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エリシアの催し➀
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クロヴィスが執務をしている間は、エリシアも皇妃として何か身になることをしようと思い立った。
エルヴァランにいた頃からヴァルハイムの歴史や風俗、文化は書面で学んでいた。
しかし、それはあくまで机上の知識に過ぎない。実際に自分の目で見聞きする必要がある――そう感じたのは、先日、宿舎で傷ついた兵たちと触れ合った時のことだった。
彼らの声や表情に接したことで、戦争が民や土地にどれほど深い傷を残したのかを痛感したのだ。
(戦争で人も大地も傷つき、回復を必要としている……)
そう思うと、皇妃としてただ寄り添うだけでは足りない気がした。自らも学び、考え、行動しなければならないと思った。
だが皇妃がひとりで出歩くことはできない。
そこでクロヴィスに願い出て、復興策に携わる役人や領民から説明を受ける時間をリーモスに設けてもらった。
この辺境地の現状は、ヴァルハイム全体、ひいては大陸中の戦争に疲弊した土地の縮図でもあった。
荒れ果てた農地、崩れた街、疲れ切った領民たち――説明を受けるほどに、エリシアの胸は重く締めつけられた。
なかでも強く心に残ったのは、やはり子どもたちの姿だった。
戦場で傷を負った子もいれば、親やきょうだいを失った子もいる。
体の傷だけでなく、心にも癒えぬ痛みを抱えていた。
それだけでなく、家や学び舎を奪われ、未来さえも閉ざされてしまった。
(子どもたちこそ、戦争のいちばんの犠牲者)
そんな考えが、エリシアの胸に重く根づいていく中で、さらに悲しい知らせが舞い込んだ。
先日、宿舎で父親を見舞っていた少女の父が、ついに亡くなったというのだ。
これで、あの子は天涯孤独となり、孤児院で生きるしかなくなった。
父を慕う無垢な眼差し。小さな手で必死に父の衣を握っていた姿。
あの子の顔が、どうしても頭から離れなかった。
(せめて、子どもたちの心を少しでも和らげることができないだろうか……)
そう思っても妙案は浮かばず、エリシアはサーシャに相談した。
「そうですね……」
サーシャは恐縮しながらも、真剣な眼差しで続けた。
「民に本当に必要なのは、施しではなく“自ら生きる力と、そのきっかけ”だと思います」
「施しだけでは、足りないかしら?」
「……はい。もちろん施しは救いですが、一時だけのものとなれば逆に酷になることもあります。それよりも、自らで生活を向上していけるような何かがあれば、彼らの心にも希望が灯りますし、自ずと努力して前に進んでいけるようになります」
サーシャは一呼吸置き、少し迷ったように言葉を続けた。
「……実は、私自身もそうでした」
「あなたも……?」
「ええ。実は私も孤児なのです。それも、かつては奴隷としてこの国に売られてきました」
エリシアは息を呑んだ。
サーシャは静かに打ち明けた。
「私の故国は、クロヴィス陛下が即位されてすぐに滅ぼされた小国でした。しばらくは奴隷として過酷に働かされていましたが……陛下が奴隷廃止令を出されたことで自由となり、さらに支援制度のおかげで読み書きや所作を学び、このように皇妃様に仕えるまでになれたのです」
ヴァルハイムの奴隷制度廃止と支援制度のことは、エルヴァランにいた頃から知っていた。
諸国から前代未聞と揶揄されたこの制度については、エリシアの父も冷笑していた。
「奴隷を解放して金をかけるなど愚かしい。良き王を演じたいらしいが、魔王は魔王。滅ぼした国の恨みを背負い続けるのは変わらない」と。
だが今のエリシアはよく理解できていた。
クロヴィスが慈善や見栄だけでこの政策を始めたのではないことを。
奴隷を解放したのは争いの芽となる憎悪や禍根を摘み取るためで、支援制度は戦争によって失われた労働力や生産性を補填するためのもの。
戦争での疲弊は避けられない。だが統一国として、いち早く国力を回復しなければならない。
この政策は、そのことを考慮したうえでの理知的なものだったのだ。
そして、その成功例がサーシャだった。
エリシアは教えを請うような気持になりながら問うた。
「では、子どもたちにはどんな“きっかけ”を与えるといいのでしょう……」
サーシャは眉を寄せて考え込んだ。
「戦争が終わってしばらくが経ち国内に資金が回りはじめていますが、物資は足りていません。何かお金になるようなものを作って、自分たちで販売できるようになればいいのですが…………」
その何かが思いつかなかった。
王妃としてたくさんの知識は与えられたものの、生きる術となるようなものは何ひとつ教わってこなかった。
小さく溜息をつき、紅茶に口をつける。
ほろ苦さのあとに、口いっぱいに甘いジャムの香りが広がった――。
「……そうだわ!」
ひらめいた瞬間、エリシアは勢いよく立ち上がっていた。
すぐに思いついた案をクロヴィスに相談した。
「……良い案だが……きみが直接取り仕切るのか?」
「もちろんサーシャたち侍女にも手伝ってもらいますわ。リーモスご夫妻にも。……あと陛下にも」
「俺も?」
「子どもがお好きなのでしょう?」
眉を上げた彼に、エリシアはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
