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27.姉妹の復讐 その1
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ヴルミナに比べるとレイサムの街は地味だ。
街の規模は小さいし、山が近いおかげか田舎っぽい。
そんな歴史ある田舎町といった風情の場所がライクレイ姉妹の故郷だった。
この街の名物は薬草だ。伝統的に薬草を栽培し都市部に売ることによって潤っている。
ライクレイ家もそんな風にして裕福になった家だったらしい。
先祖伝来の薬草栽培方法とシーニャ達の父の商才が合わさって、ここ数十年で一気に大きくなった商会とのことだ。
マイクスとかいう糞野郎に乗っ取られたのは残念という他ない。
マイクスと黒の戦士団の繋がりについても女神の三騎士は調べてくれていた。
動機は単純に富のため。マイクスは黒の戦士団と共謀して商会を乗っ取った後、山中の秘密の場所で特殊な薬草の栽培を始めている。
わかりやすくいうと麻薬の栽培である。ライクレイ家の薬草栽培の技法を知るマイクスに、黒の戦士団の頭目であるジエードが話を持ちかけたのではないかと資料にはあった。
極秘裏に栽培された麻薬は少しずつひっそりと都市部に流入し、世の中を汚しつつある。
はっきりいって、糞野郎と糞戦士団だ。皆殺しにしてもいいんじゃないかと思う。
「薬草ばっかだけど、市場は賑やかだったな」
妖精の魔法で街に侵入した俺達は、シーニャの魔法で人払いをかけた裏通りで打ち合わせをしていた。
ここに来るまでローブで姿を隠して街の様子を見てみた。
普通だ。市場に並ぶ薬草が多い以外は、割と賑わっている平和な田舎町に見えた。
「わたくし達の両親がいなくても、人々の生活に変化はありませんから」
「生まれ故郷の平穏を乱すのは本意ではありませんが……迷いはありません」
「ああ、一気に片づけちまおう」
そう言って、俺は通りの向こうに見える大きな屋敷を視線を移す。
ライクレイ商会の屋敷。シーニャとセインの実家だ。
俺達はこれから、あそこで一暴れする。
場合によっては、いや、ほぼ確実に、屋敷はボロボロになるだろう。
「最後の確認だ。俺が正面から言って大騒ぎして殴り込む」
「わたくし達は、裏からこっそり侵入ですわ」
「はい。資料によると、屋敷に変化はありません。侵入は容易でしょう」
マイクスとジエードという二人はかなりの自信家で間抜けらしい。ライクレイ姉妹が逃げ出したのを見て安心したらしく、屋敷そのものを防衛用に改装するなどの工事は行っていなかった。
麻薬なんて危ないことに手を出してるんだから、秘密の地下通路くらい作ればいいのに。まあ、慢心してるみたいで助かるが。
「速さが全てだ。俺達の存在に気づいてない今のうちに、一気にやるぞ」
俺が言うと、二人は覚悟を決めた顔で頷いた。
○○○
ライクレイ家の屋敷は周囲が木に囲まれていた。これは敷地内に薬草園があるためらしい。暴れた時に周囲に被害がでなそうでちょうどいい。
俺はローブを脱ぎ、ゆっくりとライクレイ家の門に近づいていく。
金属製の門の前には鎧を着た戦士が二人。暇そうに門番をしている。腰には剣、着ているのは金属鎧、平和な街の警備員にしては大げさだ。
「おい、何か用か?」
「でかいな? 入団希望者か? それなら話を……」
いきなり就職活動と間違えられた。
「悪いが、黒の戦士団で働く気はねぇな。むしろ逆だ、お前達の悪事を俺は全部知っているんだからな」
俺が斧を構えながらそう言うと、門番二人は素早く剣を抜いた。情報どおり、黒い刀身の剣だ。
「おい、お前。今なら冗談で済ませてやるぞ」
「知ってるか? ここは人通りが少ないんだ」
ニヤニヤ笑いながら門番共がいう。余裕だな、実力に自信がおありと見える。実際、この街じゃあ無敵の存在だろうよ。
「俺はお前達が作ってる薬のことを知ってるぞ。それで来たんだ」
門番の殺気が一気に膨れあがった。俺が薬について知ってると見るなり、様子見から殺害へと対応をシフトか。なかなか判断が早い。
