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翌日の告白➀
しおりを挟む眩しい陽光で目が覚めた。
エリシアは気怠い体を起こす。すでに朝早い時間ではないようだった。
腹部の下あたりがズキズキと痛み、陰部にひりつくような熱が残っている。
ぼんやりとした意識の中で、昨夜の出来事が脳裏に甦った。
みっともなく声をあげ、快楽に流された。
暗殺は果たせなかったというのに、情けないほどに従順に、クロヴィスを受け入れてしまった。
エリシアの隣に、彼の姿はなかった。すでにどこかに出てしまったのだろう。
コンコン、と控えめなノックの音が部屋に響いた。
「お入りなさい」
そう声をかけると、薄桃色の制服に身を包んだ若い女性が一礼して現れた。
「おはようございます、エリシア様」
彼女は皇妃付き筆頭侍女、サーシャという名前だった。
昨日からエリシアの傍に仕えている。
はきはきと明るい声に似合う、愛嬌のある顔立ち。
年齢はエリシアより少し上だろうか。所作も言葉遣いも美しく、よく教育されていることがうかがえる。
「朝のご支度を始めてもよろしいでしょうか?」
「……お願いするわ」
サーシャは手際よく入浴を手伝い、衣服を整え、身支度を進めてくれた。
心地よく接してくれるので、エリシアはすぐに彼女に心を開いた。
サーシャもまた、エリシアに仕えることを心から喜んでいる様子だった。
「皇妃様、お目覚めの顔色、とてもお綺麗ですよ。昨夜はお疲れだったかと心配しておりましたが……ゆっくりお休みになれましたか?」
「……ええ、なんとか」
嘘ではない。体は確かに疲れていたが、目覚めは穏やかだった。
だが、やはり――クロヴィスのことが気がかりでならなかった。
「あの……陛下は?」
恐る恐る問うと、サーシャは穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「陛下はすでにお目覚めになられ、執務に入っておられます。
エリシア様については『疲れもあるだろうから、朝はゆっくり休ませてあげてくれ』と仰っておりました」
「……そう」
やはり、生きているのだ――と、今さらながら思う。
(なぜ、私の異能力は通じなかったのだろう……)
答えの出ない疑問が胸の奥で渦巻く。
そんな中、サーシャがふと声を落として言った。
「……陛下は、とてもお優しい方です。あれほど自ら働き、民を顧みる陛下は、他におられません。
そんな陛下の奥方となられたエリシア様が、これほどまでに素晴らしいお方だとは……私は幸せです」
まっすぐに向けられたその言葉に、エリシアの胸がちくりと疼いた。
その奥方が、崇拝する皇帝を殺そうとしたということを知ったら、彼女はどう思うのだろう。
エリシアは微笑を作った。
「ありがとう、サーシャ。これからよろしく頼むわね」
「はい! 皇妃様の笑顔を見られるよう、精一杯お仕えいたしますね」
ぱっと明るく笑ったその顔に目を細め、エリシアは用意された冷たい飲み物にそっと口をつけた。
疲れているのだろうと気遣ってくれたのか、それからサーシャは必要最低限の会話のみするだけに留まってくれた。
エリシアはその時間はずっと、物思いに沈んでいた。
※
食欲があるとも、ないとも言えぬまま、遅めの朝餉を静かに口に運んでいた。
ヴァルハイムの料理は濃い目の味付けだったが、今日ばかりは味がまるで感じられなかった。
失敗した。
生きてしまった。
その事実に困惑し、どうすればいいのかもわからない。
食後、侍女のサーシャは「本日はゆっくりお過ごしください」と、柔らかく勧めてきた。
庭園の散策などいかがでしょうか――という提案もあったが、エリシアはそれを丁重に断り、自室で休むことを希望した。
旅の疲れも取れていたし、昨夜も丁寧に扱われたため、痛みは目覚めた時よりひいていた。
けれど、初めて身体を貫かれた感覚はまだ確かに残っていた。
気怠い倦怠感が、足元にまとわりついて離れない。
それ以上に、心の疲れが重く、静かにのしかかっていた。
自室に戻ると、ベッドに腰を下ろし、上半身を横たえる。
この部屋は、今の彼女にとって唯一安らげる場所だった。
調度品はすべてエルヴァランから持ち込まれたもので統一されており、
クッションやレースといった細やかな装飾にも、故国の文様があしらわれていて、異国にいることをほんの少しだけ忘れさせてくれる。
けれども今は、気を落ち着けることなど到底できそうになかった。
エリシアは立ち上がり、窓から空を見上げた。
快晴の空には、鳥一羽も見当たらなかった。
吐息がこぼれる。
国からの連絡は、まだ届いていない。
数刻前、サーシャが退室したのを見計らい、エルヴァランに伝書鳩を飛ばしていた。
今頃、父たちはヴァルハイムに異変が起こっていないことを訝しみ、何かがおかしいと気を揉んでいるはずだ。
おそらく、すでに包囲されていることにすら気づいていないかもしれない。
本来なら、伝書鳩が戻ってきてもおかしくない頃合いだった。
やはり、エルヴァラン側もこの不測の事態に混乱しているのだろうか。
空をじっと見つめていると、部屋の扉がノックされる音がした。
「エリシア様、失礼いたします」
入ってきたサーシャが、柔らかく告げる。
「陛下が、昼食も兼ねてお茶を飲まないかと仰っております。いかがなさいますか?」
「……参ります、と伝えて」
気まずかったが、応じるしかなかった。
クロヴィスと顔を合わせるのは、夜以来である。
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