婚約破棄された魔術師ですが、俺の婚約者を奪った騎士が全力で追いかけてきます

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第一章 またお前か

獣毒後遺症

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 ノクスはルカを連れて翌週には森に入った。魔獣が出る国境沿いの森には、村の人間も立ち入らない。ノクスは飛竜にルカ用の鞍をつける。
 ルカは飛竜に干し肉を与えながら、うっとりと竜の銀鱗を眺めた。
「なあノヴァ、見て、食べてくれた! 飛竜をこんなに間近で見るの、初めてだ!」
「普通は襲撃してくるからな。主食は魔獣で人は食わないが、警戒心が強い。この飛竜は俺が卵から育てたから特殊なんだ。干し肉には魔力を少し籠めて与えろ。魔力の色でお前を覚えてくれる」
 ノクスはそう教えてルカを見下ろし、腕組みしてため息をついた。
「……あのな、危険な国境地帯に行くんだぞ。本当についてこれるのか?」
 ルカはうきうきしながらばしっと己の掌に拳を打ち合わせた。
「行くにきまってる! 同行させてくれてありがとな、ノヴァ!」
「別に……うっかり死なれちゃ寝覚めが悪いだけだ」
 首筋をかきながらノクスはぼそりと言う。ルカはじっとノクスを見上げた。
「……俺、魔術師に会ったの初めてだからわかんねえんだけどさ……全然噂と違うんだな。魔術師ってみんなノヴァみたいなの?」
「俺みたいって何」
 振り向いたノヴァに、ルカは照れたように笑う。
「ノヴァはさ……不器用だけど、やさしい。それに、今まで会った人の中で一番、きれいだ」
「お前、目が悪いんじゃないか?」
 ノヴァは呆れたようにそう言いながら飛竜の背中に飛び乗った。ルカに手を差し出す。ルカはその手に捕まって飛竜の背によじ登ると、ノヴァの後ろの鞍にちょこんと座る。
「だってさ、宿のお客さんもみんなノヴァに見とれてたよ」
「よそ者を注視していただけだ、それは」
 ノクスはそう返したが、飛竜の翼が風を切る音が大きすぎて、ルカには聞こえなかったようだ。
 ――世辞か。美男ならモテるはずだろう。俺は絶望的なまでに、モテない。
 ノクスは失恋の数々を苦々しく思い出した。
 ノクスは幼い頃から隣家に住むアミカが好きだった。アミカは引っ込み思案なノクスにも気さくに接してくれる活発な女の子で、アミカの栗色のポニーテールを見かけるだけでもノクスの心は浮き立った。ただし彼女はアルバスが好きだった。アミカ本人から恋の相談を受けていたから知っている。
 その後ノクスは修行旅行中に出会った魔道具屋のヘレナ、パン屋のクララ、宿屋で声をかけられた歌姫のユリアを好きになったが、全て同じルートで失恋している。
 ――これまでの人生、失恋しかした事ねぇな……。
 ノクスが遠い目で追憶に浸る中、2人を乗せた飛竜は滑るように空へ舞い上がり、北の渓谷に悠々と頭を向けた。ノクスはルカが気絶しないか気になって様子を見ていたが、ルカはいたって楽しそうに声を上げている。
「ひゃっほーい! いい眺め!」
「……肝は据わってるな」
 ノクスは安堵の息をつき、目的の渓谷の崖にある小さな小屋を指さした。
「あそこに降りるぞ。あの小屋に滞在する」

 白漆喰の塗られた真新しい小屋を、ルカはしげしげと見上げる。
「誰がこんな人里離れた崖の上に住んでるんだ?」
「誰も。これは国有の結界管理施設だ」
 ノクスは開錠の呪文を口の中で唱えた。かちりと音がして扉が開く。驚いて飛びのくルカを、ノクスは見返って手招きした。先に荷を担いで小屋に入っていく。