俺は斧を構え、落ち着き払って言う。
「やめときな。給料安いんだろ?」
「なめてんじゃねぇ……っ!!」
門番二人が俺に斬りかかってくる。左右から同時。速度も攻撃位置も申し分ない。
普通なら、ざっくり斬られて即死だろう。
だが、俺はそうならない。
まず、左からの斬撃。剣の刀身を左手で掴む。今の俺には凄腕の戦士程度の剣では刃は通らない。
次に、右からの斬撃。こちらは剣ごと斧で迎撃だ。一撃で剣をへし折り、返す刃で兜の無い頭を切りつける。
左手で剣を受け。右手で振った斧は血をまき散らした。
「なっ……」
俺に剣を握られた門番は驚愕と恐怖の入り交じった表情を見せる。もう一人の方は即死だ。そのまま地面にぶっ倒れた。
こいつら黒の戦士団はここに落ちつくまで、各地で大暴れしていたそうだ。主に略奪とかで。資料を読む限り、戦場でしか生きられない、弁護の余地の無いクズ集団だ。
つまり、俺はこいつらの命を取ることに対して、良心が痛むことは無い。
「だからやめとけって言ったろ?」
「ひっ……」
笑みを浮かべながら、斧で一撃。ここで生かしておいて、後で援軍にでもなられたら困る。
「さて、入り口は静かになったな」
中の連中もこの騒ぎに気づいているだろう。屋敷の中からそんな気配がする。
ここはスピーディな行動が求められる局面だ。
俺は鉄製の門に向かって斧を振り下ろす。
「おらあああ!」
門を一撃で破壊。まっすぐ向こう側に屋敷の入り口が見えた。
バギーを出し、素早く搭乗。アクセルを全開する。
「ヒャッハー!!」
短い距離を加速するバギー。あっという間に扉に接近するが、俺は速度を緩めない。むしろ加速する。
「モヒカン!! ブレイクゥ!!」
俺はそのまま、ライクレイ家の屋敷のドアに豪快に突撃した。
あの二人の復讐のために、俺はこの外見に相応しい暴れ方をするつもりだ。
○○○
「はじまりましたわね……」
「ええ、急ぎましょう。姉上」
カーンが屋敷の門を破壊した頃、シーニャとセインは屋敷の裏側にいた。
神をも騙す妖精の魔法のおかげである。今、二人は屋敷の裏口の一つの外で待機している。
周囲に人の気配は無い。というか、カーンのおかげでそれどころではないようだ。
「今のうちに行きましょう」
剣を抜きながらセインが言う。シーニャも杖をその手に持つ。
その手は少し、震えていた。
「……大丈夫。わたくし達は強くなりましたわ」
「はい。それに頼もしい仲間もいます」
モヒー・カーン。神の遣い。そして自分たちの救い主。彼には感謝してもし足りない。
この復讐のために考えられる以上に協力をしてくれているのだから。
彼のことを思い出していると、不思議なことに、手の震えは止まっていた。
「行きましょう。この裏口からなら、執務室はすぐですわ」
「はい」
シーニャは杖でドアを軽く撫でた。解錠の魔法が発動し、鍵が開く。
解錠の魔法は学園で禁忌とされている魔法の一つである。言うまでも無く、犯罪に繋がるためだ。
シーニャも理論は知っていたが、こんなことでもなければ生涯使うことは無かっただろう。
「セイン。向こうに気配は?」
「大丈夫です。手はず通りいけます」
扉を潜ったら隠れ身の魔法で姿を隠して移動する手はずである。双方の姿が見えなくなるが、屋敷の構造に詳しい姉妹なら道を間違えることは無い。
「姉上、必ず仇を討ちましょう」
「勿論ですわ」
言葉と同時に、二人の姿はその場から消えた。
姿を消した二人が屋敷内に入ると、中の混乱ぶりがよくわかった。
通路を歩く鎧姿の男達が、「なんだあのトサカ頭は!」「もっと入り口に増援を送れ!」「敵は一人だぞ!」「駄目だ! 凄い勢いで進んでる!」と叫び声をあげている。
姿を隠したシーニャは、カーンが無事であること。計画通り囮をやれていることに胸をなで下ろした。
ライクレイ家の屋敷はそれほど広くない。カーンが更地にしてしまう前に、目的を果たさなければ。
そう思って、歩みを勧める。姿は見えないが、セインも同じ通路を行っているはずだ。
