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覇王の能力➀
しおりを挟む「んっあ、ああ、っああ……」
体はおろか、脳内でさえも蕩けるようだった。
『毎夜抱く』という宣告の通り、その晩もまた、クロヴィスはエリシアを抱いた。
だが、「二日目は痛みが出ることもある」と言って始めた行為は、気遣いに溢れたものだった。
昨夜と同じように香油を使い、手と舌で丁寧に長い時間かけて愛撫して、エリシアをたっぷりと濡らす。
ようやくクロヴィスを受け入れた頃には、鋼のごとく昂りきった雄も苦もなく飲みこめるほど、内部は熱く蕩けていた。
それでも、男の動きは抑えられていた。
エリシアの反応を見て、時には痛まないか声を掛けながら、壊れものに触るように律動する。
とろとろになった肉壺の中を緩慢に行き来するその動きは、濃厚な快感で陶然とした感覚になっている今はかえって苦しかった。
もっと激しく動いてほしくてたまらない。
むしろ冷酷になぶられているような心地になった。
クロヴィスもまた、その苦悶に苛まれているようだった。
だがそれよりも、エリシアの体を傷つけたくないという思いの方が強いらしい。
長く濃厚な時間を経ると、最後だけ荒々しくエリシアを突き上げて達した。
やわらかく抱き締め、金髪に唇を落とす。
「今夜はもう休もう」
「はい……。あの、陛下はよろしいのですか?」
「ああ。正直言うと、まだきみを求めたい気持ちはあるが、無理はさせたくない」
その優しさに、エリシアはほのかな幸福を覚えてしまう。
けれど、心に潜ませている使命感が、それを打ち消した。
(私は彼を殺さなくてはならない)
クロヴィスの寝息が聞こえるまで、エリシアは身じろぎもせず、眠ったふりを続けた。
長い時間、暗闇を見つめていた。
彼の寝息が深く、規則正しくなったのを確認し、ゆっくりと身を起こす。
カーテンの隙間から、月明かりが細く差し込んでいた。
エリシアはそばの台においた髪飾りに手を伸ばした。
それは、分解すると十センチほどのナイフになった。
細く頼りないが、男の首を掻ききるくらいはできるように研ぎ澄ましてある。
震える手で短剣を握りしめ、浅く息を吐く。
月明かりに照らされたクロヴィスの寝顔は、穏やかで美しかった。
(あなたは皆が恐れるような魔王ではないのかもしれない……。でも、ごめんなさい……!)
瞼を閉じ、唇を強く結ぶ。刃を男の首筋に押し当てようとした。
「……っ!」
次の瞬間、その手首ががっちりとつかまれた。
クロヴィスがエリシアの動きを封じていた。
まるで最初からすべてを見抜いていたかのように、鋭く光る漆黒の瞳がエリシアを射抜いている。
「やはり、そう来たか。どこまでも愚かだな」
怒りをにじませた低い声に、胸がひゅっと凍るのを感じた。
あっさりと体をひねられ、ベッドに押し倒される。
「この細腕で俺を殺せると思ったのか、きみの父王は?」
エリシアは恐怖をこらえ、クロヴィスを睨み上げた。
「これは私の意志で行ったことです。どれほど甘い言葉をかけられても、私は策略家の魔王の言葉など信じません!」
クロヴィスは小さく鼻笑った。
目を細めてエリシアを見つめるその顔は、怒りとも悲しみとも取れない虚ろな表情を浮かべている。
「きみに俺は殺せない。誰にも俺は殺せない。試してみようか?」
意味深に言うと、クロヴィスはエリシアのナイフを握る手ごとつかみ、切っ先を自分の胸に押し付けた。
横に動かす。
赤い線がにじむ。
次の瞬間、エリシアは目を見張った。
傷跡が瞬く間にふさがったかと思うと、何もなかったかのようにもとの皮膚に戻ったのだ。
「俺の体はほぼ不死身にできている」
エリシアは愕然となった。
(こんなこと、ありえるの? これがこの男の異能力? ……まるで神の所業ではないの)
運命が、この男の死を否定しているように思えた。
万策が尽きた。
(神は、エルヴァランを見放したの……?)
体の力が抜けていく。
目を閉じた。
舌を動かし、奥歯に潜ませていた小粒に歯をあてる。
(さようなら、マーシャ。みんな……)
しかし、クロヴィスの指が口内にねじ入り、それを取り出した。
「自死は許さぬ」
クロヴィスは毒薬とナイフを部屋の隅に放り投げると、ベッド脇の引き出しから取り出した小さな紙を見せた。
伝書鳩に付けた母国への手紙だった。
そこには、命令に従うことを伝えるとともに、失敗した場合は自死する覚悟を記していた。
「この連絡の代わりに、俺からのメッセージを飛ばしておいた。『浅はかな策略をただちに放棄しなければ、エルヴァランに一斉攻撃を仕掛ける』とな」
つまり、エルヴァランからの奇襲に備えていた兵の他に、まだ用意している兵があるということだ。それらが一気に攻め込めば、ひとたまりもないだろう。
「これでしばらくは動けまい。愚かなきみの父王と側近を血祭りにし、きみが愛する国を隷属させたいところだが――まずは、一番の裏切者をどうにかせねば」
クロヴィスの声がいっそう低くなった。
「愛しい妻は罪を犯した。憎いとはいえ、俺の愛をはねつけ二度も殺そうとした。相応の仕置きは必要だな」
ひゅっと背筋が凍った。
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