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甦った男グィード
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死者の長靴2階での作戦会議が終わると、5人はグィードが用意した、少し遅い昼食を取った。
3人はグィードの料理の腕前に、まず舌を巻き、それから舌鼓を打った。
ヒューゴは誇らしげだった。
それからグィードは、4人にゴブリンの迷宮へ先に向ってくれるように頼んだ。
グィード以外の4人は、すでに旅の準備は万端であったから、直ちに出発した。
4人を満面の笑顔で見送ると、1人で地下にある倉庫に向かった。
倉庫のすみには、埃を被った1つの 宝箱が置かれていた。
グィードは迷いなくその宝箱に近づき、静かに目を閉じると、解錠の呪文を唱えた。
すると、大人の拳ほどもある複雑な意匠の凝らされた宝箱の錠前から、カチリッという音がした。
グィードはその宝箱を、自分だけで死者の宝箱と呼んでいた。
それはグィードが、ヒューゴの母親とこの村に住み着いた時から、冒険者としての自分は死んだものであると看做していたからである。
しかし、その中身を棄てるのではなく大事に宝箱に仕舞い込んでいた時点で、自分は結局、死んではいなかったのだと、グィードは心の中で独り言を言った。
その中身は、グィードの冒険者時代の装備であった。
最初に取り出されたのは、黒革の鞘に納められた長剣であった。
グィードはわずかに鞘をずらして剣身を確認する。
剣身もまた、漆黒であった。
その名を黒い幻影という、グィードの愛剣である。
続いて、黒い革で統一された長靴と革の鎧。
長靴は、店の看板に掛けられているものよりも強力な魔法の品、音速の長靴であり、革の鎧は、やはり魔法によって盾が不要なほどに強化されているので、盾無と呼ばれていた。
いずれも王都の最高の職人たちの手になる高度な魔法装備であり、それらの装備の一つでも売れば、グィードはもう一軒の店を持つことができるほど高価な品でもあった。
宝箱に掛けられた魔法のためか、あるいは装備自体が魔法の品であるためなのか、じつはその両方であることを、グィードは知っていたが、それらはすべて新品のように黒光りしていた。
グィードは速やかにそれらを身に付けると、革袋に一般的な旅支度を整えて、まず村長のヒョードルを尋ねた。
ヒョードルはグィードの姿を見て、すぐに事情を飲み込んだらしく、
「そうか。とうとう旅に出ちまうのか」
と心から残念そうに言った。
「ああ、しばらく面倒を掛けることにるが、宜しく頼む」
とグィードは笑いながら答えた。
グィードは以前から、ヒョードルにだけは、自分はいつかは旅に出なければならないことを告げていた。
死者の長靴は、今では村の貴重な収入源でもあるため、自分が旅立った後はヒョードルに任せることになっていた。
何よりも、グィードはこの村を気に入っており、スカーレットを見つけ出した暁には、必ず家族3人で帰ってくるつもりでいた。
ヒョードルもまた、そのことを知っている。
「なるべく早く帰って来てくれよぉ」とヒョードル。
「何だかお前が俺の女房みたいだなぁ」とグィード。
ヒョードルもグィードも、互いに目頭が熱くなるのを感じた。
「ああ、任せておけ。矢のように速く行って、稲妻のように速く帰ってくるさ」
と「ほら吹きグィード」に相応しく答えて、グィードはヒョードルの家を後にした。
村の門を出ると、グィードは空を見上げて、心の中で呟いた。
「死人が甦ったぞぉ。一度死んで甦ったからには、俺はもう不死身だ。待ってろよ」
最後の「待ってろよ」という言葉は、いったい誰に向けられた言葉であるのか、グィードは自分でも解らなかった。
しかしグィードは、今、自分の心が、これから始まる冒険に沸き立つのを感じていた。
「やっぱり俺は生まれながらの冒険者なのだ」
