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第3章 反逆者と呼ばれて
反逆者と呼ばれて
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「じゃあ、ルカは買い出しな。メモは持ったか? 忘れずにな」
ノクスはキャスケット帽をルカの頭にぽん、と被せた。魔獣の森を出て国境沿いの村に移動したところだ。物資を調達して、明朝にも国境を超える予定である。
キャスケット帽のつば越しに、ルカはノクスを見上げる。
「……ノクスは? あいつと一緒?」
「そうだな、飛竜の様子を見に行くよ。隣の森に置いたままだから」
ノクスは言いながら、アルバスが部屋の扉脇でこちらをじっと注視しているのを意識していた。
「俺も一緒に行きたい」
「ん、今度な。今日は手分けして仕事を済ませよう」
にっこり笑って言うと、しぶしぶルカは部屋を出て行った。扉が閉まると、壁にもたれていたアルバスが腰を浮かせる。ノクスに近づいてきて、目の前で足を停めた。
厚みのある躰が立ちはだかる圧迫感に、ノクスは息を呑む。昨晩のアルバスの言葉が頭をよぎった。
――『ノクスにもその覚悟があるだろう?』
ノクスはパッと片手を挙げる。
「待て。話がある」
アルバスはかすかに首を傾げた。
「話って?」
「まず言っておく。今からでもお前は王都に戻れる。ついてきてもいい事ないぞ」
は、とアルバスは片頬だけで笑った。歪んだ笑顔でじっとノクスを見つめる。
「俺が嫌になった? 見たくなくても俺の顔は毎日見る事になるよ。離れないって言っただろう」
ばか、とノクスはくしゃりと顔を歪めた。
「そういう事じゃない。ただな、どうしても一緒に来るって言うなら、雌化は見送る。相手としてお前が嫌だからじゃない。相棒と寝て気まずくなるのが嫌なんだ。お前は人付き合いのできない俺が人生で一番長い間、一緒にいた相手なんだからな! 変な事で失いたくない」
アルバスはノクスを見つめたなりしばらく固まっていたが、やがてぽつりと呟く。
「俺は気まずくないよ」
ノクスはぷいと顔を背けた。
「お前が平気でも、俺は気まずい。感情抜きでさっさと済ませて、ほとぼりが冷めてから会うくらいがちょうどいい。事が済んでからもずっと一緒じゃ、どんな顔していいかわかんねぇだろうが」
「『感情抜きで』『さっさと』ね……。君は本当にデリカシーがないな。まあいい。慣れてる」
アルバスは重たげな頭をもたげて、なんともいえない表情で腕を組む。
「君の言いたい事はわかった。でも現実問題、発作をどうするつもりなんだ。外国では対魔獣用の鎮静剤もたやすくは手に入らない」
ノクスは唇を噛んだ。
「市販の鎮静剤で対処する。花街にでも行けば雌化の相手も見つかるはずだし」
「……へえ。君は一夜を限りに誰とでも寝るのか」
アルバスは氷のような瞳でにこ、と笑った。
――怒って……るな、これ……。アルバスからかつてない圧を感じる……。
ノクスはたじたじとなって口ごもる。
「だ、誰とでもなんて言ってない。一人でいいんだよ、一人で」
「俺は反対だ。危険すぎる。自覚はないだろうが、君は有名人だ。相手がステパノスの大賢者とわかれば言いふらす者も、脅迫する者もいるだろう。たちの悪い相手につきまとわれたらどうする? 性病の恐れもある」
アルバスは流れるように述べながら、白々と顎を上げて薄青の瞳を細め、ノクスを見下ろした。
「それは……」
ノクスは言葉に詰まった。新聞の見出しに踊る『ステパノスの大賢者、花街で男を買う』の文字を想像して、拳で口を押える。ありえない事ではない。
アルバスは無表情に続ける。
「俺なら病気の心配がない。長年誰とも交渉してないんだ。秘密も守れる」
――王都ではさぞかし華やかな女性遍歴を送っているものと思ってたぞ。意外と身持ちの堅い奴。いや、そんな事はいい。こうも理路整然と説かれると断れねぇ。
ノクスは俯いて眉間の皺を深め、喉の奥で「んん」と呻いた。アルバスはじっとノクスを見つめる。
「初めての行為を俺とでは、ノクスに抵抗があるのも理解はできる。だけど俺しかいないよね?」
ノクスは頭を抱えた。アルバスの言葉は何から何まで的を射ている。他にあてなどあるわけがない。
「そうだよ、俺が頼れるのは結局お前だけだ。けど、お前は俺が相手じゃ嫌だろ?」
ノクスは俯いた。アルバスは怪訝そうに眉を顰める。
「嫌なら言わない。なぜそう思った?」
「だってお前……催淫作用で理性が飛んでても俺に手を出さなかったんだぞ。俺と寝るのが嫌だから以外、考えられねぇ」
ノクスは小さい声で呟く。
――アルバスがあまりに優しいから、『俺のこと好きなのか?』と疑った事もある。でも、発作時のアルバスの行動を考えるとありえない。
ノクスは口調を強めた。
「お前が魔術師ならわかる、己の欲に従えば討伐中の死に直結するからな。でもお前は剣士なんだから、我慢する必要はなかっ……」
ノクスの言葉を、いきなりアルバスが遮る。
「ある。理由は今君が言った。魔力量を維持しなければ、森の深部では君を死なせる恐れがあるんだ。大型魔獣相手に俺一人では君を守りきれないから。発情期の君は自分を制御できない。精を吐くなと言っても無理だ。だから耐えた」
アルバスはノクスを見つめた。ノクスは眉を顰め、ぎゅっと拳を握りしめる。
――俺を守ろうとして、しなかった? 本気か……!?
「お前、それがほんとなら賢者級の自制心だぞ。それに森にいない時の発作も切り抜けたんだろ?」
ノクスは信じられないという顔でアルバスを見つめた。アルバスは肩をすくめる。
「もちろんだ。一度目の発作の後、後遺症の件で実家に問い合わせたら、弟のマリウスにきつく釘を刺されてね。『記憶のない時に犯したら、彼は兄さんを殺すだろう。あるいは、兄さんから逃げて二度と会ってくれなくなるかもね。大賢者ノクスの相棒に相応しいと証明してみせろ』って。……縁を切られるよりは耐える方がいいよ」
アルバスはほろっと苦笑する。ノクスはそれを見上げて、知らないうちに肩に入っていた力が抜けて緩んでいくのを感じた。
――なんだ。別に嫌がられていたわけじゃなかった。変だな、ほっとした。
「……ありがとな。獣毒緩和の香水をつけてたとはいえ、大変だっただろ」
アルバスは当然のようにのんびりと頷いた。
「まあ、初回は骨が折れたよ。まずは君を気絶させて縛るだろう。魔道具で魔獣除けを施したテントに君を置くだろう。それから自分を殴って気絶させるんだ。3日間、目が覚める度に自分を殴ってた。目が腫れ上がって青くなったな」
――え。顔の青痣って、俺がつけたんじゃなかったのか。アルバスが自分で自分を殴ってたのか!?
想像以上に痛そうである。アルバスは固まっているノクスの肩に手を置く。
「勘違いがあったようだけど、俺は君との行為は嫌じゃない。君は気まずいだろうが、俺で手を打たないか? 抵抗があるなら、まずはふれあいに慣れよう」
流れるように腰を抱き寄せられて、ノクスは慌てて声を上げた。
「ま、待て待てまて。お前なんでそこまでしてくれるんだ!? 俺には礼の返しようがねぇ! こんな事までしてもらって――」
王都から辺境の管理施設まで来るのにかかった馬車代や宿代もタダではない。その上、白騎士としての華々しい生活を捨てて国外逃亡し、身を呈してまでノクスの苦境を助けてくれるというのだ。いくら相棒でも尽くし方が度を越している。
アルバスはノクスをぎゅっと抱きすくめた。穏やかな声で言う。
「そうだなあ。俺はずっと前から心に決めているんだ。君が逃げたら必ず捕まえると。だから当然の事をしているだけだよ」
――何が『だから』なのか全くわからん……。
ノクスは眉間にしわを寄せた。
「俺は別に逃げない」
「逃げてる。覚えていないのかな、これで3度めだ。1度目は10歳の時。魔術書ばかり読んでる君を無理やり連れだして、俺の家の庭で隠れ鬼ごっこをした。でも君は俺から逃げて隠れて、途中でいなくなった。君ばかりしつこく追いかける俺と遊ぶのが嫌になって、魔術書を読みに戻ったんだと思った。その日だ、君の母上が魔獣に襲われたのは」
ノクスはハッと息を呑んだ。あの日の午前中に何をしていたか、今まですっかり忘れていた。
アルバスはぎゅうと腕に力を籠める。
「夕方遅く、知らせが来たんだ。君の家の畑に魔獣が入って、君の母上が大怪我をしたと。君だけが見つからないと」
――そうだった。あの時、俺は急に眩暈がして冷や汗が流れ、立っているのも辛くなったんだ。胸がむかむかして嫌な予感がしたけれど、誰にも言えなかった。今にも吐きそうだったが、領主様の庭で吐いてはいけないと思った。使用人用の勝手口から出たものの、小川の端で倒れて、そのまま気を失った……。
ノクスはやっと思い出した。母が魔獣に襲われた衝撃で、記憶が吹き飛んでしまっていた。
アルバスは震える声で囁く。
「さんざん探した。邸内から出るなと命じられたけど、犬を連れて抜け出して。隠れ鬼で俺がちゃんと君を探して捕まえておかなかったせいで、君が魔獣に食われてしまったと思って」
ノクスは抱きすくめられて動けないまま、アルバスの顔を見上げようとする。
「ごめん。気分が悪くなって、小川まで行ったんだよ。でも倒れた」
「知ってる。……気を失った君を浮浪者の男がテントに引きずり込んでいた。子供が倒れていれば、普通の大人は衛兵に知らせる。尋問したら売るつもりだったと言っていたよ。幸い俺の犬が嗅ぎつけたからよかったけれど」
アルバスの声から急に温度が消える。ノクスは慌てた。
「えっ、そんな危ない目に遭ってたのか? なんで俺は知らねぇんだ」
「気を失っていたからね。母上が大変な時にそんな事まで抱え込む余裕はないだろうと思って黙っていた。彼には俺がたっぷりお礼をしておいたよ」
