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美しき政略結婚
しおりを挟む青天のもと、城下は期待と興奮に包まれていた。
軍馬と軍人が行き交う街道には華やかな装飾が施され、集まった民衆の顔には喜びの笑みが咲いている。
今日は、和平を結んだエルヴァラン王国の王女が輿入れする日だった。
今年十九歳になるその王女の名は、エリシア・ラシェル・ド・ベルアージュ。
この大陸を二分するエルヴァラン王国の姫君だ。
エリシアを乗せた豪奢な馬車は、民衆に埋め尽くされた街道をゆっくりと進み、婚礼を挙げる礼拝堂の前で停まった。
そこから降り立ったエリシアの姿を見た瞬間、歓声に沸いていた辺りは、しんと静まり返った。
この世のものとは思えないエリシアの美しさに、民衆は皆、息を呑み、言葉を失ったのだ。
なにより最初に目を引いたのは、彼女の琥珀色の瞳だった。
光の加減で濃淡を変えるその瞳は宝石のようで、褐色が深まって赤みが差すと、妖艶な雰囲気を放った。
肌は陶器のようになめらかで、すっと通った鼻筋は聡明さを漂わせている。
それでいて、果実のような唇はぽってりと肉感があり、どこか誘惑的だった。
プラチナブロンドの髪は豊かに波打ち、陽の光を受けてまばゆく輝いている。
さながら神々しい後光を思わせた。
まるで天から舞い降りた女神そのものだった。
民衆はその姿に忘れていた平和を重ね、天に響かんばかりの大歓声を上げた。
エリシアは、ゆっくりと奥へと続く深紅のカーペットを歩んでいった。
次に集まったのは、参列する貴族たちからの視線だった。
「なんと美しい……! その美貌の噂は、遠くこのヴァルハイム帝国にも届いていたが、これほどとは」
「なるほど、森深くの屋敷に隠すように住まわせていたのも納得だな」
誰もが、実際に目にしたその美しさが想像を遥かに超えていたことに息を呑み、誇らしげに確信した。
まさに、我らが覇王の后となるにふさわしい、と。
その男は、祭壇の前に立ち、エリシアを待っていた。
彼の名はクロヴィス・ヴァルトライン・アルヴェルク。齢二十七。
三年前、統一戦争を始めた父王が病で急逝したのち、若干二十四歳にして即位すると、膠着状態にあった諸国を破竹の勢いで併呑し、次々と領土を広げ、ついには皇帝を名乗るに至った。
今やこの大陸を二分する最後の大国・エルヴァラン王国さえも、和平の名のもとに掌握しようとしている若き覇者である。
戦場においては常に自ら先頭に立ち、獅子奮迅の勢いで敵を討ち、一騎当千の活躍を見せる。
滅ぼされた国々は、憎しみと畏怖を込めて彼のことを「魔王」と称していた。
森の中の屋敷にひっそりと生きていたエリシアでさえ、その評判はよく聞き知っていた。
いったいどれほど恐ろしく野蛮な男なのかと怯えていたが、実際に彼の姿を目にした瞬間、エリシアは目を奪われた。
クロヴィスは王族らしい気品を感じさせる、端正な顔立ちをしていた。
すっと通った鼻筋に、すっきりとした輪郭を持ち、意志の強さを感じさせる漆黒の瞳。
短く整えられた黒髪と陽に焼けた肌が、野性的な色気を漂わせていた。
銀糸の装飾と宝飾で美しく飾られた漆黒の軍服を身にまとった体躯は、軍人らしく高身長でがっしりとしており、ただ立っているだけで空気が張り詰めるような高貴さをまとった存在感があった。
頭の中で描いていた像を遥かにしのぐ凄味を感じ、エリシアは、彼が「魔王」と畏怖される理由を肌で理解した。
クロヴィスの前にたどり着くと、エリシアは深く頭を垂れ、震えそうになる脚を必死に抑えながら、その傍らに立った。
ふたりのその姿は、絵画のように美しかった。
集まった貴族たちは一瞬息を呑み、続いて、突き動かされるように大歓声を上げた。
この婚儀をもって、ヴァルハイム帝国とエルヴァラン王国は、名実ともに和平を結んだのだ。
まさに歴史に刻まれる、運命に導かれし美しい夫妻の誕生だった。
※
婚儀のあと、エリシアは改めてクロヴィスと顔を合わせ、言葉を交わした。
実質これが、クロヴィスとの初めての交流だった。
本来であれば、その順序は逆であるべきだった。
しかし、急に決まった政略結婚のため、このような形となったのだ。
「改めてお目にかかります。本日より、末永くよろしくお願いいたします」
そう挨拶すると、クロヴィスは「長旅ご苦労だった。疲れているだろう。まずは楽にせよ」と応じ、すぐに席を外してしまった。
直後に催された婚礼の宴でも、クロヴィスとは二言、三言話すだけで、エリシアはもっぱら招待客の相手に忙殺された。
宴が終わり、くたくたになったエリシアを気遣ったのは、侍従長だった。
「長い一日、お疲れ様でございました。朝からお疲れになったでしょう」
「いいえ、とても華やかで素晴らしいものでした。あなたたちも、一日ありがとう」
微笑んで言葉をかけるエリシアに、侍従長は恐縮し、深々と頭を下げた。
「我らは皇妃様を歓迎いたします。慣れぬ地でご不安もおありでしょうが、精一杯お仕えいたしますので、どうぞ何なりとお申し付けくださいませ」
「ありがとう」
“皇妃”という言葉が耳に残るのを感じながら、政略結婚とはいえ、こうして迎え入れられたことを嬉しく思った。
しかし、心の奥は複雑だった。
この国に馴染む必要などなかった。皇妃でいるのは、今夜までなのだから。
これから自分が成すことと、それに続く運命を思うと、エリシアは、彼らの真心さえ重く感じた。
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