そして、今度は声に出して呟いた。
「スカーレット、お前はいったい今、どこにいるんだ」
グィードは、森へ入ると走り出した。
全力で走るのは、何年ぶりのことであろうか。
風の抵抗が心地よかった。
一匹の年老いた狐が、走るグィードの姿を観察していた。
狐はこれまで、そんなものを見たことがなかった。
あの厭らしいゴブリンやコボルトやオークどもも、また森で最も強く美しい狼の群れの首領も、狐はこの森に住む、すべての生き物を見たことがあった。
また、時々やって来る狩人や冒険者たちも。
しかしこの黒い人間は、狐がこれまで見た、どの人間とも異なっていた。
この森のどんな動物よりも素早い、果たしてあれは本当に人間なのだろうかと、狐は考えた。
グィードは長靴の魔力を使って、一気に速度を上げる。
グィードの姿は、狐の視界から一瞬にして消えてしまった。
ああ、あれはやはり人間ではなかったのだ。
旋風だったのかも知れない、黒い旋風。
狐は不思議と、そこに不吉なものは感じなかった。
グィードが4人に追いついたのは、ゴブリンの迷宮まであと1時間ほどの位置であった。
グィードが全力で走れば十分足らずで着くであろうが、そこまで急ぐ必要はないし、他の4人を置いてけぼりにしてしまっては意味がない。
「諸君、旅は順調かね?」
4人の後姿を発見して、グィードは上機嫌で声をかける。
ヒューゴはその声に、嬉しそうに振り返る。
「グィード、遅かったじゃないか」
4人だけの旅が、かれこれ1時間以上続いていた。
その間に4人は、やはりゴブリンの群れに1度遭遇したが難なく掃討した。
ヒューゴにとっては、冒険者としての初陣のようなものであったが、緊張よりは、卓越した冒険者たちとパーティーを組んでの戦闘に対する興奮の方が大きかった。
そしてヒューゴは、その戦闘で3体のゴブリンを単独で撃破していた。
ヒューゴは有頂天になって、そのことをグィードに報告した。
「そうか。さすがは俺の子だな!」
グィードも鼻高々である。
ほかの3人はそのようすを微笑ましく見守る。
3人はグィードの料理の腕前に、まず舌を巻き、それから舌鼓を打った。
ヒューゴは誇らしげだった。
それからグィードは、4人にゴブリンの迷宮へ先に向ってくれるように頼んだ。
グィード以外の4人は、すでに旅の準備は万端であったから、直ちに出発した。
4人を満面の笑顔で見送ると、1人で地下にある倉庫に向かった。
倉庫のすみには、埃を被った1つの 宝箱が置かれていた。
グィードは迷いなくその宝箱に近づき、静かに目を閉じると、解錠の呪文を唱えた。
すると、大人の拳ほどもある複雑な意匠の凝らされた宝箱の錠前から、カチリッという音がした。
グィードはその宝箱を、自分だけで死者の宝箱と呼んでいた。
それはグィードが、ヒューゴの母親とこの村に住み着いた時から、冒険者としての自分は死んだものであると看做していたからである。
しかし、その中身を棄てるのではなく大事に宝箱に仕舞い込んでいた時点で、自分は結局、死んではいなかったのだと、グィードは心の中で独り言を言った。
その中身は、グィードの冒険者時代の装備であった。
最初に取り出されたのは、黒革の鞘に納められた長剣であった。
グィードはわずかに鞘をずらして剣身を確認する。
剣身もまた、漆黒であった。
その名を黒い幻影という、グィードの愛剣である。
続いて、黒い革で統一された長靴と革の鎧。
長靴は、店の看板に掛けられているものよりも強力な魔法の品、音速の長靴であり、革の鎧は、やはり魔法によって盾が不要なほどに強化されているので、盾無と呼ばれていた。
いずれも王都の最高の職人たちの手になる高度な魔法装備であり、それらの装備の一つでも売れば、グィードはもう一軒の店を持つことができるほど高価な品でもあった。