アルバスはふふと低く冷たい声音で笑った。顔は見えないが、ノクスの背筋にぞくっと寒気が走る。
――その浮浪者、今も五体満足で生きているといいが。
ノクスはしかし、今はアルバスへの労いに集中する事にした。
「――頑張って見つけてくれたんだな。アルバス、ありがとう」
「俺にお礼はいらない。君は俺の一部みたいなものだから、探して当たり前だ」
アルバスはぽつりと言った。
「君を見つけた時、自分に誓ったんだ。次からは君がどこに逃げても必ず捕まえるって。君がこの腕に戻るまで、絶対に諦めないって。だから、承知しておいて」
ノクスは返事につまって瞬きした。
――俺を死なせるところだったと思い込んだせいでトラウマになっているんだろうな。でも、言い方がちょっと怖いぞ、アルバス。
「……で、2度目っていうのは?」
「君が討伐者になると決めて、村を出た時」
ノクスは思い出したように口を開いて、首を振った。
「ああ、あれは……一緒に行けるわけがないと思ったから。お前とじゃ身分が違う」
アルバスは腕をほどいてノクスの頬を己の両手で包み込み、覗き込むようにした。ノクスの額に自分の額をつける。じっとノクスを見つめる。
「別れ一つ言わずに出て行った」
「……近ぇ」
ノクスは間近に見つめられて、照れたようにアルバスの胸を押しのけようとする。が、ノクスが押したところで、アルバスの逞しい胸は鉄壁のように動かない。
「あの日の事、覚えてる?」
「もちろん」
ノクスはかすかに頷く。昨日の事のように覚えている。
※ ※ ※
「どうして俺を置いていったんだ? 討伐者になる時は俺の相棒になるって、約束しただろう!?」
アルバスはノクスの肩を掴んで揺さぶった。体格のいいアルバスに揺さぶられると、なかなかの衝撃がある。
ノクスは脳震盪を起こしそうになりつつ、アルバスの腕に手をかけて止める。
「落ち着け。――それ小さい時の口約束だろ」
「約束は約束だ。破るのか!?」
「まあ、ある意味そうかも」
ノクスは俯いて首筋をかいた。
「俺では駄目か!?」
蒼白になるアルバスに、ノクスはため息をつく。
「お前は十分すぎるくらい強いよ。村一番――いや、王都に行っても、お前に敵う男はいないだろう。だけど、領主様の跡取り息子が討伐者になるのは夢物語だ。領主様にも、諦めるよう言い聞かせてくれと頼まれた。置手紙でそのへんの事情は書いた……はず……」
「これのこと?」
アルバスはポケットからしわくちゃになった便箋を取り出した。ノクスの目前で、アルバスは無表情にびりびりと手紙を裂き始める。見る間に紙屑になっていく便箋に、ノクスは焦って手を伸ばした。
「ちょ、お前、人が心をこめて書いた手紙を……!」
「黙って俺を置いていった君に真心なんてあるのか? 別れの言葉なら要らない」
「あのなあ……」
まっすぐな目で見られると弱い。ノクスはため息をついて目をふせる。
「お前のそういう一直線なところ、嫌いじゃない。平民にも分け隔てないところも。だからこそ連れていけない」
――きっとアルバスなら、いい領主になれる。討伐者なんかになって命を落とす事はない。
ノクスを見つめ、アルバスは無造作に言った。
「別に君に連れていかれるつもりはないよ」
「あ、そ……。じゃあ、もう日も暮れるから、さっさと帰って」
ノクスはぼりぼりと襟足をかいた。今ごろ領主様のお屋敷ではアルバスを探して大騒ぎになっているだろう。
「俺は自分でついていくから」
「はあ!?」
ノクスはばっと顔を上げてアルバスの据わった眼をまじまじと見上げた。アルバスは淡々と述べる。
「家名は捨ててきた。父には言われたよ。『血の継承の重さを理解できない人間は必要ない。今後グラディウスを名乗るな』って。家は弟が継ぐ」
ノクスは思わずアルバスの両腕を掴んで怒鳴りつける。
「馬鹿! そこまでして、なんで俺についてきたんだよ!? 俺はいいんだよ、討伐者になったって! 俺には家族も失うものもねぇ。お前は長子だぞ!? 継ぐ家があるくせに」
「なんでだろうね」
アルバスは夕風の中で微笑み、澄んだ瞳でノクスを見つめる。
「ノクス、森の中で魔術書ばっかり読んでた馬鹿正直な引きこもりの君が、ぼったくり馬車賃の値下げ交渉や盗賊の襲撃を捌くのは難しいんじゃないか? 俺は腹芸にも慣れてるし、腕力でも役に立つよ」
「酷い言われようだな。まあ、じっさい助かる……けど……」
空気が読めて誰にでも好かれるアルバスが役立ってくれるのは間違いない。体格のよいアルバスがいれば気の荒い連中も喧嘩を売るのをためらうだろう。だが、ノクスは俯いた。
「『けど』?」
アルバスは神経質に聞きとがめた。ノクスは眉をしかめてそっぽを向く。
「討伐で死ぬかもしれないんだぞ。俺はいい、覚悟を決めてる。両親を魔獣に殺られて、俺だけ安穏と暮らすつもりはない。いずれ魔獣に喰われるにしても、復讐は果たす。魔術しか能のない俺に、他に食っていく手立てもない。だけどお前は違う。この選択は最悪の間違いだ」
アルバスは何も失っていない。初めからすべて持っているのだ。辺境の退屈に飽いた道楽息子の気まぐれ、広い世界への憧れ――そんなものが討伐者になる動機だとすれば、なんと贅沢で、なんと愚かなのだろう。
しかしアルバスは微笑んだ。
「『最高の間違い』って言ってほしいね。危険は認識してる。だからこそ来たんだ。それに俺は領主には向いてないんだよ」
ニコニコとアルバスは言って、どこか不透明な曇る瞳でノクスを見つめた。
「眉目秀麗で成績優秀な人気者が領主に向いてないって? 誰がそんな事言った」
醒めた声でノクスは尋ねた。アルバスは、ふ、と息をつく。
「父だよ。俺はねノクス、領民がどうなろうと興味がない。家族にも愛情や興味が持てない。人としてどこか欠けているのかもしれないね。俺と違って、弟は優しい男だ。弟の方が領民を思いやれる」
ノクスは眉をひそめて首を傾けた。
「確かに笑顔は多少胡散臭いし、力も強すぎるけど、アルバスだって優しいぞ。小さい頃、何の縁もない俺にアカデミーの話を持ってきてくれたのはお前だろ」
「君にはね。――我ながら剣士には向いてると思うんだ。領主にこの怪力は不要だけど、討伐者になって魔獣を減らすために使えば、役に立つだろう?」
「まあ、確かにそうだけど。貴族なんだから、一から無名の討伐者になるより、家名を背負って騎士団で経験を積む方が出世できるんじゃねぇ?」
「俺は出世したいわけじゃない。……ノクス、俺が考えも覚悟もなく家名を捨ててきたと思うか。これでも悩んで決めてるんだ」
アルバスは真顔で言った。ノクスは腕を組んで渋面を作る。
「そう言うが、俺はお前が後悔するところは見たくねぇ。お前は魔獣が親の仇ってわけじゃない。何で討伐者になんかなりたいんだ?」
「――じゃあ言うけど、俺は君の側にいたいんだよ」
思い切ったようにアルバスはそう吐き出した。何かを確かめるように、ノクスの目を覗き込む。一方、ノクスはきょとんと目を丸くする。
「なんで?」
アルバスはすうっと息を吸って、止めた。一瞬、目を閉じて、ゆっくりと瞼を開き、冷静さを取り戻したように語り出す。
「……こんな事まじめに話すのも何なんだけど、俺はめちゃくちゃ人にモテるんだ」
「知ってる」
――嫌というほど。
ノクスは頬をかいて答えた。それにしても、急にいったい何の話を始める気だ。
「こんな俺を好きになってくれるのはありがたいんだ。けど俺を好きになった人は、俺にとって何が一番いいかを『自分が』決めようとするんだよ。恋愛じゃなくても――俺を好きだからって理由で」
「俺もしてない自信はないな、それは」
ノクスは天を仰いで呟いた。
――俺だってさっき『アルバスは村に残って家を継ぐべき、それが一番いい』って思ったものな。
「嘘。ノクスは俺に関心がないだろ。俺の魔術書以外には目もくれないくせに」
さらりとアルバスはそう返してくる。
――あるんだけどな。確かに他人には無関心だけど、アルバスには関心あるぞ。たまに、夢にも出てくる。夢ではたいてい一緒に……魔術書読んでるな。
ノクスは黙っていた。言えばよけい誤解させそうだ。アルバスは言葉を継ぐ。
「皆に悪意はない、俺を心配してくれるあまりの事なんだ。そう思って強くなろうとしてきた。でも俺が大きくなって強くなっても、『愛ゆえに』俺に言う事をきかせようとする人は減らなかったんだ。自分を選べとか、自分の望むように振る舞えとか。誰かの好みの幻を演じさせられて、俺自身は無視されてる感じなんだ。それって本当に愛と呼べるのかな? 息苦しいよ」
思わず見返ると、夜空を見上げるアルバスの美しい横顔が目に入る。こんな美神の彫像のような顔をしていれば、好かれ過ぎて悩む事もあるわけだ。別の次元の生き物の悩みだと思えば腹も立たない。
「好きな人にあれこれ期待してしまう事って、あるよ。相手の意志を無視して、言う事を聞かせるのは違うけど。……ほっとけばいいと思うけど、お前は優しいからな。まあ疲れるか」
ノクスがぽそっと呟くと、アルバスはノクスに顔を向けてほほ笑んだ。
――宵闇に笑顔が光るなあ……。後光でもさしてんのかって位。
ノクスはまぶしさに目を細めた。アルバスはすずしい美声でノクスを褒める。
「君は誰に何を言われても飄々としているだろう。そういうところ好きだよ」
ノクスは肩をすくめた。
「恋愛絡みのいざこざが起きてたら俺だってそうはいかねぇ」
「どうかな。少なくとも、君は俺に言う事をきかせようとしてこないね」
「あー……なる……」
ノクスは曖昧に唸った。理解した。アルバスはノクスが『自分の事を好きじゃないから』、そばにいてほしいのだ。
――つまり何だ。俺がアルバスを好きになったら、俺に失望するのか……?
