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17.木陰の休息亭
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ヴルミナはかなり大きな街だった。
石畳に石造りの建物、馬車が通ると少し狭く感じる道。ヨーロッパの小洒落た街という感じだ。
何より俺が感動したのは想像以上に清潔だったことだ。正直、かなりの状況を覚悟してたのだが、シーニャの話によると、下水の処理などに魔法を使うようになっているおかげらしい。
また、通りを歩くと店には新鮮な食材、色んな文化を感じさせる品が並んでいる。
この世界、暮らす人たちの見た目は中世風だが、衛生環境をはじめとした生活水準は現代に近いものがある。
つまり、何が言いたいかというと、俺は十分、人間の街に滞在できそうってことだ。これならカルチャーショックで寝込んだりしない。
たまに通行人が俺を見てぎょっとすることはあるが、特にトラブルもなく俺と姉妹は街を行く。むしろ、美人姉妹の方が人々の注目を集めているくらいだった。
「こちらが私達の滞在先になります」
姉妹が案内してくれたのは三階建ての宿だった。「木陰の休息亭」という看板がついていて、白と赤に色が塗られ、一階と二階のベランダで花がいっぱい咲いている、雰囲気の良い建物だ。
「良さそうなところじゃねぇか」
「ちょっと強面の親父さんと美人の奥様。それに可愛らしい娘さんの三人で経営しているのですわ」
「部屋は清潔で、一階では美味しい料理をいただけます。良い宿ですよ」
「……ところで宿代はあるんだよな?」
「その点はご心配なく。三人で一月は滞在できますわ」
そう言うシーニャを先頭に扉をくぐる。
入るなり目に入ったのは無人のフロントだった。テーブルの上に小さな板が置かれ「この時間は酒場にいます」と書かれていた。
「もう夕食時ですからね」
「ちょうどいい。食事もとってしまいましょう」
「そいつは楽しみだ」
思えば、この世界における人間の食事も初めてだ。ここに来るまで携帯食料とか、狩りで入手した兎とか鹿の肉だった。
受付の向こうは、広めの酒場になっていた。というか、一階部分の大半がそうだ。
室内は魔法の道具による不思議な灯りで照らされており、肉の焼ける良い匂いなんかが漂ってきている。
まだ客はいない。本格的に忙しい時間帯はこれからのようだった。
「あ、いましたわ。親父さん。お久しぶりです、シーニャ・ライクレイです」
シーニャが厨房の方に声を掛けると、エプロン姿の太った中年のおっさんが現れた。顔には傷が走り、髭を生やした、恐い感じの人だ。
「……おう! なんだ! シーニャとセインじゃねぇか! また来たのか! 元気か? って、おいおい、なんだそのデカいのは? お前らの結婚相手ってことはねぇよな?」
見た目とは裏腹にフレンドリーな態度で矢継ぎ早に質問する親父さんだった。
セインが「相変わらずですね」と笑みを浮かべながら、落ちついた口調で語る。
「こちらはモヒー・カーン殿。ここまでの道中で助けて頂きました。非常に頼りになる方で、共に旅をしています」
「ほう。お前達が認めたなら、そうなんだろうな。宜しく頼むぜ、気楽に親父さんと呼んでくれ」
そう言って、親父さんは意外と人懐っこい笑顔を浮かべた。意外と付き合い安そうな人で助かった。
「部屋は空いてますの? しばらく滞在したのですけど」
「おう。ちょっと待ってな」
親父さんは酒場から出ていくと、受付に行って戻ってきた。
「ほらよ。鍵だ。もう飯時だから荷物を置いたら降りてきな」
俺達三人に部屋の鍵を渡すと、親父さんは厨房に消えた。厨房の中からは「シーニャさんとセインさんが来たの! ほんと!」という若い子の声が聞こえる。多分、娘さんだろう。