ライクレイ家の執務室は一階にある。屋敷の主人が来客と応対するためのつくりだ。資料によると、マイクスとジエードはその執務室にいることが多いとされていた。
この騒ぎの中でも避難していなければ、その付近にいるはずである。面倒なので、執務室にいて欲しいものだ。
シーニャのそんな願いが通じたわけではないが、マイクスとジエードはすぐに見つかった。
ちょうど執務室から出てくるところにシーニャは出くわしたのである。
執務室から出て来たのは合計五人。マイクスを囲むように、ジエードと三人の戦士が武器を抜いた状態で部屋から出てきたところだった。
セインの姿は見えないが、近くに居ることを確信しつつ、シーニャは隠れたまま杖を振った。
半透明のスカートに魔法陣が浮かび上がる。用意しておいた魔法が発動する。
「檻となりなさい!!」
叫びと共に杖を振ると、スカートから放たれた赤い魔力が通路の壁や天井に張り付いた。
そして、そのまま自分達とマイクス達を取り囲む結界を形作る。
シーニャの得意とする古代魔法:印刷系を応用した、空間に魔法陣を転写する術である。
これにより、好きな場所に結界を張ったり、攻撃魔法を設置することが可能だ。
「な、なんだ! この光はなんだ!」
「……落ち着け。これは結界だな。どうやら、賊は一人ではないらしい」
慌てるマイクスと落ちつきはらったジエード。対照的な反応の二人を見ながら、シーニャは隠れ身の魔法を解いた。
同時、まるで申し合わせたように、セインもその場に姿を現した。
「……ッ! シーニャとセイン! 馬鹿な! 近くにいるなんて情報は無かったぞ!」
「下がれマイクス。小娘二人に怯える必要は無い」
早くも逃げ腰のマイクスを護るようにジエードと黒の戦士団が二人を姉妹の前に立ちはだかった。
「……お父様とお母様の仇、今日、この場で討たせて貰いますわ」
堂々とした態度で発言しようとしたシーニャだが、緊張してか思った以上に低い声が出てしまった。
どうやら、自分はかっこよく敵討ちを宣言できるタイプではないらしい。
「父上と母上の魂の安息のため! ここに鉄槌を下す! 覚悟!」
姉の代わりとばかりに堂々とした声でセインが叫ぶ。
それがライクレイ姉妹の復讐の戦いが始まる合図となった。
街の規模は小さいし、山が近いおかげか田舎っぽい。
そんな歴史ある田舎町といった風情の場所がライクレイ姉妹の故郷だった。
この街の名物は薬草だ。伝統的に薬草を栽培し都市部に売ることによって潤っている。
ライクレイ家もそんな風にして裕福になった家だったらしい。
先祖伝来の薬草栽培方法とシーニャ達の父の商才が合わさって、ここ数十年で一気に大きくなった商会とのことだ。
マイクスとかいう糞野郎に乗っ取られたのは残念という他ない。
マイクスと黒の戦士団の繋がりについても女神の三騎士は調べてくれていた。
動機は単純に富のため。マイクスは黒の戦士団と共謀して商会を乗っ取った後、山中の秘密の場所で特殊な薬草の栽培を始めている。
わかりやすくいうと麻薬の栽培である。ライクレイ家の薬草栽培の技法を知るマイクスに、黒の戦士団の頭目であるジエードが話を持ちかけたのではないかと資料にはあった。
極秘裏に栽培された麻薬は少しずつひっそりと都市部に流入し、世の中を汚しつつある。
はっきりいって、糞野郎と糞戦士団だ。皆殺しにしてもいいんじゃないかと思う。
「薬草ばっかだけど、市場は賑やかだったな」
妖精の魔法で街に侵入した俺達は、シーニャの魔法で人払いをかけた裏通りで打ち合わせをしていた。
ここに来るまでローブで姿を隠して街の様子を見てみた。
普通だ。市場に並ぶ薬草が多い以外は、割と賑わっている平和な田舎町に見えた。
「わたくし達の両親がいなくても、人々の生活に変化はありませんから」
「生まれ故郷の平穏を乱すのは本意ではありませんが……迷いはありません」
「ああ、一気に片づけちまおう」
そう言って、俺は通りの向こうに見える大きな屋敷を視線を移す。
ライクレイ商会の屋敷。シーニャとセインの実家だ。
俺達はこれから、あそこで一暴れする。
場合によっては、いや、ほぼ確実に、屋敷はボロボロになるだろう。
