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■8.大丈夫、きっと全部上手くいきます ◆箱石ひらり
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ひらりの涙が落ち着くのを待って病院をあとにすると、外はまだ明るかった。「もうちょっと落ち着いてから帰ったら?」と言う景吾の言葉に甘えて目についたファーストフード店に入ると、景吾はひらりを席に座らせ、数分後、注文を終えて戻ってきた。
彼の手にあるトレイの上には、ふたりぶんのSサイズコーラと、これもSサイズのポテトがひとつ。どうやらポテトはシェアしようということらしい。注文するのはいいが、お互いに夕飯前である。店内も時間帯が時間帯なので空いており、店員も心なしか暇そうだ。
「あ、お金……」
「いいよ、奢る。それより、早く食わないとポテト冷めるぞ。ほら、食え」
「……う、うん。ありがとう」
ポテトの紙容器を目の前に差し出されてしまい、気が引けながらも一本かじる。こういうとき、どうすればいいのか、ひらりにはわからないので萎縮してしまうのだ。
高校生で奢られ慣れているのもどうかと思うが、少しくらい経験があれば、こんなふうにモジモジしなくて済むのだろうか。そんなことを考えつつ、妙な緊張感を抱えながら一本目のポテトを食べ終える。景吾はその間、別段変わった様子もなく、むしゃむしゃとポテトを食べたりコーラを飲んだりしていたが、当然、ひらりはひとつも食べた気がしない。
……なんかこれ、デートっぽくない? そう思いはじめたら景吾の顔がちらりとも見られなくなってしまったのだ。泣いたり赤くなったり、今日のひらりはなかなか忙しい。
「どう? 落ち着いた?」
ひらりが手持ちぶさたでコーラに手を伸ばしたタイミングで、景吾が尋ねる。ひらりは相変わらず顔を上げられないまま「……うん、だいぶ」とだけ答えてストローを咥える。
なんだかもう、早く食べて早く飲んで早くバイバイしたい気分になってきた。景吾とふたりきりになることは前にもあったし、それなりに慣れているつもりではいるけれど、佑次へ向けたなずなの気持ちに刺激されてか、ここ数日、自分のそういう部分も妙に気になりだしてきたのだ。そんなときに景吾に奢られてしまうなんて、たとえ景吾は意識していなかったとしても、ひらりのほうは変に勘ぐってしまうし意識だってしてしまう。
とにかく変な気分だとしか言いようがなかった。ごくごくと喉を鳴らしてSサイズコーラを一気に胃の中へ流し込みながら、違う意味で落ち着かない。
「でもさ、先生も言ってたけど、箱石もずいぶん変わったよね」
すると、なにが〝でも〟なのか、そう言った景吾がようやく暮れかけてきた窓の外に目をやった。口元にはまだ半分以上残っているコーラのカップがあり、それを物憂げな仕草で揺らしているのがなかなか様になっていて、不覚にも少しだけ胸の奥が跳ねてしまった。
「え?」
思わず景吾を見てしまうと、ひらりの視線を浴びながら景吾は姿勢をそのままに言う。
「いや、浅石と関わるようになってから、怒ったり呆れたり笑ったり泣いたり、箱石も忙しいなと思ってさ。前はそんなことなかったじゃん。実は俺も内申点狙いで生徒会に入ったようなものだったんだけど、そうやって目の前の仕事を淡々とやっていくより、今のほうがずっと楽しい。それに明日は、そんな浅石ととんでもないことをやろうとしてる。ふっ。なんか笑っちゃうのはなんでなんだろなー。俺もついにバカになったか」
自嘲気味に笑う景吾に、ひらりもそこで、ようやく緊張の糸が緩む。
「確かにね。浅石君と関わるようになってから、ずっと浅石君のことばっかり考えてるような気がする。生徒総会の議題に取り上げるまでも、それからも、明日のことだってそうだよね。よくよく考えたら、二ヵ月くらい頭ん中は浅石君のことだらけかも」
「あいつも罪な男だねぇ。てか、そう言われると微妙にムカつくんだけど」
「え。なんで?」
「こっちは奢ってんのに違う男のことばっか。なに、そんなに好きなの?」
「……は? え、す……?」
言われている意味がわからず首をかしげると、急にこちらを向いた景吾とばっちり目が合った。とっさには逸らすこともできずに言葉を途切れさせてしまうと、景吾は薄く笑って再び窓の外へ目を向ける。そんなに好きなの? って、そういう意味で言っていないことは会話の流れでわかっているはずなのに、なんで急に……やきもち、みたいな。
ひらりはわけがわからない。妙な緊張感がなくなって、やっと普通に会話ができるようになったかと思ったら、また逆戻りである。自分のコーラはもう残り少ないので、早く景吾が飲み終わってくれないだろうかと、彼のカップの中で弾ける液体がやけに恨めしい。
そのまま会話は途切れ、気まずいような、妙に胸がムズムズするような時間が流れた。ポテトはほとんど景吾が食べ、ほどなくして景吾もコーラを飲み干す。
それでも、店を出る頃には、景吾はもういつもどおりだった。
「じゃあな。明日、直前になって怖気づくなよ」
「そっちこそ。遅刻したりしないでよ」
お互いに少々の嫌味を言い合うと、それぞれに自転車に乗って家路につく。
それにしても、店の中での景吾はいったいなんだったんだろう? 自転車を漕ぎながら、ひらりの頭にはそんな疑問が広がっていく。少しデリカシーに欠ける言い方だったかなとは思うけれど、ムカつくと言われるほどには、欠けていなかったようにも思うのだけど。