「荷物を置いて食事ですわね。これからの事は、明日にしましょう」
「ええ、そうしましょう。私も疲れました」
全く疲れた様子のないセインが言った。今のは彼女なりの気遣いだ。前衛である俺とセインに比べてシーニャは体力が無い、徒歩の移動で明らかに疲れた顔をしている。
「じゃ、いっちょ疲れを癒やすとするか」
酒場の夕食に思いを馳せながら、俺は二階の自分の部屋へと上がっていった。
○○○
部屋に荷物を置いてしばらく片づけなどしてから酒場に降りると、ライクレイ姉妹はいなかったが、既にちらほらと客がいた。明るい茶色の髪をした快活そうな少女が給仕をしている。
「シーニャとセインはまだ来てないぞ。女は準備に時間がかかるからな」
「違いない。特に美人はな」
答えながら、俺は親父さんの立っているカウンターの席に座る。
「あれは娘さんかい?」
「サチェレだ。可愛いだろ。看板娘ってやつだ」
恐い顔をだらしなく緩めながらいう親父さん。こりゃあ、娘には相当甘いな。
「確かにな。だけど、この店の看板娘は二人いるんじゃないか?」
「ん? ああ、うちのカミさんか! ありゃあ、『元』看板娘だな! ガッハッハ! うごっ!」
親父さんが豪快に笑ったら、お玉みたいな調理器具が飛んできた。厨房から、サチェレと同じ髪の色をしたすらっとした美人さんが現れた。
「まったく、素直に嫁が褒められたのを喜んでおきゃあいいのに……」
「そういうの、なんか恥ずかしいじゃねぇか……」
「うっさい! あんた、カーンさんだね? ほら、良ければこれ食べて」
そう言って、女将さんは俺の前にソースの掛かった肉が乗った皿と飲み物の入った杯を置いた。
「おい、そりゃあ俺のツマミとエール……いえ、何でもないです」
なるほど、酒とツマミか。随分とサービスがいいな。
「俺、ごちそうになるようこと、したか?」
素直に疑問を口にすると、女将さんは満面の笑みで答える。
「お礼だよ。あの二人、ここでいる時は明日にでも死ぬんじゃ無いかって思い詰めた顔をしてたからね。あの子らを助けてくれ礼さね」
「意味がわからねぇぞ?」
「さっきの二人の顔を見ればわかるさ。あんたのおかげで、少しは気が楽になることがあったんだろ?」
俺の存在があの二人の中でどの程度のものなのか、あまり考えたことはなかった。互いに協力し合う関係という意味では信頼している。
「……よくわかんねぇな」
「俺もだ……女ってのは驚くほどモノを見てるからなぁ」
言いながら、親父さんはしみじみと言いながら、自分の前に杯を置いて、何かをそそぎ始めた。
「アンタが飲んでどうすんだい! これから忙しくなるんだからね!」
「えぇー、せっかくだから色々聞きたいんだけどなぁ」
嫁さんに怒られながらも、嬉しそうに杯を片づけながら親父さんが言う。仲の良い夫婦だ。
「じゃあ、遠慮無く頂くぜ」
俺は有り難く、肉を食らい、エールを一気に呷った。
どちらも美味い。特に肉だ。もっと味気ないものが出てくるのを覚悟してたんだが、しっかりとした味付けがされている。
「……美味い。凝った味だな」
「最近は女神の国から色んな調味料が入るようになってな。腕の振るい甲斐があるってもんよ」
自慢気に言う親父さん。
「旅をしてると粗末なもんばっかりになるから、嬉しいぜ」
異世界に来て最初の食事がこの宿で良かった。ちゃんとした料理を食べれるってのは有り難いことだ。
「おう。そうかい。じゃあ、今日はたらふく食っていってくんな。見た感じ、酒もいけるんだろ?」
「明日から仕事を探さなきゃならんから、ほどほどにな」
杯に親父さん手ずからエールを注いで貰った時だった。
俺の穏やかな時間を邪魔する下品な声が聞こえた。
「ちょっと、しつこいわよっ!」
「そう言うなよサチェレ。もうちょっと付き合ってくれてもいいじゃないか。ちゃんと働いてるんだからよぉー」
