担任がみんなにジュース買ってくれるって言ってたし、耀介、俺の言いたいことわかるよね?」
「えー……。悠太もそんなこと言っちゃう? 絢斗たちにも散々、言われたっていうのに、本番でコケたりしたら俺、もうクラスのみんなに顔向けできないじゃん……」
「わはは。嘘だよ。絢斗も順位なんて関係ないと思ってるから言えるんだって」
「まあねー。精一杯、走りますよ」
「うん。それでいいと思う」
 そんな耀介は、一番の花形種目であるクラス対抗リレーと、障害物競走に出ることになっている。リレーは男女混合の選抜形式なので、足が速い耀介は強制的に召集され、ほかに運動が得意な人たちと補欠で数人が選ばれた。男女四人ずつ、計八人でバトンを繋いで一位を目指すリレーは応援していて盛り上がるし、胸がすくような思いになる。
 走順も自由に決めていいということなので、前半逃げ切りタイプや後半追い上げタイプ、コンスタントに順位を維持して虎視眈々と一位を狙うタイプなど、ほかのクラスはどんな戦略を練ってくるか予測し合ったり探り合ったりする、水面下での駆け引きも面白い。
 それに、どんな順位でゴールしたとしても、クラスを代表して全力で走ってくれたメンバーをとやかく言う人なんているわけがない。絢斗も悠太も、本気でジュースが欲しいと思っているわけではないからこそ耀介をからかえるし、耀介も上手い具合にからかわれてくれる。
 障害物競走は、借り物競争と同じ〝お楽しみ種目〟的な位置付けのため、リレーなどクラスを代表する種目にエントリーした人は、事前に練習する必要のない種目だったり、比較的、軽めの種目を選ぶことが多く、クラスのみんなもそれを推奨している。
 耀介もその通りだ。
 綱引きや玉入れはもう人数がいっぱいになっていたので、網をくぐり抜けたり平均台を渡ったり、途中で仮装したりしてゴールを目指す障害物競走を選んでいた。
「――あ! じゃあさ、悠太!」
「ん?」
 すると今まで窓の外に目を向けて話していた耀介が唐突にこちらを向いた。その声の調子といい、楽しそうな表情といい、きっと何かワクワクすることを思いついたに違いない。
「リレーでめっちゃ頑張るからさ、ご褒美に次のお菓子のリクエスト、いい?」
「……リクエスト?」
「そ。メレンゲクッキーなんだけど、いろんなところで見かけてて、前々から食べてみたいと思ってたんだよ。でも、見た目がやたら可愛らしいだろ? 色も淡いピンクだったり水色だったりするから、ちょっと手に取りにくくてさ。悠太がご褒美に作ってくれるなら、めちゃくちゃ嬉しいなーって思ったんだけど、どうでしょう?」
 聞けば、目をキラキラ輝かせた耀介から熱烈なリクエストをもらう。
「ほ、ほかにはないのかよ?」
「もっといいの!?」
「リレーでめっちゃ頑張ってくれるんだろ? 一つじゃ物足りなくない?」
「マジですか!」
「……うん、まあ。ご、ご褒美だし」
「わー! んじゃあ、ちょっと待って。慎重に考えさせて。だって悠太に作ってもらいたいお菓子ならいっぱいあるんだよー。どれからリクエストしよう? 迷うわー!」
「ふはっ。そんなに?」
 ご褒美とか、悠太が作ってくれるならとか、作ってもらいたいとか、相変わらず、いつどこで口説かれているみたいに錯覚してしまう甘さ増し増しの言葉が出てくるスイッチが入るか予測不能な耀介に振り回されているなと感じながら、けれど悠太も自分から進んでリクエストの追加を申し出てしまうあたり、まんざらでもないのは確かだ。
 というか、白状すると、ものすごく嬉しい。
 だってそうだろう。
 ちょっと自分に都合のいいように解釈しすぎかもしれないけれど、悠太にお菓子を作ってもらいたいからリレーを頑張る、とか、リレーを頑張る原動力が悠太のお菓子だ、みたいな言い方をされてしまったら、追加もしたくなるというものだ。
 クラスのために走ってくれるのだから、悠太だってそれくらい、したい。
 耀介のあの、まるで砂糖菓子が解けるような甘い笑顔もそうだったけれど、そのあとの普段通りの笑顔にさえドキリとして、これは一体、何なんだと激しく思った記憶は新しい。
 あれからふと気づけばそのことを考えている時間が増えていて、特に耀介へ向けてお菓子を作っているときは、兆候が顕著っだったりする。とはいえ悠太には、その正体はわからないし謎のままだ。むしろ謎のままにしておいたほうがいいような気さえする。
 ――まさかこれが俗に言う〝アレ〟じゃあるまいし。
 最終的にはそこに着地点を見つけて、悠太は自分を納得させている。
 第一、耀介は〝自分が思ったことを素直に言っているだけ〟で、思わずこちらが勘違いしてしまいそうになるほどの甘い言葉を連発する、とんでもない人たらしだ。