「最後の確認だ。俺が正面から言って大騒ぎして殴り込む」
「わたくし達は、裏からこっそり侵入ですわ」
「はい。資料によると、屋敷に変化はありません。侵入は容易でしょう」
マイクスとジエードという二人はかなりの自信家で間抜けらしい。ライクレイ姉妹が逃げ出したのを見て安心したらしく、屋敷そのものを防衛用に改装するなどの工事は行っていなかった。
麻薬なんて危ないことに手を出してるんだから、秘密の地下通路くらい作ればいいのに。まあ、慢心してるみたいで助かるが。
「速さが全てだ。俺達の存在に気づいてない今のうちに、一気にやるぞ」
俺が言うと、二人は覚悟を決めた顔で頷いた。
○○○
ライクレイ家の屋敷は周囲が木に囲まれていた。これは敷地内に薬草園があるためらしい。暴れた時に周囲に被害がでなそうでちょうどいい。
俺はローブを脱ぎ、ゆっくりとライクレイ家の門に近づいていく。
金属製の門の前には鎧を着た戦士が二人。暇そうに門番をしている。腰には剣、着ているのは金属鎧、平和な街の警備員にしては大げさだ。
「おい、何か用か?」
「でかいな? 入団希望者か? それなら話を……」
いきなり就職活動と間違えられた。
「悪いが、黒の戦士団で働く気はねぇな。むしろ逆だ、お前達の悪事を俺は全部知っているんだからな」
俺が斧を構えながらそう言うと、門番二人は素早く剣を抜いた。情報どおり、黒い刀身の剣だ。
「おい、お前。今なら冗談で済ませてやるぞ」
「知ってるか? ここは人通りが少ないんだ」
ニヤニヤ笑いながら門番共がいう。余裕だな、実力に自信がおありと見える。実際、この街じゃあ無敵の存在だろうよ。
「俺はお前達が作ってる薬のことを知ってるぞ。それで来たんだ」
門番の殺気が一気に膨れあがった。俺が薬について知ってると見るなり、様子見から殺害へと対応をシフトか。なかなか判断が早い。
俺は斧を構え、落ち着き払って言う。
「やめときな。給料安いんだろ?」
「なめてんじゃねぇ……っ!!」
門番二人が俺に斬りかかってくる。左右から同時。速度も攻撃位置も申し分ない。
普通なら、ざっくり斬られて即死だろう。
だが、俺はそうならない。
まず、左からの斬撃。剣の刀身を左手で掴む。今の俺には凄腕の戦士程度の剣では刃は通らない。
次に、右からの斬撃。こちらは剣ごと斧で迎撃だ。一撃で剣をへし折り、返す刃で兜の無い頭を切りつける。
左手で剣を受け。右手で振った斧は血をまき散らした。
「なっ……」
俺に剣を握られた門番は驚愕と恐怖の入り交じった表情を見せる。もう一人の方は即死だ。そのまま地面にぶっ倒れた。
こいつら黒の戦士団はここに落ちつくまで、各地で大暴れしていたそうだ。主に略奪とかで。資料を読む限り、戦場でしか生きられない、弁護の余地の無いクズ集団だ。
つまり、俺はこいつらの命を取ることに対して、良心が痛むことは無い。
「だからやめとけって言ったろ?」
「ひっ……」
笑みを浮かべながら、斧で一撃。ここで生かしておいて、後で援軍にでもなられたら困る。
「さて、入り口は静かになったな」
中の連中もこの騒ぎに気づいているだろう。屋敷の中からそんな気配がする。
ここはスピーディな行動が求められる局面だ。
俺は鉄製の門に向かって斧を振り下ろす。
「おらあああ!」
門を一撃で破壊。まっすぐ向こう側に屋敷の入り口が見えた。
バギーを出し、素早く搭乗。アクセルを全開する。
「ヒャッハー!!」
短い距離を加速するバギー。あっという間に扉に接近するが、俺は速度を緩めない。むしろ加速する。
「モヒカン!! ブレイクゥ!!」
俺はそのまま、ライクレイ家の屋敷のドアに豪快に突撃した。
あの二人の復讐のために、俺はこの外見に相応しい暴れ方をするつもりだ。
○○○
「はじまりましたわね……」
「ええ、急ぎましょう。姉上」
カーンが屋敷の門を破壊した頃、シーニャとセインは屋敷の裏側にいた。
神をも騙す妖精の魔法のおかげである。今、二人は屋敷の裏口の一つの外で待機している。
周囲に人の気配は無い。というか、カーンのおかげでそれどころではないようだ。
