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番外編~レアンドル③

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 その後私は熱を出し、三日三晩目を覚まさなかったと言う。それでもエストレ国の騎士が私達を捜索して回っていたため、テオドール殿は私に女性の服を着せ、かつらを被らせて騎士の目を誤魔化してくれていた。子供の頃から女のような顔だと言われていた私だったが、それがこんなところで役に立つとは思わなかった。

「全く。いくら冬ではないと言え、この時期に川に飛び込むなど自殺行為ですぞ。しかも月もない夜になど…」

 私よりも六歳年上だと言うテオドールは、無謀な事をした私達に苦言を呈したが、彼の細やかな心遣いからは温かい人柄が伝わってきた。厳めしい顔立ちは威圧感があるが、彼は心根の優しい好青年だった。
 私は彼に、共にリスナール国に連れて行ってもらえる様に頼んだ。騎士が相変わらず私を探していたため、この国にいては危険なのは確認するまでもなかったからだ。
 幸いにもテオドールはマルロー商会の部下とその家族を連れて十人ほどの隊でリスナール国に向かっていたため、私もその一員という事にして貰った。私自身の身分証明書はかえって危険なので、荷物の中にわからないように厳重に隠し、結局茶色のかつらを被り、女装してソフィアという名で押し通す事になった。商隊の中には年配の夫婦がいたため、私は彼らの娘に、マルクはその息子に成り済ます事にした。



 国境を超えようとしたその日の事だった。私達は運悪く騎士たちに呼び止められてしまった。どうやらあの王女はかなり焦っているらしく、国を出ようとする者を厳しく取り締まっていたのだ。
 商人が行商のために他国に行く場合は、国が発行した身分証明書が必要だ。だが、私とマルクにはその身分証がなかった。さすがに正攻法では無理か…と諦めかけたが、テオドールが懐から取り出したのは、私とマルクの身分証だった。

「テオ、これは…」
「スリや盗難の可能性もありますからね。私達は常に予備の身分証を持っているのですよ」

 聞けば彼らは身分証とは別に、何も書かれていない無地のものを持ち歩いているのだと言う。これはスリや盗難に遭うと帰国出来なくなってしまうのを防ぐためで、国から信用を得ている商会にのみ与えられている特権の一つらしい。こうして私はソフィアと言う女性に、マルクはルークと言う名の商人に化けて国境を超える事が出来た。



 その後も決して道中は楽なわけではなく、時には夜盗に襲われそうになった事もあったが、最も大きかったのは本当に女性に間違えられて、街の騎士たちに襲われそうになった事だっただろうか。

「は、放しなさい!」

 リスナール国に入国した直後、とある街で近くの市場に顔を出した帰りに、運悪くガラの悪い騎士たちに捕まってしまったのだ。地方では騎士と名乗っても破落戸と大差ない場合も少なくはない。こんな場所で女性の姿で独りで出かけたのは失敗だった。

「そう言うなよ。ちょっと仲よくしようって言っているんだよ」
「そうそう。そうツンケンするなって」
「こんな美人、田舎にゃ珍しいからな」

 そう言って男たちに腕を掴まれて連れて行かれそうになった。不味い。ここで男とバレると面倒だ。下手すると身分詐称で牢屋行きだ。

「…何をしている」

 いっそ急所を攻撃して…と思ったところに、低く剣呑な声が響いた。聞き慣れたそれはテオドールのものだった。

「何だよ、貴様は」
「今忙しいんだ!」
「部外者は引っ込んでろ!」

 騎士たちが口々にそう言ったけど…彼らの誰よりも背が高く大柄で、しかも厳めしい顔立ちの彼に騎士達の腰が引けているのが見えた。

「それは俺の嫁だ。そっちこそ、人の妻に何をしている?」
「な…!」

 そう言ってテオは私を彼らから引き離して腰に手を回した。その様は確かに仲のいい夫婦のように見えるだろう。

「私は商人で、この町の代官とは仕事の付き合いがある」
「だ、だから何だよ?!」
「これから商談があるが、この話を聞いて困るのは…どっちだろうな?」

 暗に代官が求めていた商談が決裂すると臭わせると、男たちは顔色を悪くし、悪態を付いて逃げて行った。

「ありがとう、テオ」
「ありがとうじゃありません。あれほど一人歩きはしないように申した筈です」
「ご、ごめん…」

 余りの剣幕に、逆らう事が出来なかった。それでも、心配してくれているのがわかるだけに、つい顔が緩むのを感じてしまった。何だろうか…この心がほんのりと温かくなるのは。今まで感じた事のない感情に戸惑いながらも、不思議と不快に感じる事はなかった。

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