 悠太のお菓子を食べたいと熱烈に言ってくれるのだって、耀介が【ゆーた】の動画を知っていて、かつ、それを食べてみたいと思ってくれていたからだろう。左手の甲のホクロから同一人物だと気づかれるとは思いもよらなかったけれど、動画では手元だけを映しているから、自然と覚えてしまったのだろうと思うと、それも頷ける。
「やっぱ耀介、モテるでしょ」
 ふと、実はめちゃくちゃ甘党なのも周りからしたら推しポイントになるんだろうな、なんて思った悠太は、また、目の前の耀介にそれとなく言ってみる。
 クッキー、マドレーヌ、バウムクーヘンなど、幸せそうな顔でお菓子の名前を呟くところも可愛らしくて推せるのは間違いないものの、要は、食べたいけれどメレンゲクッキーなんて可愛らしいものは恥ずかしくて自分じゃ買えないから作ってほしいという、思わずキュンとしてしまうような理由でリクエストしているところも、紛れもない推しポイントだ。
「んもう、またそれー? 言ったでしょ、別にモテないって」
 するとこちらを向いた耀介が困ったように、呆れたように笑った。
 ……ほら、その仕草や言い方も可愛くて推せる。
「でも、モテないわけないと思うんだよなー。自覚がないだけじゃないの?」
「なんだよ、悠太は俺にそんなにモテてほしいの?」
「や、そういうわけじゃないけど」
「んー。どんなにモテても、俺は好きな人からモテなかったら切ないかな。だから俺は、その一人からがいいよ。もちろん好きになってくれる人がいたら嬉しいけど、でも、誰だって本音は〝その一人からがいい〟んじゃないかなと思うんだよね。で、もしお互いに〝その一人〟になれたら、それってめちゃくちゃ幸せなことだよね」
「……そっか。だよな、ごめん。変なこと言った」
「んーん、全然」
「――それよりリクエストは? 決まった?」
 これ以上、無理に食い下がったり話を広げようとしたりしたら、さすがに穏やかな耀介も気を悪くするだろうと直感的に感じた悠太は、一言謝ると軌道修正する。
 クラスの人気者イコール、たくさんモテる、そのことにステータスや価値があると考えていたけれど、耀介にそういう考え方はしていないと言われて、悠太は少し恥ずかしい。
 もちろん中には、モテることそのものや人数に価値を感じる人もいるだろう。でも耀介は、どんなにモテても〝好きな一人からがいい〟と、はっきり言った。そう言い切れる耀介がなんだか大人に感じて、悠太は逆に自分の幼さを示されたような気分だ。
 ――ん……?
 するとまた、この前みたいに胸にツキンしたわずかな痛みを感じて、悠太はつと、自分の胸の辺りに目をやる。この間から一体、何なんだろう。自分の考えの幼さが原因だとするなら、もっと鈍い感じで痛いと思うのだけれど、そういうわけでもない。
「それなんだけど、やっぱ一つでいいかなって」
「え、なんで?」
 おかしいなと思っていると耀介の声で現実に引き戻され、悠太は間髪入れずに尋ねる。
 もしかしたら、内心ではやっぱり気分が悪くなっていたのかもしれない。さっきまであんなに楽しそうにお菓子の名前を挙げていたのだから、食べたいものがないわけがないのに、なんてタイミングで話を吹っかけてしまったんだろうと、悠太はズキズキと胸が痛む。
「だって、一回に二つもなんて、もったいないよ。俺はできるだけ長く、悠太とこうして月曜日の昼休みの試食会を続けたいって思ってるんだけど、悠太はそうじゃない?」
「へっ? 気を悪くしたとかじゃなくて?」
「? さっきの会話のどこに?」
 けれど耀介は思わず胸がムズムズしてしまうようなことを言い、ついでに悠太の懸念も綺麗に一掃した。あまりにキョトンとした顔で聞き返されたので疑う余地すらなく、何拍か遅れて〝俺はできるだけ長く〟とか〝悠太はそうじゃない?〟という、また発動しはじめた耀介の甘さ増し増しの言葉がじわじわ効いてくる。
「……そ、そういうことなら、メレンゲクッキーだけ、作ってくるから」
「うん。悠太が嫌じゃなかったら、そうしてほしい」
「わかった。てか、嫌とか思ったことないし」
「ほんと?」
「……、……ほんと。こんなのに嘘ついてどうすんだよ」
 なんとかそう返事をするので精一杯で、甘さ増し増し状態の耀介が今、どんな顔でこちらを見ているかなんて確認する余裕もない。というか、もし万が一、この前みたいに〝むやみやたらに見せていい顔じゃない〟顔だったりしたら、困る。
 ……これも耀介はただ〝自分が思ったことを素直に言っているだけ〟なんだろうけれど、それを〝気のせい〟に着地させるのに時間がかかってしまいそうで、困る。

 けれど、昼休みが終わって教室に戻ってからも、体育祭の練習がはじまってからも、結局、また覚えたツキンとした胸の痛みが何だったのかは、悠太にはわからなかった。
 ただ、メレンゲクッキーは上手に作ろうと、そう強く思ったことだけは確かだった。

 *
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