「今のうちに行きましょう」
剣を抜きながらセインが言う。シーニャも杖をその手に持つ。
その手は少し、震えていた。
「……大丈夫。わたくし達は強くなりましたわ」
「はい。それに頼もしい仲間もいます」
モヒー・カーン。神の遣い。そして自分たちの救い主。彼には感謝してもし足りない。
この復讐のために考えられる以上に協力をしてくれているのだから。
彼のことを思い出していると、不思議なことに、手の震えは止まっていた。
「行きましょう。この裏口からなら、執務室はすぐですわ」
「はい」
シーニャは杖でドアを軽く撫でた。解錠の魔法が発動し、鍵が開く。
解錠の魔法は学園で禁忌とされている魔法の一つである。言うまでも無く、犯罪に繋がるためだ。
シーニャも理論は知っていたが、こんなことでもなければ生涯使うことは無かっただろう。
「セイン。向こうに気配は?」
「大丈夫です。手はず通りいけます」
扉を潜ったら隠れ身の魔法で姿を隠して移動する手はずである。双方の姿が見えなくなるが、屋敷の構造に詳しい姉妹なら道を間違えることは無い。
「姉上、必ず仇を討ちましょう」
「勿論ですわ」
言葉と同時に、二人の姿はその場から消えた。
姿を消した二人が屋敷内に入ると、中の混乱ぶりがよくわかった。
通路を歩く鎧姿の男達が、「なんだあのトサカ頭は!」「もっと入り口に増援を送れ!」「敵は一人だぞ!」「駄目だ! 凄い勢いで進んでる!」と叫び声をあげている。
姿を隠したシーニャは、カーンが無事であること。計画通り囮をやれていることに胸をなで下ろした。
ライクレイ家の屋敷はそれほど広くない。カーンが更地にしてしまう前に、目的を果たさなければ。
そう思って、歩みを勧める。姿は見えないが、セインも同じ通路を行っているはずだ。
ライクレイ家の執務室は一階にある。屋敷の主人が来客と応対するためのつくりだ。資料によると、マイクスとジエードはその執務室にいることが多いとされていた。
この騒ぎの中でも避難していなければ、その付近にいるはずである。面倒なので、執務室にいて欲しいものだ。
シーニャのそんな願いが通じたわけではないが、マイクスとジエードはすぐに見つかった。
ちょうど執務室から出てくるところにシーニャは出くわしたのである。
執務室から出て来たのは合計五人。マイクスを囲むように、ジエードと三人の戦士が武器を抜いた状態で部屋から出てきたところだった。
セインの姿は見えないが、近くに居ることを確信しつつ、シーニャは隠れたまま杖を振った。
半透明のスカートに魔法陣が浮かび上がる。用意しておいた魔法が発動する。
「檻となりなさい!!」
叫びと共に杖を振ると、スカートから放たれた赤い魔力が通路の壁や天井に張り付いた。
そして、そのまま自分達とマイクス達を取り囲む結界を形作る。
シーニャの得意とする古代魔法:印刷系を応用した、空間に魔法陣を転写する術である。
これにより、好きな場所に結界を張ったり、攻撃魔法を設置することが可能だ。
「な、なんだ! この光はなんだ!」
「……落ち着け。これは結界だな。どうやら、賊は一人ではないらしい」
慌てるマイクスと落ちつきはらったジエード。対照的な反応の二人を見ながら、シーニャは隠れ身の魔法を解いた。
同時、まるで申し合わせたように、セインもその場に姿を現した。
「……ッ! シーニャとセイン! 馬鹿な! 近くにいるなんて情報は無かったぞ!」
「下がれマイクス。小娘二人に怯える必要は無い」
早くも逃げ腰のマイクスを護るようにジエードと黒の戦士団が二人を姉妹の前に立ちはだかった。
「……お父様とお母様の仇、今日、この場で討たせて貰いますわ」
堂々とした態度で発言しようとしたシーニャだが、緊張してか思った以上に低い声が出てしまった。
どうやら、自分はかっこよく敵討ちを宣言できるタイプではないらしい。
「父上と母上の魂の安息のため! ここに鉄槌を下す! 覚悟!」
姉の代わりとばかりに堂々とした声でセインが叫ぶ。
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