初夜での暗殺に失敗した私ですが、今宵も冷徹皇帝から甘く抱き尽くされております

葛和蛙蘭

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呪われた王女

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 この世界では、ごくまれに、普通の人間を超えた異能力を覚醒させる者がいる。
 空を飛ぶ者、炎を操る者、影に溶ける者……。

 その発覚の時期も性質も千差万別で、知らぬ間に使いこなしていた者もいれば、ある日突然目覚める者もいる。

 人智を超えたその力に怯えた人々は、そうした異能力者を迫害し、虐げた。

 そんな世界の中で、エルヴァラン王国の王女として生まれたエリシアが異能力を覚醒させたのは――まさに、不幸としか言いようがなかった。

 しかもその能力とは、人の生気を吸い尽くすという恐ろしいものだった。

 それが明らかになったのは、政略結婚を経て迎えた初夜。
 エリシアの夫であり、エルヴァラン王国と同盟を結んでいた小国の王との初めての口付けのときだった。

 その瞬間、夫は崩れるように倒れ、あっという間に青ざめて息絶えた。
 ほんの少し唇を触れ合わせただけで、命を奪ってしまったのだ。

 当然ながらエリシアの覚醒は公には伏せられ、夫の死は突然死として処理された。
 だが、真実を知った父王は激しく動揺した。

「お前が……異能力者だと?」

 愛情深くはなかったが、それまで蝶よ花よとエリシアを大切に育ててきた父王の瞳が、瞬時に冷え切ったものに変わった。
 その目は、忌むべき汚れを見る目だった。

 類まれなる美貌を持つエリシアが覚醒させた能力は、色香で男を惑わし、生気を吸い取る――忌まわしき悪魔・サキュパスを連想させたのだ。

「おまえのような存在が、我が国の王女であるはずがない」

 そう吐き捨てるように言い放った父は、エリシアを田舎の別邸へ幽閉した。
 世間から隠し、誰の目にも触れぬようにし、外界から遮断された静かな森の中だけで生きるよう命じた。

 まるで、死んだも同然の扱いだった。

「おまえはここで一生を終えるがいい」

 母は既に亡く、寄る辺のない娘に、父は一片の情さえ見せなかった。

 エリシアは絶望した。

 幽閉されてから数か月は泣き暮らし、己の生まれを呪い、失った人生を嘆いた。
 やがて涙も枯れ果てると、すべてを諦めた。

 忌まわしき異能者として、寂しく死ぬことを受け入れた。

 だが、屋敷に仕える使用人たちが、エリシアの心を救った。
 彼女の不遇を知った昔からの者たちが、自ら父に願い出て屋敷へ来てくれたのだ。

 エリシアの正体を知っても、彼らは態度を変えることなく、穏やかに、献身的に仕えてくれた。
 そのおかげで、エリシアは立ち直ることができた。

 田舎で過ごす日々は穏やかで、孤独ではあったが、厳しいものではなかった。

 もともとエリシアは草花が好きで、幼い頃はよく野山を散策していた。
 周囲の豊かな自然や動物たちとの触れ合いが、傷ついた心を癒してくれた。

 もとより社交的でも、豪華な生活が好きだったわけでもない。
 この素朴で優しい日々は、むしろ自分に合っているかもしれない。

 そう思えるまでに心を回復させたエリシアは、何も知らぬまま命を奪ってしまった前夫を悼みながら、この地で新たな人生を歩む覚悟を決めた。

 だが――その平穏は、長くは続かなかった。

 十年ほど前から、大陸全土は度重なる天災により混沌とし、各国は疲弊していた。

 そこに、大陸全体を巻き込む戦争が勃発した。

 火種を落としたのは、ヴァルハイム帝国。
 広大な土地と資源、技術力を持ち、数百年の栄華を誇ったその大国が、大陸統一を目指して、今から五年前に隣国へ宣戦布告したのだ。

 統一は、すぐに果たされるはずだった。

 だが現実には、天災や飢饉が相次ぎ、戦争どころではない状況が続いた。
 一時の休戦を挟んでは再び火蓋が切られ、争いはだらだらと長引き、大陸はますます混迷し、疲弊していった。

 その流れを断ち切ったのが、他でもない――クロヴィスの登場だった。

 彼の進軍は凄まじく、周辺諸国を次々と飲み込み、ついにエルヴァラン王国が最後の砦となった。

 滅亡目前。王都に突如届いたのは、ヴァルハイム帝国からの提案書だった。
 内容は、国中をざわめかせた。

 ――エルヴァラン王国の王女、「琥珀の貴石」と謳われしエリシアを皇帝に嫁がせよ。
 その代わり、ヴァルハイム帝国は同盟を結び、戦火を収める。

 忌まわしき“魔王”が、条件をつけてきた。
 それだけで異例だった。

 しかも――その条件が、エリシアだったのだ。

 王宮は驚き、そして動揺した。
 表向きでは、エリシアは前夫の突然死により心を病み、田舎で静養しているとされていたため、人々は同情を寄せた。

 だが、真実を知る者たちは違った。
 父や一部の官僚・貴族たちは、膝を打って喜んだのだ。

「これは天啓だ。魔王と魔女を同時に葬る機会だ」

 あの皇帝がいかに冷酷で残虐かは、大陸中が知るところだった。
 これまで和平を望み、従属の意志を見せた王国は数多にあったが、クロヴィスはそれらをすべて一蹴し、王族を排して支配してきた。
 いくらエルヴァランが、ヴァルハイムに次ぐ歴史ある大国であっても、例外とされる理由はなかった。
 むしろ自国に対抗しうる邪魔な存在として、なんとしてでも滅ぼそうとするはずである。
 同盟を結び、油断させたところを突いて徹底的に叩く魂胆に違いない――と、エルヴァランは警戒心を強め、逆に一矢報いる策を思いついた。

 そして、父である国王の名のもと、エリシアに命が下された。

「皇帝に嫁ぎ、初夜でその命を奪え。その混乱に乗じて皇都に奇襲をかける」

 成功すれば、エルヴァラン王国は救われる。
 帝国は内部から崩壊し、戦争どころではなくなる。
 あわよくば、形勢逆転という状況にすら好転するかもしれない。

 だが、エリシアを待ち受ける運命は、確実な死だった。

 初夜の場で皇帝が死んだとなれば、当然ながら嫁いだばかりのエリシアに嫌疑の目が向けられる。
 異能力者であることが暴かれ、皇帝を抹殺した大罪で処刑されるのは目に見えていた。

 それでも――エリシアは、父王の残酷な命を受け入れた。いや、決意したのだ。

 長引く戦争は、大陸全土の人々に深い失望と悲しみを与えていた。
 家や財産を失い、大切な家族を奪われていた。
 エリシアを支えていた使用人のほとんども、そうした者たちだった。
 子や孫の命を戦争に奪われた者。
 夫を失い、子とともに路頭に迷った者。
 中には、母国すら失い、漂浪を強いられた者もいた。
 そんな深い悲しみを抱えながらも、異能者である自分を支え、生きる気力を与えてくれた彼らに、エリシアは心から感謝していた。

 いつか彼らに報いたい。
 このおぞましい能力を、役立てる機会が欲しい。

 その願いを叶えられる王命は、エリシアにとっても天啓だったのだ。

 戦争による悲しみを終わらせるため、この命を捧げよう――。

 そう決意して、エリシアは皇帝の花嫁として、ヴァルハイム帝国へと輿入れしたのだった。


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