「……国有って!? ノヴァ、あんた野良魔術師じゃなくて、王室魔術師なのか!?」
 ルカに後ろから袖を掴まれて、ノクスは頷く。
 退職届は受理されなかったが、以前から希望していた結界守への異動願が通った。
 王属の結界守は討伐者のように自由に移動はできないが、自由時間勤務なのはありがたい。
「そんなとこ。俺の仕事は結界守だ。これから国境沿いの管理施設を巡って魔獣を狩り、結界を維持する」
 ルカは薄茶の目を丸くしてふるふると震えている。
「ノヴァ、あんた……そんな凄い人だったなら、早く教えてくれよ!」
「いや、別に凄くはねぇ。森の管理人みたいなもんだ。ああ、それと俺、これから3日間寝込む予定だから」
 ルカは「なんで?」と首を傾げた。
「体調悪いのか?」
「まあね。獣毒の後遺症が月に一度出るんだ。デドラって知ってるか?」
「ああ、魔獣辞典で見た事あるよ。……毒液を吐くんだっけ」
 ルカは討伐者の必須知識を脳から引っ張り出す。デドラは森の最深部に生息する魔獣で、人間を襲う。猛毒の赤い液体を噴射して攻撃してくる事で有名だ。
「うん、それだ。そのデドラの突然変異種を倒した時に噴出液を浴びたんだが、通常のデドラ用の薬では解毒できなくてな。毒が残っていて定期的に暴れ出す」
「それって医者に行かなくて大丈夫なのか……?」
 ルカはおそるおそるノクスに近寄って、心配そうにノクスを見つめる。
「医者に行っても薬がないからどうにもできない。変異種は二度と現れない可能性が高いから、専用の解毒薬を俺ひとりのためには開発できねぇんだ」
 ノクスは手慣れた様子で荷をほどきながら言った。ビスケットの包みをテーブルに積み上げる。
「じゃあ、寝てる事しかできないって事?」
「そう。2階で寝るから、3日間は絶対に部屋に入るな。――覚えてねぇんだが、発作中は暴れるらしい。ルカにも危害を加えるかもしれねぇ。内鍵をかけて魔鎖で扉が開かないようにしておく」
「そんな――3日も!? 今まで一人でどうしてたんだよ?!」
 ルカは立ちすくむ。
「今まではアルバ……いや、仲間が魔獣用の強力な鎮静剤をくれて、強制的に昏睡状態にして乗り切ってた」
「魔獣用!? それ死なないか!?」
「量を調節すれば心配ない。通常の薬は俺の体質ではあまり効かないんだ」
 淡々とノクスは告げた。薬が効きにくいのは魔力量が並外れて多いせいではないかと医師に言われた事がある。
 ――今はアルバスがいないから、村で買えた弱い鎮静剤しかないけどな。今回は自分にも魔鎖をかけて寝床から動けないようにしておこう。
 ルカを連れて来てしまった以上、万全を期すつもりでいた。
「昏睡中、よく無事だったな。昨今は治安悪くて宿でだって油断できないのに」
 ルカは血相を変えている。ノクスは「ん?」と頭をかいた。
「幼馴染がついてたから大丈夫。起き抜けは香水の匂いでくらくらするけど」
 ルカは怪訝そうに眉を寄せた。
「なんで香水?」
「獣毒の緩和成分入りの香水があるんだ。アカデミー開発の試作品で、いずれ貴族向けの日用耐毒策になるらしい。アンバーの香りで、幼馴染は市中では必ずつけてる。昏睡中は必ず、症状抑制にと俺にもつけてくれた」
 ――面倒見がよくて親切で、優しいアルバス。
 思い出したノクスは胸が苦しくなって口をつぐんだ。ルカは疑うような顔でかぶりを振る。
「でもさ、発作中ほんとに暴れたの? 覚えてないんだろ?」
 ノクスは苦笑した。