ノクスは密かに己の手を強く握りしめた。胸の中が冷たい。
アルバスはノクスの心も知らず、さらさらと語り続けている。
「君は俺に心酔も期待もしていない。毒を吐こうが嘘笑いしてようが、幻滅せずありのままの俺を見てくれる。……ノクスの側にいると落ち着くんだ」
「あ、そ……」
ノクスはそっけなく言って、しばらく沈黙した。そしておもむろに立ち上がる。
「……いや、待てよ!? モテすぎて疲れたからって、『自分を好きじゃない奴といたいから』って理由で村を出てきたのかよ!?」
「君、今、俺の事を好きじゃないと自ら認めたな」
「お前、モテ過ぎて脳みそどっかいったんだろ!? 村に落としてきたんなら拾って来い!」
「まあまあ、落ち着いて」
アルバスはにこにこと立ち上がってノクスの肩を押さえ、なだめて切株の上に座らせた。
「聞いて。俺、ちっちゃい頃から君が魔術書を読んでるところを見るのが好きだったんだ。君がぶつぶつ言いながら煙を出したり火を出したりして、一生懸命、読みかじりの魔術を練習してるのも、おもしろいと思ってたんだ」
「……珍獣観察みたいに言うな……」
「人嫌いで喋る事も面倒くさがるくせに、無謀にも村を出て討伐者になるつもりだって知った時は本当に感動したんだ。ノクスは本当にご両親を愛していたんだなって。君には熱い心がある。それから、勇気もあるなって。俺は人間に初めて、希望を見た気がしたんだよ」
「……うん……?」
ノクスは陰気に復讐の道をたどってきただけだが、アルバスはそこに何か感動のストーリーを見出しているらしい。明るい奴の考える事はよくわからない。
「でもその時思ったんだ。『村の中でさえ意思疎通できてないのに、外に出たら3日くらいでノクス、死ぬな』って」
「……ん……?」
「俺は幼馴染として、君を見殺しにする事はできないよ。……忘れないで。俺はお前のたった一人の相棒なんだから」
アルバスは輝くような笑顔を見せた。
※ ※ ※
「お前、モテすぎて疲れたから、自分を好きじゃない俺といたいって言ったよな」
ノクスはアルバスの掌に頬を包まれたまま、虚ろな眼差をしてつぶやいた。
「そうは言ってない。あれは忘れて」
アルバスは目を伏せて呻く。常になくアルバスの頬が赤い。赤面しているようだが、いったい何を恥じているのか。
「モテる奴は討伐者になる動機もとんでもねぇなと思ったよ」
「違うんだ。『ノクスと一緒にいたいから討伐者になる』っていうだけじゃ、『ふざけるな』って追い返されると思って……」
「モテすぎるからお前といたいと言われる方がふざけるなだよ。あれ以来俺は、お前に余計な関心を示して煩わせないようにめちゃくちゃ気を遣ったんだぞ」
アルバスはわずかに目を見ひらいた。
「……君が?」
「そう、まかり間違ってもお前を好きにならないように細心の注意を払ったね」
アルバスはぼう然として絶句し、ややあって「いや」とかぶりを振った。
「君はもともと俺に無関心じゃないか」
「俺は無関心なんじゃなくて、表情が乏しいんだよ。関心くらいある」
「嘘つき」
ふふ、とアルバスは低く笑った。
「嘘じゃねえよ。お前がそう思いたいだけだろ」
――お前が気に入ってるのは、お前に関心のない俺なんだから。
ノクスはふんと息をついて横を向く。アルバスは驚いたように瞬きをして、淡く微笑む。
「……そうか。そうかもしれない。ゼロだと思っていればがっかりせずにすむからね。失望するのが怖かった。今も怖いよ」
――やっぱり。アルバスに関心ゼロな俺には、失望せずにすむんだろ。アルバスにとって、勝手な幻想を押しつけられない事は何より大事な安心材料なんだ。
「……そんなに怖いのか」
ノクスはぽつんと呟いた。ずっとアルバスの安心な場所でいたい気持ちと、切ない気持ちがどうしてか混ざり合っている。
「うん……雌化が済んだらまた君は俺から逃げるかもしれないからね。気まずいとか何とか、くだらない事を言って」
伏し目がちに物憂くつぶやきながら、アルバスはノクスのシャツの釦を片手でひとつひとつ外していく。
「くだらなくないだろ。気まずいだろ。――何やってるんだ」
ノクスはアルバスの手を掴んで止めようとしたが、するりと躱された。
「君を雌化するんだよ。覚悟はあるんだろう? ルカが買い出しから戻るまで数時間しかない」
見る間にノクスのシャツははだけ、ベルトが解かれていく。ズボンから抜き取られた革ベルトが床に投げ落とされた。ノクスは眉を下げてアルバスを見上げる。
「……やっぱり、するのか? 慣らしてからじゃないのか?」
「するよ。ふれあいに慣らすには、ふれあうしかないだろう?」
アルバスは言いながらノクスの胸を押して寝台の上に押し倒した。ノクスのズボンを足から引き抜くと、腰の上へのしかかる。耳もとで囁いた。
「前にも言ったけど、俺以外には抱かれないでほしい」
瞳を覗き込まれて、ノクスはふいと赤い顔をそらした。
――俺が大賢者だと知れた時の危険が大きいからだ。わかってる。
わかっていても、暴れだす心臓の音がアルバスにまで聴こえてしまいそうだ。
「誰が抱きたがるよ、俺なんか……いらない心配だ」
ぼやくノクスの胸の白い膚の上を、アルバスの指がたどっていく。薄赤い蕾をみつけてはじいた。
「よく言うね。俺がちょっと目を離した間に、もう弟子気取りの狂信者にまとわりつかれているじゃないか」
「いっ……ルカはちゃんとした弟子だ。モテるお前に言われたく」
ない、と言いかけたノクスの唇をアルバスが己のそれで塞いだ。
なめらかにすべり込んできた舌にノクスはぎゅっと目を瞑る。絡みつく舌はひんやりと濡れていて、どうしてか背筋に甘い戦慄が走る。胸の蕾を摘まれ、撫でられて、ノクスは接吻しながら体をよじらせた。
「あ……っ」
「ここも?」
勃ちあがりかけた雄の徴を下着越しに撫でられて、ノクスは息をつめる。
「だめだ。……そこは」
「今日ばかりは許せ」
アルバスは手を止めようとしない。
「と……討伐はどうするんだ。明日には魔獣の森に入るんだぞ」
「森の深部まで行かなければ大型魔獣は出ない。問題ない。君は1日くらい休め。昨日30匹は狩っただろ、この討伐狂いめ」
アルバスは言いながら下着の中に手を入れ、大きな掌の中でノクスの雄を転がした。人の手で触れられる慄きにノクスは身をすくませる。アルバスの太い指で鈴口の先端を優しくなぞられ、立てた両脚をびくびくと痙攣させた。
「んっ……!」
その時だった。
どんどんどんどん、と扉が激しく叩かれたのだ。
「ノクス、いるんだろ?! 開けてくれよ! 荷物が多くて持ち切れねぇ!」
――ルカの声だ。
「もう戻ってきたのか!?」
言いながらノクスは素早くズボンを履いて寝台を飛び降りる。寝台に座ったままのアルバスから抑えきれぬ怒気が漂っていたが、怖いので視線を合わせるのはやめておいた。
扉の前で一度深呼吸をして、ノクスは扉の内鍵を開ける。飛び込むようにしてルカが転がり込んできたかと思うと、どさどさとテーブルに荷物を下ろす。
「あー重い!」
「全部買えていないだろう。なぜ戻って来た?」
ルカはどすのきいたアルバスの声にもたじろがず、ノクスに快活な笑顔を見せた。
「靴下のサイズがわかんなくってさ。間違えちゃいけねえから、確認しようと思って。小さいかな? 必要なら交換してくるよ」
ノクスはルカの持ち帰って来た袋を覗き込んだ。
「大丈夫だろう」
「よかった! それでその服はどうしてそうなってるんだ?」
ルカは笑顔で尋ねた。
――あっ。
ノクスはぎょっとしてシャツの前をかき合わせた。アルバスに釦を外されてはだけたままだったのだ。
「あっ……ついから、少しな」
「ふうん。もう冬だけどな。ベルトも落っことしたんだな。俺が出る時はきちんと締めてたのに」
ルカは言いながら床の上のベルトを拾い、にこっと笑ってノクスに手渡す。
「俺の師匠は、うっかりさんだな!」
「そ、そうなんだ。はは……」
空笑いで受け取るノクスの手首を、ルカはぱっと掴む。
「やっぱ俺も飛竜を見に行きたいな。ノクスと一緒に行く」
「買い物が済んでいない」
アルバスが低い声で釘を刺す。ルカはすっと目を細める。
「あとは食料品だけだよ。この村は夜市があって、遅くまで買い物ができるんだ。ノクス、お願いだよ」
「わかった、わかった。じゃあ行こう」
ノクスはベルトを締めた。アルバスはさっと青ざめる。
「ノクス、行くな。……今しかないんだ」
「まだ半月ある」
鞄を取り上げるノクスの腕を、立ち上がったアルバスが掴んで引き寄せる。
「ノクス」
「師匠に触るな!」
ルカはかっとなったようにノクスとアルバスの間に割って入り、渾身の力でアルバスを突き飛ばした。ノクスは驚いて止める。
「ルカ、何をするんだ?!」
「……俺の師匠を汚れた目で見やがって。お前の考えてる事くらいお見通しなんだよ! ノクスがどんな思いで純潔を守っていても、お前のようなけだものといるだけで台無しになる」
ルカは唇を怒りにわななかせ、アルバスを睨みつけた。ノクスを後ろに回した手が震えている。
「ルカ、誤解だ。違うんだ。アルバスは俺のためにだな」
ノクスは焦って説明しようとし、ルカの腕をぐいと引っ張った。
――けだもの呼ばわりは酷い。さすがのアルバスも怒っただろう。アルバスに本気で殴られたら、ルカの前歯がみんな吹っ飛ぶぞ。
「ノクス、それ以上いけない」
アルバスは静かに言った。感情というものの乗っていない声音だ。
「いや、説明しなきゃ。すごい誤解されてるぞ」
「かまわない。それよりそいつから手を離して。ノクス」
アルバスはゆらりと一歩、前に踏み出した。いつもは頼り甲斐だけを感じる厚みのある躰が、今日は怒りの籠もったような不穏な気を醸し出している。
「アルバスも落ち着け。お前が自制心の鬼だって事は、俺が誰より知ってるから!」
「そいつに触らないで」
アルバスが言ったと同時に、ノクスはもう腕をアルバスに掴み上げられてルカから引き離されていた。壁に押しつけられて、アルバスの両腕の中に囲われたノクスはひそひそと囁く。
「アルバス、ルカを許してやってくれ。事情を説明してないから、お前をただのど助平野郎だと思っているんだ」
「問題ない。説明はするな、機密事項だ」
アルバスは淡々と言った。その背中をルカが拳で殴りつける。
「ノクスを離せ! この変態野郎! 魔術師が禁欲しなければ命にかかわるんだぞ! 俺の師匠に触るな!」
「お前のじゃない」
アルバスは表情も変えず、振り向きもせずに答えた。
はっ、とノクスはアルバスの肩越しに部屋の中を見返る。魔力の気配がした。アルバスの背を叩いていたルカが、今度は一歩下がって手を上げている。ルカの指の先に、何かがきらと金色に光る。
ノクスは叫んだ。
「やめろ、ルカ!」
「『カテーナ』!!」
――魔鎖だ! 人には使うなと言ったのに!
