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魔王~

ハッピーエンドのその先は?

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…結局、ハルに対する疑惑は晴れぬまま。
しかし、証拠もユナの魔力感知だけという状況では、他国の貴族を裁くことは出来ないという理由で、ハルは通常通りに午後の授業へと出ていった。

「フリージア様。大丈夫でしょうか?」
「ええ、大丈夫ですわ」

遅れて講堂へ辿り着いたリリアは、慌てて走ってきたのだろう。
息も絶え絶えになりながら、フリージアに対して回復魔法ヒールを掛けていた。

「あ、あの…やっぱり午後は休んだ方が良いと思います。顔の赤みが引かないので、熱があるかもしれません」
「え?顔…あ!」

既にフェリスの支えもなく立っていたフリージアだったが、それまでのやり取りを見ていなかったリリアに、顔の赤みを指摘されて、一瞬不思議そうにし…。
次の瞬間、原因であるフェリスの腕を思い出してしまい、再び真っ赤になってしまう。
「大丈夫ですわ!」と慌てるフリージアは、いつもの冷静な様子からはかけ離れていて、余計にリリアが心配をしていた。

「あそこで反撃をしてもらった方が楽だったのです」
「そうですが…ローズマリー男爵令嬢が近すぎました。あのまま戦闘になっていたら、巻き込んでしまいます」
「まぁ、フィーも居る所で直接攻撃なんてすれば、国際問題になるからな。流石にしねェだろ」

サクラもハルも居なくなった室内で、ユナの背後からは幻影魔法イリュージョンによって姿を隠していた青藍が、物陰からは講堂の裏口から侵入をしていたノルディアが現れる。
ハルが去った講堂の扉に視線を向けて話し合う三人は、先ほどの対応について話し合い始める。

「オイラ、洗脳魔法使ってみたイ!」
「そうですの?なら練習ついでに、先ほどのハルさんに使ってみるのです?」
「ちょっと待て!それこそ国際問題になる!」

その様子を見ていたフェリスは、何となく嫌な流れに向かう話に慌てて口を挟んだ。
青藍の「ユナ様、駄目ですよ」というセリフに安堵して…

「先に処理の準備をしてからでないと…失敗して逃げられてしまったら、問題になりますから」
「確かにそうですの」

…続く、物騒にしか聞こえない言葉に、がっくりと項垂れた。
大人しそうに見える青藍は、ユナのストッパー役だと思っていたフェリスは、何となく騙された気持ちになる。

「…冷静に考えて、ランタナを呼び寄せるのが一番だろ。思考を読ませるのがはえェ」
「それだ!流石ノルディアだな!天才だ!」

唯一まともな案を出したノルディアに、フェリスは全力で乗っかった。
次の日になったら、ランタナに学園まで来て欲しいと伝えるため、フェリスの護衛騎士の一人が王城へと向かう。
ランタナにハルの思考を見て貰えば、彼や魔国が何を狙っているのかを知る事が出来る。

それで解決をする。
そう思って安心をしたフェリスは、不意にフリージアと目が合い、フイと逸らされてしまう。
いつもは真っ直ぐに相手を見つめるフリージアが、フェリスの視線から逃れることに、何故かフェリスはモヤッとした。







その日の夜、サクラは自分の部屋でボヤいていた。

「すごい良いところだったのに、何でユナに邪魔されちゃうんだろう!邪魔はする癖に、攻略に必要な悪役の仕事はしないし!」

サクラ・ローズマリーは、ある意味で純粋な少女だった。

前世、日本という世界で過ごした記憶を持って生まれたサクラは、ここが前世でプレイをした「君と紡ぐ千の恋物語」という乙女ゲームと同じ世界だと気付いて歓喜した。
サクラの容姿は「君紡おとめゲーム」のヒロインそっくりで、サクラは自分が、素敵な攻略対象のキャラクターと結ばれると信じていたから。

悪役令嬢のキャラクターであるユナの様子がおかしくても。
攻略対象のキャラクター達の性格がゲームと異なるものでも。
思うようにストーリーが進まない焦りもあったが、それでも最後は誰かと結ばれて幸せになるのだと、サクラは純粋に信じていた。


『…初めまして。貴女がサクラ様でしょうか?』


そんな時、学園に…
が転入してきた。

本来の君紡おとめゲームならば、ハルは全ての攻略対象をクリアしないと出てこない隠れキャラクターだった。
気難しく、選択肢を一つでも間違えれば攻略失敗となってしまうけれど、という設定を持つハルの人気は高く、前世ではグッズも沢山発売されていた。


『サクラ様、貴女の魔力はとても優しく感じます。きっと…貴女が素晴らしい方だからですね』


しかしハルは、何故か最初に会った時から、サクラに対する好感度が高かった。
それを不思議に思う事はあったけれど、サクラはヒロインだから、そういう設定なのだろうと思っていた。

ハルと結ばれて、後は悪役令嬢の断罪シーンを終わらせれば、サクラはハッピーエンドを迎えられる。
そう思ったサクラだったが、肝心のユナは登校しておらず、仕方なくフリージアを呼び出してストーリーを進めることにした。


『サクラ様、私は貴女を愛しています』


愛の言葉を囁いてくれたハルと、幸せになりたい一心で、自らの制服を切り刻んで…。
しかし、そうまでして進めたストーリーは、またしてもユナによって邪魔をされてしまった。

「もうちょっとでゲームクリアだったのにな…」

呟くサクラは、昼間の騒動を正しく理解していなかった。
サクラにとっては、ユナもフリージアも、サクラの邪魔をする悪役令嬢であり、二人がゲームのシナリオ通りに断罪されるのは決まっている事だから。
例えハルが何かをしていたとしても…それはストーリーの進行上、必要な事としか思わない。

「あーあ」と呟いてベッドに寝転んだサクラの耳に、何かをノックする音が届く。

「え、何?」

音の発生源である窓ガラスに近付いたサクラは…そこに居た人物に驚いた。

「ええー!?何でハル君が居るの!?」

夜空に浮かび上がるハルの姿に、サクラは疑問も抱かずに話しかける。
…学園でしか会ったことの無いハルが、何故サクラの家を知っているのか。そんな疑問が出なかったのは、フリージアにも使用された洗脳魔法が、今のサクラにも使われているからで…。

「愛しのサクラ様、どうか私と一緒に来てくれませんか?」
「ハル君と?良いよ!」

洗脳魔法をかけられたサクラは、素直にハルの手を取った。
…魔法が無かったとしても、サクラは頷いていたかもしれないけれど。

「…では、行きましょうか」
「うん!」

サクラを抱きしめたハルは、そのまま上空へと浮かんで行く。

「どこへ行くの?」
「良い所へ。着いてからのお楽しみです」

明くる日、男爵家のメイドがサクラの部屋に向かうと、そこには空となったベッドと、窓が開いたまま残されており、白いカーテンだけが風に吹かれて揺れていた。
…あと、少しでハッピーエンドを迎えられると思っていたサクラは、攻略対象のキャラクターと結ばれた後、どうなるのかなんて考えていないまま…魔国のハルと一緒に行方を眩ませた。

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