クロヴィスは渋っていたが――エリシアの楽しげな顔を見ると肩をすくめた。
「まったく、きみにはかなわないな」
エルヴァランにいた頃からヴァルハイムの歴史や風俗、文化は書面で学んでいた。
しかし、それはあくまで机上の知識に過ぎない。実際に自分の目で見聞きする必要がある――そう感じたのは、先日、宿舎で傷ついた兵たちと触れ合った時のことだった。
彼らの声や表情に接したことで、戦争が民や土地にどれほど深い傷を残したのかを痛感したのだ。
(戦争で人も大地も傷つき、回復を必要としている……)
そう思うと、皇妃としてただ寄り添うだけでは足りない気がした。自らも学び、考え、行動しなければならないと思った。
だが皇妃がひとりで出歩くことはできない。
そこでクロヴィスに願い出て、復興策に携わる役人や領民から説明を受ける時間をリーモスに設けてもらった。
この辺境地の現状は、ヴァルハイム全体、ひいては大陸中の戦争に疲弊した土地の縮図でもあった。
荒れ果てた農地、崩れた街、疲れ切った領民たち――説明を受けるほどに、エリシアの胸は重く締めつけられた。
なかでも強く心に残ったのは、やはり子どもたちの姿だった。
戦場で傷を負った子もいれば、親やきょうだいを失った子もいる。
体の傷だけでなく、心にも癒えぬ痛みを抱えていた。
それだけでなく、家や学び舎を奪われ、未来さえも閉ざされてしまった。
(子どもたちこそ、戦争のいちばんの犠牲者)
そんな考えが、エリシアの胸に重く根づいていく中で、さらに悲しい知らせが舞い込んだ。
先日、宿舎で父親を見舞っていた少女の父が、ついに亡くなったというのだ。
これで、あの子は天涯孤独となり、孤児院で生きるしかなくなった。
父を慕う無垢な眼差し。小さな手で必死に父の衣を握っていた姿。
あの子の顔が、どうしても頭から離れなかった。
(せめて、子どもたちの心を少しでも和らげることができないだろうか……)
そう思っても妙案は浮かばず、エリシアはサーシャに相談した。
「そうですね……」
サーシャは恐縮しながらも、真剣な眼差しで続けた。
「民に本当に必要なのは、施しではなく“自ら生きる力と、そのきっかけ”だと思います」
「施しだけでは、足りないかしら?」
「……はい。もちろん施しは救いですが、一時だけのものとなれば逆に酷になることもあります。それよりも、自らで生活を向上していけるような何かがあれば、彼らの心にも希望が灯りますし、自ずと努力して前に進んでいけるようになります」
サーシャは一呼吸置き、少し迷ったように言葉を続けた。
「……実は、私自身もそうでした」
「あなたも……?」
「ええ。実は私も孤児なのです。それも、かつては奴隷としてこの国に売られてきました」
エリシアは息を呑んだ。
サーシャは静かに打ち明けた。
「私の故国は、クロヴィス陛下が即位されてすぐに滅ぼされた小国でした。しばらくは奴隷として過酷に働かされていましたが……陛下が奴隷廃止令を出されたことで自由となり、さらに支援制度のおかげで読み書きや所作を学び、このように皇妃様に仕えるまでになれたのです」
ヴァルハイムの奴隷制度廃止と支援制度のことは、エルヴァランにいた頃から知っていた。
諸国から前代未聞と揶揄されたこの制度については、エリシアの父も冷笑していた。
「奴隷を解放して金をかけるなど愚かしい。良き王を演じたいらしいが、魔王は魔王。滅ぼした国の恨みを背負い続けるのは変わらない」と。
だが今のエリシアはよく理解できていた。
クロヴィスが慈善や見栄だけでこの政策を始めたのではないことを。
奴隷を解放したのは争いの芽となる憎悪や禍根を摘み取るためで、支援制度は戦争によって失われた労働力や生産性を補填するためのもの。
戦争での疲弊は避けられない。だが統一国として、いち早く国力を回復しなければならない。
この政策は、そのことを考慮したうえでの理知的なものだったのだ。
そして、その成功例がサーシャだった。
エリシアは教えを請うような気持になりながら問うた。
「では、子どもたちにはどんな“きっかけ”を与えるといいのでしょう……」
サーシャは眉を寄せて考え込んだ。
「戦争が終わってしばらくが経ち国内に資金が回りはじめていますが、物資は足りていません。何かお金になるようなものを作って、自分たちで販売できるようになればいいのですが…………」
その何かが思いつかなかった。
王妃としてたくさんの知識は与えられたものの、生きる術となるようなものは何ひとつ教わってこなかった。
小さく溜息をつき、紅茶に口をつける。
ほろ苦さのあとに、口いっぱいに甘いジャムの香りが広がった――。
「……そうだわ!」
ひらめいた瞬間、エリシアは勢いよく立ち上がっていた。
すぐに思いついた案をクロヴィスに相談した。
「……良い案だが……きみが直接取り仕切るのか?」
「もちろんサーシャたち侍女にも手伝ってもらいますわ。リーモスご夫妻にも。……あと陛下にも」
「俺も?」
「子どもがお好きなのでしょう?」
眉を上げた彼に、エリシアはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
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