持てる魔力を使い切ったらしく、術の反動でよろめくルカを、ノクスはアルバスの背越しに睨みつける。
「……おや」
アルバスは前を向いたまま呟いた。ごきっ、と首を傾けて鳴らす。アルバスに巻きついた金色の魔鎖が、あえなくはじけ飛ぶのが見えた。
ゆっくりと振り返るアルバスを、ルカは信じられないという顔で見上げる。
「お、俺の術は……!?」
「何も感じなかったな。『カテーナ』ならノクスがよく使ってたけど、こんなに弱いわけないし。これじゃ兎も捕まらない。君、本当にノクスの弟子なのか?」
アルバスはにっこりと微笑んだ。ルカは愕然としていたが、かっとしたように拳を握りしめる。
「嘘だ! 動きを止めただろ! ちゃんと術はかかってた!」
「ルカ!」
ノクスの厳しい声音に、ルカははっと口をつぐむ。
「――討伐魔術を人にかけてはいけないと教えたはずだ」
「だってこいつが! 無理やりノクスに何かしようとしたから!」
「言い訳は聞きたくない。感情のまま術を人に向けるな!」
ノクスは鋭い語調でルカを叱咤する。打たれたような顔で立ちすくんでいたルカは、青ざめた顔でぎごちなくかぶりを振った。
「だ……って、俺は……あんたが……! 襲われて……黙って、見てるなんて……できな……いっ!」
ルカの薄茶の瞳に大粒の涙が盛り上がり、頬を転がり落ちる。ルカはノクスを見つめたまま、肩を上下させてしゃくり上げ始めた。
「あああ……泣くな泣くな! 駄目なものは駄目なんだからな!」
ノクスは思わず渋面でルカに駆け寄って服の袖でルカの顔をごしごしと拭く。
「ご……ごめん……だって……」
「だってじゃない、手に入れた力を振り回すようじゃ、魔獣と変らないぞ。アルバスだからなんともなかったが、かけ所が悪かったら魔鎖で圧死する可能性だってあるんだからな! わかったな?!」
「わかっ……た……」
嗚咽しながらも落ち着いてきたルカを、ノクスの背後からアルバスは醒めた目で見つめる。
「彼を弟子にしていて大丈夫なのか?」
ノクスはルカの背をさすりながらため息をつく。内輪揉めをしている場合ではないのに……。
「どういう意味だ」
「この調子で衝動的に討伐魔術を人に向けていればいずれ捕まる。弟子の不始末の責任は師が負う決まりだ。ノクスまで檻に入る羽目になる。彼を破門してくれ」
ルカはびくっと体を硬くしてノクスを見上げた。
「……そうなのか? 嫌だノクス、破門しないでくれ! もう絶対、術は人に向けないから! 絶対、しないから……」
ルカはノクスの腕にすがりつき、瞬きを忘れたようにノクスを見つめて静かに涙をこぼし続ける。
「……本当の本当だろうな。次はないからな!」
根負けしたノクスがそう告げるとやっと安堵したか頷いて、ルカは気を失った。元気いっぱいアルバスに喧嘩を売っていたけれど、魔鎖に全力を使ってふらふらだったはずだ。目尻に涙をためたままのルカを抱き上げて、アルバスは寝床に寝かせる。
ノクスはほっと一息ついてテーブルを空け、紅茶を淹れる。戻って来て椅子に腰かけるアルバスは、まだむっとした顔のままだ。
「お前はいつでも冷静な奴だと思ってたけど、たまには怒る事もあるんだな」
ノクスがカップを置いて笑うと、アルバスは息を吐いて、語気を強める。
「弟子というが、あいつは師匠の私生活に干渉しすぎだ。君を呼び捨てにするのもおかしいだろう!? 俺に成り代わる気なら許さない。ノクスは俺の相棒だからな」
「ルカにそんな気はないって。それにお前の代わりなんて誰にもできねぇよ」
ノクスが苦笑するのをじっと見つめ、アルバスはやがて顔を和めた。
「ごめん、かっとなった。――独占欲は強いほうなんだ」
「カッシア嬢といる時のお前は余裕だったのにな。まあ恋愛沙汰とは別か?」
ノクスはきょとんとする。これまでアルバスが嫉妬の色を見せた事は一度もない。誰に対しても、終始にこやかな笑顔を絶やす事はなかった。相棒の座には敏感でも、恋人や婚約者の座には執着がないのかもしれない。
「そうだね……相手が女なら手を打てるからね」
アルバスはぽつりと小さく呟く。聴き取れず怪訝な顔をするノクスに、淡く微笑み返した。
「俺は君が思ってるより面倒な男なんだよ。マリウスには『ノクスに同情する』って言われたな」
「なんだそれ。別に何も面倒じゃないぞ」
笑って紅茶に口をつけながら、ノクスは少しほっとしていた。
――今日の雌化は中止だ。よかった、まだ心の準備ができてねぇからな! せめて明日なら。
しかし、事態はノクスの心の準備が整うまで待ってはくれなかった。夜明け前には、宿屋の扉が激しく叩かれたのだ。
「ノクス・フェリス殿! 王宮警察です。穏便に出て来ていただけないのであれば、この扉を破壊します」
身支度を整える間もなく扉を開けば、見慣れぬごま塩頭の痩せ型の男性が数十名もの騎士を従えて立っている。ノクスは現れた騎士たちに囲まれて外の空き地へ連行された。アルバスとルカも必死で追いかけてくる。
「貴族院のペトルスと申します。通達を読み上げさせていただきます」
彼は表情の読み取れない黒い瞳でそう名乗ると、ステパノス王国の紋章の印の押された羊皮紙を広げ、乾いた声で読み上げる。
「飛竜による管理施設襲撃の一件、飼育魔獣の監督不行き届きによりフェリス子爵の結界守の任を解く。飛竜は殺処分、フェリス子爵はアウレリア神殿に移送の後、国王裁判にかけられるものとする」
「待ってください! 小屋の屋根を壊したのは師匠じゃありません! 俺です!」
蒼白になったルカが叫んだ。
「ルカ殿だったか。弟子の失敗の責任は師が負うのだよ」
ペトルスは飄々と言って、アルバスの顔を見る。
「マクシマム子爵、王都までお送りします」
「私は裁判にかけられないのか?」
「マクシマム子爵殿におかれましては、休暇中、思わぬ事故に巻き込まれただけの事とみな理解しております。馬車へお急ぎください」
ペトルスは言いながらノクスの手首に銀色の手錠をかける。ずっしりと重い手錠がかかった途端、体内の魔力の6割ほどが手錠に吸い込まれるのをノクスは感じとった。ペトルスは自慢げに顎を上げる。
「お判りでしょう。これが聖錠の力です! 貴殿の魔力は完璧に封じられました。もう術は一切使えません。無駄な抵抗はなさりませぬよう」
――確かに大技は使えなくなったな。他の術も使えないフリをしていよう。
ノクスは無言で聖錠を見下ろした。アルバスは強い語調でペトルスに詰め寄る。
「私も証言を行う。裁判に参加させてもらいたい」
「不可能ですね。国王裁判は法律顧問たる聖職者と王族のみで行われます」
「証言なしで一方的な審議を行うと!? そもそも、なぜ飛竜による事故が国王裁判にかけられるのか理解できぬ」
「議院は本件を事故と見てはおりません。国境警備にあたる結界守が魔獣を使役して拠点を破壊するなど、謀叛の疑いは免れませんよ。アウレリア神の慈悲によりこれまで不浄の必要悪たる魔術及び魔獣の使役も許可してきましたが、ノクス子爵の使役する魔獣の暴走は二度目です。もはや看過できません。神殿へ引き渡しも、早急な魂の浄化の要ありと見なされたからです。御友情は尊重いたしますが、もう庇い立てはできないかと」
「なっ……!」
アルバスはまだ抗議を続けようとしていたが、ノクスは目顔で止めて声を上げた。
「お言葉ですが、ペトルス殿。飛竜は魔獣を大量捕食します。魔術師1人の討伐1か月分を1日で食らうんです。人を食わぬ飛竜を飼い馴らす事が魔獣の増殖を防ぐと、飼育許可の申請時にも申し上げたはず。殺処分は考え直していただきたい」
「残念ですが、決定事項です。その飛竜が国境警護を脅かしているのですから」
ペトルスは聞く耳を持たない。ノクスは苛立たしさを押さえ、息を吸って、吐く。
「――それでは最後に、残した荷物の整理を弟子に頼みたいのですが」
「かまいませんよ。次は良き師を選ぶよう助言なさってください」
ペトルスは慇懃に微笑した。ノクスはルカの耳もとにかがんで口を寄せる。
「指を鳴らせ。飛竜を逃がすんだ。俺は今、力を使うわけにはいかない」
ルカはハッと顔を起こし、素早くうなずいて両手を後ろに回した。ぱちっ、とルカの指が鳴ると同時に、ごうと音を立てて飛竜が森から空へ舞い上がる。
飛竜は昇りかけた朝陽に銀鱗まばゆく輝く翼を拡げ、管理施設に大きな影を落とした。ひとつ翼を打ち振るや否や森の深部に向かって滑空し、瞬く間に飛び去る。
「し、しまった! 飛竜に逃げられたか……!」
ペトルスは歯噛みしつつも腰が引け、冷や汗を額に浮かべている。飛竜の大きさを見て怖れ、己が襲われなかった事に安堵しているようにも見えた。
――追おうともしない。殺処分と言うが、彼の連れている騎士では飛竜を打ち負かす事など到底できないだろうしな。
ノクスは青空にきらめく光の点となった飛竜の姿を、目を細めて見送った。そのノクスの腕をペトルスが強引に引っ立てる。
「子爵、同行願います」
「ノクス! 今なら間に合う」
騎士らに馬車に誘導されていたアルバスが、騎士らを押しのけてノクスの前に立ちはだかる。ぎらぎら光る目で、アルバスはノクスの両肩を掴む。
「言って。――全てを捨てて俺と逃げると」
「それはしない」
ノクスは微笑んだ。アルバスが共に逃げれば、アルバスの生家であるグラディウス家もあおりを食らう。魔獣研究の第一出資者であるグラディウス家を欠いては、討伐者のための対獣毒薬の開発も進まない。
「アルバス、お前は王都に戻れ。ルカを村に戻してやってくれると嬉しい」
「マクシマム子爵、フェリス子爵もこう仰っておられます」
アルバスはノクスの肩から力なく手を落とす。
「どうして君は……どんな勝算があるというんだ。後ろ盾もない癖に!」
「――安心しろ。俺は何も悪い事はしていないし、それに最強だからな!」
ノクスはアルバスに笑いかけると、静かに泣いているルカに向かって、手錠の嵌った手を挙げてそっと振る。アルバスとは別の馬車に押し込まれるや否や、目隠しをされて腕に注射針を刺された。ノクスは目を見開いて振り払おうとして、取り押さえられる。
――何を打った!?