「……変なの」
一か八かの大博打を前にして、ひらりの胸は少しだけ騒がしかった。
ひらりの涙が落ち着くのを待って病院をあとにすると、外はまだ明るかった。「もうちょっと落ち着いてから帰ったら?」と言う景吾の言葉に甘えて目についたファーストフード店に入ると、景吾はひらりを席に座らせ、数分後、注文を終えて戻ってきた。
彼の手にあるトレイの上には、ふたりぶんのSサイズコーラと、これもSサイズのポテトがひとつ。どうやらポテトはシェアしようということらしい。注文するのはいいが、お互いに夕飯前である。店内も時間帯が時間帯なので空いており、店員も心なしか暇そうだ。
「あ、お金……」
「いいよ、奢る。それより、早く食わないとポテト冷めるぞ。ほら、食え」
「……う、うん。ありがとう」
ポテトの紙容器を目の前に差し出されてしまい、気が引けながらも一本かじる。こういうとき、どうすればいいのか、ひらりにはわからないので萎縮してしまうのだ。
高校生で奢られ慣れているのもどうかと思うが、少しくらい経験があれば、こんなふうにモジモジしなくて済むのだろうか。そんなことを考えつつ、妙な緊張感を抱えながら一本目のポテトを食べ終える。景吾はその間、別段変わった様子もなく、むしゃむしゃとポテトを食べたりコーラを飲んだりしていたが、当然、ひらりはひとつも食べた気がしない。
……なんかこれ、デートっぽくない? そう思いはじめたら景吾の顔がちらりとも見られなくなってしまったのだ。泣いたり赤くなったり、今日のひらりはなかなか忙しい。
「どう? 落ち着いた?」
ひらりが手持ちぶさたでコーラに手を伸ばしたタイミングで、景吾が尋ねる。ひらりは相変わらず顔を上げられないまま「……うん、だいぶ」とだけ答えてストローを咥える。
なんだかもう、早く食べて早く飲んで早くバイバイしたい気分になってきた。景吾とふたりきりになることは前にもあったし、それなりに慣れているつもりではいるけれど、佑次へ向けたなずなの気持ちに刺激されてか、ここ数日、自分のそういう部分も妙に気になりだしてきたのだ。そんなときに景吾に奢られてしまうなんて、たとえ景吾は意識していなかったとしても、ひらりのほうは変に勘ぐってしまうし意識だってしてしまう。
とにかく変な気分だとしか言いようがなかった。ごくごくと喉を鳴らしてSサイズコーラを一気に胃の中へ流し込みながら、違う意味で落ち着かない。
「でもさ、先生も言ってたけど、箱石もずいぶん変わったよね」
すると、なにが〝でも〟なのか、そう言った景吾がようやく暮れかけてきた窓の外に目をやった。口元にはまだ半分以上残っているコーラのカップがあり、それを物憂げな仕草で揺らしているのがなかなか様になっていて、不覚にも少しだけ胸の奥が跳ねてしまった。
「え?」
思わず景吾を見てしまうと、ひらりの視線を浴びながら景吾は姿勢をそのままに言う。
「いや、浅石と関わるようになってから、怒ったり呆れたり笑ったり泣いたり、箱石も忙しいなと思ってさ。前はそんなことなかったじゃん。実は俺も内申点狙いで生徒会に入ったようなものだったんだけど、そうやって目の前の仕事を淡々とやっていくより、今のほうがずっと楽しい。それに明日は、そんな浅石ととんでもないことをやろうとしてる。ふっ。なんか笑っちゃうのはなんでなんだろなー。俺もついにバカになったか」
自嘲気味に笑う景吾に、ひらりもそこで、ようやく緊張の糸が緩む。
「確かにね。浅石君と関わるようになってから、ずっと浅石君のことばっかり考えてるような気がする。生徒総会の議題に取り上げるまでも、それからも、明日のことだってそうだよね。よくよく考えたら、二ヵ月くらい頭ん中は浅石君のことだらけかも」
「あいつも罪な男だねぇ。てか、そう言われると微妙にムカつくんだけど」
「え。なんで?」
「こっちは奢ってんのに違う男のことばっか。なに、そんなに好きなの?」
「……は? え、す……?」
言われている意味がわからず首をかしげると、急にこちらを向いた景吾とばっちり目が合った。とっさには逸らすこともできずに言葉を途切れさせてしまうと、景吾は薄く笑って再び窓の外へ目を向ける。そんなに好きなの? って、そういう意味で言っていないことは会話の流れでわかっているはずなのに、なんで急に……やきもち、みたいな。
ひらりはわけがわからない。妙な緊張感がなくなって、やっと普通に会話ができるようになったかと思ったら、また逆戻りである。自分のコーラはもう残り少ないので、早く景吾が飲み終わってくれないだろうかと、彼のカップの中で弾ける液体がやけに恨めしい。
そのまま会話は途切れ、気まずいような、妙に胸がムズムズするような時間が流れた。ポテトはほとんど景吾が食べ、ほどなくして景吾もコーラを飲み干す。
それでも、店を出る頃には、景吾はもういつもどおりだった。
「じゃあな。明日、直前になって怖気づくなよ」
「そっちこそ。遅刻したりしないでよ」
お互いに少々の嫌味を言い合うと、それぞれに自転車に乗って家路につく。
それにしても、店の中での景吾はいったいなんだったんだろう? 自転車を漕ぎながら、ひらりの頭にはそんな疑問が広がっていく。少しデリカシーに欠ける言い方だったかなとは思うけれど、ムカつくと言われるほどには、欠けていなかったようにも思うのだけど。
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