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第十話
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夕闇せまる街。
わたしは父から受け取った、路上ライブの告知に書かれていた場所へと向かう。
姉からは再びメールがくるようになった。あの物語の続きが送られてくる。前と同じように、丁度二十四時間おきに、送られてきた。ただ、前の違うのはそれが真夜中にではなく、日没のころに送られてくることだろう。
十番目のメールは、昨日の日没時にきた。
>10番目のメール
そして秋が終わりました。いつものように少女の村には盗賊たちが現れます。盗賊たちは、男を殺します。そして、女も、子供も、赤子も、殆ど無差別に殺しました。村人は無抵抗です。盗賊は儀式として、村人に恐怖とあきらめを刻み込むためだけに、殺しを行っているようです。
少女は生贄として頭領の前へ差し出されました。馬に乗ったその男は、驚くほど若く見えます。少女と同い年くらいの、そう、むしろ少年というのが相応しいような外見をしていました。
仮面をつけたように無表情な頭領は、少女を軽々と抱え上げると馬に乗って村をさります。盗賊たちも引き上げていきました。
わたしは、路上ライブの場所についた。
巨大な高層マンションの前にある、イベント用の広場だ。そこに黒いドレスを着た男が立っていた。夕闇の中で女装姿の男は、奇形の女神を思わせる歪んだしかし妖艶な美しさを纏っている。父だった。
わたしは、父の前に立つ。
――よく来てくれたね、陽子。
父は、ギターケースを手に提げている。
――他のメンバーを紹介しよう。
父は四人の男たちを指し示す。皆、痩せて精悍な顔をした男たちであり、手には父と同じようなギターケースを提げていた。背はそれほど高くないが、革のジャケットを着込んだ男たちの身体は見た目以上にがっしりとしていそうな気がする。
そして、皆目つきが鋭い。わたしは父に言った。
――で、ドラムやキーボードはいないの?
――わたしのバンドはそんな古典的な構成ではなくてね、じゃあ行こうか。
――行くって、ここでライブをやるんじゃないの?
――正確には、あそこなんだ。
父は歩きはじめる。わたしはその後に続いた。わたしは父とそのバンドのメンバに囲まれる形で歩いてゆく。
父は高層マンションの一階にある銀行の中へと入ってゆく。平日の銀行には結構な人がいた。
父はギターケースから、何かを取り出す。それは銃だった。自動ライフルというものだろうか。銃把の後ろに弾倉がついたタイプのものだ。銃身が短くてコンパクトな作りになっている。
父は銃を構え、叫んだ。
――皆さん、ショウタイムです。存分にお楽しみ下さい。
客たちも銀行員も、そして警備員も多少あっけにとられて父を見ている。銀行強盗にしては驚くほど派手で珍妙な格好をしていたせいだろう。
父のバンドのメンバたちは、手榴弾のような球体を出すと、放り投げる。父が小声でわたしに囁いた。
――目と耳を閉じろ。
言われたとおりにした瞬間、凄まじい炸裂音と閃光が迸った。
そしてその直後に、バンドのメンバがとり出した父の持っているのと同じタイプの銃が、火を吹く。短く的確な狙撃は、警備員や銀行員を狙っている。
悲鳴があがり、客たちはパニックに襲われた。父はカウンターの上に乗ると、銀行員たちに向かって威嚇射撃を行う。
――みなさーん。動かないでねぇ。
バンドのメンバは、巧みに威嚇射撃を行い、客たちを外へと追い出していく。警備員は皆足を撃ち抜かれ、床に倒れていた。バンドのメンバの一人が意識の有る者を銃底で殴りつけ、気を失わせてゆく。
客が逃げ切った後、シャッターが降ろされていった。
バンドのメンバの一人がカウンターを乗り越え、布テープを使い、銀行員を縛り上げてゆく。恐ろしく手際がいい。全員が気を失うか縛り上げられた状態になるまで、ものの五分もかかっていない。
わたしは父に尋ねる。
――なぜ、こんなことを。
――理由はすぐに判る。月子の居場所にもうすぐいけるよ。
――なんですって。
ドン、と鈍い音が響いた。そして、バンドのメンバが一人、父のほうへ駆け寄る。
――見つけました。
――よし、行こう。君たちは上手く撤収してくれ。
――判りました。
父は目でわたしについてくるように知らせると、小走りで奥に向かう。わたしは父の後に続いた。
奥の扉から廊下にでる。その廊下のつきあたりの壁が崩れていた。爆破されたらしい。崩れた壁の背後には、頑丈そうな鋼鉄の扉がある。
父は鍵を取り出すと、鋼鉄の扉の鍵穴に差し込む。扉が開いた。その向こうは地下へと続く階段だ。
――全くよりにもよって、扉の前に銀行を造ってくれるとはね。
父は扉の中へ入る。わたしも父の後に続いた。父はわたしを先にいかせ、自分は鋼鉄の扉を閉める。重々しい音と共に扉は閉ざされ、あたりは闇に覆われた。父は懐中電灯を取り出し、階段を照らす。
父は先に立って、階段を降りてゆく。わたしはその後に続く。
――前に月子と来た時は、まだ内装工事中だったからね。随分と楽にこれたもんだが。今度はプロの傭兵を洗脳するはめになったよ。
ぼやく父にわたしは尋ねる。
――一体ここに何があるというの。
――ここには昔、旧帝国軍の施設があったんだ。終戦後とある資産家が買取って屋敷を作ったらしいが、そこを今度はさる大企業が買収して高層マンションになった。
わたしたちはB3と書かれたところまで階段を降りた。地下三階ということらしいが、どこにも扉はない。父は床の一箇所を開いた。点検口らしきものが現れる。
――先に行くよ。
そういうと、父は点検口に入りスチール製の梯子を降りて行く。わたしも後に続いた。結構長い間降り続ける。十メートルは下っただろうか。
ようやく一番下についたようだ。その小さなスペースの床を父は調べている。やがて、しゃがみ込むと、床の一箇所を開いた。
――さて、ようやく入り口についたよ。
――ここが入り口なの?