「そうだぜ、兄貴の言うとおり!」
「兄貴! 頑張って!」
なんか酔っ払いが娘さんのサチェレに絡んでいた。
「……あれは娘の幼なじみのカインズって奴でな。ちょっと前までやんちゃな坊主だったんだが、真面目になって役人として働いてるんだが……」
「酔っ払って昔にもどっちまってるな」
「酒さえ入ってなきゃいい奴なんだがなぁ……」
やれやれ、と親父さんが用意していた料理を手元に置いた。止めるつもりらしい。
そうこうしているうちに、カインズの絡み方がしつこさを増していた。
「ちょっと、酔いすぎよ! さわんないでっ!」
サチェレの手を取り、背中に手を回すカインズ。
こいつは良くないな。あのホームセンターみたいな名前の男、酒で身を滅ぼすタイプと見た。
「親父さんは美味い料理の準備をしててくれ。ちょっと止めてくる」
「いいのか?」
「酒の礼さ」
俺は立ち上がり、サチェレが絡まれている場所に近づいていく。
「兄貴! そこです、押しですよ!」
「頑張れ! 頑張れ兄貴! って、なんだアンタ! 邪魔すんのか……あ……」
カインズの舎弟らしい二人の若者が俺を見て目を丸くした。凄もうとしたみたいだが、目の前に現れたのが二メートルのモヒカンマッチョで逆にびびってしまったようだ。
「兄ちゃん、その辺にしときな。嬢ちゃんが困ってるだろ」
俺はサチェレの背中に回されているカインズの手を取る。
「あぁん? なんだてめ……え」
自分より一回り以上大きい俺を見て動きが止まるカインズ。その隙にサチェレは身を離し、俺の後ろに回った。
「……ありがとうございます。あの、シーニャさん達と一緒の人……ですよね」
「ああ、そうだ。サチェレちゃん、親父さんのところに戻って仕事してな。ここの飯は美味いからな、楽しみにしてんだ」
俺はカインズの手を掴んだまま言う。指示通り、サチェレは動いてくれた。素直だ。
取り巻き二人が「兄貴、どうしたんですか!」「ガタイがでかいだけですよ、こんな奴は!」と煽るのに対して、カインズは動かない。
いや、実際は何とか俺の手を振りほどこうとしているんだが、全く歯が立たないこととに気づいて硬直していた。
このカインズという男、見苦しく騒ぐかと思ったが、案外冷静に彼我の実力差を把握できているようだ。
「酒を楽しく飲むのは結構だがよ、看板娘を独り占めはいただけねぇな」
俺が言うと、カインズは落ちついた顔つきになり、一つため息を吐いた。
「すまねぇ。ちと、飲み過ぎちまったみたいな……」
素直な謝罪に俺は手の力を緩める。それを見逃さずに、手を振り払い、カインズは舎弟に声を掛けた。
「おい、行くぞ」
「あ、へい」
「待ってくれ! 兄貴!」
去り際、カインズは俺の方を振り返った。
「あんた、名前は?」
「モヒー・カーンだ」
「腕利きだな。明日の昼。役場に来てくれ。アンタみたいな人に頼みたいことがある。
そう言った彼の顔は、真面目に仕事に挑む男の顔だった。
カインズ達が去ろうとしたその時だった。
上の階からようやくライクレイ姉妹が降りてきた。
「あら、カーン様? どうしたんですの?」
「荒事ですか? 付き合いますよ」
いきなりの美人二人の登場に、カインズ達は目を丸くする。
「あ、あんた。シーニャさんとセインさんの連れなのか?」
驚愕の表情で問うカインズ。ここの常連なら二人のことを知ってるのも道理か。
「まあ、そんなとこだ」
「……強えわけだぜ。仕事の件、是非三人で来てくれ。いえ、来てください」
丁寧に礼をしてから、カインズは酒場を去っていった。舎弟の二人が「また美人姉妹が帰って来たっすよ!」「あの二人と一緒なんて、あの人ただもんじゃねぇ!」とか騒いでいた。
「まったく、なんなんだ……ん?」
ふと気づくと、いつの間にか10人以上に増えていた客が、全員俺に注目していた。
「悪いな。騒がせちまった。食事を楽しんでくれ」