暗くなる視界の中、ペトルスの声が聴こえる。
「腐っても大賢者だ。逃げられてはかなわん、神殿に着くまで眠らせておけ」
※ ※ ※
「判決! 被告人ノクス・フェリスは穢れた魔獣を使役し、神聖なるステパノスの決壊管理施設を破壊させた。守るべき国境警備の拠点を自ら危険に晒す行為は国家と王と神への裏切りであり、反逆罪に値する! 本来なら極刑に処すべきところ、ミラ王妃殿下の寛大なる慈悲により減刑が認められた。爵位の剥奪・大賢者の称号剥奪の上、アウレリア神殿に終身投獄し、被告人に魂の浄化を求める。ただし、十分な悔悛が見られない場合は、翻って極刑を課すものとする!」
衝立の向こうで鳴り響く法槌の音を、ノクスは遠い世界の音のように顎を上げて聴いていた。裁判所の片隅で、完全に仕切られた衝立の中に立たされている。両陛下が出席しているらしいが、何も見えなかった。手錠をかけられたまま、頭から腰まですっぽりと被せられた黒い覆面の下で、ノクスは震える口を開く。
「俺は反逆を考えた事など一度もありません!」
「被告人は許可なく口を開くな! 王の名において、フェリス・ノクスを終身投獄に処す! 連れて行け!」
怒号が鳴り響き、ノクスは背後から小突かれて衝立から裏口の廊下へ突き出された。慌ただしく椅子を引く音やがやがやと話し出す声が聴こえてくる。判決が下ったのだ。
ノクスはキャスケット帽をルカの頭にぽん、と被せた。魔獣の森を出て国境沿いの村に移動したところだ。物資を調達して、明朝にも国境を超える予定である。
キャスケット帽のつば越しに、ルカはノクスを見上げる。
「……ノクスは? あいつと一緒?」
「そうだな、飛竜の様子を見に行くよ。隣の森に置いたままだから」
ノクスは言いながら、アルバスが部屋の扉脇でこちらをじっと注視しているのを意識していた。
「俺も一緒に行きたい」
「ん、今度な。今日は手分けして仕事を済ませよう」
にっこり笑って言うと、しぶしぶルカは部屋を出て行った。扉が閉まると、壁にもたれていたアルバスが腰を浮かせる。ノクスに近づいてきて、目の前で足を停めた。
厚みのある躰が立ちはだかる圧迫感に、ノクスは息を呑む。昨晩のアルバスの言葉が頭をよぎった。
――『ノクスにもその覚悟があるだろう?』
ノクスはパッと片手を挙げる。
「待て。話がある」
アルバスはかすかに首を傾げた。
「話って?」
「まず言っておく。今からでもお前は王都に戻れる。ついてきてもいい事ないぞ」
は、とアルバスは片頬だけで笑った。歪んだ笑顔でじっとノクスを見つめる。
「俺が嫌になった? 見たくなくても俺の顔は毎日見る事になるよ。離れないって言っただろう」
ばか、とノクスはくしゃりと顔を歪めた。
「そういう事じゃない。ただな、どうしても一緒に来るって言うなら、雌化は見送る。相手としてお前が嫌だからじゃない。相棒と寝て気まずくなるのが嫌なんだ。お前は人付き合いのできない俺が人生で一番長い間、一緒にいた相手なんだからな! 変な事で失いたくない」
アルバスはノクスを見つめたなりしばらく固まっていたが、やがてぽつりと呟く。
「俺は気まずくないよ」
ノクスはぷいと顔を背けた。
「お前が平気でも、俺は気まずい。感情抜きでさっさと済ませて、ほとぼりが冷めてから会うくらいがちょうどいい。事が済んでからもずっと一緒じゃ、どんな顔していいかわかんねぇだろうが」
「『感情抜きで』『さっさと』ね……。君は本当にデリカシーがないな。まあいい。慣れてる」
アルバスは重たげな頭をもたげて、なんともいえない表情で腕を組む。
「君の言いたい事はわかった。でも現実問題、発作をどうするつもりなんだ。外国では対魔獣用の鎮静剤もたやすくは手に入らない」
ノクスは唇を噛んだ。
「市販の鎮静剤で対処する。花街にでも行けば雌化の相手も見つかるはずだし」
「……へえ。君は一夜を限りに誰とでも寝るのか」
アルバスは氷のような瞳でにこ、と笑った。
――怒って……るな、これ……。アルバスからかつてない圧を感じる……。
ノクスはたじたじとなって口ごもる。
「だ、誰とでもなんて言ってない。一人でいいんだよ、一人で」
「俺は反対だ。危険すぎる。自覚はないだろうが、君は有名人だ。相手がステパノスの大賢者とわかれば言いふらす者も、脅迫する者もいるだろう。たちの悪い相手につきまとわれたらどうする? 性病の恐れもある」
アルバスは流れるように述べながら、白々と顎を上げて薄青の瞳を細め、ノクスを見下ろした。
「それは……」
ノクスは言葉に詰まった。新聞の見出しに踊る『ステパノスの大賢者、花街で男を買う』の文字を想像して、拳で口を押える。ありえない事ではない。
アルバスは無表情に続ける。
「俺なら病気の心配がない。長年誰とも交渉してないんだ。秘密も守れる」
――王都ではさぞかし華やかな女性遍歴を送っているものと思ってたぞ。意外と身持ちの堅い奴。いや、そんな事はいい。こうも理路整然と説かれると断れねぇ。
ノクスは俯いて眉間の皺を深め、喉の奥で「んん」と呻いた。アルバスはじっとノクスを見つめる。
「初めての行為を俺とでは、ノクスに抵抗があるのも理解はできる。だけど俺しかいないよね?」
ノクスは頭を抱えた。アルバスの言葉は何から何まで的を射ている。他にあてなどあるわけがない。
「そうだよ、俺が頼れるのは結局お前だけだ。けど、お前は俺が相手じゃ嫌だろ?」
ノクスは俯いた。アルバスは怪訝そうに眉を顰める。
「嫌なら言わない。なぜそう思った?」
「だってお前……催淫作用で理性が飛んでても俺に手を出さなかったんだぞ。俺と寝るのが嫌だから以外、考えられねぇ」
ノクスは小さい声で呟く。
――アルバスがあまりに優しいから、『俺のこと好きなのか?』と疑った事もある。でも、発作時のアルバスの行動を考えるとありえない。
ノクスは口調を強めた。
「お前が魔術師ならわかる、己の欲に従えば討伐中の死に直結するからな。でもお前は剣士なんだから、我慢する必要はなかっ……」
ノクスの言葉を、いきなりアルバスが遮る。
「ある。理由は今君が言った。魔力量を維持しなければ、森の深部では君を死なせる恐れがあるんだ。大型魔獣相手に俺一人では君を守りきれないから。発情期の君は自分を制御できない。精を吐くなと言っても無理だ。だから耐えた」
アルバスはノクスを見つめた。ノクスは眉を顰め、ぎゅっと拳を握りしめる。
――俺を守ろうとして、しなかった? 本気か……!?
「お前、それがほんとなら賢者級の自制心だぞ。それに森にいない時の発作も切り抜けたんだろ?」
ノクスは信じられないという顔でアルバスを見つめた。アルバスは肩をすくめる。
「もちろんだ。一度目の発作の後、後遺症の件で実家に問い合わせたら、弟のマリウスにきつく釘を刺されてね。『記憶のない時に犯したら、彼は兄さんを殺すだろう。あるいは、兄さんから逃げて二度と会ってくれなくなるかもね。大賢者ノクスの相棒に相応しいと証明してみせろ』って。……縁を切られるよりは耐える方がいいよ」
アルバスはほろっと苦笑する。ノクスはそれを見上げて、知らないうちに肩に入っていた力が抜けて緩んでいくのを感じた。
――なんだ。別に嫌がられていたわけじゃなかった。変だな、ほっとした。
「……ありがとな。獣毒緩和の香水をつけてたとはいえ、大変だっただろ」
アルバスは当然のようにのんびりと頷いた。
「まあ、初回は骨が折れたよ。まずは君を気絶させて縛るだろう。魔道具で魔獣除けを施したテントに君を置くだろう。それから自分を殴って気絶させるんだ。3日間、目が覚める度に自分を殴ってた。目が腫れ上がって青くなったな」
――え。顔の青痣って、俺がつけたんじゃなかったのか。アルバスが自分で自分を殴ってたのか!?