宝箱に掛けられた魔法のためか、あるいは装備自体が魔法の品であるためなのか、じつはその両方であることを、グィードは知っていたが、それらはすべて新品のように黒光りしていた。
グィードは速やかにそれらを身に付けると、革袋に一般的な旅支度を整えて、まず村長のヒョードルを尋ねた。
ヒョードルはグィードの姿を見て、すぐに事情を飲み込んだらしく、
「そうか。とうとう旅に出ちまうのか」
と心から残念そうに言った。
「ああ、しばらく面倒を掛けることにるが、宜しく頼む」
とグィードは笑いながら答えた。
グィードは以前から、ヒョードルにだけは、自分はいつかは旅に出なければならないことを告げていた。
死者の長靴は、今では村の貴重な収入源でもあるため、自分が旅立った後はヒョードルに任せることになっていた。
何よりも、グィードはこの村を気に入っており、スカーレットを見つけ出した暁には、必ず家族3人で帰ってくるつもりでいた。
ヒョードルもまた、そのことを知っている。
「なるべく早く帰って来てくれよぉ」とヒョードル。
「何だかお前が俺の女房みたいだなぁ」とグィード。
ヒョードルもグィードも、互いに目頭が熱くなるのを感じた。
「ああ、任せておけ。矢のように速く行って、稲妻のように速く帰ってくるさ」
と「ほら吹きグィード」に相応しく答えて、グィードはヒョードルの家を後にした。
村の門を出ると、グィードは空を見上げて、心の中で呟いた。
「死人が甦ったぞぉ。一度死んで甦ったからには、俺はもう不死身だ。待ってろよ」
最後の「待ってろよ」という言葉は、いったい誰に向けられた言葉であるのか、グィードは自分でも解らなかった。
しかしグィードは、今、自分の心が、これから始まる冒険に沸き立つのを感じていた。
「やっぱり俺は生まれながらの冒険者なのだ」
そして、今度は声に出して呟いた。
「スカーレット、お前はいったい今、どこにいるんだ」
グィードは、森へ入ると走り出した。
全力で走るのは、何年ぶりのことであろうか。
風の抵抗が心地よかった。
一匹の年老いた狐が、走るグィードの姿を観察していた。
狐はこれまで、そんなものを見たことがなかった。
あの厭らしいゴブリンやコボルトやオークどもも、また森で最も強く美しい狼の群れの首領も、狐はこの森に住む、すべての生き物を見たことがあった。
また、時々やって来る狩人や冒険者たちも。
しかしこの黒い人間は、狐がこれまで見た、どの人間とも異なっていた。
この森のどんな動物よりも素早い、果たしてあれは本当に人間なのだろうかと、狐は考えた。
グィードは長靴の魔力を使って、一気に速度を上げる。
グィードの姿は、狐の視界から一瞬にして消えてしまった。
ああ、あれはやはり人間ではなかったのだ。
旋風だったのかも知れない、黒い旋風。
狐は不思議と、そこに不吉なものは感じなかった。
グィードが4人に追いついたのは、ゴブリンの迷宮まであと1時間ほどの位置であった。
グィードが全力で走れば十分足らずで着くであろうが、そこまで急ぐ必要はないし、他の4人を置いてけぼりにしてしまっては意味がない。
「諸君、旅は順調かね?」
4人の後姿を発見して、グィードは上機嫌で声をかける。
ヒューゴはその声に、嬉しそうに振り返る。
「グィード、遅かったじゃないか」
4人だけの旅が、かれこれ1時間以上続いていた。
その間に4人は、やはりゴブリンの群れに1度遭遇したが難なく掃討した。
ヒューゴにとっては、冒険者としての初陣のようなものであったが、緊張よりは、卓越した冒険者たちとパーティーを組んでの戦闘に対する興奮の方が大きかった。
そしてヒューゴは、その戦闘で3体のゴブリンを単独で撃破していた。
ヒューゴは有頂天になって、そのことをグィードに報告した。
「そうか。さすがは俺の子だな!」
グィードも鼻高々である。
ほかの3人はそのようすを微笑ましく見守る。
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