俺は謝罪を一つすると、ライクレイ姉妹の座っている席へと向かった。
その後、なぜか周囲の客に酒を奢って貰ったりして、楽しい夕食の時間を過ごした。
石畳に石造りの建物、馬車が通ると少し狭く感じる道。ヨーロッパの小洒落た街という感じだ。
何より俺が感動したのは想像以上に清潔だったことだ。正直、かなりの状況を覚悟してたのだが、シーニャの話によると、下水の処理などに魔法を使うようになっているおかげらしい。
また、通りを歩くと店には新鮮な食材、色んな文化を感じさせる品が並んでいる。
この世界、暮らす人たちの見た目は中世風だが、衛生環境をはじめとした生活水準は現代に近いものがある。
つまり、何が言いたいかというと、俺は十分、人間の街に滞在できそうってことだ。これならカルチャーショックで寝込んだりしない。
たまに通行人が俺を見てぎょっとすることはあるが、特にトラブルもなく俺と姉妹は街を行く。むしろ、美人姉妹の方が人々の注目を集めているくらいだった。
「こちらが私達の滞在先になります」
姉妹が案内してくれたのは三階建ての宿だった。「木陰の休息亭」という看板がついていて、白と赤に色が塗られ、一階と二階のベランダで花がいっぱい咲いている、雰囲気の良い建物だ。
「良さそうなところじゃねぇか」
「ちょっと強面の親父さんと美人の奥様。それに可愛らしい娘さんの三人で経営しているのですわ」
「部屋は清潔で、一階では美味しい料理をいただけます。良い宿ですよ」
「……ところで宿代はあるんだよな?」
「その点はご心配なく。三人で一月は滞在できますわ」
そう言うシーニャを先頭に扉をくぐる。
入るなり目に入ったのは無人のフロントだった。テーブルの上に小さな板が置かれ「この時間は酒場にいます」と書かれていた。
「もう夕食時ですからね」
「ちょうどいい。食事もとってしまいましょう」
「そいつは楽しみだ」
思えば、この世界における人間の食事も初めてだ。ここに来るまで携帯食料とか、狩りで入手した兎とか鹿の肉だった。
受付の向こうは、広めの酒場になっていた。というか、一階部分の大半がそうだ。
室内は魔法の道具による不思議な灯りで照らされており、肉の焼ける良い匂いなんかが漂ってきている。
まだ客はいない。本格的に忙しい時間帯はこれからのようだった。
「あ、いましたわ。親父さん。お久しぶりです、シーニャ・ライクレイです」
シーニャが厨房の方に声を掛けると、エプロン姿の太った中年のおっさんが現れた。顔には傷が走り、髭を生やした、恐い感じの人だ。
「……おう! なんだ! シーニャとセインじゃねぇか! また来たのか! 元気か? って、おいおい、なんだそのデカいのは? お前らの結婚相手ってことはねぇよな?」
見た目とは裏腹にフレンドリーな態度で矢継ぎ早に質問する親父さんだった。
セインが「相変わらずですね」と笑みを浮かべながら、落ちついた口調で語る。
「こちらはモヒー・カーン殿。ここまでの道中で助けて頂きました。非常に頼りになる方で、共に旅をしています」
「ほう。お前達が認めたなら、そうなんだろうな。宜しく頼むぜ、気楽に親父さんと呼んでくれ」
そう言って、親父さんは意外と人懐っこい笑顔を浮かべた。意外と付き合い安そうな人で助かった。
「部屋は空いてますの? しばらく滞在したのですけど」
「おう。ちょっと待ってな」
親父さんは酒場から出ていくと、受付に行って戻ってきた。
「ほらよ。鍵だ。もう飯時だから荷物を置いたら降りてきな」
俺達三人に部屋の鍵を渡すと、親父さんは厨房に消えた。厨房の中からは「シーニャさんとセインさんが来たの! ほんと!」という若い子の声が聞こえる。多分、娘さんだろう。
「荷物を置いて食事ですわね。これからの事は、明日にしましょう」
「ええ、そうしましょう。私も疲れました」
