異世界モヒカン転生

みなかみしょう

文字の大きさ
17 / 33

17.木陰の休息亭

しおりを挟む
 ヴルミナはかなり大きな街だった。
 石畳に石造りの建物、馬車が通ると少し狭く感じる道。ヨーロッパの小洒落た街という感じだ。
 何より俺が感動したのは想像以上に清潔だったことだ。正直、かなりの状況を覚悟してたのだが、シーニャの話によると、下水の処理などに魔法を使うようになっているおかげらしい。
 
 また、通りを歩くと店には新鮮な食材、色んな文化を感じさせる品が並んでいる。
 この世界、暮らす人たちの見た目は中世風だが、衛生環境をはじめとした生活水準は現代に近いものがある。
 つまり、何が言いたいかというと、俺は十分、人間の街に滞在できそうってことだ。これならカルチャーショックで寝込んだりしない。
 たまに通行人が俺を見てぎょっとすることはあるが、特にトラブルもなく俺と姉妹は街を行く。むしろ、美人姉妹の方が人々の注目を集めているくらいだった。

「こちらが私達の滞在先になります」

 姉妹が案内してくれたのは三階建ての宿だった。「木陰の休息亭」という看板がついていて、白と赤に色が塗られ、一階と二階のベランダで花がいっぱい咲いている、雰囲気の良い建物だ。

「良さそうなところじゃねぇか」
「ちょっと強面の親父さんと美人の奥様。それに可愛らしい娘さんの三人で経営しているのですわ」
「部屋は清潔で、一階では美味しい料理をいただけます。良い宿ですよ」
「……ところで宿代はあるんだよな?」
「その点はご心配なく。三人で一月は滞在できますわ」

 そう言うシーニャを先頭に扉をくぐる。
 入るなり目に入ったのは無人のフロントだった。テーブルの上に小さな板が置かれ「この時間は酒場にいます」と書かれていた。

「もう夕食時ですからね」
「ちょうどいい。食事もとってしまいましょう」
「そいつは楽しみだ」

 思えば、この世界における人間の食事も初めてだ。ここに来るまで携帯食料とか、狩りで入手した兎とか鹿の肉だった。

 受付の向こうは、広めの酒場になっていた。というか、一階部分の大半がそうだ。
 室内は魔法の道具による不思議な灯りで照らされており、肉の焼ける良い匂いなんかが漂ってきている。
 まだ客はいない。本格的に忙しい時間帯はこれからのようだった。

「あ、いましたわ。親父さん。お久しぶりです、シーニャ・ライクレイです」

 シーニャが厨房の方に声を掛けると、エプロン姿の太った中年のおっさんが現れた。顔には傷が走り、髭を生やした、恐い感じの人だ。

「……おう! なんだ! シーニャとセインじゃねぇか! また来たのか! 元気か? って、おいおい、なんだそのデカいのは? お前らの結婚相手ってことはねぇよな?」

 見た目とは裏腹にフレンドリーな態度で矢継ぎ早に質問する親父さんだった。
 セインが「相変わらずですね」と笑みを浮かべながら、落ちついた口調で語る。

「こちらはモヒー・カーン殿。ここまでの道中で助けて頂きました。非常に頼りになる方で、共に旅をしています」
「ほう。お前達が認めたなら、そうなんだろうな。宜しく頼むぜ、気楽に親父さんと呼んでくれ」

 そう言って、親父さんは意外と人懐っこい笑顔を浮かべた。意外と付き合い安そうな人で助かった。

「部屋は空いてますの? しばらく滞在したのですけど」
「おう。ちょっと待ってな」

 親父さんは酒場から出ていくと、受付に行って戻ってきた。

「ほらよ。鍵だ。もう飯時だから荷物を置いたら降りてきな」

 俺達三人に部屋の鍵を渡すと、親父さんは厨房に消えた。厨房の中からは「シーニャさんとセインさんが来たの! ほんと!」という若い子の声が聞こえる。多分、娘さんだろう。
 
