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番外編~レアンドル④
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テオドール達との旅は温かくも楽しいものだった。この数ヶ月余り、あの王女の影に怯えて暮らしていたのが嘘のようで、マルクの表情もいつものやんちゃで茶目っ気のあるものに戻っていた。私も身分証に合わせ、ソフィアとして女性の姿で過ごしていた。最初は抵抗があった女装も続けていると違和感も薄れ、自分でも意外なほどに馴染んでいた。
「テオ、これからどこに向かうんだ?」
「王都です。リスナール国には優れた金属加工の技術があります。他にも染色技術も素晴らしいのでぜひ我が国に輸入したいのです」
「なるほど、それは楽しみだな」
「ええ。国境の街道の整備が進むと、往来も楽になるのですが…」
「なるほど。それは帰国したら父上に私からも話してみよう」
「お願いします」
商人として物事を見ると、これまでよりもいっそう広く遠くまで見渡せるような気がした。今までは政治的な視点が主で市井の様子を見る事も殆どなく、貴族社会しか知らなかった自分にとってこの旅は視野を広げてくれる貴重なものだったと思う。
一方で、テオとの会話も楽しかった。彼は見聞が広いだけでなく語学も堪能で、その国の言葉で色んな情報を集めていた。身体が大きいから騎士のように見えるが、中身は博識な文人で芸術への造詣も深い。そのギャップがまた好ましく思え、彼との会話は心が躍った。
「これが…リスナールの王都…」
初めて足を踏み入れたリスナールの首都は、母国やエストレ国のそれとはけた違いの規模だった。エストレ国の首都などリスナールの地方の一都市程度の規模しかないし、母国の首都もここまでの賑わいはない。建物の大きさも高さも建築様式も違うそこは、正に大国のそれに値する素晴らしいものだった。
そこでは自分達も小国の田舎者でしかない。そう感じたのは商談の様子からもはっきりと見て取れた。エストレ国や地方ではこちらが優位だったが、ここではよそ者であり格下でしかなかった。これまでは上位貴族として常に傅かれるばかりの自分には衝撃的だったのは言うまでもない。
それでもソフィアとして過ごす日々は、自由で柵も少なく快適だった。テオは私の色んな事を教えてくれたし、いつも私を優先してくれた。そのせいか彼に対する信頼は深まるばかりだった。ここでは筆頭侯爵家の嫡男としての重責も、周囲からの期待の目もない。生まれて初めて自分らしくいられるような、そんな風に思えた。
セレスティーヌ様と出会ったのは、そんな時だった。テオと一緒に街を散策していた時、破落戸風の男たちに囲まれている女性を目にした。平民の服装だが立ち居振る舞いは高位貴族のそれに、どこかの令嬢がお忍びで遊びに来ていて、従者と逸れたのだろう事は一目瞭然だった。それがまさかこの国の王太子だなんて、誰が思えただろうか。
後日、宿でのんびり過ごしているところに尋ねてきた彼女に、私もテオも驚きを隠せなかったのは当然と言えるだろう。だが、その出会いは私の人生を大きく変えるものだった。
それからは週に一度程度、街に下りてくるセレスティーヌ様と顔を合わせた。彼女はリオネル殿を常に連れて来ていたが、二人は何となくぎこちない空気を時々見せた。主人と臣下と言うには近過ぎて、でも一線を越えられないもどかしさも見え隠れするそれに、二人の危うい関係を察した。彼女の視線はいつもそばにいる彼に向けられていた。
「セレス様は…リオネル殿がお好きなのですね」
ある日、たまたま街で二人きりになった時、私は彼女にそう問いかけた。この時の私はソフィアの姿だったが、正体を打ち明けていた。私の指摘に彼女は、わかりやすくその耳まで赤く染めた。
「…そんな筈はありません。私達は立場が違います…」
消え入りそうな声でそう答える彼女は、どこまでも彼の事を案じる、ただの恋する乙女だった。理知的で表情が変わらず、王族としては完璧とも言える彼女だったが、彼に関する時だけはただの少女に戻っていた。
(ああ、この方も私と同じだ…)