全く疲れた様子のないセインが言った。今のは彼女なりの気遣いだ。前衛である俺とセインに比べてシーニャは体力が無い、徒歩の移動で明らかに疲れた顔をしている。
「じゃ、いっちょ疲れを癒やすとするか」
酒場の夕食に思いを馳せながら、俺は二階の自分の部屋へと上がっていった。
○○○
部屋に荷物を置いてしばらく片づけなどしてから酒場に降りると、ライクレイ姉妹はいなかったが、既にちらほらと客がいた。明るい茶色の髪をした快活そうな少女が給仕をしている。
「シーニャとセインはまだ来てないぞ。女は準備に時間がかかるからな」
「違いない。特に美人はな」
答えながら、俺は親父さんの立っているカウンターの席に座る。
「あれは娘さんかい?」
「サチェレだ。可愛いだろ。看板娘ってやつだ」
恐い顔をだらしなく緩めながらいう親父さん。こりゃあ、娘には相当甘いな。
「確かにな。だけど、この店の看板娘は二人いるんじゃないか?」
「ん? ああ、うちのカミさんか! ありゃあ、『元』看板娘だな! ガッハッハ! うごっ!」
親父さんが豪快に笑ったら、お玉みたいな調理器具が飛んできた。厨房から、サチェレと同じ髪の色をしたすらっとした美人さんが現れた。
「まったく、素直に嫁が褒められたのを喜んでおきゃあいいのに……」
「そういうの、なんか恥ずかしいじゃねぇか……」
「うっさい! あんた、カーンさんだね? ほら、良ければこれ食べて」
そう言って、女将さんは俺の前にソースの掛かった肉が乗った皿と飲み物の入った杯を置いた。
「おい、そりゃあ俺のツマミとエール……いえ、何でもないです」
なるほど、酒とツマミか。随分とサービスがいいな。
「俺、ごちそうになるようこと、したか?」
素直に疑問を口にすると、女将さんは満面の笑みで答える。
「お礼だよ。あの二人、ここでいる時は明日にでも死ぬんじゃ無いかって思い詰めた顔をしてたからね。あの子らを助けてくれ礼さね」
「意味がわからねぇぞ?」
「さっきの二人の顔を見ればわかるさ。あんたのおかげで、少しは気が楽になることがあったんだろ?」
俺の存在があの二人の中でどの程度のものなのか、あまり考えたことはなかった。互いに協力し合う関係という意味では信頼している。
「……よくわかんねぇな」
「俺もだ……女ってのは驚くほどモノを見てるからなぁ」
言いながら、親父さんはしみじみと言いながら、自分の前に杯を置いて、何かをそそぎ始めた。
「アンタが飲んでどうすんだい! これから忙しくなるんだからね!」
「えぇー、せっかくだから色々聞きたいんだけどなぁ」
嫁さんに怒られながらも、嬉しそうに杯を片づけながら親父さんが言う。仲の良い夫婦だ。
「じゃあ、遠慮無く頂くぜ」
俺は有り難く、肉を食らい、エールを一気に呷った。
どちらも美味い。特に肉だ。もっと味気ないものが出てくるのを覚悟してたんだが、しっかりとした味付けがされている。
「……美味い。凝った味だな」
「最近は女神の国から色んな調味料が入るようになってな。腕の振るい甲斐があるってもんよ」
自慢気に言う親父さん。
「旅をしてると粗末なもんばっかりになるから、嬉しいぜ」
異世界に来て最初の食事がこの宿で良かった。ちゃんとした料理を食べれるってのは有り難いことだ。
「おう。そうかい。じゃあ、今日はたらふく食っていってくんな。見た感じ、酒もいけるんだろ?」
「明日から仕事を探さなきゃならんから、ほどほどにな」
杯に親父さん手ずからエールを注いで貰った時だった。
俺の穏やかな時間を邪魔する下品な声が聞こえた。
「ちょっと、しつこいわよっ!」
「そう言うなよサチェレ。もうちょっと付き合ってくれてもいいじゃないか。ちゃんと働いてるんだからよぉー」
「そうだぜ、兄貴の言うとおり!」
「兄貴! 頑張って!」
なんか酔っ払いが娘さんのサチェレに絡んでいた。
