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囚われの身

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(参ったな…)

 暗くかび臭い牢の中で目が覚めてから、三日経っただろうか…酒に酔って気分が悪くなった友人を控室まで送ったまではよかったが、その後が想定外だった。友人をベッドに寝かせ、ついでに枕元にあった水差しの水を飲んで部屋を出ようとしたところまではよかったが…その後急に眠気に襲われて、気が付いたらここだった。
 どうしてこうなったのかとの問いに答えてくれたのは、建国祭で絡んできたラザール=バルト公爵令息だった。しつこく絡んでくると、蛇みたいで気持ち悪いとレティに盛大に嫌われていた男だ。彼女が全く相手にしないから、とうとう強硬手段に出たのだろう。

「大人しく婚約者の座を辞退していたらよかったのにな」
「一介の子爵家に、侯爵家からの申し出を断る事など出来ませんよ」
「それでも、身の程を知って辞退すればよかったのだ。しかも第二王子夫妻にまで媚を売って…」
「…」

 この男はどうやら私が自ら売り込みに行ったと思っているらしい。一方で自分が評価されない事に苛立っているようにも見えた。

「私を消すおつもりですか」
「はっ。殺してやりたいが、それでは面白くないからな」
「……」
「貴様は好き者の貴族に高く売ってやるよ。幸い見目もいいからな。ペットが欲しい貴婦人や男色好みの貴族に高く売れるだろう」

 どうやらそれが彼なりの報復らしい。確かにそのような相手であれば破格の値で売れる上、恩も売れて万々歳なのだろう。程々に見目のいい公爵家の令息は、思った以上に中身が下衆だった。彼女が嫌う理由が分かった気がした。



 自分が置かれた状況は理解したが、怖気づく事はなかった。卒業後、絡んできた貧民街の連中とやり合っていたころに何度か同じような目に遭ったからだ。ただ、こうも厳重な警備がされた事はなかっただけに、逃げ出すタイミングがまだ掴めないが。
 幸いにも食事は出るし、売られるなら身を傷つけられる心配は大幅に減る。一方で出てくる食事や水には注意が必要だった。抵抗しないように、従順になる様にと麻薬の類を盛るのは常套手段なだけに、食事も水も最低限に留めた。
 世話をする男たちの会話から、競りがそう遠くない日にあるのがわかった。体力温存と会話を聞き洩らさないため、寝ているふりをして時間を過ごしながら、世話役達の会話を聞いて情報を集めた。

(それにしても…心配しているだろうに…)

 こうしている間にも、婚約者となった少女が自分を心配しているのが容易に想像出来て心が痛んだ。驕慢な氷人形と言われていた彼女だったが、見た目に反して優しくて心配症で、自分の前では飼い主に必死に懐いてくる子犬のようだ。ああも好きですと全身で訴えられては無下にできる筈もない。だからこそ、こうしている間も眠れぬ夜を過ごしているのではないかと、無理をして自分を探しているのではないかと心配になる。とは言っても、今のところ無事だと伝える手段もなく、時間だけが過ぎていった。



 変化があったのは四日目の事だった。独房の上部には換気と採光用の小窓があるが、そこからコンコンと叩くような音がした。何かと見上げると…こちらを覗き込んでいる目が見えた。

「リーダー、無事っすか」
「お前は…」
「スラムで世話になったジフっす」

 その声と名には覚えがあった。貧民街で自分に絡んできた不良集団の一人だ。大柄で乱暴な男だったが家族思いの一面もあり、仕事を紹介した事もある。

「どうしてここに?」
「ここの警備に雇われてます。でもきっと助けますから」

 そう言って彼は、ここに自分がいる事をヒューゴに伝えたと教えてくれた。ヒューゴに伝わっているならレティの元にも話が伝わっているだろうか。警備が厳しくて中には入れないが必ず助けると彼は告げた。
 その数時間後にはラフォン家の影だという者が声をかけてきた。侯爵と騎士団が既にこの場所を特定し、競りで一気に捕縛するからもう少し耐えて欲しいとの伝言と共に、水筒と解毒剤を差し入れられた。


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