想像以上に痛そうである。アルバスは固まっているノクスの肩に手を置く。
「勘違いがあったようだけど、俺は君との行為は嫌じゃない。君は気まずいだろうが、俺で手を打たないか? 抵抗があるなら、まずはふれあいに慣れよう」
流れるように腰を抱き寄せられて、ノクスは慌てて声を上げた。
「ま、待て待てまて。お前なんでそこまでしてくれるんだ!? 俺には礼の返しようがねぇ! こんな事までしてもらって――」
王都から辺境の管理施設まで来るのにかかった馬車代や宿代もタダではない。その上、白騎士としての華々しい生活を捨てて国外逃亡し、身を呈してまでノクスの苦境を助けてくれるというのだ。いくら相棒でも尽くし方が度を越している。
アルバスはノクスをぎゅっと抱きすくめた。穏やかな声で言う。
「そうだなあ。俺はずっと前から心に決めているんだ。君が逃げたら必ず捕まえると。だから当然の事をしているだけだよ」
――何が『だから』なのか全くわからん……。
ノクスは眉間にしわを寄せた。
「俺は別に逃げない」
「逃げてる。覚えていないのかな、これで3度めだ。1度目は10歳の時。魔術書ばかり読んでる君を無理やり連れだして、俺の家の庭で隠れ鬼ごっこをした。でも君は俺から逃げて隠れて、途中でいなくなった。君ばかりしつこく追いかける俺と遊ぶのが嫌になって、魔術書を読みに戻ったんだと思った。その日だ、君の母上が魔獣に襲われたのは」
ノクスはハッと息を呑んだ。あの日の午前中に何をしていたか、今まですっかり忘れていた。
アルバスはぎゅうと腕に力を籠める。
「夕方遅く、知らせが来たんだ。君の家の畑に魔獣が入って、君の母上が大怪我をしたと。君だけが見つからないと」
――そうだった。あの時、俺は急に眩暈がして冷や汗が流れ、立っているのも辛くなったんだ。胸がむかむかして嫌な予感がしたけれど、誰にも言えなかった。今にも吐きそうだったが、領主様の庭で吐いてはいけないと思った。使用人用の勝手口から出たものの、小川の端で倒れて、そのまま気を失った……。
ノクスはやっと思い出した。母が魔獣に襲われた衝撃で、記憶が吹き飛んでしまっていた。
アルバスは震える声で囁く。
「さんざん探した。邸内から出るなと命じられたけど、犬を連れて抜け出して。隠れ鬼で俺がちゃんと君を探して捕まえておかなかったせいで、君が魔獣に食われてしまったと思って」
ノクスは抱きすくめられて動けないまま、アルバスの顔を見上げようとする。
「ごめん。気分が悪くなって、小川まで行ったんだよ。でも倒れた」
「知ってる。……気を失った君を浮浪者の男がテントに引きずり込んでいた。子供が倒れていれば、普通の大人は衛兵に知らせる。尋問したら売るつもりだったと言っていたよ。幸い俺の犬が嗅ぎつけたからよかったけれど」
アルバスの声から急に温度が消える。ノクスは慌てた。
「えっ、そんな危ない目に遭ってたのか? なんで俺は知らねぇんだ」
「気を失っていたからね。母上が大変な時にそんな事まで抱え込む余裕はないだろうと思って黙っていた。彼には俺がたっぷりお礼をしておいたよ」
アルバスはふふと低く冷たい声音で笑った。顔は見えないが、ノクスの背筋にぞくっと寒気が走る。
――その浮浪者、今も五体満足で生きているといいが。
ノクスはしかし、今はアルバスへの労いに集中する事にした。
「――頑張って見つけてくれたんだな。アルバス、ありがとう」
「俺にお礼はいらない。君は俺の一部みたいなものだから、探して当たり前だ」
アルバスはぽつりと言った。
「君を見つけた時、自分に誓ったんだ。次からは君がどこに逃げても必ず捕まえるって。君がこの腕に戻るまで、絶対に諦めないって。だから、承知しておいて」
ノクスは返事につまって瞬きした。
――俺を死なせるところだったと思い込んだせいでトラウマになっているんだろうな。でも、言い方がちょっと怖いぞ、アルバス。
「……で、2度目っていうのは?」
「君が討伐者になると決めて、村を出た時」
ノクスは思い出したように口を開いて、首を振った。
「ああ、あれは……一緒に行けるわけがないと思ったから。お前とじゃ身分が違う」
アルバスは腕をほどいてノクスの頬を己の両手で包み込み、覗き込むようにした。ノクスの額に自分の額をつける。じっとノクスを見つめる。
「別れ一つ言わずに出て行った」
「……近ぇ」
ノクスは間近に見つめられて、照れたようにアルバスの胸を押しのけようとする。が、ノクスが押したところで、アルバスの逞しい胸は鉄壁のように動かない。
「あの日の事、覚えてる?」
「もちろん」
ノクスはかすかに頷く。昨日の事のように覚えている。
※ ※ ※
「どうして俺を置いていったんだ? 討伐者になる時は俺の相棒になるって、約束しただろう!?」
アルバスはノクスの肩を掴んで揺さぶった。体格のいいアルバスに揺さぶられると、なかなかの衝撃がある。
ノクスは脳震盪を起こしそうになりつつ、アルバスの腕に手をかけて止める。
「落ち着け。――それ小さい時の口約束だろ」
「約束は約束だ。破るのか!?」
「まあ、ある意味そうかも」
ノクスは俯いて首筋をかいた。
「俺では駄目か!?」
蒼白になるアルバスに、ノクスはため息をつく。
「お前は十分すぎるくらい強いよ。村一番――いや、王都に行っても、お前に敵う男はいないだろう。だけど、領主様の跡取り息子が討伐者になるのは夢物語だ。領主様にも、諦めるよう言い聞かせてくれと頼まれた。置手紙でそのへんの事情は書いた……はず……」
「これのこと?」
アルバスはポケットからしわくちゃになった便箋を取り出した。ノクスの目前で、アルバスは無表情にびりびりと手紙を裂き始める。見る間に紙屑になっていく便箋に、ノクスは焦って手を伸ばした。
「ちょ、お前、人が心をこめて書いた手紙を……!」
「黙って俺を置いていった君に真心なんてあるのか? 別れの言葉なら要らない」
「あのなあ……」
まっすぐな目で見られると弱い。ノクスはため息をついて目をふせる。
「お前のそういう一直線なところ、嫌いじゃない。平民にも分け隔てないところも。だからこそ連れていけない」
――きっとアルバスなら、いい領主になれる。討伐者なんかになって命を落とす事はない。
ノクスを見つめ、アルバスは無造作に言った。
「別に君に連れていかれるつもりはないよ」
「あ、そ……。じゃあ、もう日も暮れるから、さっさと帰って」
ノクスはぼりぼりと襟足をかいた。今ごろ領主様のお屋敷ではアルバスを探して大騒ぎになっているだろう。
「俺は自分でついていくから」
「はあ!?」
ノクスはばっと顔を上げてアルバスの据わった眼をまじまじと見上げた。アルバスは淡々と述べる。
「家名は捨ててきた。父には言われたよ。『血の継承の重さを理解できない人間は必要ない。今後グラディウスを名乗るな』って。家は弟が継ぐ」
ノクスは思わずアルバスの両腕を掴んで怒鳴りつける。
「馬鹿! そこまでして、なんで俺についてきたんだよ!? 俺はいいんだよ、討伐者になったって! 俺には家族も失うものもねぇ。お前は長子だぞ!? 継ぐ家があるくせに」
「なんでだろうね」
アルバスは夕風の中で微笑み、澄んだ瞳でノクスを見つめる。
「ノクス、森の中で魔術書ばっかり読んでた馬鹿正直な引きこもりの君が、ぼったくり馬車賃の値下げ交渉や盗賊の襲撃を捌くのは難しいんじゃないか? 俺は腹芸にも慣れてるし、腕力でも役に立つよ」
「酷い言われようだな。まあ、じっさい助かる……けど……」
空気が読めて誰にでも好かれるアルバスが役立ってくれるのは間違いない。体格のよいアルバスがいれば気の荒い連中も喧嘩を売るのをためらうだろう。だが、ノクスは俯いた。
「『けど』?」
アルバスは神経質に聞きとがめた。ノクスは眉をしかめてそっぽを向く。
「討伐で死ぬかもしれないんだぞ。俺はいい、覚悟を決めてる。両親を魔獣に殺られて、俺だけ安穏と暮らすつもりはない。いずれ魔獣に喰われるにしても、復讐は果たす。魔術しか能のない俺に、他に食っていく手立てもない。だけどお前は違う。この選択は最悪の間違いだ」
アルバスは何も失っていない。初めからすべて持っているのだ。辺境の退屈に飽いた道楽息子の気まぐれ、広い世界への憧れ――そんなものが討伐者になる動機だとすれば、なんと贅沢で、なんと愚かなのだろう。
しかしアルバスは微笑んだ。
「『最高の間違い』って言ってほしいね。危険は認識してる。だからこそ来たんだ。それに俺は領主には向いてないんだよ」
ニコニコとアルバスは言って、どこか不透明な曇る瞳でノクスを見つめた。
「眉目秀麗で成績優秀な人気者が領主に向いてないって? 誰がそんな事言った」
醒めた声でノクスは尋ねた。アルバスは、ふ、と息をつく。
「父だよ。俺はねノクス、領民がどうなろうと興味がない。家族にも愛情や興味が持てない。人としてどこか欠けているのかもしれないね。俺と違って、弟は優しい男だ。弟の方が領民を思いやれる」
ノクスは眉をひそめて首を傾けた。
「確かに笑顔は多少胡散臭いし、力も強すぎるけど、アルバスだって優しいぞ。小さい頃、何の縁もない俺にアカデミーの話を持ってきてくれたのはお前だろ」
「君にはね。――我ながら剣士には向いてると思うんだ。領主にこの怪力は不要だけど、討伐者になって魔獣を減らすために使えば、役に立つだろう?」
「まあ、確かにそうだけど。貴族なんだから、一から無名の討伐者になるより、家名を背負って騎士団で経験を積む方が出世できるんじゃねぇ?」
「俺は出世したいわけじゃない。……ノクス、俺が考えも覚悟もなく家名を捨ててきたと思うか。これでも悩んで決めてるんだ」
アルバスは真顔で言った。ノクスは腕を組んで渋面を作る。
「そう言うが、俺はお前が後悔するところは見たくねぇ。お前は魔獣が親の仇ってわけじゃない。何で討伐者になんかなりたいんだ?」
「――じゃあ言うけど、俺は君の側にいたいんだよ」
思い切ったようにアルバスはそう吐き出した。何かを確かめるように、ノクスの目を覗き込む。一方、ノクスはきょとんと目を丸くする。
「なんで?」
アルバスはすうっと息を吸って、止めた。一瞬、目を閉じて、ゆっくりと瞼を開き、冷静さを取り戻したように語り出す。
「……こんな事まじめに話すのも何なんだけど、俺はめちゃくちゃ人にモテるんだ」
「知ってる」
――嫌というほど。
ノクスは頬をかいて答えた。それにしても、急にいったい何の話を始める気だ。
「こんな俺を好きになってくれるのはありがたいんだ。けど俺を好きになった人は、俺にとって何が一番いいかを『自分が』決めようとするんだよ。恋愛じゃなくても――俺を好きだからって理由で」
「俺もしてない自信はないな、それは」
ノクスは天を仰いで呟いた。
――俺だってさっき『アルバスは村に残って家を継ぐべき、それが一番いい』って思ったものな。
「嘘。ノクスは俺に関心がないだろ。俺の魔術書以外には目もくれないくせに」
さらりとアルバスはそう返してくる。
――あるんだけどな。確かに他人には無関心だけど、アルバスには関心あるぞ。たまに、夢にも出てくる。夢ではたいてい一緒に……魔術書読んでるな。
ノクスは黙っていた。言えばよけい誤解させそうだ。アルバスは言葉を継ぐ。
「皆に悪意はない、俺を心配してくれるあまりの事なんだ。そう思って強くなろうとしてきた。でも俺が大きくなって強くなっても、『愛ゆえに』俺に言う事をきかせようとする人は減らなかったんだ。自分を選べとか、自分の望むように振る舞えとか。誰かの好みの幻を演じさせられて、俺自身は無視されてる感じなんだ。それって本当に愛と呼べるのかな? 息苦しいよ」
思わず見返ると、夜空を見上げるアルバスの美しい横顔が目に入る。こんな美神の彫像のような顔をしていれば、好かれ過ぎて悩む事もあるわけだ。別の次元の生き物の悩みだと思えば腹も立たない。
「好きな人にあれこれ期待してしまう事って、あるよ。相手の意志を無視して、言う事を聞かせるのは違うけど。……ほっとけばいいと思うけど、お前は優しいからな。まあ疲れるか」
ノクスがぽそっと呟くと、アルバスはノクスに顔を向けてほほ笑んだ。
――宵闇に笑顔が光るなあ……。後光でもさしてんのかって位。
ノクスはまぶしさに目を細めた。アルバスはすずしい美声でノクスを褒める。
「君は誰に何を言われても飄々としているだろう。そういうところ好きだよ」
ノクスは肩をすくめた。
「恋愛絡みのいざこざが起きてたら俺だってそうはいかねぇ」
「どうかな。少なくとも、君は俺に言う事をきかせようとしてこないね」
「あー……なる……」
ノクスは曖昧に唸った。理解した。アルバスはノクスが『自分の事を好きじゃないから』、そばにいてほしいのだ。
――つまり何だ。俺がアルバスを好きになったら、俺に失望するのか……?