「荷物を置いて食事ですわね。これからの事は、明日にしましょう」
「ええ、そうしましょう。私も疲れました」

 全く疲れた様子のないセインが言った。今のは彼女なりの気遣いだ。前衛である俺とセインに比べてシーニャは体力が無い、徒歩の移動で明らかに疲れた顔をしている。

「じゃ、いっちょ疲れを癒やすとするか」

 酒場の夕食に思いを馳せながら、俺は二階の自分の部屋へと上がっていった。

○○○

 部屋に荷物を置いてしばらく片づけなどしてから酒場に降りると、ライクレイ姉妹はいなかったが、既にちらほらと客がいた。明るい茶色の髪をした快活そうな少女が給仕をしている。

「シーニャとセインはまだ来てないぞ。女は準備に時間がかかるからな」
「違いない。特に美人はな」

 答えながら、俺は親父さんの立っているカウンターの席に座る。

「あれは娘さんかい?」
「サチェレだ。可愛いだろ。看板娘ってやつだ」

 恐い顔をだらしなく緩めながらいう親父さん。こりゃあ、娘には相当甘いな。

「確かにな。だけど、この店の看板娘は二人いるんじゃないか?」
「ん? ああ、うちのカミさんか! ありゃあ、『元』看板娘だな! ガッハッハ! うごっ!」

 親父さんが豪快に笑ったら、お玉みたいな調理器具が飛んできた。厨房から、サチェレと同じ髪の色をしたすらっとした美人さんが現れた。

「まったく、素直に嫁が褒められたのを喜んでおきゃあいいのに……」
「そういうの、なんか恥ずかしいじゃねぇか……」
「うっさい! あんた、カーンさんだね? ほら、良ければこれ食べて」

 そう言って、女将さんは俺の前にソースの掛かった肉が乗った皿と飲み物の入った杯を置いた。

「おい、そりゃあ俺のツマミとエール……いえ、何でもないです」
 
 なるほど、酒とツマミか。随分とサービスがいいな。

「俺、ごちそうになるようこと、したか?」

 素直に疑問を口にすると、女将さんは満面の笑みで答える。

「お礼だよ。あの二人、ここでいる時は明日にでも死ぬんじゃ無いかって思い詰めた顔をしてたからね。あの子らを助けてくれ礼さね」
「意味がわからねぇぞ?」
「さっきの二人の顔を見ればわかるさ。あんたのおかげで、少しは気が楽になることがあったんだろ?」

 俺の存在があの二人の中でどの程度のものなのか、あまり考えたことはなかった。互いに協力し合う関係という意味では信頼している。
 
「……よくわかんねぇな」
「俺もだ……女ってのは驚くほどモノを見てるからなぁ」

 言いながら、親父さんはしみじみと言いながら、自分の前に杯を置いて、何かをそそぎ始めた。

「アンタが飲んでどうすんだい! これから忙しくなるんだからね!」
「えぇー、せっかくだから色々聞きたいんだけどなぁ」

 嫁さんに怒られながらも、嬉しそうに杯を片づけながら親父さんが言う。仲の良い夫婦だ。

「じゃあ、遠慮無く頂くぜ」

 俺は有り難く、肉を食らい、エールを一気に呷った。
 どちらも美味い。特に肉だ。もっと味気ないものが出てくるのを覚悟してたんだが、しっかりとした味付けがされている。

「……美味い。凝った味だな」
「最近は女神の国から色んな調味料が入るようになってな。腕の振るい甲斐があるってもんよ」

 自慢気に言う親父さん。

「旅をしてると粗末なもんばっかりになるから、嬉しいぜ」
 
 異世界に来て最初の食事がこの宿で良かった。ちゃんとした料理を食べれるってのは有り難いことだ。

「おう。そうかい。じゃあ、今日はたらふく食っていってくんな。見た感じ、酒もいけるんだろ?」
「明日から仕事を探さなきゃならんから、ほどほどにな」

 杯に親父さん手ずからエールを注いで貰った時だった。
 俺の穏やかな時間を邪魔する下品な声が聞こえた。

「ちょっと、しつこいわよっ!」
「そう言うなよサチェレ。もうちょっと付き合ってくれてもいいじゃないか。ちゃんと働いてるんだからよぉー」
「そうだぜ、兄貴の言うとおり!」
「兄貴! 頑張って!」

 なんか酔っ払いが娘さんのサチェレに絡んでいた。

「……あれは娘の幼なじみのカインズって奴でな。ちょっと前までやんちゃな坊主だったんだが、真面目になって役人として働いてるんだが……」
「酔っ払って昔にもどっちまってるな」
「酒さえ入ってなきゃいい奴なんだがなぁ……」

