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6輪車での、信地旋回。
45度操舵。
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「ううむ、その場での信地旋回が・・・」と、小型模型で試作案を検討する技師連中である。
先日の反省会での事である。
総輪装甲戦闘車を戦車小隊の隊長へ試乗してもらったのだ。
「まさか、信地旋回の話がでるとは・・・」と、思っていなかった技師らである。
自動車は信地旋回はできない。 4輪の車で、その場での旋回は無理なのだ。
絶対に、旋回半径が生まれるのだ。
戦車には、その旋回半径がないのだ。 その場で旋回できる、信地旋回である。
まあ、ソ連軍の戦車は無理なのだが。
鹵獲したソ連軍戦車は構造上、無理なのである。
もちろん、我が日本陸軍戦車は可能である。
鹵獲したソ連軍の戦車も変速機を交換すれば、信地旋回ができるのだ。
まあ、戦車の変速機は日本軍が進歩しているようだ。
各国で特徴があるのである。
ソ連は鋳造技術が進んでいる、とかである。
「どうしても、6輪で信地旋回するには・・・45度の切れ角が必要だな。」と、前後の2輪、つまり4輪の45度操舵となるのだ。
「タイヤの場所を広く取らねばならんし。」「さらに、操舵装置も・・・」
模型ならカンタンだが、実際の機械では・・・・
「しかし、信地旋回が戦闘車ができる、これは・・・・」 そうなのだ、かなりの運用上の効果が期待できるのだ。
「タイヤは戦闘用のゴムだけのタイヤだから。」と・・・・つまり、パンクしないのだ。
「45度、舵を切ることになるのだが。」「45度も操舵するとなると・・・いままでのサスペンションでは?」
そうなのだ、無理である。 そこを、考えるのが技師であり、技官であるのである。
「そうだ、操舵装置全体を操舵すれば・・・」早口言葉ではないんだが・・・・
「30度くらいまでは、既製の操舵装置で、そこからが本番なのだ。」
どうやら、閃きが・・・・改造するのは、日本人の得意中の得意なのだ。 つまり、十八番(オハコ)なのである。
特亜三国のヤツらとは外見は似てるが、内面は別物なのである。
こうして、試行錯誤の末、6輪装甲戦闘車の模型が完成したのだ。
もちろん、車輪の部分だけである。 上半分は完成してるからである。
模型で造ってみて、走らせてみるのは費用対効果が大きいのだ。(節約だ。)
そう、予算が限られる軍事費なのである。
効果的な兵器開発は兵士たちの戦意高揚にも繋がるのだ。
勝てる武器や、勝てる兵器が強い日本軍へつながるのである。
「しかし、主任。」「なんだ。」「どうして、戦車兵は信地旋回にこだわるんですか。」
「あ、あ、それか。」「え、え、ソ連軍はできない戦車じゃないですか。」
「だからだよ。」「えっ。」
「敵ができないことが、我が軍はできる。」「ハァ。」
「それが、戦果につながるからだ。」
どうも、イナイチはっきりしない技師らである。
「それに、戦車の信地旋回は時間がかかるんだ。」「そうですね。」 ドイツのティーガーも遅いのだ。
「それが、6輪装甲戦闘車なら、数秒だ。」「戦車も戦闘車両も装甲は前部が厚いのだ。」
「そうですね。」「そして、後ろはラシエターやエンジンがあるから、どうしても薄い装甲だ。」
「敵へ後ろは見せたくないのだ。」「信地旋回が数秒なら、敵に後ろを盗られても、一瞬で挽回できるんだ。
「この6輪装甲戦闘車は無双だぞ。」と、主任が熱く語るのだった。
そして、3ヶ月後だ。 とうとう、試作1号機が完成したのである。
総輪装甲戦闘車、を改め。 01式6輪装甲戦闘車と正式名がきまった。
愛称は総輪車だ。 戦車隊の連中はソウリンと呼んだそうだ。
ここで、その諸元を読者諸君へ特別に開示することとした。 とうぜんに、軍事機密である。
諸君の愛国心への信頼がゆるがないと信じたい。
では、長さが車台が6メートル、幅が3メートルである。 高さが2,5メートルだ。 これは、日本本土の道路事情からである。 日本は狭い国なのだ。
砲身は長砲身の75ミリ砲である。 もちろん、ライフル砲だ。 砲弾は75発まで搭載できる。
最高速度は80キロだ、巡行速度は50キロである。 (本当は100キロも余裕なのだが。)
そして、悪路走行は20キロなのは戦車と同じだ。
エンジンは攻撃型戦車と同じ統制デーゼルエンジンだ。 部品も同じで、修理がカンタンである。
なお、気筒数を10気筒から14気筒まで増やせる。
乗員は、車長・砲手・運転手・装填手の4名だ。 無線は車長が兼ねる。
そして、装甲だが・・・たとえ愛国者であっても知らない方がいいことも多々あるのである。
しかし、参考までに…前面が4センチの斜め装甲の複合板である。
側面は3センチだ。 上も3センチである。 後部はラシエターなどである。
そして、追加の装甲を重なることができるのだ。
敵や作戦などで替えられるのだ。 それで、車重も変化するが・・・
基本車重は、28トンから30トンと軽量である。
でないと、80キロ毎時で満州平原は走れない。
オマケだが、機銃は砲塔の上に7ミリ機銃と、砲身へ同軸機銃がある。
言い忘れたが、デーゼルエンジンは空冷だ。 水冷だと複雑になるからだ。 それに、敵に撃たれ強いのが空冷だからだ。
そして、最大の軍事機密が45度操舵装置である。
30度までは、普通のラック・アンド・ピニオンである。