ノクスは密かに己の手を強く握りしめた。胸の中が冷たい。
アルバスはノクスの心も知らず、さらさらと語り続けている。
「君は俺に心酔も期待もしていない。毒を吐こうが嘘笑いしてようが、幻滅せずありのままの俺を見てくれる。……ノクスの側にいると落ち着くんだ」
「あ、そ……」
ノクスはそっけなく言って、しばらく沈黙した。そしておもむろに立ち上がる。
「……いや、待てよ!? モテすぎて疲れたからって、『自分を好きじゃない奴といたいから』って理由で村を出てきたのかよ!?」
「君、今、俺の事を好きじゃないと自ら認めたな」
「お前、モテ過ぎて脳みそどっかいったんだろ!? 村に落としてきたんなら拾って来い!」
「まあまあ、落ち着いて」
アルバスはにこにこと立ち上がってノクスの肩を押さえ、なだめて切株の上に座らせた。
「聞いて。俺、ちっちゃい頃から君が魔術書を読んでるところを見るのが好きだったんだ。君がぶつぶつ言いながら煙を出したり火を出したりして、一生懸命、読みかじりの魔術を練習してるのも、おもしろいと思ってたんだ」
「……珍獣観察みたいに言うな……」
「人嫌いで喋る事も面倒くさがるくせに、無謀にも村を出て討伐者になるつもりだって知った時は本当に感動したんだ。ノクスは本当にご両親を愛していたんだなって。君には熱い心がある。それから、勇気もあるなって。俺は人間に初めて、希望を見た気がしたんだよ」
「……うん……?」
ノクスは陰気に復讐の道をたどってきただけだが、アルバスはそこに何か感動のストーリーを見出しているらしい。明るい奴の考える事はよくわからない。
「でもその時思ったんだ。『村の中でさえ意思疎通できてないのに、外に出たら3日くらいでノクス、死ぬな』って」
「……ん……?」
「俺は幼馴染として、君を見殺しにする事はできないよ。……忘れないで。俺はお前のたった一人の相棒なんだから」
アルバスは輝くような笑顔を見せた。
※ ※ ※
「お前、モテすぎて疲れたから、自分を好きじゃない俺といたいって言ったよな」
ノクスはアルバスの掌に頬を包まれたまま、虚ろな眼差をしてつぶやいた。
「そうは言ってない。あれは忘れて」
アルバスは目を伏せて呻く。常になくアルバスの頬が赤い。赤面しているようだが、いったい何を恥じているのか。
「モテる奴は討伐者になる動機もとんでもねぇなと思ったよ」
「違うんだ。『ノクスと一緒にいたいから討伐者になる』っていうだけじゃ、『ふざけるな』って追い返されると思って……」
「モテすぎるからお前といたいと言われる方がふざけるなだよ。あれ以来俺は、お前に余計な関心を示して煩わせないようにめちゃくちゃ気を遣ったんだぞ」
アルバスはわずかに目を見ひらいた。
「……君が?」
「そう、まかり間違ってもお前を好きにならないように細心の注意を払ったね」
アルバスはぼう然として絶句し、ややあって「いや」とかぶりを振った。
「君はもともと俺に無関心じゃないか」
「俺は無関心なんじゃなくて、表情が乏しいんだよ。関心くらいある」
「嘘つき」
ふふ、とアルバスは低く笑った。
「嘘じゃねえよ。お前がそう思いたいだけだろ」
――お前が気に入ってるのは、お前に関心のない俺なんだから。
ノクスはふんと息をついて横を向く。アルバスは驚いたように瞬きをして、淡く微笑む。
「……そうか。そうかもしれない。ゼロだと思っていればがっかりせずにすむからね。失望するのが怖かった。今も怖いよ」
――やっぱり。アルバスに関心ゼロな俺には、失望せずにすむんだろ。アルバスにとって、勝手な幻想を押しつけられない事は何より大事な安心材料なんだ。
「……そんなに怖いのか」
ノクスはぽつんと呟いた。ずっとアルバスの安心な場所でいたい気持ちと、切ない気持ちがどうしてか混ざり合っている。
「うん……雌化が済んだらまた君は俺から逃げるかもしれないからね。気まずいとか何とか、くだらない事を言って」
伏し目がちに物憂くつぶやきながら、アルバスはノクスのシャツの釦を片手でひとつひとつ外していく。
「くだらなくないだろ。気まずいだろ。――何やってるんだ」
ノクスはアルバスの手を掴んで止めようとしたが、するりと躱された。
「君を雌化するんだよ。覚悟はあるんだろう? ルカが買い出しから戻るまで数時間しかない」
見る間にノクスのシャツははだけ、ベルトが解かれていく。ズボンから抜き取られた革ベルトが床に投げ落とされた。ノクスは眉を下げてアルバスを見上げる。
「……やっぱり、するのか? 慣らしてからじゃないのか?」
「するよ。ふれあいに慣らすには、ふれあうしかないだろう?」
アルバスは言いながらノクスの胸を押して寝台の上に押し倒した。ノクスのズボンを足から引き抜くと、腰の上へのしかかる。耳もとで囁いた。
「前にも言ったけど、俺以外には抱かれないでほしい」
瞳を覗き込まれて、ノクスはふいと赤い顔をそらした。
――俺が大賢者だと知れた時の危険が大きいからだ。わかってる。
わかっていても、暴れだす心臓の音がアルバスにまで聴こえてしまいそうだ。
「誰が抱きたがるよ、俺なんか……いらない心配だ」
ぼやくノクスの胸の白い膚の上を、アルバスの指がたどっていく。薄赤い蕾をみつけてはじいた。
「よく言うね。俺がちょっと目を離した間に、もう弟子気取りの狂信者にまとわりつかれているじゃないか」
「いっ……ルカはちゃんとした弟子だ。モテるお前に言われたく」
ない、と言いかけたノクスの唇をアルバスが己のそれで塞いだ。
なめらかにすべり込んできた舌にノクスはぎゅっと目を瞑る。絡みつく舌はひんやりと濡れていて、どうしてか背筋に甘い戦慄が走る。胸の蕾を摘まれ、撫でられて、ノクスは接吻しながら体をよじらせた。
「あ……っ」
「ここも?」
勃ちあがりかけた雄の徴を下着越しに撫でられて、ノクスは息をつめる。
「だめだ。……そこは」
「今日ばかりは許せ」
アルバスは手を止めようとしない。
「と……討伐はどうするんだ。明日には魔獣の森に入るんだぞ」
「森の深部まで行かなければ大型魔獣は出ない。問題ない。君は1日くらい休め。昨日30匹は狩っただろ、この討伐狂いめ」
アルバスは言いながら下着の中に手を入れ、大きな掌の中でノクスの雄を転がした。人の手で触れられる慄きにノクスは身をすくませる。アルバスの太い指で鈴口の先端を優しくなぞられ、立てた両脚をびくびくと痙攣させた。
「んっ……!」
その時だった。
どんどんどんどん、と扉が激しく叩かれたのだ。
「ノクス、いるんだろ?! 開けてくれよ! 荷物が多くて持ち切れねぇ!」
――ルカの声だ。
「もう戻ってきたのか!?」
言いながらノクスは素早くズボンを履いて寝台を飛び降りる。寝台に座ったままのアルバスから抑えきれぬ怒気が漂っていたが、怖いので視線を合わせるのはやめておいた。
扉の前で一度深呼吸をして、ノクスは扉の内鍵を開ける。飛び込むようにしてルカが転がり込んできたかと思うと、どさどさとテーブルに荷物を下ろす。
「あー重い!」
「全部買えていないだろう。なぜ戻って来た?」
ルカはどすのきいたアルバスの声にもたじろがず、ノクスに快活な笑顔を見せた。
「靴下のサイズがわかんなくってさ。間違えちゃいけねえから、確認しようと思って。小さいかな? 必要なら交換してくるよ」
ノクスはルカの持ち帰って来た袋を覗き込んだ。
「大丈夫だろう」
「よかった! それでその服はどうしてそうなってるんだ?」
ルカは笑顔で尋ねた。
――あっ。
ノクスはぎょっとしてシャツの前をかき合わせた。アルバスに釦を外されてはだけたままだったのだ。
「あっ……ついから、少しな」
「ふうん。もう冬だけどな。ベルトも落っことしたんだな。俺が出る時はきちんと締めてたのに」
ルカは言いながら床の上のベルトを拾い、にこっと笑ってノクスに手渡す。
「俺の師匠は、うっかりさんだな!」
「そ、そうなんだ。はは……」
空笑いで受け取るノクスの手首を、ルカはぱっと掴む。
「やっぱ俺も飛竜を見に行きたいな。ノクスと一緒に行く」
「買い物が済んでいない」
アルバスが低い声で釘を刺す。ルカはすっと目を細める。
「あとは食料品だけだよ。この村は夜市があって、遅くまで買い物ができるんだ。ノクス、お願いだよ」
「わかった、わかった。じゃあ行こう」
ノクスはベルトを締めた。アルバスはさっと青ざめる。
「ノクス、行くな。……今しかないんだ」
「まだ半月ある」
鞄を取り上げるノクスの腕を、立ち上がったアルバスが掴んで引き寄せる。
「ノクス」
「師匠に触るな!」
ルカはかっとなったようにノクスとアルバスの間に割って入り、渾身の力でアルバスを突き飛ばした。ノクスは驚いて止める。
「ルカ、何をするんだ?!」
「……俺の師匠を汚れた目で見やがって。お前の考えてる事くらいお見通しなんだよ! ノクスがどんな思いで純潔を守っていても、お前のようなけだものといるだけで台無しになる」
ルカは唇を怒りにわななかせ、アルバスを睨みつけた。ノクスを後ろに回した手が震えている。