「……あれは娘の幼なじみのカインズって奴でな。ちょっと前までやんちゃな坊主だったんだが、真面目になって役人として働いてるんだが……」
「酔っ払って昔にもどっちまってるな」
「酒さえ入ってなきゃいい奴なんだがなぁ……」
やれやれ、と親父さんが用意していた料理を手元に置いた。止めるつもりらしい。
そうこうしているうちに、カインズの絡み方がしつこさを増していた。
「ちょっと、酔いすぎよ! さわんないでっ!」
サチェレの手を取り、背中に手を回すカインズ。
こいつは良くないな。あのホームセンターみたいな名前の男、酒で身を滅ぼすタイプと見た。
「親父さんは美味い料理の準備をしててくれ。ちょっと止めてくる」
「いいのか?」
「酒の礼さ」
俺は立ち上がり、サチェレが絡まれている場所に近づいていく。
「兄貴! そこです、押しですよ!」
「頑張れ! 頑張れ兄貴! って、なんだアンタ! 邪魔すんのか……あ……」
カインズの舎弟らしい二人の若者が俺を見て目を丸くした。凄もうとしたみたいだが、目の前に現れたのが二メートルのモヒカンマッチョで逆にびびってしまったようだ。
「兄ちゃん、その辺にしときな。嬢ちゃんが困ってるだろ」
俺はサチェレの背中に回されているカインズの手を取る。
「あぁん? なんだてめ……え」
自分より一回り以上大きい俺を見て動きが止まるカインズ。その隙にサチェレは身を離し、俺の後ろに回った。
「……ありがとうございます。あの、シーニャさん達と一緒の人……ですよね」
「ああ、そうだ。サチェレちゃん、親父さんのところに戻って仕事してな。ここの飯は美味いからな、楽しみにしてんだ」
俺はカインズの手を掴んだまま言う。指示通り、サチェレは動いてくれた。素直だ。
取り巻き二人が「兄貴、どうしたんですか!」「ガタイがでかいだけですよ、こんな奴は!」と煽るのに対して、カインズは動かない。
いや、実際は何とか俺の手を振りほどこうとしているんだが、全く歯が立たないこととに気づいて硬直していた。
このカインズという男、見苦しく騒ぐかと思ったが、案外冷静に彼我の実力差を把握できているようだ。
「酒を楽しく飲むのは結構だがよ、看板娘を独り占めはいただけねぇな」
俺が言うと、カインズは落ちついた顔つきになり、一つため息を吐いた。
「すまねぇ。ちと、飲み過ぎちまったみたいな……」
素直な謝罪に俺は手の力を緩める。それを見逃さずに、手を振り払い、カインズは舎弟に声を掛けた。
「おい、行くぞ」
「あ、へい」
「待ってくれ! 兄貴!」
去り際、カインズは俺の方を振り返った。
「あんた、名前は?」
「モヒー・カーンだ」
「腕利きだな。明日の昼。役場に来てくれ。アンタみたいな人に頼みたいことがある。
そう言った彼の顔は、真面目に仕事に挑む男の顔だった。
カインズ達が去ろうとしたその時だった。
上の階からようやくライクレイ姉妹が降りてきた。
「あら、カーン様? どうしたんですの?」
「荒事ですか? 付き合いますよ」
いきなりの美人二人の登場に、カインズ達は目を丸くする。
「あ、あんた。シーニャさんとセインさんの連れなのか?」
驚愕の表情で問うカインズ。ここの常連なら二人のことを知ってるのも道理か。
「まあ、そんなとこだ」
「……強えわけだぜ。仕事の件、是非三人で来てくれ。いえ、来てください」
丁寧に礼をしてから、カインズは酒場を去っていった。舎弟の二人が「また美人姉妹が帰って来たっすよ!」「あの二人と一緒なんて、あの人ただもんじゃねぇ!」とか騒いでいた。
「まったく、なんなんだ……ん?」
ふと気づくと、いつの間にか10人以上に増えていた客が、全員俺に注目していた。
「悪いな。騒がせちまった。食事を楽しんでくれ」
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