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番外編~レアンドル②
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「こっちに逃げたぞ!」
「追え!絶対に逃がすな!」
エストレ国でとある侯爵家の夜会が催された日、私はその侯爵家の令息の誘いを受け、その夜会に出席していた。アドリエンヌ王女が言い寄ってくるようになってからは、このような催しには極力顔を出さないようにしていた。だが、彼には留学中は何かと世話になっていたし、王女の愚行に眉を顰めていたのもあり、問題ないだろうと思っていたのだ。
(まさか彼が…)
穏やかで野心もない彼なら信頼出来ると思って出席した夜会には、あの王女がいた。さすがにあからさまに避ける事も出来ず、当り障りなくその場をやり過ごそうとしたが、あの王女は騎士を連れて私を拘束するように命じたのだ。
「レアンドル様、こちらに!」
供として国から付いてきてくれた乳兄弟のマルクのお陰で、何とか会場を抜け出せたが、その先には用意周到に王女の騎士が待ち構えていた。王都の中央を流れる大河の岸辺に追いやられた私達は、とうとう逃げ道を失ってしまったのだ。
「ラフォン侯爵令息、どうか我々と共に来てください」
騎士にそう言われた私だったが、とてもそれを受け入れる気にはなれなかった。まだ十四歳だと言うあの王女は、この前の夜会で私に媚薬を盛って既成事実を作ろうとしたのだ。そんな危険な女の元に連れていかれたら、きっと軟禁されて婚姻させられるだろう。そんな事は真っ平御免だった。
「レアンドル様、行きましょう」
「マルク…だが…」
「このままでは生きたまま死ぬようなものです。私もお供致します」
「……わかった」
小声でかけられたマルクの言葉に、私は躊躇いながらも頷くしかなかった。彼を巻き込むのは心苦しいが、仮に私だけ逃げたとしても残された彼がどんな目に遭わされるかわかったものではない。ならば共に逃げるだけだ。
「はぐれた時は、上流のケルンと言う町で落ち合いましょう」
「ああ」
それを合図に私達は川に飛び込んだ。既に夜も更けた時間に川に飛び込むのは自殺行為に等しい。それでも、あの女の所有物になるのだけは我慢出来なかった。
次に目が覚めたのは、薄暗いテントの中だった。ここはどこだろうか…行商のキャラバンがこのようなテントを使うと聞いた事がある。ああ、死なずに済んだのかと、ぼんやりとした頭で考えていると、聞き慣れた声が耳に届いた。
「レアンドル様!」
「…マルク、か」
はぐれてしまったら…と心配していた親友が直ぐ側にいた事に、これまで感じた事のない大きな安堵を感じた。今更になって川に飛び込んだ自身の行動に恐ろしさを覚えた。
「マルク…無事だったか?」
「はい。テオドール殿が助けて下さったのです」
「テオドール殿?」
聞いた事のない名に、通りがかった誰かに助けられたのだと察した。
「ああ、目が覚められましたか?」
低く丁寧な言葉使いが響くと同時に、テントの一角が明るくなった。そちらに目を向けると、そこには背の高い厳めしい顔立ちをした同年代と思われる男性が立っていた。
「貴方は…」
「私はロアール国のマルロー商会の者で、テオドールと申します」
「マルロー商会?では…レニエ殿の…」
「父をご存じでしたか」
「それは勿論」
マルロー商会と言えば我が国でも屈指の商会の一つだ。規模は十位以内に入るくらいだが、会長でもあるマルロー子爵は義の人で、誠実で堅実な人柄はそのまま商会の評価でもあった。我が家の商会とも取引があった筈だ。
彼に詳しく話を聞いた。私とマルクは川に飛び込むと、下流ではなく上流を目指していた。騎士が捜索するのは主に下流だから、その反対を狙ったのだ。幸い暗闇で見つかる事なく岸に泳ぎ着いたが、体が冷え切った私は倒れてしまったらしい。倒れた私を抱えて途方に暮れていたマルクを助けてくれたのが、テオドールの一行だったと言う。彼らはエストレ国での商談を終え、これからリスナール国に向かうところだった。
