木乃伊の花嫁

金合歓

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 先の二つの物語に続いて今度も花婿の影に語り掛けようとした彼女は、言葉を発する前の息を吸い込んだところで、扉をたたく音に気付いて息を詰まらせた。それから、天井から吊るされた裸電球が揺れるほどに激しくむせ込み、愛らしい涙を浮かべて、そちらの方を見やった。
 やっと彼に会える時が…
 と、思われたが、重々しい扉の陰から現れたのは、世話係の禿頭の小男だった。糸のように細い目をした彼は、両手を擦り合わせ、何度も何度も深い礼をしている。

「あの人はまだいらっしゃらないのかしら。わたし、すっかり寒くなってしまったし、喉が渇いているの。おなかだって、だいぶんすいてきたわ。」

 涙を急いで拭い取り、花嫁は姿勢を正して高貴な口調でそう訴えた。小男の方も礼を止め(手は相変わらず蠅のように擦り合わせていたが)、体を真っすぐに立てると、乾いたリンゴの皮のようなしわがれた声で答える。

「ええ、ええ、はい、まだでございます。へっ。」

 この小男は、奇妙な音で咳払いをする癖がある。そのとき、音に驚いて突如身をもたげる毛虫のようにカクリと頭を上に向ける仕草をするのだが、花嫁はどうしてもそれが気に入らない。

「おむこさまは、まだ、まだ、支度が整っておりませんで、へっ。それは、そうと、およめさまのほうも、まだ、まだ、準備がいりますよ、へっ。」

「でもあなた、わたしは言われたとおりに蜜を髪に塗ったし、服だってすっかり片づけたわ。それで十分だって、あなた言ったじゃない。」

「ええ、ええ、はい、でも、およめさま、寒いのも、のどが渇くのも、おなかがすいているのも、ええ、お二人の、こどものためによくありません、へっ。」

 そう言い終えると(正しくは、言い終えて咳ばらいを決めると)、小男は不意に扉の陰に引っ込み、外の廊下をカラカラと赤い漆塗りのワゴンを押してきた。花嫁が戸口に駆け寄り、皿の縁に手をかけてそっと外を見てみると、廊下には、この部屋に入るときにはなかった百合の花瓶が飾られていた。そのねっとりとした香りと小男の咳払いとが相まって、花嫁は非常に不愉快になった。とはいえ、小男の押してきたワゴンに並んだ品々を見て、多少は明るい気持ちになった。ケシの実のパン、山盛りの香草、動物の頭の装飾が付いた美しい酒壺、金の小台に盛られた塩や香辛料の数々。

「やっと食事にありつけるのね。裸で食べるのはあんまり気が進まないけれど…」

「ええ、ええ、ご心配なく、へっ。」

 小男はどこからか、綿のたっぷり入った布団のようなものを取り出した。

「さあ、お皿のまんなかで、横になってくださいませ、いえ、なにもいやしいことをしようってわけじゃあ、ありませんで、へっ。初夜の食事は、力を抜いて召し上がるのがいいと、昔から申しまして、ええ、私がお口元まで、お食事を運びますから、へっ。」

 そんな話があったかしら、と花嫁は思ったが、花婿を待ちすぎて疲れ切っていたし、実は眠くて今すぐにでも横になりたいと思っていたので、自然と体は青大理石の皿の真中に倒れこんだ。

「それじゃ、失礼して、へっ。」

 トルコ風呂にでも入るかのような、宝飾付きの背の高いサンダルに履き替えると、小男は身を低くして巨大な皿の上に乗り込んだ。そして、けして足音を立てないように最大限の敬意を払いながら女に近づき、その体にふうわりと布団をかけた。女はまぶたを下ろし、広げた鳩の翼と見まごうような白銀のまつげを頬の上に休ませた。

「では、まず、こちらのアニスのお酒を。あたたまりますし、のども潤いますし、それに、何よりも菌や病を追い払いますから、へっ。」

 小さな銀メッキの盃にそそがれた苦い酒の香りが、女の頬を赤らめさせた。盃の冷たい縁が唇にあてがわれると彼女は蝶が口吻でするように静かに、少しずつ酒をすすった。

「次は、ケシの実のパンを、へっ。」

「ええ、小さくちぎってね。」

 このように花嫁の食事は続いた。あまり多くの香草や香料が使われた食事だったので、彼女の体は次第に力が抜け、なめらかに眠りの中に滑り込んでいった。特に、ケシの実のパンの力は強かったに違いない。痛みを忘れるほど深い眠りをもたらす、ケシの…
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