「ルカ、誤解だ。違うんだ。アルバスは俺のためにだな」
ノクスは焦って説明しようとし、ルカの腕をぐいと引っ張った。
――けだもの呼ばわりは酷い。さすがのアルバスも怒っただろう。アルバスに本気で殴られたら、ルカの前歯がみんな吹っ飛ぶぞ。
「ノクス、それ以上いけない」
アルバスは静かに言った。感情というものの乗っていない声音だ。
「いや、説明しなきゃ。すごい誤解されてるぞ」
「かまわない。それよりそいつから手を離して。ノクス」
アルバスはゆらりと一歩、前に踏み出した。いつもは頼り甲斐だけを感じる厚みのある躰が、今日は怒りの籠もったような不穏な気を醸し出している。
「アルバスも落ち着け。お前が自制心の鬼だって事は、俺が誰より知ってるから!」
「そいつに触らないで」
アルバスが言ったと同時に、ノクスはもう腕をアルバスに掴み上げられてルカから引き離されていた。壁に押しつけられて、アルバスの両腕の中に囲われたノクスはひそひそと囁く。
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「問題ない。説明はするな、機密事項だ」
アルバスは淡々と言った。その背中をルカが拳で殴りつける。
「ノクスを離せ! この変態野郎! 魔術師が禁欲しなければ命にかかわるんだぞ! 俺の師匠に触るな!」
「お前のじゃない」
アルバスは表情も変えず、振り向きもせずに答えた。
はっ、とノクスはアルバスの肩越しに部屋の中を見返る。魔力の気配がした。アルバスの背を叩いていたルカが、今度は一歩下がって手を上げている。ルカの指の先に、何かがきらと金色に光る。
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ノクスは思わず渋面でルカに駆け寄って服の袖でルカの顔をごしごしと拭く。
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「わかっ……た……」
嗚咽しながらも落ち着いてきたルカを、ノクスの背後からアルバスは醒めた目で見つめる。
「彼を弟子にしていて大丈夫なのか?」
ノクスはルカの背をさすりながらため息をつく。内輪揉めをしている場合ではないのに……。
「どういう意味だ」
「この調子で衝動的に討伐魔術を人に向けていればいずれ捕まる。弟子の不始末の責任は師が負う決まりだ。ノクスまで檻に入る羽目になる。彼を破門してくれ」
ルカはびくっと体を硬くしてノクスを見上げた。
「……そうなのか? 嫌だノクス、破門しないでくれ! もう絶対、術は人に向けないから! 絶対、しないから……」
ルカはノクスの腕にすがりつき、瞬きを忘れたようにノクスを見つめて静かに涙をこぼし続ける。
「……本当の本当だろうな。次はないからな!」
根負けしたノクスがそう告げるとやっと安堵したか頷いて、ルカは気を失った。元気いっぱいアルバスに喧嘩を売っていたけれど、魔鎖に全力を使ってふらふらだったはずだ。目尻に涙をためたままのルカを抱き上げて、アルバスは寝床に寝かせる。
ノクスはほっと一息ついてテーブルを空け、紅茶を淹れる。戻って来て椅子に腰かけるアルバスは、まだむっとした顔のままだ。
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ノクスがカップを置いて笑うと、アルバスは息を吐いて、語気を強める。
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「待ってください! 小屋の屋根を壊したのは師匠じゃありません! 俺です!」
蒼白になったルカが叫んだ。
「ルカ殿だったか。弟子の失敗の責任は師が負うのだよ」
ペトルスは飄々と言って、アルバスの顔を見る。
「マクシマム子爵、王都までお送りします」
「私は裁判にかけられないのか?」
「マクシマム子爵殿におかれましては、休暇中、思わぬ事故に巻き込まれただけの事とみな理解しております。馬車へお急ぎください」
ペトルスは言いながらノクスの手首に銀色の手錠をかける。ずっしりと重い手錠がかかった途端、体内の魔力の6割ほどが手錠に吸い込まれるのをノクスは感じとった。ペトルスは自慢げに顎を上げる。
「お判りでしょう。これが聖錠の力です! 貴殿の魔力は完璧に封じられました。もう術は一切使えません。無駄な抵抗はなさりませぬよう」
――確かに大技は使えなくなったな。他の術も使えないフリをしていよう。
ノクスは無言で聖錠を見下ろした。アルバスは強い語調でペトルスに詰め寄る。
「私も証言を行う。裁判に参加させてもらいたい」
「不可能ですね。国王裁判は法律顧問たる聖職者と王族のみで行われます」
「証言なしで一方的な審議を行うと!? そもそも、なぜ飛竜による事故が国王裁判にかけられるのか理解できぬ」
「議院は本件を事故と見てはおりません。国境警備にあたる結界守が魔獣を使役して拠点を破壊するなど、謀叛の疑いは免れませんよ。アウレリア神の慈悲によりこれまで不浄の必要悪たる魔術及び魔獣の使役も許可してきましたが、ノクス子爵の使役する魔獣の暴走は二度目です。もはや看過できません。神殿へ引き渡しも、早急な魂の浄化の要ありと見なされたからです。御友情は尊重いたしますが、もう庇い立てはできないかと」
「なっ……!」
アルバスはまだ抗議を続けようとしていたが、ノクスは目顔で止めて声を上げた。
「お言葉ですが、ペトルス殿。飛竜は魔獣を大量捕食します。魔術師1人の討伐1か月分を1日で食らうんです。人を食わぬ飛竜を飼い馴らす事が魔獣の増殖を防ぐと、飼育許可の申請時にも申し上げたはず。殺処分は考え直していただきたい」
「残念ですが、決定事項です。その飛竜が国境警護を脅かしているのですから」
ペトルスは聞く耳を持たない。ノクスは苛立たしさを押さえ、息を吸って、吐く。
「――それでは最後に、残した荷物の整理を弟子に頼みたいのですが」
「かまいませんよ。次は良き師を選ぶよう助言なさってください」
ペトルスは慇懃に微笑した。ノクスはルカの耳もとにかがんで口を寄せる。
「指を鳴らせ。飛竜を逃がすんだ。俺は今、力を使うわけにはいかない」
ルカはハッと顔を起こし、素早くうなずいて両手を後ろに回した。ぱちっ、とルカの指が鳴ると同時に、ごうと音を立てて飛竜が森から空へ舞い上がる。
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「それはしない」
ノクスは微笑んだ。アルバスが共に逃げれば、アルバスの生家であるグラディウス家もあおりを食らう。魔獣研究の第一出資者であるグラディウス家を欠いては、討伐者のための対獣毒薬の開発も進まない。
「アルバス、お前は王都に戻れ。ルカを村に戻してやってくれると嬉しい」
「マクシマム子爵、フェリス子爵もこう仰っておられます」
アルバスはノクスの肩から力なく手を落とす。
「どうして君は……どんな勝算があるというんだ。後ろ盾もない癖に!」
「――安心しろ。俺は何も悪い事はしていないし、それに最強だからな!」
ノクスはアルバスに笑いかけると、静かに泣いているルカに向かって、手錠の嵌った手を挙げてそっと振る。アルバスとは別の馬車に押し込まれるや否や、目隠しをされて腕に注射針を刺された。ノクスは目を見開いて振り払おうとして、取り押さえられる。
――何を打った!?
暗くなる視界の中、ペトルスの声が聴こえる。
「腐っても大賢者だ。逃げられてはかなわん、神殿に着くまで眠らせておけ」
※ ※ ※
「判決! 被告人ノクス・フェリスは穢れた魔獣を使役し、神聖なるステパノスの決壊管理施設を破壊させた。守るべき国境警備の拠点を自ら危険に晒す行為は国家と王と神への裏切りであり、反逆罪に値する! 本来なら極刑に処すべきところ、ミラ王妃殿下の寛大なる慈悲により減刑が認められた。爵位の剥奪・大賢者の称号剥奪の上、アウレリア神殿に終身投獄し、被告人に魂の浄化を求める。ただし、十分な悔悛が見られない場合は、翻って極刑を課すものとする!」
衝立の向こうで鳴り響く法槌の音を、ノクスは遠い世界の音のように顎を上げて聴いていた。裁判所の片隅で、完全に仕切られた衝立の中に立たされている。両陛下が出席しているらしいが、何も見えなかった。手錠をかけられたまま、頭から腰まですっぽりと被せられた黒い覆面の下で、ノクスは震える口を開く。
「俺は反逆を考えた事など一度もありません!」
「被告人は許可なく口を開くな! 王の名において、フェリス・ノクスを終身投獄に処す! 連れて行け!」
怒号が鳴り響き、ノクスは背後から小突かれて衝立から裏口の廊下へ突き出された。慌ただしく椅子を引く音やがやがやと話し出す声が聴こえてくる。判決が下ったのだ。
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