「本当らしい。デドラ変異種に噴出液をかけられた日は幼馴染と二人で討伐に出てたけど、途中から記憶がねぇ。3日後に森で目が覚めたら縛られてた。幼馴染の顔に青痣ができてて、『君は凶悪だった』ってさ。あいつ喧嘩で人に負けた事ねぇのに、俺には殴られたらしい」
「ふーん……そう」
 ルカは曇った目でノクスを見上げたが、いったん納得する事にしたようだ。拳で胸を叩く。
「けどさ、鎮静剤で寝てるなら安全だ。その幼馴染だって部屋で様子見てたんだろ。俺だって看病できる」
「幼馴染は剣士だ、俺が暴れても対処できる。お前は違うだろ。『絶対に俺以外の人間に会うな』って言われてるしな」
 納得したようだったルカはまた疑わしげな顔に戻った。
「『俺以外には』……? 『言われてる』って、その幼馴染に?」
 ノクスは頷いた。ルカはドン引きしている。
「またその幼馴染!? 怪しいんだよ。そもそも剣士のくせに魔獣用の鎮静剤なんか、なんで持ってんだよ? 魔獣医でもないのに」
 ――それで疑ってたのか。
 ノクスは合点がいって、急いでとりなした。
「それはあいつの家が魔獣学アカデミーの出資者だからだ。お父上も魔獣学の権威だし、薬学処方の知識もあって、融通がきいて……」
「出資者? ノヴァの幼馴染って貴族なの?」
 尖った目で凍りついたルカの顔を見て、ノクスはハッとした。
 そうだ。平民から見ても、貴族との間には壁があるのだ。カッシア嬢のように平民を見下す貴族もいれば、ルカのように貴族を敵視する平民もいる。アルバスと長く一緒にいたから忘れかけていたけれど、これが普通なのだ。
 ノクスはぎごちなく笑う。
「貴族だけど、あいつは変わり者だよ。家出して家名を捨てて、平民の俺と討伐者になった」
 ――新たに白騎士の称号とマクシマムという家名、子爵位を与えられて、また貴族に戻ったけどな……。
 ルカはしかし、警戒を緩めるつもりはなさそうだ。
「あ、そ。……仮にノヴァが貴族でも、あんたなら信頼するよ。けど、他の貴族は別だ。うちの村の領主は高い税金を取り立てるくせに、魔獣に襲われた時、村に兵の一人もよこさなかった! ……ノヴァ、あんたひょっとしてそいつに人体実験とか、されてないか?」
 ルカはこわばった顔でノクスの手を掴んだ。ノクスは笑ってかぶりを振る。
「それはねぇな。あいつは悪い奴じゃない」
 ――モテすぎるという欠点はあるが。
「……はあ」
 ルカは呆れ顔でため息をついた。まるで信じた様子がない。
 ルカをなだめるように、ノクスは言葉を継ぐ。
「発作は1か月に1回。発作前後は酔ったようにふらついて、夢と現の区別がつかなくなる。危険だろ? 俺の弟子なら、覚えておいてくれ」
 こくり、とルカは唇を噛んで頷いた。
「……酔ってるみたいっていうの、ちょっとわかる。ノヴァから甘い匂いがする」
 お酒の匂いみたいだ、とルカはノヴァの襟元に鼻を近づけてくん、と嗅いだ。薄茶の瞳がとろりと蕩けて、陶然とした表情になる。ノヴァはそっとルカの肩を掴んで遠ざけた。
 ――アルバスも俺の発作前はいつもこんな顔してた。デドラ変異種の毒が活性化して、周囲の人間にも酩酊作用を及ぼしている……?
「ルカの最初の仕事は、飛竜に一日一度干し肉を与える事だ。飛竜が小屋を守るが、魔獣が出るから森には入るなよ」
 ノクスはてきぱきと指示し、急いで階段を上って行った。不安そうな表情のルカを踊り場で振り返る。
「絶対に部屋に入るな。もし薬が効かず俺が暴れたら、飛竜に乗って逃げろ。あいつはもうルカの手から餌を食べたから乗せてくれる。誰が来ても入れちゃ駄目だぞ」
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