初夜での暗殺に失敗した私ですが、今宵も冷徹皇帝から甘く抱き尽くされております

葛和蛙蘭

文字の大きさ
9 / 48

翌日の告白➀

しおりを挟む

 眩しい陽光で目が覚めた。

 エリシアは気怠い体を起こす。すでに朝早い時間ではないようだった。

 腹部の下あたりがズキズキと痛み、陰部にひりつくような熱が残っている。
 ぼんやりとした意識の中で、昨夜の出来事が脳裏に甦った。

 みっともなく声をあげ、快楽に流された。
 暗殺は果たせなかったというのに、情けないほどに従順に、クロヴィスを受け入れてしまった。

 エリシアの隣に、彼の姿はなかった。すでにどこかに出てしまったのだろう。

 コンコン、と控えめなノックの音が部屋に響いた。

「お入りなさい」

 そう声をかけると、薄桃色の制服に身を包んだ若い女性が一礼して現れた。

「おはようございます、エリシア様」

 彼女は皇妃付き筆頭侍女、サーシャという名前だった。
 昨日からエリシアの傍に仕えている。

 はきはきと明るい声に似合う、愛嬌のある顔立ち。
 年齢はエリシアより少し上だろうか。所作も言葉遣いも美しく、よく教育されていることがうかがえる。

「朝のご支度を始めてもよろしいでしょうか?」
「……お願いするわ」

 サーシャは手際よく入浴を手伝い、衣服を整え、身支度を進めてくれた。
 心地よく接してくれるので、エリシアはすぐに彼女に心を開いた。
 サーシャもまた、エリシアに仕えることを心から喜んでいる様子だった。

「皇妃様、お目覚めの顔色、とてもお綺麗ですよ。昨夜はお疲れだったかと心配しておりましたが……ゆっくりお休みになれましたか?」
「……ええ、なんとか」

 嘘ではない。体は確かに疲れていたが、目覚めは穏やかだった。
 だが、やはり――クロヴィスのことが気がかりでならなかった。

「あの……陛下は?」

 恐る恐る問うと、サーシャは穏やかな笑みを浮かべて答えた。

「陛下はすでにお目覚めになられ、執務に入っておられます。
 エリシア様については『疲れもあるだろうから、朝はゆっくり休ませてあげてくれ』と仰っておりました」

「……そう」

 やはり、生きているのだ――と、今さらながら思う。

(なぜ、私の異能力は通じなかったのだろう……)

 答えの出ない疑問が胸の奥で渦巻く。
 そんな中、サーシャがふと声を落として言った。

「……陛下は、とてもお優しい方です。あれほど自ら働き、民を顧みる陛下は、他におられません。
 そんな陛下の奥方となられたエリシア様が、これほどまでに素晴らしいお方だとは……私は幸せです」

 まっすぐに向けられたその言葉に、エリシアの胸がちくりと疼いた。
 その奥方が、崇拝する皇帝を殺そうとしたということを知ったら、彼女はどう思うのだろう。
 エリシアは微笑を作った。

「ありがとう、サーシャ。これからよろしく頼むわね」
「はい! 皇妃様の笑顔を見られるよう、精一杯お仕えいたしますね」

 ぱっと明るく笑ったその顔に目を細め、エリシアは用意された冷たい飲み物にそっと口をつけた。

 疲れているのだろうと気遣ってくれたのか、それからサーシャは必要最低限の会話のみするだけに留まってくれた。
 エリシアはその時間はずっと、物思いに沈んでいた。


 ※

 食欲があるとも、ないとも言えぬまま、遅めの朝餉を静かに口に運んでいた。
 ヴァルハイムの料理は濃い目の味付けだったが、今日ばかりは味がまるで感じられなかった。

 失敗した。
 生きてしまった。
 その事実に困惑し、どうすればいいのかもわからない。

 食後、侍女のサーシャは「本日はゆっくりお過ごしください」と、柔らかく勧めてきた。
 庭園の散策などいかがでしょうか――という提案もあったが、エリシアはそれを丁重に断り、自室で休むことを希望した。

 旅の疲れも取れていたし、昨夜も丁寧に扱われたため、痛みは目覚めた時よりひいていた。
 けれど、初めて身体を貫かれた感覚はまだ確かに残っていた。
 気怠い倦怠感が、足元にまとわりついて離れない。
 それ以上に、心の疲れが重く、静かにのしかかっていた。

 自室に戻ると、ベッドに腰を下ろし、上半身を横たえる。

 この部屋は、今の彼女にとって唯一安らげる場所だった。
 調度品はすべてエルヴァランから持ち込まれたもので統一されており、
 クッションやレースといった細やかな装飾にも、故国の文様があしらわれていて、異国にいることをほんの少しだけ忘れさせてくれる。

 けれども今は、気を落ち着けることなど到底できそうになかった。

 エリシアは立ち上がり、窓から空を見上げた。
 快晴の空には、鳥一羽も見当たらなかった。
 吐息がこぼれる。

 国からの連絡は、まだ届いていない。

 数刻前、サーシャが退室したのを見計らい、エルヴァランに伝書鳩を飛ばしていた。
 今頃、父たちはヴァルハイムに異変が起こっていないことを訝しみ、何かがおかしいと気を揉んでいるはずだ。
 おそらく、すでに包囲されていることにすら気づいていないかもしれない。

 本来なら、伝書鳩が戻ってきてもおかしくない頃合いだった。
 やはり、エルヴァラン側もこの不測の事態に混乱しているのだろうか。

 空をじっと見つめていると、部屋の扉がノックされる音がした。

「エリシア様、失礼いたします」

 入ってきたサーシャが、柔らかく告げる。

「陛下が、昼食も兼ねてお茶を飲まないかと仰っております。いかがなさいますか?」
「……参ります、と伝えて」

 気まずかったが、応じるしかなかった。
 クロヴィスと顔を合わせるのは、夜以来である。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

専属秘書は極上CEOに囚われる

有允ひろみ
恋愛
手痛い失恋をきっかけに勤めていた会社を辞めた佳乃。彼女は、すべてをリセットするために訪れた南国の島で、名も知らぬ相手と熱く濃密な一夜を経験する。しかし、どれほど強く惹かれ合っていても、行きずりの恋に未来などない――。佳乃は翌朝、黙って彼の前から姿を消した。それから五年、新たな会社で社長秘書として働く佳乃の前に、代表取締役CEOとしてあの夜の彼・敦彦が現れて!? 「今度こそ、絶対に逃さない」戸惑い距離を取ろうとする佳乃を色気たっぷりに追い詰め、彼は忘れたはずの恋心を強引に暴き出し……。執着系イケメンと生真面目OLの、過去からはじまる怒涛の溺愛ラブストーリー!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

処理中です...