――そう。旧帝国軍は本土決戦に備え都内数カ所に地下施設を造っていた。ここはその一つだ。ここからは旧帝国軍の施設へ入ることになる。
そこは螺旋状の階段だった。わたしたちはその螺旋階段を下って行く。かなり長い時間、わたしたちはその階段を下った。恐ろしく深いところまできたようだ。螺旋階段の果てに、黒い扉が有った。
――さあ、ようやくついた。
父はその黒い扉を開く。中に入った。結構広い部屋だ。小学校の教室くらいの広さだろうか。正面に長机が並んでいる。父は入り口のあたりで何かを探していた。
――確か、前来たときにランタンを置いていったんだ。まだ、バッテリーが残っていると思うんだが。
父はやがてランタンを見つけ、それを長机の上に置くとスイッチをいれた。薄明かりが部屋を照らし出す。両側の壁を見て、わたしは息を呑んだ。
両側の壁は、書棚で埋められていた。そしてその書棚には革表紙の古めかしい本がぎっしりと詰め込まれている。あるいは日本の古書らしい本も、大量に並んでいた。
わたしは父から受け取った、路上ライブの告知に書かれていた場所へと向かう。
姉からは再びメールがくるようになった。あの物語の続きが送られてくる。前と同じように、丁度二十四時間おきに、送られてきた。ただ、前の違うのはそれが真夜中にではなく、日没のころに送られてくることだろう。
十番目のメールは、昨日の日没時にきた。
>10番目のメール
そして秋が終わりました。いつものように少女の村には盗賊たちが現れます。盗賊たちは、男を殺します。そして、女も、子供も、赤子も、殆ど無差別に殺しました。村人は無抵抗です。盗賊は儀式として、村人に恐怖とあきらめを刻み込むためだけに、殺しを行っているようです。
少女は生贄として頭領の前へ差し出されました。馬に乗ったその男は、驚くほど若く見えます。少女と同い年くらいの、そう、むしろ少年というのが相応しいような外見をしていました。
仮面をつけたように無表情な頭領は、少女を軽々と抱え上げると馬に乗って村をさります。盗賊たちも引き上げていきました。
わたしは、路上ライブの場所についた。
巨大な高層マンションの前にある、イベント用の広場だ。そこに黒いドレスを着た男が立っていた。夕闇の中で女装姿の男は、奇形の女神を思わせる歪んだしかし妖艶な美しさを纏っている。父だった。
わたしは、父の前に立つ。
――よく来てくれたね、陽子。
父は、ギターケースを手に提げている。
――他のメンバーを紹介しよう。
父は四人の男たちを指し示す。皆、痩せて精悍な顔をした男たちであり、手には父と同じようなギターケースを提げていた。背はそれほど高くないが、革のジャケットを着込んだ男たちの身体は見た目以上にがっしりとしていそうな気がする。
そして、皆目つきが鋭い。わたしは父に言った。
――で、ドラムやキーボードはいないの?
――わたしのバンドはそんな古典的な構成ではなくてね、じゃあ行こうか。
――行くって、ここでライブをやるんじゃないの?
