ピアノの家のふたりの姉妹

九重智

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第三章

第四十話

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 秋子が追いついたとき、雪子たちは講堂のベンチにいた。飯島が雪子の豊かな胸に顔をうずめて、泣き止んだあとの子供のようになっている。雪子はその子供の頭を慈愛の目で受け止め、頭を撫でた。飯島の細い、すぐにでも折ってしまいたくなる身体を、雪子の撫でてない腕が包んでいる。

 ふしぎと、並木道には人がいなかった。あれほど盛んに人の行き来する石畳の道が、雑踏の気配ひとつもない。ただ銀杏の葉が音もたてずにおちて、縁沿いを黄色く満たしている。寂しげな色の通りを、この恋人たちだけが占有していた。

 秋子は近づいた。しかしなぜだかひっそりと寄っていた。さながら自分がそこにいてはいけない存在と自認するように。

恋人たちは気づかなかった。それだから、こんな会話が聞こえた。

「ごめんね、冬ちゃん」

「……」

「気にしちゃだめよ。あんなの」

「……」

「あの人は何も知らないの。そしてまだ中学生なの。ねえ、中学生がいちばん厄介よねえ。プライドばかり高くて、手段を選ばないんだから」

「……それなら僕も」

「……そんなこといわないで頂戴。あなたは違うわ。あの人とちっとも似ていない」

「……」

「哀しいのね。すこし休んだら家にもどりましょうね。疲れたわね。……そうだ、ピアノを弾いてあげる。電子ピアノ、おどろかせようと思って買ってたの。気づいてた? ……だからね、私があなたのためにピアノを弾いてあげる。そしてまた哀しくなったりしたらこの胸で泣かせてあげる。そして泣き止んだら、額にキスしてあげる。ほら、もう行きましょう……」

 秋子は自分がどういう顔をしているのかわからなかった。景色が遠のき、そのぶんだけ身体の器官もいくつか失っている気がした。ふたりは立ち上げり、長いキスをした。秋子は声をあげたくなったが、もうとっくに喉は役割を果たせなくなっていた。ふたりは去った。あのポプラのような腕に、飯島が身体をすり寄せて。

 ピアノの音色が聴こえた。何の曲だろう? 秋子はわからなかった。音は彼女にちっとも寄り添わなかった。
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