「追え!絶対に逃がすな!」
エストレ国でとある侯爵家の夜会が催された日、私はその侯爵家の令息の誘いを受け、その夜会に出席していた。アドリエンヌ王女が言い寄ってくるようになってからは、このような催しには極力顔を出さないようにしていた。だが、彼には留学中は何かと世話になっていたし、王女の愚行に眉を顰めていたのもあり、問題ないだろうと思っていたのだ。
(まさか彼が…)
穏やかで野心もない彼なら信頼出来ると思って出席した夜会には、あの王女がいた。さすがにあからさまに避ける事も出来ず、当り障りなくその場をやり過ごそうとしたが、あの王女は騎士を連れて私を拘束するように命じたのだ。
「レアンドル様、こちらに!」
供として国から付いてきてくれた乳兄弟のマルクのお陰で、何とか会場を抜け出せたが、その先には用意周到に王女の騎士が待ち構えていた。王都の中央を流れる大河の岸辺に追いやられた私達は、とうとう逃げ道を失ってしまったのだ。
「ラフォン侯爵令息、どうか我々と共に来てください」
騎士にそう言われた私だったが、とてもそれを受け入れる気にはなれなかった。まだ十四歳だと言うあの王女は、この前の夜会で私に媚薬を盛って既成事実を作ろうとしたのだ。そんな危険な女の元に連れていかれたら、きっと軟禁されて婚姻させられるだろう。そんな事は真っ平御免だった。
「レアンドル様、行きましょう」
「マルク…だが…」
「このままでは生きたまま死ぬようなものです。私もお供致します」
「……わかった」
小声でかけられたマルクの言葉に、私は躊躇いながらも頷くしかなかった。彼を巻き込むのは心苦しいが、仮に私だけ逃げたとしても残された彼がどんな目に遭わされるかわかったものではない。ならば共に逃げるだけだ。
「はぐれた時は、上流のケルンと言う町で落ち合いましょう」
「ああ」
それを合図に私達は川に飛び込んだ。既に夜も更けた時間に川に飛び込むのは自殺行為に等しい。それでも、あの女の所有物になるのだけは我慢出来なかった。
次に目が覚めたのは、薄暗いテントの中だった。ここはどこだろうか…行商のキャラバンがこのようなテントを使うと聞いた事がある。ああ、死なずに済んだのかと、ぼんやりとした頭で考えていると、聞き慣れた声が耳に届いた。
「レアンドル様!」
「…マルク、か」
はぐれてしまったら…と心配していた親友が直ぐ側にいた事に、これまで感じた事のない大きな安堵を感じた。今更になって川に飛び込んだ自身の行動に恐ろしさを覚えた。
「マルク…無事だったか?」
「はい。テオドール殿が助けて下さったのです」
「テオドール殿?」
聞いた事のない名に、通りがかった誰かに助けられたのだと察した。
「ああ、目が覚められましたか?」
低く丁寧な言葉使いが響くと同時に、テントの一角が明るくなった。そちらに目を向けると、そこには背の高い厳めしい顔立ちをした同年代と思われる男性が立っていた。
「貴方は…」
「私はロアール国のマルロー商会の者で、テオドールと申します」
「マルロー商会?では…レニエ殿の…」
「父をご存じでしたか」
「それは勿論」
マルロー商会と言えば我が国でも屈指の商会の一つだ。規模は十位以内に入るくらいだが、会長でもあるマルロー子爵は義の人で、誠実で堅実な人柄はそのまま商会の評価でもあった。我が家の商会とも取引があった筈だ。
彼に詳しく話を聞いた。私とマルクは川に飛び込むと、下流ではなく上流を目指していた。騎士が捜索するのは主に下流だから、その反対を狙ったのだ。幸い暗闇で見つかる事なく岸に泳ぎ着いたが、体が冷え切った私は倒れてしまったらしい。倒れた私を抱えて途方に暮れていたマルクを助けてくれたのが、テオドールの一行だったと言う。彼らはエストレ国での商談を終え、これからリスナール国に向かうところだった。
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