そして、30度から45度までが・・・・・なのだ。
ここは、軍事機密のレベルが高いので・・・・なのである。
先日の反省会での事である。
総輪装甲戦闘車を戦車小隊の隊長へ試乗してもらったのだ。
「まさか、信地旋回の話がでるとは・・・」と、思っていなかった技師らである。
自動車は信地旋回はできない。 4輪の車で、その場での旋回は無理なのだ。
絶対に、旋回半径が生まれるのだ。
戦車には、その旋回半径がないのだ。 その場で旋回できる、信地旋回である。
まあ、ソ連軍の戦車は無理なのだが。
鹵獲したソ連軍戦車は構造上、無理なのである。
もちろん、我が日本陸軍戦車は可能である。
鹵獲したソ連軍の戦車も変速機を交換すれば、信地旋回ができるのだ。
まあ、戦車の変速機は日本軍が進歩しているようだ。
各国で特徴があるのである。
ソ連は鋳造技術が進んでいる、とかである。
「どうしても、6輪で信地旋回するには・・・45度の切れ角が必要だな。」と、前後の2輪、つまり4輪の45度操舵となるのだ。
「タイヤの場所を広く取らねばならんし。」「さらに、操舵装置も・・・」
模型ならカンタンだが、実際の機械では・・・・
「しかし、信地旋回が戦闘車ができる、これは・・・・」 そうなのだ、かなりの運用上の効果が期待できるのだ。
「タイヤは戦闘用のゴムだけのタイヤだから。」と・・・・つまり、パンクしないのだ。
「45度、舵を切ることになるのだが。」「45度も操舵するとなると・・・いままでのサスペンションでは?」
そうなのだ、無理である。 そこを、考えるのが技師であり、技官であるのである。
「そうだ、操舵装置全体を操舵すれば・・・」早口言葉ではないんだが・・・・
「30度くらいまでは、既製の操舵装置で、そこからが本番なのだ。」
どうやら、閃きが・・・・改造するのは、日本人の得意中の得意なのだ。 つまり、十八番(オハコ)なのである。
特亜三国のヤツらとは外見は似てるが、内面は別物なのである。
こうして、試行錯誤の末、6輪装甲戦闘車の模型が完成したのだ。
もちろん、車輪の部分だけである。 上半分は完成してるからである。
模型で造ってみて、走らせてみるのは費用対効果が大きいのだ。(節約だ。)
そう、予算が限られる軍事費なのである。
効果的な兵器開発は兵士たちの戦意高揚にも繋がるのだ。
勝てる武器や、勝てる兵器が強い日本軍へつながるのである。
「しかし、主任。」「なんだ。」「どうして、戦車兵は信地旋回にこだわるんですか。」
「あ、あ、それか。」「え、え、ソ連軍はできない戦車じゃないですか。」
「だからだよ。」「えっ。」
「敵ができないことが、我が軍はできる。」「ハァ。」
「それが、戦果につながるからだ。」
どうも、イナイチはっきりしない技師らである。
「それに、戦車の信地旋回は時間がかかるんだ。」「そうですね。」 ドイツのティーガーも遅いのだ。
「それが、6輪装甲戦闘車なら、数秒だ。」「戦車も戦闘車両も装甲は前部が厚いのだ。」
「そうですね。」「そして、後ろはラシエターやエンジンがあるから、どうしても薄い装甲だ。」
「敵へ後ろは見せたくないのだ。」「信地旋回が数秒なら、敵に後ろを盗られても、一瞬で挽回できるんだ。
「この6輪装甲戦闘車は無双だぞ。」と、主任が熱く語るのだった。
そして、3ヶ月後だ。 とうとう、試作1号機が完成したのである。
総輪装甲戦闘車、を改め。 01式6輪装甲戦闘車と正式名がきまった。
愛称は総輪車だ。 戦車隊の連中はソウリンと呼んだそうだ。
ここで、その諸元を読者諸君へ特別に開示することとした。 とうぜんに、軍事機密である。
諸君の愛国心への信頼がゆるがないと信じたい。
では、長さが車台が6メートル、幅が3メートルである。 高さが2,5メートルだ。 これは、日本本土の道路事情からである。 日本は狭い国なのだ。
砲身は長砲身の75ミリ砲である。 もちろん、ライフル砲だ。 砲弾は75発まで搭載できる。
最高速度は80キロだ、巡行速度は50キロである。 (本当は100キロも余裕なのだが。)
そして、悪路走行は20キロなのは戦車と同じだ。
エンジンは攻撃型戦車と同じ統制デーゼルエンジンだ。 部品も同じで、修理がカンタンである。
なお、気筒数を10気筒から14気筒まで増やせる。
乗員は、車長・砲手・運転手・装填手の4名だ。 無線は車長が兼ねる。
そして、装甲だが・・・たとえ愛国者であっても知らない方がいいことも多々あるのである。
しかし、参考までに…前面が4センチの斜め装甲の複合板である。
側面は3センチだ。 上も3センチである。 後部はラシエターなどである。
そして、追加の装甲を重なることができるのだ。
敵や作戦などで替えられるのだ。 それで、車重も変化するが・・・
基本車重は、28トンから30トンと軽量である。
でないと、80キロ毎時で満州平原は走れない。
オマケだが、機銃は砲塔の上に7ミリ機銃と、砲身へ同軸機銃がある。
言い忘れたが、デーゼルエンジンは空冷だ。 水冷だと複雑になるからだ。 それに、敵に撃たれ強いのが空冷だからだ。
そして、最大の軍事機密が45度操舵装置である。
30度までは、普通のラック・アンド・ピニオンである。
そして、30度から45度までが・・・・・なのだ。
ここは、軍事機密のレベルが高いので・・・・なのである。
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