 やれやれ、と親父さんが用意していた料理を手元に置いた。止めるつもりらしい。
 そうこうしているうちに、カインズの絡み方がしつこさを増していた。
 
「ちょっと、酔いすぎよ! さわんないでっ!」

 サチェレの手を取り、背中に手を回すカインズ。
 こいつは良くないな。あのホームセンターみたいな名前の男、酒で身を滅ぼすタイプと見た。

「親父さんは美味い料理の準備をしててくれ。ちょっと止めてくる」
「いいのか?」
「酒の礼さ」

 俺は立ち上がり、サチェレが絡まれている場所に近づいていく。

「兄貴! そこです、押しですよ!」
「頑張れ! 頑張れ兄貴! って、なんだアンタ! 邪魔すんのか……あ……」

 カインズの舎弟らしい二人の若者が俺を見て目を丸くした。凄もうとしたみたいだが、目の前に現れたのが二メートルのモヒカンマッチョで逆にびびってしまったようだ。

「兄ちゃん、その辺にしときな。嬢ちゃんが困ってるだろ」

 俺はサチェレの背中に回されているカインズの手を取る。

「あぁん? なんだてめ……え」

 自分より一回り以上大きい俺を見て動きが止まるカインズ。その隙にサチェレは身を離し、俺の後ろに回った。

「……ありがとうございます。あの、シーニャさん達と一緒の人……ですよね」
「ああ、そうだ。サチェレちゃん、親父さんのところに戻って仕事してな。ここの飯は美味いからな、楽しみにしてんだ」

 俺はカインズの手を掴んだまま言う。指示通り、サチェレは動いてくれた。素直だ。
 取り巻き二人が「兄貴、どうしたんですか!」「ガタイがでかいだけですよ、こんな奴は!」と煽るのに対して、カインズは動かない。
 
 いや、実際は何とか俺の手を振りほどこうとしているんだが、全く歯が立たないこととに気づいて硬直していた。
 このカインズという男、見苦しく騒ぐかと思ったが、案外冷静に彼我の実力差を把握できているようだ。

「酒を楽しく飲むのは結構だがよ、看板娘を独り占めはいただけねぇな」

 俺が言うと、カインズは落ちついた顔つきになり、一つため息を吐いた。

「すまねぇ。ちと、飲み過ぎちまったみたいな……」

 素直な謝罪に俺は手の力を緩める。それを見逃さずに、手を振り払い、カインズは舎弟に声を掛けた。
 
「おい、行くぞ」
「あ、へい」
「待ってくれ! 兄貴!」

 去り際、カインズは俺の方を振り返った。

「あんた、名前は?」
「モヒー・カーンだ」
「腕利きだな。明日の昼。役場に来てくれ。アンタみたいな人に頼みたいことがある。
 
 そう言った彼の顔は、真面目に仕事に挑む男の顔だった。
 カインズ達が去ろうとしたその時だった。
 上の階からようやくライクレイ姉妹が降りてきた。

「あら、カーン様? どうしたんですの?」
「荒事ですか? 付き合いますよ」

 いきなりの美人二人の登場に、カインズ達は目を丸くする。

「あ、あんた。シーニャさんとセインさんの連れなのか?」

 驚愕の表情で問うカインズ。ここの常連なら二人のことを知ってるのも道理か。

「まあ、そんなとこだ」
「……強えわけだぜ。仕事の件、是非三人で来てくれ。いえ、来てください」

 丁寧に礼をしてから、カインズは酒場を去っていった。舎弟の二人が「また美人姉妹が帰って来たっすよ!」「あの二人と一緒なんて、あの人ただもんじゃねぇ!」とか騒いでいた。
 
「まったく、なんなんだ……ん?」

 ふと気づくと、いつの間にか10人以上に増えていた客が、全員俺に注目していた。

「悪いな。騒がせちまった。食事を楽しんでくれ」

 俺は謝罪を一つすると、ライクレイ姉妹の座っている席へと向かった。
 
 その後、なぜか周囲の客に酒を奢って貰ったりして、楽しい夕食の時間を過ごした。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...