彼らの間にあるもどかしい空気は、私にも覚えがあった。テオとの間にも言葉にし難い胸がいっぱいになるような何かが時折存在したからだ。その正体を知ろうとするのはとても難しく、気がついてはいけないと感じながらも無視する事も出来ない…そんな何かに私達は囚われていた。
「テオ、これからどこに向かうんだ?」
「王都です。リスナール国には優れた金属加工の技術があります。他にも染色技術も素晴らしいのでぜひ我が国に輸入したいのです」
「なるほど、それは楽しみだな」
「ええ。国境の街道の整備が進むと、往来も楽になるのですが…」
「なるほど。それは帰国したら父上に私からも話してみよう」
「お願いします」
商人として物事を見ると、これまでよりもいっそう広く遠くまで見渡せるような気がした。今までは政治的な視点が主で市井の様子を見る事も殆どなく、貴族社会しか知らなかった自分にとってこの旅は視野を広げてくれる貴重なものだったと思う。
一方で、テオとの会話も楽しかった。彼は見聞が広いだけでなく語学も堪能で、その国の言葉で色んな情報を集めていた。身体が大きいから騎士のように見えるが、中身は博識な文人で芸術への造詣も深い。そのギャップがまた好ましく思え、彼との会話は心が躍った。
「これが…リスナールの王都…」
初めて足を踏み入れたリスナールの首都は、母国やエストレ国のそれとはけた違いの規模だった。エストレ国の首都などリスナールの地方の一都市程度の規模しかないし、母国の首都もここまでの賑わいはない。建物の大きさも高さも建築様式も違うそこは、正に大国のそれに値する素晴らしいものだった。
そこでは自分達も小国の田舎者でしかない。そう感じたのは商談の様子からもはっきりと見て取れた。エストレ国や地方ではこちらが優位だったが、ここではよそ者であり格下でしかなかった。これまでは上位貴族として常に傅かれるばかりの自分には衝撃的だったのは言うまでもない。
それでもソフィアとして過ごす日々は、自由で柵も少なく快適だった。テオは私の色んな事を教えてくれたし、いつも私を優先してくれた。そのせいか彼に対する信頼は深まるばかりだった。ここでは筆頭侯爵家の嫡男としての重責も、周囲からの期待の目もない。生まれて初めて自分らしくいられるような、そんな風に思えた。
セレスティーヌ様と出会ったのは、そんな時だった。テオと一緒に街を散策していた時、破落戸風の男たちに囲まれている女性を目にした。平民の服装だが立ち居振る舞いは高位貴族のそれに、どこかの令嬢がお忍びで遊びに来ていて、従者と逸れたのだろう事は一目瞭然だった。それがまさかこの国の王太子だなんて、誰が思えただろうか。
後日、宿でのんびり過ごしているところに尋ねてきた彼女に、私もテオも驚きを隠せなかったのは当然と言えるだろう。だが、その出会いは私の人生を大きく変えるものだった。
それからは週に一度程度、街に下りてくるセレスティーヌ様と顔を合わせた。彼女はリオネル殿を常に連れて来ていたが、二人は何となくぎこちない空気を時々見せた。主人と臣下と言うには近過ぎて、でも一線を越えられないもどかしさも見え隠れするそれに、二人の危うい関係を察した。彼女の視線はいつもそばにいる彼に向けられていた。
「セレス様は…リオネル殿がお好きなのですね」
ある日、たまたま街で二人きりになった時、私は彼女にそう問いかけた。この時の私はソフィアの姿だったが、正体を打ち明けていた。私の指摘に彼女は、わかりやすくその耳まで赤く染めた。
「…そんな筈はありません。私達は立場が違います…」
消え入りそうな声でそう答える彼女は、どこまでも彼の事を案じる、ただの恋する乙女だった。理知的で表情が変わらず、王族としては完璧とも言える彼女だったが、彼に関する時だけはただの少女に戻っていた。
(ああ、この方も私と同じだ…)
彼らの間にあるもどかしい空気は、私にも覚えがあった。テオとの間にも言葉にし難い胸がいっぱいになるような何かが時折存在したからだ。その正体を知ろうとするのはとても難しく、気がついてはいけないと感じながらも無視する事も出来ない…そんな何かに私達は囚われていた。
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