――正確には、あそこなんだ。
父は歩きはじめる。わたしはその後に続いた。わたしは父とそのバンドのメンバに囲まれる形で歩いてゆく。
父は高層マンションの一階にある銀行の中へと入ってゆく。平日の銀行には結構な人がいた。
父はギターケースから、何かを取り出す。それは銃だった。自動ライフルというものだろうか。銃把の後ろに弾倉がついたタイプのものだ。銃身が短くてコンパクトな作りになっている。
父は銃を構え、叫んだ。
――皆さん、ショウタイムです。存分にお楽しみ下さい。
客たちも銀行員も、そして警備員も多少あっけにとられて父を見ている。銀行強盗にしては驚くほど派手で珍妙な格好をしていたせいだろう。
父のバンドのメンバたちは、手榴弾のような球体を出すと、放り投げる。父が小声でわたしに囁いた。
――目と耳を閉じろ。
言われたとおりにした瞬間、凄まじい炸裂音と閃光が迸った。
そしてその直後に、バンドのメンバがとり出した父の持っているのと同じタイプの銃が、火を吹く。短く的確な狙撃は、警備員や銀行員を狙っている。
悲鳴があがり、客たちはパニックに襲われた。父はカウンターの上に乗ると、銀行員たちに向かって威嚇射撃を行う。
――みなさーん。動かないでねぇ。
バンドのメンバは、巧みに威嚇射撃を行い、客たちを外へと追い出していく。警備員は皆足を撃ち抜かれ、床に倒れていた。バンドのメンバの一人が意識の有る者を銃底で殴りつけ、気を失わせてゆく。
客が逃げ切った後、シャッターが降ろされていった。
バンドのメンバの一人がカウンターを乗り越え、布テープを使い、銀行員を縛り上げてゆく。恐ろしく手際がいい。全員が気を失うか縛り上げられた状態になるまで、ものの五分もかかっていない。
わたしは父に尋ねる。
――なぜ、こんなことを。
――理由はすぐに判る。月子の居場所にもうすぐいけるよ。
――なんですって。
ドン、と鈍い音が響いた。そして、バンドのメンバが一人、父のほうへ駆け寄る。
――見つけました。
――よし、行こう。君たちは上手く撤収してくれ。
――判りました。
父は目でわたしについてくるように知らせると、小走りで奥に向かう。わたしは父の後に続いた。
奥の扉から廊下にでる。その廊下のつきあたりの壁が崩れていた。爆破されたらしい。崩れた壁の背後には、頑丈そうな鋼鉄の扉がある。
父は鍵を取り出すと、鋼鉄の扉の鍵穴に差し込む。扉が開いた。その向こうは地下へと続く階段だ。
――全くよりにもよって、扉の前に銀行を造ってくれるとはね。
父は扉の中へ入る。わたしも父の後に続いた。父はわたしを先にいかせ、自分は鋼鉄の扉を閉める。重々しい音と共に扉は閉ざされ、あたりは闇に覆われた。父は懐中電灯を取り出し、階段を照らす。
父は先に立って、階段を降りてゆく。わたしはその後に続く。
――前に月子と来た時は、まだ内装工事中だったからね。随分と楽にこれたもんだが。今度はプロの傭兵を洗脳するはめになったよ。
ぼやく父にわたしは尋ねる。
――一体ここに何があるというの。
――ここには昔、旧帝国軍の施設があったんだ。終戦後とある資産家が買取って屋敷を作ったらしいが、そこを今度はさる大企業が買収して高層マンションになった。
わたしたちはB3と書かれたところまで階段を降りた。地下三階ということらしいが、どこにも扉はない。父は床の一箇所を開いた。点検口らしきものが現れる。
――先に行くよ。
そういうと、父は点検口に入りスチール製の梯子を降りて行く。わたしも後に続いた。結構長い間降り続ける。十メートルは下っただろうか。
ようやく一番下についたようだ。その小さなスペースの床を父は調べている。やがて、しゃがみ込むと、床の一箇所を開いた。
――さて、ようやく入り口についたよ。
――ここが入り口なの?
――そう。旧帝国軍は本土決戦に備え都内数カ所に地下施設を造っていた。ここはその一つだ。ここからは旧帝国軍の施設へ入ることになる。
そこは螺旋状の階段だった。わたしたちはその螺旋階段を下って行く。かなり長い時間、わたしたちはその階段を下った。恐ろしく深いところまできたようだ。螺旋階段の果てに、黒い扉が有った。
――さあ、ようやくついた。
父はその黒い扉を開く。中に入った。結構広い部屋だ。小学校の教室くらいの広さだろうか。正面に長机が並んでいる。父は入り口のあたりで何かを探していた。
――確か、前来たときにランタンを置いていったんだ。まだ、バッテリーが残っていると思うんだが。
父はやがてランタンを見つけ、それを長机の上に置くとスイッチをいれた。薄明かりが部屋を照らし出す。両側の壁を見て、わたしは息を呑んだ。
両側の壁は、書棚で埋められていた。そしてその書棚には革表紙の古めかしい本がぎっしりと詰め込まれている。あるいは日本の古書らしい本も、大量に並んでいた。
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